#04-03: 夏の休暇の頃

 今日もレニーは作戦支援訓練か。


 眠たい目をこすりつつ、空になっているレニーのベッドを見て、私は呟いた。日曜日だというのに、レニーは訓練だったり実戦支援だったりと休みなく動き回っている。私たちも二年になったらこうなるのか――そう思うとかなりげんなりした。


 そして、あと一ヶ月経たない内に私たちは二年になる。私たち一年生ももう昔のように右も左もわからない十六歳じゃない。少しはようになってきたという自負も出てきた。同時に私たちのスケジュールも過密になってきた。レニーほどではないけれど。それでも休日に突然呼び出されて、作戦支援の見学に行ったり、リアルタイムで参謀部第六課の将校から状況の解説を受けたりして過ごすことが増えた。桜の大部分が葉桜に変わって以降、私とアルマ、そしてレオンについては、一日全部が休みになることはほとんどなかった。


C級クワイアが羨ましい、なんて思ってないだろうな」


 ベッドの上段からかけられたアルマの声に、ドキッとする私。


「思ってないけど」


 というより、思えないけど。だって実戦配備になったら、真っ先に狙われるのはC級歌姫クワイアたちなのだから。敵国アーシュオンの戦術が明確にそのようにシフトしてきていたし、イザベラやレベッカもまた、最先鋒にC級歌姫クワイアの艦を並べる陣形を多用していた。当然、一度の海戦で、何名かの歌姫を喪失することになる。戦場の主たる指揮は、V級歌姫ヴォーカリストのトップ、エディタ・レスコ大尉が行っていた。そしてイザベラやレベッカが前に出ることは、ほとんどなくなっていた。


「今の戦い方に世論が何も言わなくなったのは、ひとえにからだからな、マリー」

「わかってるよ、アルマ」


 美味しい――あんまりといえばあまりな表現だが、事実その通りらしい。私たち、歌姫セイレーン以外にとっては。


が美味しいなんて、悪魔みたいな話だけどな」


 まったくだ。私は息を吐く。少し震えていた。


C級クワイアが死ななければブーイングだからな」

「……だよね」


 それは私も知っている。もちろん、直接的にそう記された情報は即座に管理AIによって排除されているのだろうけど、評論家やジャーナリストと呼ばれる人たちが、「逃げ腰だった」とか「もっと敵に切り込んでも良かった」とか、あの手この手で批判しているのを目にするし、耳にする。端的にまとめると「何人か味方を殺せ」と言っているということだ。もはやが、国民にとっての戦いの目的になっている。


 私は再び息を吐き、全身の力を使ってベッドから身体を引き剥がした。


「レニーも最近疲れてるよね」

「でも、陸上のベッドで寝られる分、まだマシよって言ってたな」

「比較対象がおかしいよ」


 私はそう言ってベッドの上段から降りてくるアルマを待った。


「私たちだって戦闘ログを覚えとかなきゃならないんだから。アルマ、コーヒー淹れる?」

「ああ、マリーが飲むならついでに頼む」

「わかった」


 私の後ろをあくび混じりについてきたアルマは、ソファに腰を下ろしたようだ。私を追いかけるようにして、キュッと軋む音が鳴った。いつものように二つのマグカップの中にインスタントコーヒーを作り、ソファの前のテーブルに置く。アルマはタブレット端末で次々と流れていくテキストデータを追っている。


「兵站ログ?」

「そ」


 アルマは自動的な動作でカップを取り、コーヒーを一口飲んだ。


「前回の出撃の時の兵站部の流してきたログ。何万行あるんだよ」

「まぁ、いつものことだけどね」


 カワセ大佐から、戦闘ログの流れと内容をしっかり覚えておくようにと言われている。最初はただの文字の羅列にしか見えなかったのだけど、一ヶ月も経つ頃にはおおよそ読み方がわかり、三ヶ月経った今となっては、その文字列だけで前線で何が起きていたのか、或いは起こそうとしていたのかが読み取れるようになっていた。


「マリーはいいよな」

「へ?」


 私もタブレット端末を手にとって、エディタの重巡アルデバランの戦闘ログを読み始めた。音声通信の内容も、時系列に応じて全て文字列に落とし込まれている。


「戦闘艦一隻でこれだもんね」

「そっちはまだいいよな」


 アルマは言う。


「エディタやネーミア提督のログも見れるだろ。あたしの見てる方はひたすら淡々と物資の移動や調達が書かれているだけだもん。退屈なんだよ」


 アルマは主に兵站部、私は主に前線の動きを読むように言われている。もちろんたまには逆になるのだけど、基本はこれだった。そして最終的には二人でログを読み合わせる。これを士官学校の教練が終わってから毎日やっている。だから休んでいる暇なんてないのだ。まして突発的な会戦があれば課題は更に増える。場合によっては参謀部に呼ばれて、戦況解析の手伝いを命じられる事もあった。


「夏休みの宿題にしちゃ、ひどい量だよ」

「だねぇ」


 コーヒーの香りを胸いっぱいに吸い込んでから、その熱い液体を喉に流し込む。


「カワセ大佐、すごく素敵な人なんだけどね」

「それとこれとは別」


 アルマは憤然とした表情でログを追っている。私の見ている限り、一度もまばたきをしていない。ドライアイとか大丈夫なんだろうかと心配にもなる。


「マリーは眺めてるだけで頭に入るんだろ?」

「いやいや、ないない」


 私は首を振る。そんな超絶記憶力があったら、それはそれで災難だ。いや、待てよ? レニーならもしかしたらあるかもしれない。


「マリーは無自覚な天才だからなぁ」

「いやいや、アルマやレオンの方がすごいと思ってるよ」

「これだから天才は嫌いなんだ」


 アルマはぶつぶつ言いつつも、ログを睨んでいる。最近、アルマの愚痴が増えたような気がしないでもない。私もたぶんそこそこ愚痴ってるからおあいこではある。


「だけど、わかんないのはセイレネスだ」

「うん、わかんないね」


 私が相槌を打つと、アルマはタブレット端末をテーブルに置いて腕を組んだ。なんだか変な顔をしている。


「レニーもよくわからないって言ってたし、説明されてもいまいちピンと来ない」

「それはレオンも言ってたね。それにブルクハルト教官も、シミュレータではピンと来ないと思うよって仰ってたよね」

「開発者をして、それだからなぁ。だけど――」

「実戦経験一年に満たないエディタたちが敵軍を圧倒しているのは事実だし、C級クワイアの小型艦でも敵の巡洋艦級をあっさり沈めてるのも事実だしね」


 私はちょうどそのログを確認しながら言った。エディタ――現時点最強のV級歌姫ヴォーカリストに至っては、一度の戦闘で十近い敵艦を沈めているし、中には航空母艦すら含まれていた。しかも、大抵を一撃で沈めている。今や唯一となってしまった歌姫専用の重巡洋艦・アルデバランは、十回を超える実戦の中で、被弾はたったの一回だ。命中直前まで行った対艦ミサイルや魚雷は百に迫る。だが、実際にダメージを与えたのは一度きりだ。エディタが発動したセイレネスによる防御能力がそのほとんど全てを無力化していた。


「そこだよ、そこ」


 アルマが私の隣に移動してくる。そこ、というのは、エディタの艦が被弾確実な攻撃を検知しているにも関わらず、何事もなく次の状況へと遷移しているところのことだ。


 正直、その辺りのログは眺めてみたところで何もわからない。突如、ふねに向かっていたエネルギーが消えるのだ。時として、そのエネルギーの方向性ベクトルが反転する。つまり、攻撃してきた艦が沈むことすらあった。このログからでは、何が起きているのかさっぱりわからない。超常的な力が働いて、味方への攻撃を防ぎ。超常的な何かの作用によって、敵艦が沈み。そんなやり取りの結果、味方は被害を受けず、敵の艦隊アーシュオンは沈むのだ。


論理戦闘ロジカルコンバットって言葉ログが何回か出てくるんだけど、アルマ、意味わかる?」

「わからない」


 誰も教えてくれないのだ。レニーも、他の先輩方も。カワセ大佐に訊いても、「そこは読み流していいわ」と言われておしまいだった。だが、論理戦闘ロジカルコンバットの終了ログの後には、多くの場合、超兵器オーパーツナイアーラトテップの撃破や轟沈が確認されている。


超兵器オーパーツとセイレネスの間に関係があるみたいだけど、わからんね」


 アルマはソファの背もたれに全身を預けるような格好になり、天井を見上げた。私はログの流れを停止して、タブレットをテーブルに置く。エンドレスな作業だから、こうしてこまめに休憩を取らないと、さすがに心が折れる。アルマがいてくれて良かったと思った。一人だったらとっくに折れている。


「レニーはすごいね」

「そうだな。一年間一人でやってたんだろ」

「あ、でも、ロラ先輩やパトリシア先輩もいたって」

V級ヴォーカリストS級ソリストじゃ、負荷が違うよ」


 それは先日遊びに来たレオンの反応を見ても明らかだった。レオンは私たちの課題を見て、「無理無理無理無理」と連呼していた。レオンはたぶん私より頭は良いのだけどなぁ――とは思ったが、確かに無理な量ではある。レオンの判断は的確だ。


「セイレネスが――ヴェーラとレベッカが前線に出てきて以後、ヤーグベルテは戦略的に敗北必至だった戦況をひっくり返したんだよね」

「間違いない」


 アルマはコーヒーの入ったマグカップを両手で持ち上げつつ、頷いた。


「ジークフリート出現に続く、パラダイムシフトってやつだな」

「と言っても、セイレネス自体がジークフリートの産物みたいなものだし?」

「まぁな」


 アルマはゆっくりと息を吐く。コーヒーの湯気はすぐに消えてしまう。私は足を組みつつ、アルマの整った横顔を見た。前髪のストロベリーブロンドの部分が重力に引かれている。


「私たちはD級ディーヴァじゃないから、ヴェーラやレベッカみたいに時代を創れるような存在じゃないよ」

「そうかな」


 アルマは私に顔を向けた。


「あたしはどうにもなんか引っかかる」

「なにが?」

「シミュレータのチューニングだよ」

「うん?」


 チューニングは毎回確認している。ここ一ヶ月は特にピーキーな感じの初期化イニシャライズがされているなとは思っていたけど、まぁ、訓練だしそんなもんかとは思っていた。


「しかも、レニーに確認してみたけど、レニーのものよりも圧倒的にあそびバッファが小さい。それであんたの見てるその戦艦――セイレーンEM-AZのログと比較してみたんだけど」


 アルマは自分のタブレット端末を取り上げて、立体映像を映し出した。そこには何かの比較グラフが出ている。


機能メソッドの一部に関しては、あのネーミア提督のものよりも高レベルにチューンアップされている」

「ほんとだ……。このデータは正確?」

「カワセ大佐が改竄かいざんしていなければね」


 ……改竄なんてするメリットもないか。私は唸る。アルマはグラフを指でつつきながら、声を抑えて続けた。


「大半は未だネーミア提督やレベッカに比べれば下ではあるけど、このままのペースでチューニングの調整が続いたら、私たちの出力は戦艦のキャパまで超えてしまう」

「まさか」


 あの超巨大戦艦を超える? そんなことができるはずがない。


 私は首を振った。


「でも見てみろよ、マリー。このIO入出力バランス。一応文書化されているS級歌姫ソリストの水準を遥かに超えているんだ、今でも」

「で、でも――」

「あたしだって自分を疑った。だけど、何度計算してみても、そうなんだ」


 アルマの褐色の瞳が私を凝視する。私は思わずすくんだけど、目をそらしはしない。


「だから、あたしたち、もしか――」


 その時、アルマの携帯端末モバイルが着信を告げた。めったにならない着信音だったが、それの相手が誰だかはすぐにわかった。


「大佐だ」


 アルマは携帯端末モバイルをテーブルに置いて、慌てて通話を開始する。カワセ大佐の上半身が画面の上に三次元的に表示された。いつものように柔和な表情を浮かべているが、その内面はうかがい知れない。生身で対面した時にも、全くその内側を読み取れなくて動揺したものだが、映像からではますますわからない。


『お休みの日にごめんなさいね』

「いえ、大丈夫です、大佐」

『マリーもいるわね。丁度いいわ』


 私の方を見て、カワセ大佐は頷いた。私は少し緊張していた。


『勉強は進んでいるかしら?』

「は、はい」


 アルマは頷いた。しかし、情報量がすごいというクレームをつけるのも忘れていない。


『それはそうよ。しかし、私はあなたたちになら十分こなせる量だと判断したのです。期待に応えなさい』

「イエス・マム」


 私とアルマは同時に返事する。それ以外の回答が認められないのは百も承知だ。


「ところで大佐。一つ質問してよろしいですか?」


 アルマが私に視線を送りつつ訊いた。カワセ大佐は「どうぞ」と応じる。


「あたしたちのシミュレータのIO入出力値、間違えていませんか?」

『いいえ』


 明確な否定がある。


数値パラメータは、全て私の指示したものになっているはずです』

「いくらなんでも――」

『ありえない?』

「え、ええ」


 アルマは気圧けおされている。私は口を挟めない。


『もっとも、あれはあくまでシミュレータ。色々試したいこともあるのよ。あなたたちの艦艇の設計にも入っているし』

「あたしたちの?」

『そうよ』


 カワセ大佐は少し大袈裟に頷いた。


『あなたもマリーも、いずれは艦隊を率いる立場にあるの。相応しいふねを用意する必要があるもの』


 艦隊を? 私たちが?


 私はカワセ大佐の三次元映像を凝視していた。カワセ大佐は口元を隠してククッと笑う。アルマの方を伺うと、アルマはどこかぼんやりした表情をしていた。


ほうけた顔をしている場合じゃないわよ、アルマ。いつまでもアーメリング提督やネーミア提督に最前線に立っていろって?』

「あ、いえ、決してそんな……」

『よろしい』


 カワセ大佐は演技じみた声で言った。私は「うーん」と唸ってから意を決して尋ねた。


「カワセ大佐、あの、レニー……レネ・グリーグ先輩だっているでしょう?」

『いるから不都合でもあった?』

「いえ」

『歌姫艦隊が二個から三個になったっておかしい話ではないでしょう?』

「そ、それもそうかもしれません」


 私は「ああ、そうか」と納得した。私とアルマ、そしてレニー。三人のS級歌姫ソリストで艦隊をそれぞれ率いる……まだ想像力の及ぶところではないが、可能性としてはあってもおかしくないのは理解できた。


『ああ、そうそう。本題を忘れていたわ』

「?」


 私はアルマと顔を見合わせる。


『今から少し私と出掛けない? 何か用事があるなら日を改めるけれど』

「私は大丈夫です」

「あたしも問題ありません」


 私たちは合法的にこの課題から逃れられる時間を作れた事に対して、純粋に喜んだ。積み上げられた甚大な量の課題。いくら先送りにしても構わないとはいえ、理由がなければ気になってしまうものだ。


「それであの、大佐。どちらへ?」


 アルマの問いに、カワセ大佐は静かに応えた。


『お墓参りよ』――と。


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