#07-02: センターに立つ者の、役割と、責任

 無言だった。誰も喋らない。レスコ中佐も何も言わない。私たちは無音という喧騒ノイズの内側で、粛々と暗黒の海へと向かっていく。


『マリオン・シン・ブラック上級少尉』

「提督……」


 艦橋ブリッジのメインスクリーンに映し出されたレベッカ・アーメリングその人は、ひたすらに毅然としていた。その立ち姿は、私には冷たすぎた。


『本来ならば、C級歌姫クワイアたちの掃討は、エディタたちの役割ロールです。しかし、今回は私と――』

「私にやれと、おっしゃいますか」


 私はレベッカを睨みつける。レベッカは眼鏡の位置を直しつつ、まるで当然だと言わんばかりにうなずいた。


『あちらには、クララやテレサもいます。こちらのC級クワイアでは相手にならない』

「レスコ中佐とレオンなら」

『今は、あの子たちを損耗させるべきではないのです』

「しかし!」

『この反乱が終わってからも、あなたたちの時代は続くのです。ヤーグベルテを丸腰にするわけにもいかないのです』

「ですが!」


 前に出る私の肩を抑える腕があった。ダウェル艦長のものだった。


「アーメリング提督の判断は正しい。今は、従うべきです」

「艦長……でも」

「子どもの駄々で戦争をするものじゃない」


 ダウェル艦長の言葉が私の胸に突き刺さった。冷水を頭からかけられた気分だった。


「でも、しかし、だって――戦争では慎むべき言葉ですよ、シン・ブラック上級少尉」

「わ、私は……!」

「無益でも無意味でも、命令に従う。専守防衛に続いて文民統制シビリアンコントロールの原則まで失ったら、それこそヤーグベルテはおしまいです」


 ダウェル艦長の顔を見られない。私はただ拳を握りしめるだけだ。この刺々とげとげしい感情の全てを右手に込めて、握りつぶしたい気分だった。


『ダウェル中佐の言葉は正しい。そしてあなたにはがある。全てを封殺せしめるだけの力が』

「一方的に、味方を、殺せと」

『味方ではありません。反乱軍です』

「呼び名なんてどうだっていいじゃないですか!」


 私は首を振った。が、次の瞬間、私は張り倒された。ダウェル艦長に頬を張られたのだと理解するまで、数秒を要した。


『なぜ自分がそれをしなければならないのか。そういう問いですね? いいでしょう。お答えします、マリオン・シン・ブラック。それはね、あなたがS級ソリストだからです。あなたが次世代の歌姫の長。私たちのヤーグベルテを守るという役割ロールを、あなたが引き継ぐからです』

「それは……」


 左の頬が痛かった。口の中が切れたかもしれない。甘い鉄の臭いがする。


『あなたの苦悩は理解できる。でもね、それは、それこそが、私たちがずっと、ずっと味わってきた苦さ。でも、私たちがやらなければならないのです、今は。なぜなら、私たちとイズーは、もはや敵味方。私たちがやらなければ、が死ぬのです。私たちの判断の所為せいで』

「それは……」


 何も言えない。私には、何も言えない。


に犠牲を強いておいて、あなたはその責任や悪夢から、そして人々の心無い罵詈讒謗ばりざんぼうから身を守れますか。守れる自分でいられますか』


 無理だ。無理な話――わかっている。私の右手は大きく震えていた。


『あなたが歌えば。あなたの歌がありさえすれば、イズー以外の子たちはあっさりと沈むでしょう。そうすればエディタたちは、本来の敵アーシュオンを討てる。彼らアーシュオンの艦隊は、明確にして明白な敵。あの子たちにをさせてはいけないのです』

「味方殺し……」


 反乱軍――。


 私の頭の中はぐちゃぐちゃだ。


咎人とがびととなるべきは――』

「私と提督だけに留めようと。そういうことでしょうか」

『イエス』


 レベッカはうなずいた。私は固い唾を飲み込んだ。


『私はイズーと一騎打ちをすることになるでしょう。最悪の事態に至ったとしても、あとのことはマリアが。しかしその際には、私の背負ってきた血の十字架を、引き継いでもらいます』

「私が……十字架を」

『血染めの、ね』


 レベッカは少し微笑わらった。今まで見てきた人の笑顔の中で、多分一番切なくて辛くて泣きたくなる微笑ほほえみだった。


『マリオン・シン・ブラック、いえ、マリー。迷ってはだめ。迷えば迷うだけ後悔は大きくなる。イズーは覚悟を決めている。イズーたちは迷いを捨てている。覚悟で負ければ、私たちの艦隊もまた、大きな被害を受けるでしょう。セイレネスとは、そういうものです』

「覚悟の差、ですか……」


 憎しみも義務感もない。その中でいったいぜんたいどんな覚悟をしろというのか。


『第二艦隊に被害が出たとすれば、私とあなたはその責任を問われるでしょう。、という訴追を受けて、その汚れた言葉を首から吊るす事になるでしょう』


 私は唇を噛み締めた。右手にはもう力が入らなかった。また甘い臭いがした。錆びた鉄のような、こびりつくような。


『つらいとは思います。理解しています。ですがこれこそが、私たち歌姫セイレーン中央センターに立つ者の役割。そして同時に、責任でもあるのです』

「ですが、イザベラ・ネーミア提督は……こんなことを望んだのでしょうか」


 私の問いに、レベッカは悄然しょうぜんとした表情を見せた。


『イズーはね、目的のための手段を選べなかった』

かばう……のですか?」

『いいえ』


 レベッカは首を振る。


『これは事実。ただの事実です』


 単語の一つ一つが私の胃を抉っていく。それとともに私が小さく削られていく。心が急速に冷めていく。金属のように、固くこごえていく。


『マリー、私はあなたに謝らなければなりません。こんな未来しか遺せないこと――』

「私は……逃げません」


 私はレベッカの言葉を塞いだ。これ以上聞きたくなかった。憧れの人の謝罪の言葉なんて聞きたくなかった。傷ついた顔なんて見たくなかった。これ以上は、私が耐えられないと思った。


「私も軍人です。これでも、もう、軍人なんです。守るべきものは国家。守るべきは未来。いいえ、違う。私が守りたいのは、子どもたちの未来です」

『子どもたちの……』

「私のような戦災孤児のいない世界のために。罪のない子どもたちが苦しまないで済む世界のために。そんな未来を作るために。私は……戦います」


 私の言葉に、レベッカは静かに頷いた。何度も、頷いた。その目尻が少し光っていた。


「ただ、あなたとは……もっとお話をしたいです。憧れの人として、もっと」

『そうね』


 レベッカは口角を上げた。


『帰ったら、たくさんお話をしましょう、マリー。あなたのために予定は開けておくわ』

「はい!」


 敬礼してみせた私は、この時もう全てを振り切っていた。


 ――そう思いたい。

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