#04-02: エリオット中佐との会話ログ

 予想通りというか、空の女帝は、夜の講演会には現れなかった。セイレネスシミュレータルームで待つ私たちの前に現れたのは、エウロス一の優男と呼ばれる、エウロス第二飛行中隊ナルキッソス隊の隊長である、エリオット中佐だった。金髪碧眼、いわゆるひとつの甘いマスク、長身で引き締まった身体の持ち主で、四十三歳という年齢を聞いても信じられないほど見た目には若い。独身でもあり、浮いた話はそこら中にあった。本人もそれを取材時などにはネタにして使っているくらいで、つまり、非常に女性からの人気が高い人物だった。当然歌姫セイレーンたちからの人気も高く、たちまち室内はざわついた。さすがに黄色い声援は飛ばなかったが。


 飛行士としての実力も、空の女帝、二代目暗黒空域に続くと言われている。キャリア的には第三飛行中隊ジギタリス隊の隊長、マクラレン中佐とほぼ同じで、現役飛行士としては最年長に属する――私でもそのくらいはスラスラ言えるくらいの有名人だ。


「さて、さっそく、そのシミュレータに乗ってもらおう。お前たちの艦隊がエウロスからの襲撃を受けるという設定だ」

「えっ……」


 絶句したのは私だけじゃない。講演を聞くとは聞いていたけど、シミュレーションなんて。まして敵がエウロス? 私たちはまだセイレネスを満足に操ることもできないのに?


「さぁさぁ、早いところ始めようぜ」


 エリオット中佐はニッと人懐こい笑顔を見せて、私たちを巨大な棺桶のような黒い筐体の中に入るように指示した。シミュレーション自体はもう十回くらいはやっているから、セイレネスの起動方法くらいは目をつぶっていてでもできる。そもそも起動するまでシミュレータの中は真っ暗闇なんだけど。


 今回のために選抜された成績上位三十名の歌姫セイレーンたちだったが、実際のところ何もさせてもらえなかった。艦船の対空砲火は、エウロスの戦闘データを載せられた相手にはあまりに無力だった。通常の飛行隊相手なら優位に戦いを進められるところまでは行っていたのだ。だから、たったの六機の戦闘機相手に無茶苦茶に翻弄されたのは、悔しかった。私たちの艦船は機関砲だけで穴だらけにされたのだ。相手はミサイルさえ使わなかった。接近しての機関砲掃射。それだけで私たちは次々と無力化されていったのだ。


「全滅乙」


 シミュレータから這い出した私たちを、エリオット中佐は手を叩いて出迎える。ここまで完膚なきまでにやられてしまった私たちは、いったいどんな表情をすればいいのか。各分艦隊の指揮を取った私、アルマ、そしてレオンは顔を見合わせて、下を向いた。


「しょーがねーよ、がっかりすんな」


 エリオット中佐は私たちを座らせると、自分は壁に背を預けて腕を組んだ。その立ち姿も様になる。年齢さえ近ければもしかしたら恋愛対象にしていたかもしれないなぁ――なんてことを場違いながらも思う。


「カティのデータだったら、たぶん随伴機なしでも全滅だったろうよ」

「空の女帝――そんなに、なんですか?」


 私が思わず訊く。エリオット中佐は「おう」と短く肯定する。


「あいつにゃ、エウロス全機で挑んでも勝てやしねぇよ。ってのはあいつのためにある言葉だ。無敵の女帝さ。でもな」


 エリオット中佐は髪に手をやった。


「レベッカはそれ以上だ。ヴェーラもな。エウロスが全機で挑んでも傷一つつけられないなんてことがザラだった。あいつらの前じゃ、俺たちはまるで烏合の衆さ。カティのデータが加われば一矢くらいは、だったけどな」


 碧眼が鋭く光る。優男や美中年などと表現されることが多いけど、シミュレーションでエリオット中佐のデータと向き合った今の私には、その立ち姿はだった。甘い顔立ちの裏には、苛烈にすぎる闘志がある。少なくとも、噂や見た目ほどに穏やかな人格ではないのは間違いないと思った。


「ディーヴァや一期生は常に最前線にある。第七艦隊以外の不甲斐ない通常艦隊は足を引っ張るだけの存在だ。歌姫艦隊の軍資金の多くは自前調達。ライヴだのグッズだの、いったい何の組織かっていうんだ」


 エリオット中佐は淡々と、よく通るテノールの中低音域で喋る。


「政治屋の票集め、軍事行動の正当化、民主主義を逆手に取った戦時体制の維持――俺たち、そしてお前たちは、そのためのカードであり、コマだ」


 その歯に衣着せぬ物言いに、私は落ち着かなくなってくる。いつ軍警が入ってくるかとドキドキしてしまう。しかし、エリオット中佐は何を気にする様子もない。シミュレータルームの管理室、ガラスの向こう側ではブルクハルト教官がいつものように作業をしていたが、まるで関心がない様子だった。


「二年次のS級ソリスト、レネ・グリーグといったか。彼女ももう戦線支援を行っているって話だったな」

「肯定です」


 アルマが代表して頷いた。エリオット中佐は「だよな」と言い、顎に手をやった。


「お前たちも少なくともあと二年で、最前線配備になる。その頃までにアーシュオンと仲良しこよしになってるとは到底思えねぇからな」


 エリオット中佐は私たちを見回した。


「軍隊なんてな、であるべきなんだよ、国家にとっては」


 ――あなたたちが国のは、まだまだ来ないでしょう。


 カワセ大佐の声が頭の中で再生された。


「兵隊は穀潰しなんだと、やれ無駄飯喰らいだのと、やいのやいのと言われて初めて、平和になったと言えるんだ。軍人が訓練に明け暮れて、批判や非難を受け続けて、そして軍人全員が全員腑抜けになっちまうまで平和が来たなんて言えねぇってこと」


 エリオット中佐の碧眼が私を見た。私は唾を飲む。


「お前らがひらひら可愛い服を着て、歌って踊って、拍手喝采を浴びて生きていく。そんな世界を作ってやりてぇのはヤマヤマなんだが、残念ながら歌姫セイレーン素質者ショゴスが出てきちまっている以上、俺たちにできることは限られちまった。最強の飛行隊を以てしても、アーシュオンの超兵器オーパーツの前には赤ん坊みてぇなもんさ。だから、わかるな?」

「私たち自身が、作るしかない――」


 私の言葉を受けて、エリオット中佐は一瞬だけ渋い顔を見せた。間違えた? ……そんな不安が一瞬私にのしかかってきたが、エリオット中佐は一拍置いて「その通りだ」と肯定した。


「この戦争の主役にアサインされているのは、間違いなくお前たち、歌姫セイレーンなのさ。先日のトリーネの件もある。アーシュオンとのチキンレースを否応なしにさせられているのが、衆人環視の中で剣闘士のように戦わされているのが、お前たち、歌姫セイレーンだ」


 チキンレース……。


 確かにそうだ。ISMTインスマウスといい、ナイアーラトテップI型の開発といい。世界はどこまで行ってしまうんだろうという不安は、私たちの中にあった。あまりに日常的にありすぎて、意識しなくなってしまうほどに。


「お前たちが大人を信用できない気持ちになるかもしれない。いや、なってるとは思う。参謀部にしても、もっと上の連中にしても、だ。だけどな、味方になってくれる大人だっている。俺もその一人だ。あのがお前たちの味方である以上、俺たちはどこまでもお前たちを守るだろう」


 そう言って、エリオット中佐は「以上」と話を打ち切った。そして入ってきた時と同様に、颯爽と出ていった。私は弾かれたように立ち上がる。


「マリー?」

「アルマ、ごめん、先に部屋に戻ってて」

「あ、うん、マリーは?」

「エリオット中佐に話」


 私は駆け出していた。ドアを開けると、エリオット中佐はもうはるか彼方にいた。私は廊下を全力で走る。日中なら叱られるところだが、この時間には他の学生も教官もいない。


「エリオット中佐!」

「おう?」


 走ってくる私に気付いて、エリオット中佐は足を止めてくれた。窓から差し込む月明かりを受けて佇むその姿は優男――いや、やっぱり得体の知れない迫力のあるだった。その端正な顔立ちが、私を見下ろしている。


「マリオンか」

「マリーって呼んでください」

「いいけど」


 エリオット中佐は窓枠に背中を預ける。私はその真正面に立った。窓ガラスに映る私の顔は強張っている。


「中佐は、レベッカやヴェーラとも親しいんですか?」

「うーん。ジョークくらいは言い合う仲、だったかな。ヴェーラは、まぁ、な」

「ええ」


 エリオット中佐はヴェーラとイザベラが同一人物であると知っているのだろうか。いや、いぶかしんでいたとしても確信はないだろう。だったら私の口からは言えない。


「カティ・メラルティン大佐は、その二人と親しいと聞いています」

「そりゃ、ひとつ屋根の下に住んでいたくらいだから。士官学校でも同期だしな」

「大佐と、エリオット中佐は親しいのですか?」

「それは仲間として? 男女として?」

「ええっと」


 私は思わぬ反問に詰まる。エリオット中佐は私の頭に右手を置いた。


「ジョークジョーク。カティはな、俺のことを軽口を叩き合えるカボチャくらいにしか思っちゃいねぇよ」


 カボチャ……。


 その表現に私は小さく噴き出した。エリオット中佐はニヤリと笑う。ああ、これは好みの人ならイチコロの表情だろうな、なんて思う。残念ながら私には年上すぎるけど。


「カティはな、ヴェーラのことも、レベッカのことも、深く愛してるんだ」

「愛してる……?」

「そうだ」


 エリオット中佐の意外な言葉のチョイスに、私は少し混乱する。


「セックス的な愛じゃねぇよ」

「セッ……い、いえ、そんなことを考えていたわけじゃ」

「いや、そういう顔してた」


 エリオット中佐は私の頭を撫で回した。不快な感じはしない。


「お前さんはさ、カティについてどんな印象を持ってるんだ?」

「えっと」


 そこまで仔細に知っているわけじゃない。ただ、すごい人で、空戦の天才だということくらい。


「経歴とか才能の話じゃねぇよ」


 ――見透かされた。私は息を飲む。


「経歴じゃなくて、パーソナリティの部分について、どう思う?」

「まだ直接お会いしたことはないですが……。メディアでの様子を見る限り、とても怖い人だって……思います」

「怖い人、か」


 エリオット中佐はニヤッとした。


「確かに怖ぇわ。才能とカリスマの塊。それも限界を突破した領域のな。でもな、あいつは、カティ・メラルティンという人間は、本当はびっくりするくらい優しいんだ」

「そ、そうなんですか?」


 思わず疑問文を発してしまった。エリオット中佐は「ただなぁ」と、月を背負いながら笑う。


「その優しさが向けられる範囲はものすごく狭いんだ。俺みたいなその他大勢にとっちゃ、確かにやっぱり怖い人だ」


 はははと笑うその表情に、少し影があったように思う。声の波形もまた、数ヘルツの間でぴくんと不自然に動いていた。


D級ディーヴァたちはカティのことを心から信頼しているのさ。だから、カティもそれに応える。俺たちその他大勢が震え上がるほどに全力でな。アーシュオンの連中なんて、赤い戦闘機を見た瞬間に逃げ出したくなっているだろうさ」

「それは、イザベラ・ネーミア提督に対してもそうでしょうか」


 私は思い切って訊いた。エリオット中佐は顎に手をやって「ふぅん」と私を見下ろした。その視線はまるで研ぎ澄まされた剣の先端のようだった。


「ヴェーラの姿こそが、仮初かりそめだった。俺はそう思っている」

「中佐は、その――」

「何年軍人やってると思ってんだ」


 エリオット中佐は腕を組み、声を落とす。


「ヴェーラは、優しさの仮面を脱ぎ捨てた。脱ぎ捨てて、焼いちまったんだ」

「そんな……。十何年も、仮面ペルソナを?」

「そう。今の仮面サレットを被った姿こそが、真のヴェーラだっつーこった」

「そんなの悲しすぎませんか」

「ああ」


 エリオット中佐は薄暗い廊下を再び歩き始める。


「悲しすぎらぁな」


 振り向かずに右手を上げて。


 エリオット中佐は廊下の影に消えていった――。

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