#05-04: 制海掃討駆逐艦

 私たちはカワセ大佐がハンドルを握る車に移乗していた。ジョンソンさんとタガートさんには、カワセ大佐からその場で帰宅命令が出された。二人も慣れたもので、二つ返事で帰っていった。


「護衛官なしで大丈夫なんですか?」

「ええ」


 助手席に座った私の疑問に、カワセ大佐は肯く。後部座席には提督方と、その間にアルマが小さくなって座っている。


「ここは参謀部直轄、特A級ゾーン。ネズミ一匹入れやしないわ。第六課の人間と、一部の例外以外は立ち入りを禁止されているの」

「わたしたちはその例外ってわけ」


 イザベラがあっけらかんと言う。その「わたしたち」に私とアルマが含まれているようには思えないのだけど。そんな私を見透かして、カワセ大佐は明言する。


「私が良いといえば良いのです、マリー」

「は、はぁ……」

「それでね、ここはね、軍港なのよ」

「……海からはだいぶ遠いですけど」


 一番近い港まで、ざっと二十キロはある。


「だからこその、特A級ゾーンなのよ。いわゆる秘匿建造ドックというものね」

「ここで私たちのふねを?」

「そうです」


 カワセ大佐は頷き、道なき道を走っていく。いつの間にか道路の舗装はなくなり、まるで森の中を走っているかのようになったかと思えば、トンネルの中にいた。田舎のトンネルのような薄暗さはまるでなく、まるでSF映画か何かに出てくるような未来的な純白のトンネルだった。いつの間にかカワセ大佐はハンドルから手を離し、自動運転オートマに切り替えている。あとは景色の変わらない一本道なのだろう。


「軍はレニーのヒュペルノル以後の戦艦建造を打ち切りました」


 カワセ大佐は私の方を見て言った。


「それは、どういう意味ですか?」

「わざわざあんな巨大な海上構造体を用意する必要が無くなったということです」

「ええと……」


 戸惑う私に小さく笑うカワセ大佐。後部座席のレベッカが言う。


「イリアス計画というものが進んでいて、それがあなたたちのふねの建造計画に間に合ったということですよ、マリー」

「イリアス計画……?」

「それじゃ質問だ、マリー、アルマ」


 イザベラが言う。


「どうしてわたしたちやレニーは、戦艦なんていう、アホみたいに運用コストのかかる代物を運用させられているのかな?」

「それは」


 アルマが答える。


D級ディーヴァS級ソリストが最大効果を発揮できるように設計されたセイレネス・システムが、恐ろしく巨大で膨大な電力を消費するから……ですよね?」

「正解だ、アルマ。そしてそれが弱点でもあった。主に防衛省の予算という観点からね。わたしたちの艦隊は、通常艦隊の四倍もの運用コストがかかる。そしてその二割は、諸々込みで戦艦が食っていた」

「イリアス計画というのは、そのシステムの小型化、省電力化のためのものなのですか?」

「そのとおりだよ、アルマ。計画自体は十年前から動いていて、何とかきみたちに間に合ったということだね」


 そこでイザベラは運転席に向かって身を乗り出す。


「システムの結合試験とかは完了したの、マリア」

「ええ、先ほど。ようやく公式に発表できます」

「ブルクハルト教官、何日帰ってないの?」

「この二週間は詰めっぱなしでしたね」

「システムのために生まれたような人だなぁ」


 ブルクハルト中佐は、セイレネス・システムのプロフェッショナルだ。ブルクハルト中佐ほど、この得体の知れないシステムに詳しい人間は世界のどこにもいないのではないかというくらいに。歌姫セイレーンの艦船全てのメンテナンスやチューニングの計画を策定する部門の部長でもある。


「教官は無事?」

「相変わらずです」


 カワセ大佐は肩を竦める。トンネルの内部をすでに十分は走っている。単純計算で十キロ以上の長さがあるということになる。ちょうどこの真上あたりはちょっとした山岳地帯になっているはずで、おそらく貫通爆弾でもまともなダメージを与えられない。


 そしてトンネルは唐突に終りを迎え、車は自動的に駐車スペースに収まった。外に出ると、そこは巨大な半球系の空間で、目の前には巨大な地下湖が広がっていた。照明は必要最低限だったが、カワセ大佐が携帯端末モバイルで何かを伝えると、突然煌々たる明かりがいた。


 サーチライトに何重にも照らし出されたそこにあったのは、二隻の……。


「駆逐艦……?」


 大きさ的には。黒一色と、青一色の、かなり大振りな駆逐艦だ。巡洋艦というにはスケールが小さい。レニーの戦艦ヒュペルノルの半分くらいしかない気がする。


「そう、駆逐艦よ」


 カワセ大佐は私たちを振り返りながら、少し胸を張った。が、私とアルマは顔を見合わせる。どちらかというと拍子抜けした気分だ。巨大な艦を想像していたのは事実だった。


「でもこの二隻は、従来の、C級クワイアの駆逐艦とは、そのデザインコンセプトからしてまったく違う。駆逐艦にして、艦隊指揮を担う事のできる。そして、搭載されているセイレネス・システムの増幅器アンプリファイアは、セイレーンEM-AZをすら凌駕する。それがこの、制海掃討駆逐艦、アキレウスとパトロクロスよ」

「制海掃討駆逐艦――」

「わたしのセイレーンEM-AZと、正面から撃ち合うことも可能な性能を持っているんだ、こいつらは」


 イザベラは物騒なことを言い放つ。冗談じゃない、D級ディーヴァと撃ち合えるなんて、誇大広告も甚だしい。


 私は漆黒の方――アキレウスを眺めつつ考える。このちょっと大きい駆逐艦が、あの超巨大戦艦を超える性能を持っているなんて、信じられない。


「ちょっとがっかりしたかも知れないけどね」


 イザベラは私たちの肩を抱きつつ言った。またアルマは少し頬を染めていた。イザベラの栗色の髪からは、柑橘系のいい匂いがした。


「でも、わたしたちにできるのは一つだ。どんな衣装を着せられようが、ね」

「――殺すことよ」


 レベッカがぞっとするほど冷たい声で言った。イザベラは私たちから離れずに、レベッカを振り返る。


「そういう言い方はしないでも良いんじゃないか、ベッキー」

「でも事実よ」

「怖いねぇ、ベッキー。きみという人は」

「そうね」


 レベッカは私たちの前に出て、カワセ大佐と並ぶようにして振り返った。その表情は戦闘を指揮しているときのように冷たく、まるで冷えた白金プラチナのようだった。


「怖いわ。慣れていくのが。殺すことに」

「そうだね」


 イザベラは私たちから離れ、レベッカの横に並ぶ。私とアルマは取り残される。


「慣れてなんて、いないと思います」


 そんなことを言ったのが誰かと思えば、私だった。レベッカは厳しい表情のままだったが、イザベラは少し微笑んだ気がした。カワセ大佐はいつもどおりの涼しい表情だ。


「慣れていっていると思いたいだけ……なのではないですか?」

「言うねぇ、マリーは」


 イザベラは、あははと声を立てて笑った。


「思いたいだけ、か。うん、そうかもしれないね、ベッキー」

「いえ、私は――」

「そうなんだよ、きみは。きみみたいに不器用な人が、あんなことに慣れていけるはずがないんだ」

「あなたに言われたくないわ、イズー」


 レベッカは腕を組んで、新型艦の方へと踏み出して、私たちに背中を向ける。イザベラは肩を竦める。


「まぁ、それもそうだね。でもま、ほら、わたしたちは二人とも不器用だってことだよ」

「そう、かもね」


 イザベラはレベッカの肩を抱く。こうしてみると二人とも同じくらいの身長なはずなのに、なぜだかイザベラの方が随分と大きく見える。


「不器用、よね、私たちは」

「ああ」


 ふとカワセ大佐を見ると、視線が合った。さっきからずっと見られていたのだろうか。カワセ大佐の陰のある黒い瞳に、一瞬で私はとらえられた。そこにある感情は――怒り? いや、哀しみ? その冷たい棘が、私の胸に刺さる。


 硬直している私たちのところへ、イザベラがマントを翻して戻ってくる。


「変えるんだ」


 イザベラは言う。


「制海掃討駆逐艦――こいつは時代を変えるだろう。アルマ、マリー。きみたちが変えるんだ」

「それは」


 アルマが半歩前に出た。イザベラは無言で近づいてきて、アルマの両肩に手を置いた。


「提督、それは、提督の負債をあたしたちに背負わせるということでしょうか」

「はははは!」


 イザベラは愉快げに笑う。


「連帯保証人でもないのに、か」

「そうです」

「アルマ、ちょっと……」


 私は思わずアルマの左肘をつまんだ。だけど、アルマはその口を止めない。


「ヴェーラにも、レベッカにも、そして、イザベラ、あなたにも。できなかったことをあたしたちにやれと……?」

「そうだ」


 イザベラは低い声で肯定した。その重さが私の胃の辺りを締め上げる。


「わたしたちは、わたしたちにできることをした。そして、わたしたちにできることをするだろう。けれど、わたしたちの時代は終わる」

「終わる……?」

「そうだ。遠からず、な」

「どういう意味ですか?」


 アルマの声がかすれる。イザベラは肩を竦めた。


「永遠なるものなど、ない。世代交代が起きる。世界は再び変わる。自然の摂理だ」

「でもそれは――」

「ヴェーラは簡単に死んだだろう」


 イザベラは言う。しかしそれは――。


「人は簡単に死に、そして他人は簡単にその死を忘れる。それは時代の変化パラダイムシフトを円滑に進めるために、人間に備わった知性なんだ」

「それは、でも、そんなのは」


 私は首を振る。


「悲しすぎるじゃないですか。そんなの」

「ヴェーラは忘れてほしかったのさ。ヴェーラという仮面ペルソナのことなんてね」

「でも、私はヴェーラのことが好きだった」

「ありがとう、マリー。でも、きみはヴェーラの何を知っていたんだい?」

を――」


 歌、か。


 イザベラはそう言って顎に手をやった。


「はは、それは少し意外な答えだったな。しかも迷いのない答えだ」

「だって私は……歌しか知らなかったから……」


 メディア向けの顔なんて、私にはどうでもよかった。幼い頃、私はヴェーラとレベッカに憧れ、ただそのに夢中になった。十歳の頃の、あのは運命だったと思っている。


「その答えをもう少し早く聞けていれば、世界はもっと良く変われたのかも知れない」

「イズー、それは」


 レベッカが少し早い口調で割り込んでくる。イザベラは「ははは」と笑いながら右手を上げた。


「マリー、ヴェーラがまだにいるとしたら、その答えに歓喜しただろう」

「あなたは――」

「わたしはイザベラだよ、ヴェーラではないんだよ、もはや」

「でも」


 私の唇に、イザベラはその指を当てる。


「わたしは今すぐにでも、きみを抱きしめたいほど嬉しいんだ」

「提督……」

「またゆっくり話をしよう、マリー」


 イザベラはそう言うと、レベッカを伴って何処かへと歩き去ってしまった。


「カワセ大佐、あの」


 アルマは、二人を視線で見送っていたカワセ大佐に呼びかける。カワセ大佐は少し目を伏せて、私たちに顔を向ける。


歌姫たちセイレネス輪舞曲ロンド――あなたたちがこの連綿たる円環を断ち切ることになるでしょうね」

「それはどういう意味でしょうか」


 アルマが前に出た。


「時が来れば、わかるわ」


 カワセ大佐はそうとしか言ってくれなかった。

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