#05-06: 初陣――私は崩壊を歌う

 その直後、レベッカの携帯端末モバイルが無機質な音を鳴らした。すぐに端末の上に、エディタ・レスコ中佐が浮かび上がる。白金の髪プラチナブロンドが少し乱れていた。


『提督、敵の気配を感じました』

「さすがね、エディタ。あなたの感覚に間違いはありません。いつもの挑発行動とは思いますが、現地に急行して一撃を加えます」

『提督、半数が新人のこの状況で殲滅戦ですか?』


 レスコ中佐が目を見開く。私も同じ表情をしていたと思う。まさかの、いきなりの実戦。初の訓練航海にしていきなりの遭遇戦。しかし、敵が迫っている以上、こちらが新人ばかりだからといって退却なんて許されるはずもない。


「一撃加えて逃走するならばともかく、さもなくば殲滅します」

『しかし――』

「いつかは実戦を迎えるのです。私たちは気付いてしまった。の存在に。まさかを通常艦隊に任せるわけにもいかないでしょう?」

『それはそうですが……』


 レスコ中佐の表情は渋い。しかし、レベッカも譲らない。


「会敵予測時刻は?」

『まだ我々の計測に従えば、0530時にアウトレンジ可能距離に入ります』

「航空機に気付かれなければね」

『肯定です。こちらから仕掛けるということで良いですね?』

「ええ。ですが、エディタ。今回の作戦指揮は私がります。歌姫セイレーンたちへの通告は任せるわ」


 レスコ中佐の姿が消えると、レベッカは私の手を軽く握ってから、ゆっくりと立ち上がった。


「マリー。この戦いは、初陣としては、とても厳しいものになるでしょう」

「提督……」

「犠牲がゼロということはありません」


 レベッカは私を見る。レンズ越しの深緑の瞳が、私を穿うがつ。


「私が最先鋒に立てば、犠牲は抑えられるでしょうね」

「私たちを見捨てることもできる、ということですか」

「いいえ」


 首を振るレベッカ。


「でも、イエス。を育てるための犠牲ならば、それは甘受するということです」

「私を……」

「そう。私たちのこれから遭遇する全ての戦いは、マリー、あなたのためにある」


 レベッカは私の両肩に手を置いた。私はどう応えて良いものか、皆目見当がついてない。


「運命を知りなさい、マリオン・シン・ブラック」

「運命……ですか」

「そうです。私も、そして、あなたも、運命からは逃げられない。しかし、抗うことはできる。勝てない戦いかもしれない。しかし、抗いなさい。運命は、決して優しくなどはないのだから」


 レベッカはそう言うと、私を置いて部屋を出ていった。


 それから結局、私はろくに休むこともできず、夜明けの頃を迎えていた。太陽の一欠片が水平線の向こうにきらめくと同時に、バトコンレベルが最大に引き上げられた。私は一も二もなくセイレネスのコア連結室へと飛び込んだ。


「ダウェル艦長、よろしく頼みます」

『こちら艦橋ブリッジ、感度良好。初陣では何が起きるかはわかりませんぞ』

「……肝に銘じます」


 真っ暗な部屋の中に青や緑の輝きが生まれる。この輝きこそが、セイレネスの持つエネルギーの姿らしい。たちまちのうちに私の感覚が研ぎ澄まされていく。身体の末端から痺れるようにして、感覚が溶けていく。私の意識はすでに艦の外にあった。視覚だけを外に放り上げたような格好だ。


火器管制ファイアコントロール、ユーハヴ。合図でこちらに渡してください」

『イエス・マム。火器管制、現状維持。武装のいくつかが未実装なのが悔やまれますな』


 ダウェル艦長の落ち着いた声に助けられる。どこか浮ついていた私の気持ちも引き締まってくるのを感じる。


「今の私に変形機構を試すような余裕はないです、艦長。セイレネスだけで手一杯です」

『はは、そうでしょうな。が、本艦アキレウスは決して沈みませんよ。何があろうとこのダウェルが何とかしますからな』

「お願いします」


 おしゃべりの時間はおしまいだ。


 息を吐ききり、可能な限りゆっくりと吸い込む。


 その途端、私の見ていた景色が変わった。


「――?」


 艦隊? 新型と思しき航空母艦が四隻、その周囲には五十から六十隻の駆逐艦。教科書通りの輪形陣を敷いている。


『第二艦隊、これより状況を開始します。敵艦隊は我々に気付いていません。ナイアーラトテップは六隻。エディタ、あなたたちに任せます』

『了解しました。V級ヴォーカリスト隊で仕留めます。C級クワイアは……』

『私が指揮コンダクトします。エディタ、理解わかりますね?』


 はい、と、レスコ中佐は少し歯切れ悪く応えた。


『マリー、今回の舞台ショー主役ヒロインはあなたです』

「提督……?」

『見えているでしょう? 敵の艦隊の姿が』

「は、はい。しかし、これは本物ですか? まだ二百キロは離れているはず……」

『それがセイレネスの力です。もっとも、私、あなた、エディタ、レオナくらいにしかまだはっきりとは見えていないとは思いますが』


 はっきり。そう、はっきり見えるのだ。航空母艦の上で働いている人たちの顔すら見える。暁を背負った艦隊を構成する人々の姿が。


『マリー、私たちは偶像アイドルなのです。なれば、人々によるその愚かな妄執をも現実にしなければなりません。私たちの意志など、どうでも良い話です』

「それは、私たちがそうしなければ、人々が……ヤーグベルテが危機に瀕するから、でしょうか」

『イエス。私たちは剣となり、盾となり、おびすくむことしかできない、声の大きな無力な存在を守らなければなりません。そこに善悪はないのです』


 私の動悸が嫌になるくらいに高まっていく。レベッカ・アーメリングは、今から私に恐ろしいことをさせようとしているのだ。間違いなく。


『マリー、命令です。敵艦隊に気付かれる前に、航空母艦のうちの二隻を轟沈せしめなさい。猶予は長くて三分です』


 三分で新型の航空母艦を二隻も沈める……!? 私は耳を疑う。しかし、何度思い返しても、レベッカは確かに三分で二隻を轟沈させろと言った。


『国民は圧勝を求める。一隻も、一人も、被害を出さないなどという幻想ファンタジーを。しかし、私が求めているのは、現実的リアルな戦いです』


 私は意識を集中する。レベッカのその声は、私の意識を補うように絡みついてくる。無理矢理に強化されていく。がんじがらめに武装を施されていく。そんな感触を覚えた。しかし、抗えない。私の剣が、私の鎧が、私の盾が、レベッカの歌によって磨き抜かれていく。


 例えようのない高揚感。圧倒的な優越感。も言われぬ万能感。それら全てがぜになって、私をより高く、より高くへと押し上げていく。


 見下ろした先には真新しい航空母艦が四隻。その内二隻に青いターゲットマーカーが付けられている。その二隻が、私が狙うべき獲物だということはすぐにわかった。甲板が慌ただしくなり、航空機が動き始める。まずい、時間がない。


「提督、質問してもよろしいですか」

『どうぞ』

「私が仕留め残った時は……」

でしょうね』

「そうさせない力がお有りでしょう……?」

『イエス。でも、ノー。さっきも言ったでしょう。私は現実的リアルな戦いを求めていると』


 レベッカは国民に夢を見せるのをやめる――そう言っている。そのために、国民ではなく、歌姫セイレーンを犠牲にすると。ヴェーラとレベッカの登壇以降、圧倒的な勝利ばかりを見てきた国民に、冷水を浴びせようということだ。


 かつて強力なV級歌姫ヴォーカリスト、トリーネ・ヴィーケネスを失ってから早くも数年。国民はまた圧勝に慣れ始めている。あの時のはたまたまだ。偶然にもあんなことがおきただけなのだと、都合よく解釈して。


『あなたが仕損じれば、国民の夢は悪夢に変わる。私たち歌姫艦隊ディーヴァ・アルマダが通常艦隊相手に、しかも圧倒的優位な立ち位置にありながら被害を出すなど、ことですから』

「それって、私が仕留め損ねたら……」

『それが、歌姫セイレーンの責任です。敵を殺すか、味方を死なせるか、どちらも殺すか。私たちには、しかばねきざはしを上る以外に道はないのです』


 うあああああああああああああっ!?


 私はパニック状態に陥ったと思う。と思う、というのは、妙に冷静な私もいたからだ。敵を殺せばいい。敵を沈めればいい。それだけで私の同期の子たちは死なずに済む。


 でも、仕留めるのに失敗したら? 敵を殺せなかったら?


 三年も一緒にやってきた仲間が死ぬ。誰かが犠牲になる。レベッカは助けないと言った。現実的リアルな戦いをすると言った。


 何千人もの人を殺せと……。さもなくば……。


 私は頭を抱える。


『マリー。これは命令です。何の呵責かしゃくも要らないのです。全ては私の責任ですること。あなたはそれに従わなければならない。それだけです』


 初撃用意。


 私はカラカラになった喉を叱咤する。


「ダウェル艦長。全火器管制をこちらに」

『イエス・マム。ファイアコントロール、ユーハヴ』

「アイハヴ……」


 私は発艦し始める敵の航空機を見ている。焦りが先に立つ。敵は完全に対艦攻撃仕様の武装。歌姫艦隊には航空戦力がない――つまり、敵にもこちらが何者であるかを見抜かれたというわけだ。


 その時、二隻の航空母艦が同時にした。旗艦ウラニアから放たれた光の槍が、空母をはじめとする周囲の艦艇を一斉に粉砕したのだ。敵にしてみれば何が起きたか分からなかったに違いない。私にもわからなかった。こんな攻撃は、今までに見たことがない。


『全C級クワイア、全トリガーをアキレウスに同期シンクロ! マリー、急いで!』


 レベッカの叱咤が飛んでくる。私は唇を噛み、そして、呟いた。


「モジュール・グングニル、発動アトラクト!」


 グングニル?


 私の脳内にはそんなものはなかった。だから、これは私が勝手に喋ったのだ。


「主砲一斉射! グングニル、調律チューニング開始!」


 艦隊のほぼすべての艦から大小様々な主砲弾が放たれる。私はそれらをつかまえて、一気に加速させた――どうやったのかは私にもわからない。だけど、弾丸は水平線を飛び越え、そして落下した。


 その全てが狙いを付けた航空母艦の中心部に突き刺さる。たちまちのうちに航空母艦は真っ二つに折れ、大爆発を起こした。吹き飛ぶ人、焼かれる人、引き裂かれる人……私の中にそれらの人たちの姿が、声が流れ込んでくる。狂気だ。狂ってる。こんなの、耐えられるはずが――。


『マリー、今は敵を倒すことに集中しなさい。私たちは例外なく狂気の徒インセインなのです」


 まさにそうだ。こんなの、普通じゃない。正気じゃない。だけど、もう一隻。知っている子たちの断末魔なんて、絶対に聴きたくない。だから、許して。


「モジュール……」


 私の頭の中に声が響く。名状しがたが膨れ上がる。頭が内側から破裂しそうな、吐き気をもよおす


「セイレネス発動アトラクト! モジュール・タワー・オブ・バベル、起動プリペレイション!」


 なんなの、これ、なに!?


 狼狽うろたえる私。視界がエメラルドの光に覆われる。が否応なしにたかまる。私をどこかへ連れ去ろうとするかのような、。恐怖の。居ても立ってもいられない。だけど私は、コア連結室の暗闇の中で、身じろぎすらできずにいる。


 私の視界が私の艦アキレウスを捉える。半径十キロ。いや、それ以上。エメラルド色に輝くタワーが、彩雲をえぐっていた。まさに天を衝く塔――タワー・オブ・バベル。


 そして、私の頭の中で誰かが


 私の意識が朦朧となっていく。集中力が枯渇し、精神力が完全に息切れを起こしている。だけど、そこに付け込むようにして、そのウィスパーボイスは大きくなっていく。


塔の崩壊ザ・コラプス!」


 私の声が遠くから響く。声が海を割る。穏やかな夜明けの空が、海が、崩壊した。それは二百キロ彼方の、その航空母艦まで至り、一瞬で蒸発させてしまった。見たこともないほどに海が荒れ、周囲の小型艦が飲まれていく。もはやひと目でわかる潰滅かいめつ状態だった。この世の終わりかと思うほどの金色の空と荒れ狂う海のコントラスト。美しいと思ってしまうほどの、大殺戮劇。この手は今まさに美しく赤く染まった。私はそう自覚する。


 だが、その時には搭載機の多くが離艦してしまっていた。


「敵機が……」

『わかっています』


 レベッカの冷たい声。そこに重なるようにして、レスコ中佐の声が凛と響く。


『全艦、対空戦闘用意!』

 

 ぼけっとしている場合じゃない。今はこの危機を乗り越えないと。


 私はアキレウスの後ろにいる、超巨大戦艦ウラニアに意識を飛ばす。そこにレベッカはいる。しかし、ウラニアの持つ圧倒的な火器は、沈黙を守っている。


 敵機の数は四十。母艦を失った彼らは、文字通りに死物狂いで攻撃を仕掛けてきた。前衛を務めていたコルベットが四隻、集中攻撃を浴びて撃砕されてしまう。見えていたエメラルド色の光が次々と消えていく。命の光が消えた瞬間を、私は目にしてしまった。そして、断末魔――。


 胸に突き刺さるようなその悲鳴は、悲痛な祈りは、私をえぐった。そこには呪詛じゅそ怨嗟えんさもあった。その中には救われる要素なんて、一つもなかった。


 突然、が消えた。風景はこんなにも鮮明に見えているのに、私の中からあらゆるが消え去った。


 お前はもう何もするな――システムにそう言われたように感じた。けれど、この阿鼻叫喚の戦場から逃げることは赦されない。私は全ての火器管制をダウェル艦長に返し、暗闇の中膝を抱える。自分の身体を感じることで、少しだけ震えが止まる。


 対空戦闘自体は十分も続かなかったと思う。けれど、私にとっては人生で味わったことのないほどの苦痛な時間だった。


 震える私を救ったのは、レスコ中佐の落ち着いた報告だった。


『アーメリング提督。状況は終了しました。残敵なし。殲滅完了です。生存者の救出に向かいますか?』

『不要です』


 レベッカは冷然とした口調で言い放つ。


『アーシュオンの兵士を助けるために、我々が損耗する道理はありません』

『承知しました。ただちに帰還準備に入ります』

『後は任せます、エディタ』

『はっ』


 そのやり取りを聞き、私はようやくセイレネスからログアウトした。室内が再び暗黒に包まれる。頼りない平衡感覚と、足の裏に伝わる固い床の感触が、私が確かにここにいるのだということを教えてくれる。


 暗闇の中でぼんやりしていると、私の携帯端末モバイルが着信を報せた。私は発信元を見て慌てて姿勢を正す。通話開始と同時に浮かび上がってきたのは、レベッカの上半身だ。


敵艦載機により、C級歌姫クワイアが四人死にました』

「……四人も」

『悔しいですか』

「……はい」


 私は頷く。でもなぜだろう。悲しくはなかった。視界が揺れることもない。むしろ目は乾いていた。


『あの子たちを殺したのはあなたではありません。私です』

「提督、しかし、それは――」

『今のあなたに、その事実を受け止めきれるのですか?』


 レベッカの表情のない声が突き刺さる。胸の奥が、痺れるほどに冷えた。


『鬼もく。私は、そういう人間です』

「提督、私は……」

『あなたの真の試練は、今から始まります』

「どういうことですか」


 私の声はカラカラにかすれていた。


『生き残るというのは、死にそびれるというのは、それ自体が試練なのですよ、マリー』


 レベッカの声には、微塵の揺らぎも感じられなかった。

 

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