#08-05: 背明のセイレーン

 二〇九九年一月一日、夜明け前――。


 私たちはイザベラの艦隊とわずか二十五キロという極至近距離で邂逅した。私たちは誰一人その接近に気付けなかった。しかし、イザベラからは見えていたのだろうと思う。なぜなら、私たちの意識の目がセイレーンEM-AZを捉えた時には既に、戦闘準備が完了していたからだ。


 イザベラは私たちが第七艦隊やエウロス飛行隊を呼ぶ余裕も与えてはくれなかった。完全に孤立無援状態での状況開始と相成った。


 私はアルマと共に前に出て、レオンやレスコ中佐には下がってもらった。私たちの総戦力は、イザベラの艦隊の二倍。セイレーンEM-AZを集中攻撃すれば或いは勝利に持ち込めるかもしれないが、それでも可能性は低い。セイレーンEM-AZとイザベラは、現時点で最強の組み合わせだからだ。セイレーンEM-AZはウラニアとの戦いで多少のダメージは受けていたものの、そんなものは考慮に値しない。


 セイレネスにログオンした状態で、私たちは相手の出方をうかがった。不意を打ってくるかと思ったが、そんなことはなかった。


 朝日を背にしたセイレーンEM-AZは、雄弁に沈黙を語り、ただじっと佇んでいた。


『ヴェーラ!』


 アルマがその名前を呼んだ。


 さらに距離が詰まる。目視照準で攻撃を当てられる距離だ。


『あなたの怒りはあたしにも分かる。そんな気がしている』


 私の意識の目の下には、私の艦アキレウスアルマの艦パトロクロスがいる。朝日を前に、艦首が展開する。電子照準はセイレーンEM-AZから放たれるによって無力化されているようだ。ダウェル艦長が教えてくれた。


『でも、あたしは、レニーを殺したことや、C級の子クワイアたちを巻き込んだことは許せない!』

『そうだね』


 イザベラは静かに応じた。静謐な、そして透明な声だった。


『わたしは自分のこの身勝手な戦いセルフィッシュ・スタンドのために、多くを犠牲にしてきた。きみたちだって被害者さ』


 その気さくとも言える言葉はしかし、冷徹な感情の裏返しだ。


『しかしね、私には他には手段なんてなかったんだ。私たち歌姫セイレーンと名付けられて利用される消耗品たちの未来のために、我々もまた自らの肉体と言葉を持つ――そんな簡単な事実と現実を、にすら理解できるように証明してみせねばならなかった』


 夜明けの風が完全に止まった。海は鏡のように輝く。遠く浮かぶ朝焼けの雲の峰が、蕭々しょうしょうと夜明けを告げる。背明に浮かぶセイレーンEM-AZは否応なしに私たちに迫る。圧倒的なプレッシャーが私たちを押し潰す。


『理解と言ったね。でも、理解できている? は自分たちにとって都合の良い現実しか見ない。都合の良い解釈しか理解しない。探さない。見つけない。見つけられない。わたしがこうして力を見せつけたところで、その力がいつ自分たちに落ちかかってくるのか、思い至る能力など持たない。そうである限り、わたしたちはにとって都合の良い道具――否、快楽を得るための玩具の一つに過ぎない』


 断罪コンヴィクション――だった。


 世界の全てを咎人とがびととして、今まさにイザベラはその罪咎ざいきゅうを宣言した。私は何も言えない。しかし、アルマは私の隣で強烈な気配を放っている。


「でもだからって――」

『ありがとう。こんな茶番に付き合ってくれて』


 イザベラの温かい声が、乾ききっていた私を満たした。


『最後に一つ訂正させてもらうけど。レニーは私が殺したんじゃない。きみたちが見た映像は、偽物だよ』

「えっ……?」


 私たちは絶句する。この期に及んで嘘をつく理由はない。


『思い至ってほしかったな、そこは。あれがマスコミお得意の捏造だったってことに。ニュースや、彼らのうそぶく世論的なものなんて、所詮は彼らの主張に合致するように練り上げられた創作物に過ぎないんだ。彼らはわたしを完全なる悪とし、わたしの退路を断つことに血道をあげたんだ』


 まさか、そんな。とは、否定することはできないし……否定する気にもなれなかった。だからこそ、私は――。


『さぁ、始めよう』

「待って、ヴェーラ! 茶番だって、仰ったじゃないですか。じゃぁ、もう十分じゃ……」

『ははははは!』


 ヴェーラは笑う。


『きみはやっぱり純粋なんだね。だけど、それこそが妄想なんだ。わたしたち歌姫セイレーンがその名前を顔で生きられるようになるためには、今ここで、見せつけるしか無いのさ。わたしたちの化け物モンスターとしての顔をね!』

化け物モンスターだなんて!」

『私はの幻想を、この醜い顔をもって打ち砕く!』


 ヴェーラはサレットを脱ぎ捨てた。おそらく、その映像は世界中に公開されただろう。ケロイドに覆われた、その顔が。私からは見えなかったが、どんな様相なのかはなぜか意識に入ってきた。


『さぁ、そろそろいいだろう! このどうにもならない現実を、きみたちは変えられるのか。愚昧ぐまいに見せつける何かを作り出せるのか! 這い寄る混沌どもを薙ぎ払えるのか! 見せてみろ! わたしの期待に応えてみせろ! きみたちのを、わたしに聴かせてみせるがいい!』


 セイレーンEM-AZの艦首部装甲が展開し、巨大な三連装誘導砲身が姿を見せる。主砲塔も動き始め、姿勢安定器スタビライザ代わりの艦尾装甲が翼を広げる。


「私は! あなたを! 連れ帰る!」

『行くぞ、マリー、アルマ!』

 

 ヴェーラの声が夜明けの空に響き渡る。


『さぁ、みんな、恍惚に酔え! セイレネスで舞い踊れ!』


 手遅れだとは、まだ思いたくない。


 私は唇を噛み締めて、艦を進めさせた。まっすぐに――。

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