#08-02: 総力戦、しかし――。

 二〇九八年十二月十五日夕刻。私たちはイザベラが指定した海域に到達した。私とアルマの率いている艦隊は、クロフォード提督率いる第七艦隊、そして「空の女帝」メラルティン大佐率いるエウロス飛行隊を後方に従えた状態で、進軍を止めた。ヤーグベルテ最強の通常艦隊と、世界最強の航空部隊。そして私たち。これで止められなければ、ヤーグベルテには打つ手がない。まさに総力戦といえた。


『歌姫さん、いるかい』


 艦橋ブリッジのメインスクリーンに映し出されたのは、炎のような赤い髪をした、真っ白な肌の女性だった。鋭く輝く紺色の瞳が、私たちを睥睨へいげいしている。


エウロスこっちはもういつでも出られる』


 この人が、史上最強のエースパイロットだ。出撃前の挨拶では、今にもクロフォード提督と殴り合いでも始めようとしているかのような状況だったが、その場に居合わせたエリオット中佐曰く「儀式だ」とのことだった。は、喧嘩っ早いことでも有名なのだ。


「ありがとうございます、大佐」

『いいか、撤退もまた選択肢になる。決して引き際を誤るな』

「私たちは……」

『勝てるなら勝て。さもなくば退け。そのためにアタシたちがいる。容赦なく使い捨てな』

「そんなこと――」

『正義感は自分をく。生きることに貪欲であるくらいが、指揮官としては丁度いい』


 メラルティン大佐は、ヴェーラ、レベッカと同じ家で長い時を過ごした。家族のような関係だったと聞いている。その大佐の心の中の嵐はいかばかりだろう――私は唇を噛む。


「しかし、大佐。撤退などすれば――」

『世論は騒がしくなるさ。でもね、それはマリアの仕事だ。お前たちは雑音ノイズに飲まれるな。わかったな?』


 幼児に諭すように、大佐は静かな口調でそう言った。そこには慈愛のようなものさえ感じた。空の女帝、無敵のエース、絶対的王者クイーン――そんな二つ名が疑わしくなるほどに。


『あとはイザベラと直接話せ』

「……はい」


 答えるなり、私はコア連結室へと移動した。


「セイレネス発動アトラクト!」


 黄昏の空へと私は舞った。嫌味なほどのオレンジ色が、私たちの背後に消えていく。星がきらめき始める中、私は薄緑色のオーロラを引き連れて移動していく。私の意識の前方にはアルマの気配があった。


『マリー、遅い』

「ごめん、アルマ。メラルティン大佐に呼ばれてた」

『知ってる。

「え?」

『どうした? 聞こえてたぞ?』

「そんなはずないでしょ。あれ、通常通信だし」

『嘘だろ。だってはっきり聞こえてたぞ』


 そこで私たちはある重大な事に気がついた――メラルティン大佐が事に。二人のディーヴァと常に共に在り、喜怒哀楽全てを共有してきたという大佐もまた、という事実に。


『ははははは! 愉快だね』


 突如、イザベラの声が響いた。


『その戦力でわたしとやりあおうというのかい』


 眼下に迫るセイレーンEM-AZから響く、イザベラのアルト。


『わたしは簡単には倒せないぞ』

「わかってます」


 私は正直に応えた。イザベラは「ほぅ?」と反応する。


「アルマ、いける?」

『やったことがないから、自信はない』

「だよね」


 私はイザベラに聞こえてるのも構わず、セイレネスでの通信を続ける。今さら何を隠したところで意味がない。


『戦いのなんたるかを、わたし自ら、手解てほどきしてあげよう』


 その直後、第一艦隊から空を塗り潰さんばかりの輝きが打ち上がってくる。斉射だ。


『こちら第七艦隊、クロフォード。第七艦隊、応射に参加する。頼むぞ、S級ソリスト

「はっ」


 私はレスコ中佐の意識に呼びかける。レスコ中佐は「わかった」と返してくる。


『第二艦隊、全艦隊、応射を開始! 全てに優先してS級ソリストを守れ!』


 だが、役者が違った。私とアルマの力をもってしても、イザベラたちが放った攻撃を中和しきれなかった。私たちの前に出たコルベットやフリゲートたちが沈んでいく。


『まさか、最初からC級クワイアを狙った……!?』


 アルマの声が震えていた。私は半ばパニックになっている。


「どうして!? どうしてですか!?」

『戦争には犠牲が必要だ』

「だからといって!」

『手加減はしない』


 冷たい宣告。それは第二斉射という形となって私たちを襲った。また数隻の小型艦が沈む。守りきれない。誰も守れない。そして私たちの応射は、セイレーンEM-AZの袖の一振りで消されてしまう。


『効かん』


 たったの一言。それだけで私たちの決死の攻撃は終わってしまう。打つ手がないことは開始数分にしてもはや明白だった。だけど、こんなところで撤退はできない。こんなことでは何も言い訳ができない。


『マリー、諦めるな。あたしたちが諦めて、どうするんだ』

「アルマ、でも……」

『コーラス』


 アルマが言った。コーラス。同格の歌姫セイレーンが三人以上集まって構成するセイレネスの支配域ドメインを作るという技術だ。C級クワイアたちは基本的にこのコーラスを用いて戦線を維持している。また、アーシュオンの超兵器オーパーツたちもこの技を使う。


「三人いないよ? これだと、構築できない」

『あたしたちなら、できる。ヴェーラとレベッカは二人でもやっていた』

「でも私たちはD級ディーヴァじゃない」

『そんなのどうだっていい。今やれなければ、何もできないままってことになる』


 不安だった。前に進むのも、下がるのも。足が竦む。私は怯えていた。


 でも――私は精神を集中する。アルマの気配を探し出し、そこに自分を重ね合わせる。やったことなんてない。戦闘ログの数々を読み、覚えただけのプロセスをつなげていく。


 私たちの精神は完全に同調シンクロした。拍子抜けするほどにあっさりと。


 セイレーンEM-AZのずらりと並んだ主砲群が轟然と火を噴いた。しかし、私たちの形成した碧い壁がその全てを弾き返す。


「やった! うまくいった!」

『ああ、さすがあたしたち!』


 喜んだのも束の間。第一艦隊は一挙総攻撃を仕掛けてきた。それまでの火力が遊びだったと言わんばかりの猛火が、私とアルマで作り上げた壁をいでいく。


『エウロス、出る! ミサイルの迎撃はアタシたちに任せろ』


 エウロス飛行隊の母艦、戦艦空母アドラステイアから、真紅の戦闘機エキドナが飛び出した。それに続くのは夜闇に溶ける黒色の戦闘機たち。エキドナの機首に搭載されたパルスレーザー砲が、私たちの防御をかいくぐってきた対艦ミサイルを次々と撃破していく。


「人間技じゃない……!」


 思わず出る感嘆。およそ戦闘機とは思えない機動マニューバでありとあらゆる脅威を無力化していってくれる。


「アルマ、でも、これ以上は厳しいよ!」

『イザベラはあたしたちを待ってる。だから、行こう!』


 アルマの青い制海掃討駆逐艦パトロクロスが速度を上げた。私のアキレウスもそれに並ぶ。


防衛ラインを破る。目標、セイレーンEM-AZ!」

『こちら、エディタ。露払いは任せておけ』


 レスコ中佐の落ち着いたように聞こえる声が届く。V級ヴォーカリストの巡洋艦から猛烈な数の対艦ミサイルが跳ね上げられ、私たちの頭上を超えていく。


『なるほどね』


 イザベラの声が聞こえる。その間にも、対艦ミサイルや徹甲弾が飛来しては私たちのふねをかすめていく。エウロス飛行隊がいなければ、私たちはとっくに海の藻屑となっていた。そのくらいの砲火に私とアルマは襲われていた。


『負けない!』


 アルマの叫びが響く。夜の空が白く染まる。


「なに……?」


 何が起きた?


 私は視界を失った。だけどアキレウスは前に前にと突撃していく。


『わかってきた。マリー、あたしにもやっとわかってきた。セイレネスが』

「今のは?」

『そんなことより――』


 アルマの意識の手が前を示す。コルベットが四隻、私たちとセイレーンEM-AZの間に立ち塞がっていた。迂回する余力はない。


『どけ! 死ぬぞ!』

『どかないから!』


 C級歌姫クワイアたちが怒鳴り返してくる。


『私たちはソリストなんかとは役者が違う。そんな事はわかってる。私たちを殺さなければ、私たちはあなたを撃つ。さぁ、殺しなさい。その手を血で染めあげなさい!』

「そんな! 無駄死にするだけだ!」

『私たちはね、ソリストさん。兵器のままでは死にたくないの』


 コルベットの誰かが呟いた。


『だからこそ、ネーミア提督に従うことを選んだのよ。今さら死ぬのが怖いなんて思わない』

「でも、それじゃ」

虐殺者ジェノサイダーになるがいい。我々の歌姫セイレーンとかいう可愛らしい称号は、歌姫特措法を通すためだけに作られた。政府にとっては支持率稼ぎの都合の良い道具。人々にとってはただの娯楽の提供者エンターティナー

「だからといって、私にはあなたたちを撃てない!」


 私の叫びは、しかし夜の海に消えていくだけだ。セイレーンEM-AZの威容はもうすぐそばに迫っている。撃てば当たるかもしれない。だけど、そんなすきを作ってしまったら、コルベットたちに体当たりされかねない。


『私たちはね、言ってしまえば可愛らしい名前と立派な梱包を施されただけの、麻薬でできた人形のようなものなの。くらむほどの芥子けしの香りのする人形なのよ!』

「でも!」


 私たちは防戦一方だ。ここでこのC級歌姫クワイアたちを撃砕することは難しくはない。けれど、そんなことは――。


 その時、私の内側に、誰かの記憶が一気に流れ込んできた。誰か――言うまでもない、ヴェーラだ。士官学校での思い出、虐殺劇、出撃、核攻撃、そして、炎。全てが痛みと苦しみに彩られていた。その全てはあの火事の炎で焼かれて燃えていた。痛い。熱い。苦しい。死にたい――。


 それらの想いが、記憶が、私の内側を抉り抜いていく。目を閉じても無理矢理脳内に送りつけられる。


「やめてください、イザベラ……いえ、ヴェーラ」

『いいか、二人とも』


 イザベラが荘厳に宣告する。


『現実というのはそんなものなんだ』

「でも、これは――」

『言葉が通じず、献身も軽んじられた以上、わたしたちは自分を守るための剣を持つことを選んだ。剣を持ち、自由のもとに平穏を叫ぶ。これの何が罪だというのか!』


 その圧倒的にすぎる圧力を受けて、私たちは硬直する。そこに、コルベットたちが一斉に突っ込んでくる。


「しまっ――」

『そうかい』


 割り込んでくる声。空の女帝――メラルティン大佐のものだった。


 次々と爆砕されていくコルベットたち。海が、禍々まがまがしくも美しい金色の炎に揺れ始める。


『どうして、カティが……』


 イザベラの動揺というものを初めて耳にした気がする。そこには明らかに感情が、迷いが生まれていた。打ち上がる対空ミサイルも、エウロスには通用しない。それどころか、他の艦艇も次々と沈められていく。地獄絵図――そのほとんどを空の女帝一人が描き出していた。


「アルマ、どういうことなんだろう、大佐が……」

『わからないけど……。大佐が歌姫セイレーンだというなら、辻褄つじつまは合う』

「そ、そうだね」


 私は頷き、戦線の再把握のために意識を高く登らせた。星空、天の川、そして、眼下の輝き。イザベラの艦隊は半壊状態。しかし、私たちの艦隊もまた、大ダメージを受けていた。大破以上の艦がざっくり四割を超えている。


 このままでは押し負ける。私は即座に決断した。


「アルマ、撤退」

『えっ!?』

「一度退却しよう。態勢を立て直す必要がある」

『でも、今は――』

「これ以上仲間を失うわけにはいかない」


 その時、私の言葉をまるで待っていたかのように、カワセ大佐発の撤退命令が飛んできたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます