#08-04: サミュエル・ディケンズという男

 あの演説の台本はどうだったかしら――。


 査問会から解き放たれた私たちは、カワセ大佐に迎えられた。私は肩を竦めつつ、カワセ大佐の差し出してきたスポーツドリンクを受け取った。


「やっぱり大佐の筋書きでしたか」

「ええ、そうよ。三十年前までは現役の映画俳優だっただけあって、なかなかの演技力だったでしょう?」

「演技、ですか」

「そうよ。それも必要なこと。政治の世界ではね、わかりやすさこそが一番大切なの。大衆の半数以上は魯鈍ろどんなのだから、当たり前の話よ」


 カワセ大佐はそう言うと、自分の携帯端末モバイルでネットのニュースサイトを開いてみせた。そこでは、ついさっきの査問会の様子が動画として配信されていた。


「ええっ!?」


 私とアルマは近くの会議室に飛び込み、素っ頓狂な声を出す。


「情報部と保安部を出し抜くために時間がかかってしまったけれど、結局は参謀部が勝ったわ。あなたたちには気を使わせたくはなかったのだけれど。でも、ハーディ中佐も黙らせているし、今はあなたたちの好きにしていいわ。でもその前に――」


 その時その会議室のドアが開いて、少しだらしない格好の男の人が入ってきた。丸眼鏡、無精髭、よれた白いTシャツにに黒のダウンジャケット、迷彩ズボンに黒いブーツ。肩掛けカバンもどうやら陸軍のものらしいが、ものすごく年季が入っていて、つまり一言で言うとボロボロだ。年の頃は四十代、なのかな。


「サム、待っててって言いましたよね」

「いいじゃねぇか。廊下で立ち話できる状況でもねぇしさ」

「サム?」


 私とアルマは頭の中の人物図鑑をめくる。そして思い当たる。


「もしかして、サミュエル・ディケンズさん?」

「へぇ、どうしてわかった?」

「なんかピンと来ました」


 私は頷いて、思わず握手した。アルマも私に続いてその手を握る。


「おやおや、いきなりどうしちまったんだい」

「セルフィッシュ・スタンド発禁本の人ですよね!?」


 アルマが目をキラキラさせてその手を握りしめ続けている。サムは「おう、そうだぜ」と頷きつつ、少し表情をだらしなくした。


「サム、本題に」

「おっかねぇ顔すんなよ、マリア」

「ファーストネームで呼ぶ許可はしていません」

「まぁそう言うなよ。お前だって俺をサムって呼ぶじゃねぇか」


 私たちは呆気に取られて二人を見る。思いのほか親密な仲のようにも見えた。


「それじゃ、ちょっと座って」


 サムはとっとと自分だけ座った。私とアルマもつられるようにして近くの椅子に腰を下ろした。カワセ大佐はドアのところで仁王立ちだ。


「まったく、とんだ政治ショーに使われたもんだよ。マリアもひでぇやつだよ」

「手短にって言いましたけど?」

「悪い悪い」


 サムはそう言うと、例のボロボロカバンからタブレット端末を取り出した。


「ちょっとこいつを読んで欲しいのよ。先のネーミア艦隊との戦闘のレポート。本当はウラニアに乗っていく手筈になっていたのに、マリアにドタキャンされてね。おかげで命拾いしたっちゃしたけどな」


 サムはその後、第七艦隊旗艦ヘスティアに乗り込んで戦場にやってきたらしい。つまり、あの絶望的な戦場に、わざわざ志願してやってきたというわけだ。なるほど、この人は確かに信頼できる。私はそう感じた。


 私はレポートのその詳細さに驚きつつ、アルマと一つ一つ事実確認をしていった。


「嘘は書いてねぇと思うが、付け足したいことがあればいつでも言ってくれ。近々うちの会社から公式に発表する」

「ええっ!? こんなの出して大丈夫なんですか」


 戦闘のみならず、さっきの査問会の様子についてすら書かれている。そして私たちが痛く感激したのは、イザベラやレベッカが一体何を望み願い、あんなことをしでかしたのかについての考察が事細かに並べられていることだった。


「この辺は俺の創作も入ってるけどな」

「い、いえ。十分だと思います」


 私はアルマと頷き合う。これが世に出れば、もしかしたらイザベラ、いや、ヴェーラの望みが一つ叶うかもしれない。もしかしたらその深い傷も、少しは癒やされるかもしれないと感じた。


「ヴェーラやベッキーが、何をどう考えて戦っているのか。戦場に立っているのか。俺はちゃんと聞いてきたつもりではいる。状況証拠だけでワイワイ言うのはバカと法律屋だけで十分さ。ってわけで、お嬢ちゃんたちからもきちんと聞きたい。だから、この戦いが終わったら、是非俺に話を聞かせて欲しいわけよ」


 ややハスキーなその声でまくしたてるサム。きっとヴェーラもレベッカも、このペースに飲まれたんだろうな――私はなんだか可笑しくなった。


「じゃぁ、生きて帰らなくちゃですね」

「俺のために生きて帰ってきてくれよ」

「わかりました」


 私は頷いた。アルマも「はい」と短く応えた。


「あの」

「ん?」

「サムさんは、ヴェーラをどう思っていたんですか?」


 私の問いに、サムは苦笑する。


「ヴェーラはな、本当に優しくて純粋で、時として残酷なくらいだった。見ていて痛々しいと思ったことなんて一度や二度じゃねぇな」

「残酷なくらいに……?」

「ああ。それに、アーシュオンとの飛行士の件にしたって、あいつは俺にだけは話してくれたよ、たぶん、その全部をね。でも、そこからだよ。あいつが仮面を被り始めちまったのは」

「仮面……?」


 私は渋面になった気がする。


「あいつが火を放ったと聞いた時、俺は来るべき時が来ちまったんだって、不思議と慌てたりはしなかったんだよ。その後のイザベラ登場で、俺にはすぐに、こいつぁヴェーラだってピンときた。まぁ、実際のところはイザベラがこっそり教えてくれたんだけどな」

「信頼されてたんですね」

「そりゃ、十何年も付き合いがあればな」


 サムは少し苦い顔をしてみせた。


「でもな、そんな俺にもあいつは今日という日が来ることを教えちゃくれなかった。ヴェーラは、空の女帝とそこのマリア、そしてレベッカ。その三人以外には心を開いたりはしちゃいなかったんだ」


 少し寂しそうに微笑むその表情を目にして、胸が少し痛んだ。


阿片アヘンみたいなもんなのさ、お嬢ちゃんたちは」

「阿片、ですか?」

「そうさ」


 サムは少し天井に視線をやって、また私を見た。


「存在しているだけで、人と社会が壊れていくっていう意味だ」

「そんなひどい」


 私は立ち上がりかけた。が、アルマが「座ってろよ」と私に言ってくれたおかげで、私は冷静さを取り戻せた。


「マリー、サムの言うことは正しいよ。あたしたちは麻薬の類の何かってこと。この上なく万能で、この上なく依存性のある、ね」

「でも、それじゃ私たち自体が問題みたいじゃない」

「そうなんだろうさ。だから、イザベラは、その副作用を見せつける行為に出た。このままだと大変なことになるんだぞっていうね」

「だがね」


 サムはタブレット端末をしまいながら、静かに言った。


「ヴェーラの考えた程度のことじゃ、ただの歌姫セイレーンの内輪揉めにしかならなかっただろう。マリアのあの宣伝工作がなければね」

「そんな」

「どこまで行っても他人事ひとごとなんだ、バカでボケた国民の皆々様におかれましては、ね。もっともあの大統領演説は、劇薬レベルのものだけど、それでもまだね。インスマウスをぶち込まれてでさえ、平和を訴える類のバカが多すぎるからな」

「平和を訴えるのは悪いとは思いませんけど」


 思わず私は言った。平和を望むのは本心だと思う。私だってあんな、故郷を根こそぎ消し飛ばされるようなことがなければ、今だって普通のバカでボケた国民の一人でしかなかったかもしれない。それに、できるのであれば私だってそっち側に、無力さを言い訳にできる立ち位置にいたかった。


「まぁ、お嬢ちゃんの言いたいこともわかるさ。でもな、俺たちが武器を収めたところで戦争は終わらんよ。歌姫計画セイレネス・シーケンスを抜きにしても、ヤーグベルテに対するABCD包囲網がある限り、セイレネスを使うか、エル・マークヴェリアの属国に成り果てるか以外の選択肢はねぇし。未だに武力放棄を訴える連中ものさばっちゃいるがね」

「八方塞がり……ですか」

「そういうこった」


 絶望的なことをこれ以上なくお気楽な口調で告げるサム。私は溜息をつく。


「ま、俺はお嬢ちゃんたちのリアルを発信し続けるぜ。そのためにも今後とも仲良くしてもらいたい。だけど、どうだい。俺はくそったれなメディアの人間だが、手ぇ組んでもらえるかい?」


 私はカワセ大佐を見た。カワセ大佐は大袈裟に肩をすくめる。


「直感を信じなさい。私はあなたたちの判断に異議は唱えません」

「わかりました」


 私は頷いた。そしてアルマと頷き合う。


「これから、よろしくお願いします」

「おう、頼むわ」


 サムは再び私たちと握手を交わし、そして会議室を出ていった。


 カワセ大佐はいつの間にかサングラスを着けていた。


「サングラス、ですか?」


 真冬の夕方に? 私は首を傾げる。アルマが私の肩に手を置いた。


「カメラのフラッシュ対策だよ」

「カメラの?」


 私がその意味を理解したのは、そのわずか五分後だった。


 査問会中継が効いたのだろう。マスコミは既に統合首都作戦司令部を取り囲んでいた。向けられるマイク、間断なく輝くフラッシュ、無遠慮な質問――ありとあらゆる悪意が私たち三人に向けられていた。サムとは大違いの人種だと思った。


「不安になっている国民の皆様にメッセージを一言!」

「先の戦いではマリオンさんたちは下級の歌姫を集中的に狙ったように見えました! その時のお気持ちは!?」

「国民の間では今回の作戦に批判の声が上がっています。反論があれば是非!」


 ――そういった質問が津波となって私たちを襲う。しかし先頭を行くカワセ大佐はまったく歩調を変えることもなく、毅然としていた。私たちも自然とそれにならう形になる。


 そこで私は気付いてしまった。私たちの目的地である車の向こうに掲げられた横断幕に。そこには「恥を知れ、ソリスト!」と書かれていて、大勢の人々がこれみよがしに蝋燭を持って座り込んでいた。


「大佐、私、悔しい……」

「私もよ、マリー」


 カワセ大佐は車の中に私たちを押し込むと、単身後ろ――マスコミを振り返った。そして怒鳴った。「恥を知れ」と。


 その声には、黄昏の最後の輝きを失った空を引き裂くほどの強さがあった。


「私は歌姫艦隊ディーヴァ・アルマダ作戦参謀長、カワセです。あなた方、メディアの人間たちに、私個人の意見として一言言わせていただきます」


 そのよく通る声は、美しくも物騒に輝く、妖刀のような鋭さを持っていた。


「あなた方は今、何を言ったのか――自覚はありますか。狂気をはらんだ物言いをした自覚はありますか。この子たちは、何の力も持たない私やあなた方に代わって、その生命を賭けて戦っています。歌姫セイレーンは、戦力としては最強です。しかし無敵ではない。心が傷つくことだってある。怪我をすれば死にもする」


 人々はざわついている。しかしカワセ大佐の舌鋒はなおも容赦がない。


「二十歳になるかならないか。選挙権をようやく手にした頃の子たちが、政治の都合で消費される。しかし、この子たちはそれに粛々と従う。正義と義務と、その間でせめぎ合いながら! 軍人の責務です、国防は。しかし、今の状況はそれを逸脱しているのです。私たちは、のです。そのことを理解していますか」


 私とアルマは車の後部座席で小さくなっている。周囲を取り囲む人々の視線が怖かった。


「負ければ恨まれ憎まれ責められる。何事もなければ揶揄やゆされる。勝っても喜びはない。なぜなら、この子たちの手はそのたびに血に汚れるのだから。この子たちには殺す相手が見えているのです。その全ての情報が、脳裏に焼き付くのです。文字通りのに晒されているのです。正気でいられますか? その状況を前にして狂わずにいられると言える者だけが、石を投げなさい」

「しかし、それが歌姫セイレーンたちの存在意義――」

「ふざけるな!」


 カワセ大佐の怒号が響く。私の頭がハウリングを起こす。アルマも私の手を握る手に力を込めてきた。


「今回のこのイザベラ・ネーミアの反乱は、あなた方のような無責任な意図的弱者、あるいは傲慢な先導者たちによって引き起こされた。恥を知るべきものが恥を知るために、イザベラ・ネーミアは私たちに機会を与えた。私も、あなた方も、ではない。当事者なのです。そうやっていつまでも安全圏から汚い野次を飛ばし続けるのはやめなさい」


 カワセ大佐はそう言って、悠々とした態度で運転席に乗り込んだ。


「大佐……大丈夫、なのでしょうか」

「ふふ、スッキリしたわ」


 カワセ大佐は珍しく、自動運転オートマモードで車を動かした。

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