#06-02: 欺瞞と毀損

 私たちがカワセ大佐によって導かれたのは、参謀部第六課の会議室の一つだった。イザベラとカワセ大佐は、私とアルマを残して出ていってしまう。私たちは並んで椅子に腰を下ろす。


「よくやったと思うよ、マリーはさ」

「四人、死んだ」

「海軍の兵士も合わせれば数百人だ」

「……そうだね」


 アルマのその冷静な声で告げられた冷酷な内容に、私も少し落ち着きを取り戻せた気がする。


「帰路もろくに休んでなかっただろ、マリー」

「うん。全然眠れなかった」

「それも当然だよ」


 アルマは目を伏せる。長い睫毛が揺れている。


「あたしもセイレネスにいた。だからマリー、あんたの苦しみは伝わってきた。あの子たちのも聞いた。だけど、マリーは、自分を責めるべきじゃない」

「うん。わかってはいる。理解してはいる。理性では納得してる」


 私の声は震えている。目を閉じればあの時の光景が鮮明に蘇る。常に頭の中で、あのが鳴り響いている。目を閉じること、暗闇の中、沈黙――それら全てが怖い。生きていることに罪悪感を覚えさえする。


「初めて会った時みたいな顔だよ、マリー。しょうがないな」


 アルマは私の後ろに回ると、首に腕を回してきた。アルマの吐息が耳にかかる。


「温かいだろ」

「うん」


 その少し高めの体温が、今の私にはとても心地良い。そういえばお風呂に入りたいな、なんて、思った。私の艦アキレウスにはシャワーしかないから。


「ありがとう、アルマ。落ち着いた」

「寂しい時にはね、人肌ってやつが一番効くんだ」


 寂しい時には、か。私は心の中で、何かがストンと落ちた気がした。


「あっ?」


 アルマはふと離れ、携帯端末モバイルを耳に当てた。珍しい。音声通信か。


「ごめん、マリー。ちょっとレニーの所に行く用事ができた。提督がもうちょっと待っててって」


 ということは、話の相手はイザベラか。一人になるのは嫌だったけど、そういうことなら仕方ない。私は頷く。


「それじゃ、ちょっと行ってくる。提督来るまで寝てて良いと思うよ」

「う……ん……」


 なんか気が抜けたのか。さっきのアルマの体温が残っているのか。たまらなく身体が温かくなって、急激に睡魔に襲われた。


 意識を失っていたのは多分せいぜい五分程度だと思う。だけど、頭は妙にスッキリしていたし、それまでずっと胃と心臓を締め付けていたような苦しさはなくなっていた。まるで一週間前の戦闘が全部夢でした、みたいな感覚だ。ひどい夢を見たという苦さはあったけど。


 でも、あれは夢じゃない。それは理解してる。


 目を覚ました私の隣には、アルマ……じゃなかった。レベッカが目を閉じて座っていた。私は二度見した後、勢いよく立ち上がった。レベッカの口元が小さく笑っている。


「座って」

「は、はい」


 私は元通りに腰を下ろす。レベッカは私の方へ身体を向けて、私の両手を握った。


「どうして何も言わなかったの?」

「何も……とは?」

「苦しいとか、つらいとか、どうして言わなかったの?」

「つらいのは、私だけじゃないから……」

「それは欺瞞ぎまんよ」

「欺瞞……ですか」


 私は思わず反芻する。


「あなたがつらいと感じたなら、あなたはつらいという権利がある。他の皆が苦しんでいるからといって、あなたが黙っていなければならない理由はないわ」

「しかし、私は……私のせいで……」

「あなたに責任は一つもない」


 レベッカは私の肩を包むように、手を置いた。


「でも、私には聴こえるんです。私が殺した人たちの呪いの言葉が。結果的に私が殺してしまった子たちのが、何度も何度も繰り返して……」

「ええ」


 知っているわ、と、レベッカは囁く。レベッカらしからぬハスキーな声だった。


「私は、あんなことを他の誰にもさせたくない。もちろん、アルマにも。あんな思いは、させたくないんです」

「残念だけど、それは――」

「大人の理屈とか政治とか、そういうのの都合は承知しています。けれど、私は」

「それはね、マリー。私たちも同じなのよ」

「でも――」

「そう」


 レベッカは手に力を込めて、私の言葉を止める。


「今のこの体たらくは、私たちの力不足が招いたもの。そして私たちは今、その責任をあなたたちに取らせようとしている。卑怯な大人の理屈をねてね」

「もっと何か、この十数年でできることはなかったのでしょうか」

「そうね……」


 レベッカの顔から表情が消える。眼鏡のレンズが天井灯を反射して、視線をも隠す。私の口が勝手に動く。


「セイレネスは、殺戮の力です。麻薬のような、依存性を持った破壊の力です。何のために、あなたは、ヴェーラは、戦い続けたのですか」

「それしかなかったからよ」


 レベッカの声が、ほんのわずかに震えている。


「ヴェーラは文字通りに死ぬほど苦しんだ。その苦しむヴェーラを見て、私が苦しまなかったことがあると思う?」

「いえ……」


 ないだろう。そのくらい、考えなくてもわかる。


「まだセイレネスがなかった頃。私たちの国ヤーグベルテは文字通りにアーシュオンによって好きなようにされていたわ。本土空襲だって一度や二度じゃない。もちろん、あの、インスマウスによる空襲も含めてね」

「それは……」

「私たちはあの頃のヤーグベルテを知っている。暗黒空域シベリウス、異次元の手イスランシオ――数少ない英雄に支えられて亡国の瀬戸際で成り立っていたヤーグベルテを」


 レベッカは右手を私の頭に当てた。頭に集中していた血液が、あるべき場所へと戻っていくような感触があった。


「私たちには、空襲で突然命を失う可能性にさらされ続ける人々の希望となる力があったのです。敵の圧倒的戦力に翻弄されて命を失う軍の人たちを助けられる力があったのです。そうと知っていながら、私たちがその力を放棄できたと思う?」

「いえ……」


 私が首を振ると、レベッカは私にすがるようにして抱きついてきた。その力と、伝わってくる震えに、呆気に取られる私。


「マリー。私たちは、私たちのケジメを付けます」

「ケジメ……?」

「ええ、そう。ケジメ」


 レベッカは私をもう一度抱きしめる。私もその華奢な背に腕を回していた。


「私とイズーは、あるべき未来のために、次世代の歌姫セイレーンたちを育てます。私たちが前線にいつまでもいられるわけではないことは百も承知。そして、いつまでも平和と自由のの座にとどまっているいるつもりもありません」

「それでは、しかし――」

「聞いて、マリー」


 レベッカの声が私の耳朶を震わせる。


「無責任に聞こえるかもしれない。けれど、ね。私たちには私たちの考えがあるの。その結果が今、この現在。ここでこうして起きている全てのことが、私たちの考えの通りに進んでいる。そして今、私たちがあなたがたに残してあげられるのは、戦う力だけ。アーシュオンだけじゃない。あなたが今まさに直面しているのようなものと戦う力よ」

「私は――」

「戦いなさい」


 レベッカの静かな声が、背中に回った腕が、私を封じ込める。


「ありとあらゆる、あなたを毀損きそんしようとする事物ものから、あなたは自分を守りなさい。いいですか、から、です」

「それはどういう――」


 私の問いかけを受けて、レベッカは私から身体を離した。そしてゆっくりと立ち上がる。私を見下ろすその視線は、今まで見たことがないほど鋭かった。


「あなたとアルマに、私たちは全てを託します」


 レベッカのその言葉の意味は、この時の私には理解することができなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます