#07 反旗、翻り――

#07-01: This day...

 二〇九八年十一月二十五日。その日にアーシュオン艦隊によって受けた奇襲攻撃は、確かに私たちの運命の分かれ道になったのだと思う。たとえそれが全て織り込み済みであったとしても、だ。


 イザベラ・ネーミア提督率いる第一艦隊、通称グリームニルは、その日は練習航海に出ていた。第一艦隊ということは、そこにアルマやレニーもいる、ということだ。


 その一方、第二艦隊、通称グルヴェイグに所属している私たちは、陸上でレオンや他の歌姫セイレーンたちと共に、セイレネスの訓練を行っていた。訓練――いや、実質的なチューニング作業だ。日々成長する私たちの能力に合わせて、最適な破壊力と防御力を出力することができるようにするための、調整作業のためのデータ取り。訓練航海の支援を行うと同時にチューニングも実施できる、実に効率の良いシステムだ。


 そんなことを心の中で愚痴りながら仮想戦闘訓練をやっていると、突然見えていた景色が暗転した。なにか設定でミスでもしただろうかと思って、セイレネスシミュレータの筐体――黒い棺桶と呼ばれている――から這い出してみると、他の子たちも同様にキョトンとした顔を覗かせていた。


 次第にざわつき始めるシミュレータルーム。その正面にあるガラスの向こうでは、ブルクハルト中佐が険しい表情で携帯端末モバイルを耳に当てている。声は聞こえないが、今まで見たことのないその厳しい表情に、尋常ならざる事態が発生していることはすぐに認識できた。


 私とレオンが前に立ち、皆に落ち着くように言う。そしてガラスの向こうのブルクハルト中佐を伺う。中佐はすぐにこちらの部屋にやってくると、通信を切りつつ「各自、ニュースを見ろ」と短く言い、またガラスの向こうへと戻っていった。そして座り込んで私たちに背中を向ける。


「言われたとおりにしよう」


 レオンが自分の携帯端末モバイルを取り出して、ニュースサイトにアクセスした。すぐにニュース映像が流れ始める。そこに投影されているテロップを見て、私たちは瞬間的に語彙を喪失した。


「第一艦隊が、……?」


 そこにある文字を読み上げてはみたものの、理解できなかった。わたしの脳が理解することを拒否したのかもしれない。ただ、文字が礼儀正しく並んでいるようにしか、私には見えなかった。


 しかし――。


『わたしは現時刻をもって、ヤーグベルテに反旗を翻す。アーシュオン艦隊と共に、今から統合首都を目指して進軍する』


 淡々と告げられたその死の宣告は、間違いなくイザベラの声によるものだった。1Hzヘルツの違いもない、完全なるイザベラの声――。


 そして、その直後、第一艦隊旗艦セイレーンEM-AZと並走していた戦艦ヒュペルノルが、至近距離からの砲撃を受けて爆発炎上した。


「う、うそ……」


 私はレオンと顔を見合わせる。レオンは蒼白で、小さく震えていた。嘘だ、と何度も繰り返している。


「ヒュペルノル……だよね、この、燃えてるの……」


 誰かが言った。そうだ、ヒュペルノル。レニーの、戦艦ふね。イザベラ・ネーミアがレニーの戦艦を、沈めた。


 私の視界が不意に揺れた。涙を流していたことに気付けたのは、レオンもまた泣いていたからだ。嘘だと繰り返しながら。


『わたしはヤーグベルテのあり方に、愚かにして傲慢なる国民に強く抗議する。歌姫セイレーンを使い捨てにし、あまつさえそのすら嗜好品として利用するその不遜不逞ふそんふてい行為おこないに、わたしは強く抗議する。その外道なる振る舞いを平然と行うことのできる知性と理性の低さに、わたしはいい加減うんざりしている』


 強い口調。しかし、そこに感情はない。心の中を垣間見ることもできない。いや、違う、見えているのだ。ただの一面の闇が。私はここに至ってようやく理解した。イザベラ・ネーミアの内側は暗黒に染まっていただけだった。見通せない闇色の霧に包まれていただけだった。


『わたしたちの生み出すものを受け取るだけ受け取り、騙し、奪い、そして血を流すことすら求め、自らは傷まず、日々享楽に耽溺たんできし、与えられることを権利だと信じてやまない愚かな者たちに、わたしは本心より憤怒いかる。おまえたちは恐怖し、後悔し、そして摩耗していく一方のわたしたちにひとかけらの思いすら馳せない。馳せられない』


 イザベラの姿が大映しになる。自ら中継させているのだろう。


『ただまるでゲームを愉しむかのように戦争を眺め、好き勝手な御託を並べ、断末魔を求め。そのような下劣卑陋ひろうにして愚昧なる思考しか持ち得ぬおまえたちに、ただ利用され続けることに対して、わたしの我慢は限界を超えた』


 私たちはただ凝視することしかできない。紛れもない本人、紛れもない、イザベラ・ネーミア。そして、ヴェーラ・グリエール。味方を、レニーを、撃った人。


『わたしはヤーグベルテに対し、宣戦を布告する! 今からこのわたしが、このくだらない世界を終わらせてやろう! 我々使い捨ての玩具として造られ、そして一方的に消費されていく者たちの想いを、その身をもって知るがいい!』


 その鋭利な声に、私の身はすくむ。背中が粟立つ。膝が震える。気付けば私はレオンに抱きしめられていた。レオンの携帯端末モバイルは床の上に転がっていた。そこで無情にも映像を映し続けている。


 部屋のドアが開く。そこにいたのは、真っ青な顔をしたレベッカと、表情のないカワセ大佐だった。


 二人は垂れ流され続けている映像をしばらく見て、そしてレベッカがようやく口を開いた。


「つまり、そういうことです」

「反乱……」

「そうです」


 誰かの言葉に頷くレベッカ。その唇は戦慄わなないていた。


「第二艦隊に……出撃命令が出ました」


 ざわつく。室内が、ざわつく。


 レベッカは短く言った。


「主目的、の殲滅」


 反乱軍。それは、第一艦隊のことを指すのだろうか。私の頭は思考しない。


「二時間前に、アルマのパトロクロスはシステム不調により艦隊を離脱。第七艦隊が曳航中。現時刻を以て、セイレーンEM-AZに随伴する艦隊は、全て反乱勢力と見做みなし……殲滅対象となります」

「殲滅って、そんな……!」


 私の声が響く。殲滅、つまり、残らず殺せと……参謀部はそう言ったというのか。私はカワセ大佐を睨んだ。カワセ大佐は無表情に私を見つめ返してくる。その深淵の黒い瞳は……イザベラの心と同じだった。見えないんじゃない。今の私に見えているものが全てなんだ。


「レニーは……」


 レオンが掠れた声で尋ねた。が、カワセ大佐は短く「です」と告げた。それだけを――。


「第二艦隊は、直ちに出撃準備。第一艦隊……いえ、邀撃ようげきします」

「提督! しかし、それで、いいんですか!?」


 私はレオンを振り払い、レベッカにすがりついた。レベッカは微動だにせずに私を見下ろしている。その青白い顔には、微塵も揺らぎがなかった。陶器にでもなってしまったのではないかと、そんな気さえしてしまうほど、その顔には体温がなかった。


「もし――」


 レベッカは私の肩を押す。私とレベッカの距離が開く。


「イズーに聞く気があれば」

「提督! 出撃なんて! 歌姫セイレーン同士で戦うなんて、そんな――」


 私の言葉を受けても、レベッカは揺らがない。ただ黙って首を振った。私は何も言えなくなる。


 レベッカはマントを翻す。私に背を向ける。


「彼女は、あなたの問いになら答えてくれるでしょう」

「提督――!」


 私の言葉はその背中にあたって跳ね返り、消える。カワセ大佐は何も言わずにドアの向こうへと消えていった。


 私たちは、意志とは無関係に動き始めていた。

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