#08 たとえそれが未来のためだとしても――

#08-01: ロール・プレイ

 その日の明け方を前に、レベッカ・アーメリングは戦死した。イザベラ・ネーミアによって、ウラニアは完膚なきまでに叩き潰された。そして今現在、反乱軍の行方は不明だった。


 私とアルマはカワセ大佐の命令により、それまで提督たちがこなしていた仕事を引き継いでいた。大半はカワセ大佐が手を貸してくれたが、それでも膨大に過ぎるドキュメントの量を前にして、私たちは絶望的な顔をしていたと思う。エディタ・レスコ中佐が事実上の最高責任者になるだろうと思っていたら、そうではなかった。S級ソリストであるというだけで、私たちは最上位にまつり上げられたという状態だった。それはカワセ大佐曰く、国民向けのサービスなのだという。


「分かりやすいほうが良いのよ、か」


 呟いて、私はコーヒーをアルマに手渡す。


「国民ってそんなにバカなのかな」

「どうだろうね」


 アルマは首を振る。今はそんなことを考えている余裕がないのだ。物理的にも、精神的にも。


 その時、私の携帯端末モバイルにレオンから着信が入った。ドアを開けろ、と言っている。私はテーブルにコーヒーを置いてから、携帯端末モバイルを操作してドアの鍵を開けた。


「マリー、アルマ!」


 怒鳴り込んできた、という表現がしっくり来る。レオンの浮かべている表情は、とても苦い。


「なな、なんだよ、レオン」

「レオナと呼べ、せめて!」

「うん。で? って、レスコ中佐!」


 私はレオンの後ろに続いて入ってきたエディタ・レスコ中佐に気付いて姿勢を正す。が、レスコ中佐は関心なさげに腕を組んで、ドアの所に寄りかかった。その後ろにはハンナ・ヨーツセン、ロラ・ロレンソ、パトリシア・ルクレルクの三名のV級ヴォーカリストが控えていた。この五人が、現在ヤーグベルテにいる全V級歌姫ヴォーカリストだった。


「良いか、マリー、アルマ。私たちはあんたたちより格は下だ。それは認める」

「う、うん」

「だけど、私たちはあんたたちの指揮の下では戦えると思えない。あのイザベラ・ネーミアを相手にして。あんたたちにはやりようがあるのか。それを訊きに来た」

「やらなきゃいけない。だから、やる」


 アルマが言う。しかしレオンは首を振る。


「そういうのじゃない。どうするのか、具体的な策を聞きたい」

「そんなの、参謀部が考えることだよ」


 私が言うと、レオンは私のところまでやってきた。背の高い彼女に見下されると、凄まじい威圧感を覚える。しかし、私の心は酷くクールだった。


「そんなので艦隊指揮官コンダクターが務まるか!」

「務めるしか無いんだよ!」


 私の隣に立ったアルマが、その三色の髪を振り乱して怒鳴った。褐色の瞳には槍の穂先のような輝きがあった。アルマは私の右腕に自分の左腕を絡める。震えは、ない。


「あたしたちだって、別に誰が指揮をしたっていいと思っている」

「だったら――」

「参謀部からの命令だ、というのも一つ。でも、そうじゃない」


 アルマは私を見た。私もアルマを見つめ、頷き、言葉のバトンを受け取った。


「艦隊指揮に関しては、確かにレスコ中佐や先輩方の方が適任だとは思う。だけど、私は今一度、イザベラ・ネーミア提督とお話がしたい。私の好きなように、好きな言葉で。そのためには先頭に立たなくちゃならない。そのためには、この戦いの指揮権タクトは私が握っていなくちゃならない」

「そんなことのために?」

「そんなこと?」


 私はレオンの方へ一歩詰め寄ろうとした。が、アルマの腕が私を引き戻した。


「私はまだ、イザベラと十分に理解し合えていない。提督としてではない、イザベラとレベッカの想いを、まだ受け止めきれていない。だから、それを受け止めるために、私は先頭に立つ。私の責任で、私は言葉を繋ぎたい」

「その結果、私たちは全滅するのか」

「するかもしれない」


 私はアルマの体温を感じながら、頷いた。


「私とアルマが止められなければ、他の誰にもセイレーンEM-AZは止められない。それはレスコ中佐もおわかりのはず」


 レスコ中佐は薄く目を開けて私を見ていた。じっと、観察している。他のV級ヴォーカリストも、私とレオンを見ていた。


「レオナ」


 アルマが静かにその名を呼んだ。


「あたしたちは――じゃない」

「……わかったよ」


 レオンはそう言うと、不意に右目を軽く閉じて、口の動きだけで「ごめん」と言ってきた。その時にようやく、私たちはレオンの意図に気付いた。


 なるほど。


 茶番、ということか。今回の措置に反感を覚えているV級ヴォーカリストの先輩たちを納得させるための芝居だということか。レオンはわざとらしく息を吸って、そして例の大音声を放つ。


「私はあんたたちを信じる。それしかない。思うところはたくさんある。国にも、イザベラにも、みんなにも。だけど、今を生き延びるためには、こんなところで角を突き合わせてる場合じゃないってことも理解した。第七艦隊、エウロス、他にも味方はいる。あたしはあんたたちについていく。先輩、レスコ中佐、どう思いますか」


 レオンは私たちに背を向けた。まるで私たちに向けられる剣呑な視線から、私たちを守ろうとするかのようだった。


「レスコ中佐。アーメリング提督が自ら、マリーに託されたんですよ。我々には受け入れる他にない。そして、今、内輪で争っている場合でもないんです」

「私たちとて、つまらないプライドでものを言っているわけではない」


 レスコ中佐が言う。しかし、レオンは大きくかぶりを振った。


「いいえ、先輩方は、今なおエゴに縛られているように見えます。未来への恐怖と言ったって良い」


 レオンの言葉が鋭い。先輩方、そしてレスコ中佐を相手に一歩も引いていない。


「私たちはアーメリング提督が望んだように、ネーミア提督が望むように、提督方を、ディーヴァを踏み越えて未来へ進まなければならない。死にたくなければ。違いますか」

「それは――」

「それとも、寝返りますか」

「レオナ、何を言っているんだ」


 レスコ中佐が少し温度の高い声で言い返してくる。


「私たちは……そう決めていた。遠からず、この日が来ることも知っていた」

「知っていた……?」


 私たちの声が重なる。レスコ中佐は私たちの前まで歩いてきた。


「私たちはネーミア提督とアーメリング提督の、計画の全てを知っている。だからこそ、こうして確かめに来た」

「確かめに……!?」

「そうだ、シン・ブラック上級少尉。悪かったな」

 

 アルマに右腕を掴まれていなければ、その頬を一発くらいは叩いたかもしれなかった。そして多分、レスコ中佐もそのくらいの覚悟はしていたと思う。


「シン・ブラック上級少尉、アントネスク上級少尉。ネーミア提督のことは任せる。ただし――」

「ただし?」


 アルマが挑戦的に尋ねる。レスコ中佐はしばらく難しい顔をして黙っていたが、不意にその表情を緩めた。軍服を着ている時には見せたことがない、柔らかい表情だった。国民の誰もが虜になる、美貌と微笑。それを私たちに見せた。


C級クワイアたちのは、私が取る。おまえたちにそこまでは任せられない」


 レスコ中佐はそう言うと、レオンを残して立ち去った。


「……レオン、ありがと」

「別に」


 レオンは首を振ると、テーブルの上にあった私のコーヒーを勝手に飲んだ。

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