#08-03: 劇場型査問会

 二〇九八年十二月二十二日――寒風吹きすさぶ中の撤退を終え、ようやくおかに上がった私たちを待っていたのは、査問会だった。秘密の檻の中で、私とアルマは軍の高官たちの詰問に耐えなければならなくなった。薄暗い取調室の中には、情報部や保安部などの、この国のたちが雁首を並べて座っていた。


 くだらない時間だった。くだらない質問にくだらない結果論。レベッカやヴェーラたちは、何度もこんな連中の相手をさせられていたに違いない。吐き気のするほどの醜悪さに、私もアルマもすっかりやられていた。私たちがを認めるまで、彼らはやめないつもりだった。それは穏便な拷問だった。


 私は事ここに至って理解した。彼らこそが民主国家であるヤーグベルテの、文民統制シビリアンコントロールの末に作られた軍の末路の象徴なのだと。


「それで――」


 彼らの一人が、言った。


「君たちでの殲滅は可能なのかね」


 反乱軍――私は奥歯を噛みしめる。ヴェーラを二度殺そうという連中に、そんな呼称を使われたくはなかった。ヴェーラをイザベラに変え、そして反乱者に変えたのは、他ならぬ彼らだ。


「わかりません」


 応えたのは私だった。反射的に、そして、感情的に。


「殲滅してもらわなければ困るのだが――」

「どなたが?」


 私は後ろで手を組んだまま胸を張った。


「どなたがお困りになるのです?」

「口を慎みたまえ、シン・ブラック。ここは神聖な査問の場だ」


 神聖な? ……危うくわらってしまう所だった。私は「ままよ」と首を振る。


「神聖であるならばこそ、言うべきことは言わせていただきたいです」

「いい加減にしたまえ、シン・ブラック。国家国民に忠義を尽くす義務が君たちにはある」

「わきまえております。忠誠と盲従が違う、ということくらいは」


 マリー、やばくないか?


 アルマの声が聞こえた気がするが、私は聞き流した。もう我慢は限界を迎えていた。これ以上、私の憧れの人たちを冒涜ぼうとくすることは許さない。


「君たちは、先の戦闘で貴重な歌姫セイレーンを二十四名も戦死させた! こんな被害は前例がない!」

「それはそうでしょう!」


 私は顎を突き上げ、座っている彼らを見下ろした。


「今までは、かのイザベラ・ネーミア提督ほどの実力のある敵はいなかった! 私たちは今までずっと、ディーヴァたちの庇護ひごもとでのうのうと生きてこられた。それだけです!」


 目の前に机があったら叩き割っていたかもしれない。


「あなた方は、歌姫セイレーンたちに何度死ねと命令したのか覚えていないと見えます。私たちは擦り減らされ続け、死してなお、享楽のために使われる道具。死にこそ利用価値を見出したのは、あなた方ではなかったか!」

「諸君らしか超兵器オーパーツには対処できんのだ。仕方あるまい。通常艦隊で迎撃できる敵ではない。それとも無駄死にすれば良いとでも」

「そうは言っていません」


 私は首を振る。誰かが舌打ちしている。


「あなた方は手を抜いたのです。我々歌姫セイレーンに頼り切り、他の手段を模索すらしなかった。あまつさえ私たちのすら政治的駆け引きに利用した。人々の支持のため、軍拡の口実のため、私たちの命を搾取した!」


 私は息を吸う。脳から酸素が喪われていた。


「その代償が! ネーミア提督の反乱であり、アーメリング提督の戦死です!」

「我々は政治の、つまり人民のもとにある。我々は――」

「人々の望み、つまりは多数派マジョリティの犬となった、ですか」

「軍法会議にはかられたいか!」

ご自由にアズ・ユー・ライク!」


 私の血圧は上がり続けている。今にも倒れそうだったが、ここで負けるわけにはいかない。アルマが隣にいなければ、私はこんなふうに啖呵を切ることはできなかったに違いない。アルマと物理的な距離は少し離れていて、体温を感じることはできない。でも、心は完全に同期シンクロしていた。


「そもそも、戦争は人が死ぬもの。それを永遠に続けようとしているのは、あなたたちだ。そして死に続けるのは私たちです。恥を知っていただきたい」

「貴様!」


 誰かが腰を浮かせる。有象無象の一人だ。私はその赤ら顔を睨みつけ、すぐに記憶から消去した。


「あたしからも言わせてもらいます」

「アルマ……」

「ネーミア提督の艦隊は、我々が対処します。しかし先の戦いを見ておわかりの通り、厳しいものとなるでしょう。我々が潰滅かいめつした暁には、皆様もまた運命を共にすることになります。セイレネスは、人を殺すですから」

「貴様ァッ!」


 情報部の誰かが椅子を蹴って机を叩いた。


 その時だ。


「やめたまえ」


 部屋の奥、私たちからは暗闇にしか見えない場所から、聞いたことのあるバリトンが響いた。その声の主に思い至った軍人たちがどよめく。


「マサリク大統領閣下……」


 誰かの呟きで、私もようやく思い出した。エドヴァルド・マサリク大統領。度重なる政権交代の末に生まれたとも言われているが、支持率は非常に高い。二枚目俳優のような容姿の彼は、私たちの目の前まで悠々と歩いてくるとそのガッシリとした手で私たちと握手を交わした。白々しい――とは思ったが、さすがに口には出さなかった。


「ご苦労だった」


 その言葉に、私たちは動転してしまう。ヤーグベルテの人々の頂点に立つ人間がそこにいる。私たちに背中を向けている。


「歴戦の将帥たる貴官らに相応しくもない言動の数々については、然るべき沙汰が下るだろう。貴官らが歌姫セイレーンをどう思おうが自由だ。ここは民主国家であり、自由の国。その原則は変えられない。だがしかし!」


 大統領が拳を振るう。


「事実として! 我々は歌姫セイレーンたちに、そして、セイレネスという殺人手段に依存しているのだ! 我々は誰一人としてイザベラ・ネーミアに対抗する手段を持たない。この子たちを除いては!」


 ゆえに、と、大統領は続ける。


「我々にできるのは命ずることではない。願うことだ。亡国の危機にあって、今なお何を躊躇うことがあるか!」


 堂々たる演説だった。政治の世界のトップを走る男のだった。どこまでが演技で、どこからが本音なのか。それはわからない。セイレネスの力をもってしても、よくわからない男だった。闇色――この人もそうなのかもしれない。


「我々はこの十数年、国家の安全を歌姫セイレーンたちに保障させてきた! この子たちが言ったように、使い捨てのような状況で、だ! それでも、この子たちは、歌姫セイレーンたちは、常に我々の期待に応えてくれた。我々をその身命を賭して守ってくれているのだ。違うか!」


 違わない、けど――。私はなんとも言えないモヤモヤした感触を覚えていた。


「ヴェーラ・グリエールも、レベッカ・アーメリングも、レネ・グリーグも! そして、この子たちも! !」


 えっ? どういうこと……?


 私は思わずアルマを見た。アルマも私を見ている。驚きとか、戸惑いとか、そういう感情があった。そんな私たちを振り返りもせず、マサリク大統領は演説を続ける。


「我々は歌姫セイレーンに依存してきた! それなのに何だ。幾年も共に過ごしてきた仲間、或いは憧憬しょうけいの人との戦いを強制され、それを立派に成し遂げようとしているこの子たちを、称えるどころか非難一辺倒とは、いったいどういう了見か!」


 為政者による強烈な一喝に、場の空気が凍えきった。


「我々は、この少女たちに状況を打破することを願う義務がある」

「しかしながら大統領、議会を通してもいないうちにその声明は、文民統制シビリアンコントロールの大原則をも――」

「黙りたまえ!」


 マサリク大統領のその声は、もはや恫喝だった。


「確かに文民統制シビリアンコントロールは曲げてはならぬ国家の信念。だが、だからといって、大統領たる私の誠意を伝えることが過ちだとは思わない。今まさに。そう、まさに今。命を賭けているのは我々ではない。傷ついた歌姫セイレーンたるこの子たちだ。その若い命を我々のために使ってくれと言うのに、なぜ我々は上に立ってモノを言わんとするか。矜持きょうじある行為というのは、足蹴にして人々を従えるような行為のことではない。必要とあらば手を取り頭を下げ、あるべき未来を近づけようとする努力のことだ。私は一人の人間として、歌姫セイレーンたちにい願う。この国を救ってくれと!」


 振り返った大統領は、私達に向かって深く頭を下げた。いわゆる最敬礼だった。私たちはその演説と所作にすっかり動揺してしまって、アルマとお互いに「どうしよう」と囁きあった。ややしばらくそうしていたわけだけど、やがてアルマが意を決して背筋を伸ばして敬礼した。私も慌ててそれにならう。


「大統領のお気持ちは理解致しました。イザベラ・ネーミアの反乱の鎮圧に、我々は全力を尽くします」

「感謝する」


 マサリク大統領はそう言って、感情の読めない笑顔を見せた。

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