#05-02: 卒業の日、私たちは司令官と対面する

 二〇九八年九月末日――。


 私たちはついに士官学校を卒業してしまった。レニーが卒業してからは当然のように一年が経過したわけだけど、その時間はあまりにあっという間だった。日々訓練とログの精査、作戦立案や補助に動き回っていたおかげで、戦闘のなんたるかはおおよそつかめるようになってきたと思っている。


 レニーの願いも虚しく、アーシュオンとの戦争は、よりいっそう混迷を極めていた。アーシュオンは容赦なく島嶼とうしょ占領や領空侵犯、時として弾道ミサイルすら動員して攻撃を仕掛けてきた。ネーミア提督の第一艦隊、アーメリング提督の第二艦隊、そしてクロフォード提督の第七艦隊による八面六臂の大活躍で本土での人的被害は一年間で僅かに数百人に抑えられていたが、その分、軍の消耗は激しかった。


 超兵器オーパーツの一種で、ロイガーやナイトゴーントと呼ばれる戦闘機には、通常の飛行隊では手も足も出ない状況が続いていた。そのしわせは、超エース部隊四風飛行隊にやってきていた。そして、その四風飛行隊をして、また疲労の極致にあった。彼ら猛者部隊が崩壊せずに済んでいるのは、マスメディアの言葉を借りれば「空の女帝のカリスマ性」のおかげらしい。


 カリスマ性やら根性論で戦争が出来てたまるものかと、私は思う。だけど、そうとでも言わなければ通用しないほど、率いる四風飛行隊の部隊の一つ、エウロスは圧倒的に強かった。条件によっては実際に、第一艦隊や第二艦隊をも凌ぐ戦果を挙げることすらあったのだ。


 また、アーメリング提督率いる第二艦隊は以前にも増して出撃頻度が上がっていた。というよりも、アーメリング提督自らが、積極的に訓練航海という示威行為に出ているからだ――というのはカワセ大佐からの情報だ。アーメリング提督の第二艦隊は、ほとんどおかに上がらなかった。そしてアーシュオン軍発見のしらせが入ると、たとえ相手が通常艦隊相手であろうが、完全に殲滅する。島嶼を占領された際には徹底的な艦砲射撃を加えて島の形を変えてしまったほどだ。虫一匹を殺すために建物ごと焼き払う、鬼すらかせる第二艦隊――参謀部内ではそう呼ばれている。


 一方で、ネーミア提督率いる第一艦隊は、大規模な邀撃ようげき作戦の主導権を取ることが多かった。私もアルマと共に作戦支援を幾度か行ったが、ネーミア提督の作戦指揮には、およそ人の温度というものを感じなかった。という二文字がしっくりとくる権威的な指揮コンダクト


 味方が死のうが敵を殺そうが、その声に、意志に、まったく揺らぎが生まれない。しかし得られる戦果は最大にして最良であり、参謀部の視点を考えると、非の打ち所のない指揮であると言えた。ネーミア提督のタクトさばきは、時として感情が乗るアーメリング提督とは違い、圧倒的な安定感を持っていた。そして、決断が異常に速い。ネーミア提督の言動には、何の迷いも見られないのだ。時として味方に「死ね」と――もちろん間接的にだが――命じることもある。その時にも私は一度として揺らぎを感じなかった。


 セイレネスでは嘘をつけない。


 シミュレータから作戦支援をする際には、私たちの心は互いに筒抜けになる。どんな些細なことであっても、聞こえてしまう。実際に私とアルマは、セイレネスの中ではお互いの考えが手に取るようにわかった。レニーやレオン、他のV級ヴォーカリストの先輩たちも同じだ。だけど、ネーミア提督の声だけは、ネーミア提督が故意に流したもの以外はまったく聞こえてこなかった。その理由はわからない。あるいはD級ディーヴァゆえの能力なのかもしれない。だがとにかく、ネーミア提督の心の声だけは、その姿だけは、推し量ることすら叶わなかった。


 ネーミア提督は、つまりはヴェーラ・グリエールだ。から、もう三年が経つ。それは同時に、イザベラ・ネーミア提督が出現してから三年が経ったということでもある。イザベラとしての活動パフォーマンスもまた、凄まじかった。レニーやエディタといった若い歌姫セイレーンたちによる台頭を、イザベラはあっさりとひっくり返した。その圧倒的なは、ヴェーラの、「セルフィッシュ・スタンド」のカバーを発表した瞬間に、国民を魅了した。原曲のキーから二音も下げたその落ち着いたアルトは、その正体を知っている私たちにでさえ、にわかには信じられない歌声だった。


 卒業パーティには、イザベラとレベッカが揃って顔を出した。公の場にイザベラとレベッカの二人が同時に姿を見せることは非常に珍しい……というより記憶にない。ライヴでもソロ活動ばかりだったし、そもそも二人が同時におかにいるということを明かしてしまうと、アーシュオンにとっては絶好の攻撃機会になってしまうからだ。


 そしてまた、イザベラとレベッカという二人の偉人をこれほど至近距離で見たことは今までにない。二人の中将は、文字通りに雲の上の人だったからだ。作戦の支援を行った際に言葉をかけてもらったことはあったが、対面して話をするのはこれが初めてだった。


「あなたがたの支援には感謝しています」


 立食パーティ形式の会場の真ん中にいた私たちの前に、レベッカがやってきて言った。それまで私たちを取り囲んでいたC級クワイアたちは、波が引くようにサッと離れていった。


「レニーから色々と聞いています。あなたたちは優秀ね」


 灰色の髪を後ろにやりながら、レベッカは後ろを振り返り、イザベラを呼んだ。


「イズー、未来の司令官たちにアイスティーでも」

「はいはい、かしこまり」


 イザベラはそう言いつつ、慌てて駆けつけてきたウェイターからグラスを二つ奪い取って私たちにひょいと差し出した。あまりに自然で気さくな流れに、私たちは呆気あっけに取られる。普段の戦闘で見せているあの冷たさは何なのかというくらいに、イザベラは飄々ひょうひょうとしていた。


「ほらほら、飲み物」


 イザベラの顔の半分はサレットで隠されていて、口元しか見ることができない。その赤い、ともすれば妖艶な唇は、緩やかに弧を描いていた。私とアルマは顔を見合わせてから、おずおずとそれを受け取った。まさか艦隊司令官にいつまでもグラスを持たせているわけにはいかない。


 イザベラはフッと笑うとサレットのこめかみ部分をコツコツと叩いた。それから、長く整えられた栗色の髪のひとつまみを指先で弄び始める。


「セイレネスではいつも顔を合わせているから新鮮味はないな」

「あなたは顔が見えないでしょ、イズー」

「違いないな」


 あはは、と声を上げて笑うイザベラの姿に、私たちはどう反応したら良いのかわからない。


「まぁ、第一艦隊うちの艦隊指揮は、事実上レニーがっているし。別にわたしなんかは、督戦席で座っているだけで構わないしね」

「コア連結室くらいには入りなさいよ、イズー」


 レベッカが肩を竦める。だが、眼鏡のレンズの向こうに見える深緑の瞳は、少し優しげだ。いつもの――鬼がくような――苛烈さはない。そう言われたイザベラもまた、同じように肩を竦めた。


「はは、だって暗いじゃないか、あそこは」

「何かあったらどうするの」

「何かある時には、わたしはいつだってセイレネスにいるだろう?」

「それはそうだけど」


 レベッカは不満げに眉根を寄せる。そんなレベッカの肩をイザベラは軽く叩く。


第二艦隊そっちだって、戦闘なんて、エディタに任せればいいんだよ。わざわざきみが出る必要のある戦闘なんてほとんどない」

「でも、私が動けば戦闘はスピーディに終わるわ」

「いつまで最前線にいるつもりだい、きみは」


 イザベラは控えていたウェイターに人差し指を立ててみせた。すぐにウィスキーかなにかが入ったグラスを持って、別のウェイターが飛んできた。


「さすがわかってるね、士官学校は」

「未成年の前で酔っ払うのはやめてよ?」


 レベッカが口を尖らせる。そんなレベッカには構わずに、イザベラは豪快にその琥珀色の液体の入ったグラスを煽る。


「わたしは酔わないからね。ベッキーこそ間違って変なもの飲むなよ。大変なんだから」

「の、飲まないわよ」


 レベッカは少し落ち着かない波長の声で応じ、眼鏡の位置を直す。よく見ると、その眼鏡は本当にただの眼鏡だった。携帯端末モバイルと連動するようなものでもない、今や珍しい眼鏡だ。ファッションアイテムとしての機能しかない。レベッカはこの世界に現れた時から眼鏡を掛けていたそうだし、アイコンとしても定着してしまっていたから、今更外すに外せないのだろう。


「アルマは第一艦隊うち、マリーはベッキーの艦隊だ」

「あ、イズー。それまだ発表前よ」

「いいじゃないか」


 グラスを片手に笑い飛ばすイザベラ。こうしているのを見ると、兜のようなものを被っていることを除けば、ただの気さくなお姉さんにしか見えない。そのイザベラのペースに完全に飲まれているレベッカもまた、鬼をかせるような人には見えない。


「アルマの上官はレニーで、きみの上官はエディタってことになるよ」

「ちょっとイズー、だからそれは」

「誰のための何のための規則なのかってことだよ、ベッキー。わたしは今、この場でこの子たちに伝えたいと思った。だから伝えた。そしてこの問題はこの子たちこそが当事者だ。軍の発表タイミングがどうこうだなんて、実にどうだって良い話さ」


 ニヤリとした少し意地悪そうな笑みを見せて、レベッカに顔を近づけるイザベラだ。まるでキスでもするんじゃないかというくらいに、お互いの唇が近い。


「ちょっ、ちょっと。お酒臭いわよ」

「いい匂いって言うんだ、これは」


 イザベラはクックッと笑って私たちに向き直る。


「エディタは怖い子だからね。泣かされないように気をつけて」

「エディタは怖い子じゃないわよ」


 レベッカは腕を組んでまた眉根を寄せた。表情のクセらしい。ライヴでは決してみせない怖い顔だ。イザベラは「きみのほうがもっと怖いけどね」などと余計な一言を付け足している。


「あ、あの」


 私はグラスの中で氷が揺れる音を聞きながら、思い切って声を出した。さすがに緊張していて、おかしな震えが混入してしまった。それに気付かない二人ではないだろう。レベッカは少し口元を緩め、イザベラが「なんだい」と落ち着いた声で尋ねてくる。


「私たちの所属は理解しました。しかし、あの、肝心のふねは……」


 そうなのだ。レオンの重巡洋艦とか、C級クワイアたちの艦船は全て発表されたのだが、私たちの艦だけは空白だった。艦種すら明かされていない。


「ああ!」


 イザベラはグラスの中の液体を一息で飲み干し、空になったグラスを手近なウェイターに託した。


「おかわりですか?」

「いりません」


 イザベラの代わりにレベッカが応じた。イザベラは「ちぇ」と言いつつ、私たちの肩に手を置いた。


「ベッキー、きみも行くよね」

「え、どこに?」

「わからないきみじゃないだろう?」


 イザベラはそう言うと、どこからともなく携帯端末モバイルを取り出して、何事か操作した。すると、そこにカワセ大佐の上半身が投影される。


如何いかがされましたか? 今はパーティの最中ですよね』

「ああ、うん。主役もここにいるよ」

『あら。こんばんは、マリー、アルマ』


 私たちに気付いたカワセ大佐が目を細める。


「お疲れさまです」


 私が言うと、「ほんとにね」などとカワセ大佐は言って微笑んだ。


「いきなり本題なんだけどさ、マリア。そっちに今から行っていい?」

『え? 今からですか?』

「うん、今から」

『パーティは?』

「お目付け役ベッキーがいる中じゃ、そんなに飲めないからね」


 イザベラが言うと、レベッカは「もう!」と腕を組んで肩を怒らせる。


『いえ、ネーミア提督ではなく、主役の話です』

「ああ、そうか」


 イザベラはぽんと手を打つと、私たちの肩に手を回してくる。


「ということだけど、アルマ、マリー。このパーティを抜け出して、わたしたちとダブルデートといかないかい?」

「ダ、ダブルデート?」

「ほらほら、イズー。アルマが困ってるでしょう?」


 レベッカが溜息を吐く。アルマは何故か少し顔を赤らめている。……そういえばアルマは女の子も好きなんだった。


「酔っぱらいの思いつきだから、義務はないわよ、二人とも」

「いえ、あの」


 私は少し天井のこぶりなシャンデリアを見上げて考える。


「私たちのふねを見に行く、ということですか?」

「そうとも」

「なら――」

「喜んで!」


 アルマが私の言葉に横入りした。イザベラはニッと笑い、「そういうことだから、マリア」と、カワセ大佐の映像に向かって言った。カワセ大佐は頷く。


『承知致しました。お待ちしております』

「うん」


 イザベラは鼻歌を歌いながら通話を終える。


「ベッキー、ジョンソンさんに連絡して」

「なんで私が――」

「タガートさんでもいいけど」

「そうじゃない――」


 と答えつつ、レベッカは自分の携帯端末モバイルを耳に当てている。この二人はずっとこの調子でやってきたんだろうな――この短時間で、私たちはそんなことを知ることができた。


「ベッキーはいつだって、わたしにはんだ」


 その言葉の重さを、私はずっと後に知ることになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます