#03-05: 参謀部第六課の会見

 歌姫の艦隊とは思えないほどの大ダメージを受けた第一・第二連合艦隊を映した映像は、おもむろにスタジオの内部のものへと切り替えられた。が消えたから、戦いは終わったと判断されたんだろう。


『これから参謀部第六課統括、ハーディ中佐より、本作戦についての発表があります』


 キャスターがそう告げる。参謀部第六課――つまり歌姫の主幹組織だ。すぐに映像が参謀部の、白くて殺風景な記者会見室へと切り替わる。そこに颯爽と入ってきた眼鏡の女性将校。私たちの総指揮官とも言える、アレクサンドラ・ハーディ中佐。私はこの人が苦手だ。何を考えているのかが読み取れないし、体温のようなものを感じないからだ。


『今回の作戦は、予定通りだったと言えるのでしょうか』


 ハーディ中佐が演壇に立つなり、記者の一人が先陣を切った。ハーディ中佐は目を細めて答えを保留する。代わりに正面に半立体スクリーンを展開し、戦況を時系列に従って説明、補足していく。


 私の耳にはその説明はほとんど入らなかった。貴重すぎる人材の喪失と、それに対して何らのアクションもしなかったD級歌姫ディーヴァの二人。そのことが私の胸にのしかかっている。


『予定通りというのは、V級歌姫ヴォーカリストの喪失が、ということでしょうか』


 硬質な声で尋ね返すハーディ中佐。それを受けて記者たちがどよめく。


『では、トリーネ・ヴィーケネス中尉の戦死は間違いないと』

『重巡レグルス轟沈と同時に、中尉の生命反応は停止しました』

V級ヴォーカリストの戦死については、参謀部としてはどのようにお考えですか』


 怒号のような声に混じって、記者が質問する。ハーディ中佐は眼鏡の位置を直しつつ、無表情に記者の方を見る。


『たしかに手痛い損失ではあります。しかしながら、我が方の戦果は圧倒的です。M量産型十五隻、そして敵の新兵器を一つ、破壊することに成功しています』

『しかしそれは――』

『あの新兵器は、現時刻を持って、ナイアーラトテップI型と命名します。分析の結果、あの自律飛行爆弾インスマウスと同等の性能を持っていることが判明しました』


 やはり、そうか。テレビ越しにでもわかるのだ。現地にいたD級ディーヴァたちがそうとわからないはずもない。


『本機にまつわる詳細なデータを取得できたのは、トリーネ・ヴィーケネス中尉の尊い犠牲のおかげです』


 尊い犠牲――。私はソファに身体を預け、天井に視線をやった。


『ネ、ネーミア提督はヴィーケネス中尉を助けようとはされたのでしょうか』

『無論です』


 ハーディ中佐は冷徹な表情で記者を睨む。別の記者が手を挙げる。


『アーメリング提督はずっと後方にいたようにお見受けしましたが、その意図は? 第二艦隊旗艦が前に出ていれば――』

『戦場にはありません。結果が全てです。歌姫養成科第一期生が本格的に前線配備となった今、我々は歌姫を擁する艦隊による戦い方を変える時期が来ていた。それだけの話です』

『しかしそれでは犠牲が』

『犠牲?』


 ハーディ中佐の声が半音下がった。


『今までのヴェーラ・グリエール提督、レベッカ・アーメリング提督の戦い方は、何をも犠牲にしたものではなかったとお考えですか』


 その問いに、記者たちは沈黙する。たしかに無敵の戦艦を操る二人が最前線に立つ戦い方をしていた時は、歌姫に犠牲はほとんど出なかった。


 ハーディ中佐は畳み掛けるようにその記者に問う。


『あなたはD級歌姫ディーヴァたちに、戦場の全てを担わせ続けるのが正しいのだと信じているということでよろしいですか』

『しかし人命を優先するなら――』

『歌姫たちが何をも犠牲にせずに戦っているとお考えですか』


 ハーディ中佐は感情を見せずに、淡々と言葉の剣を振り下ろす。テレビに映っている記者たちの背中は明らかにたじろいでいた。


『と、ところで、アーメリング提督も同行されておりましたが、何故戦艦は前に出なかったのでしょうか』

『作戦参謀のカワセ大佐が旗艦にて、ネーミア提督、アーメリング提督と合議して決定したことだと報告を受けています』

『つまり一期生の新米歌姫たちを見捨てると……』

『見捨てるという表現は訂正していただきたい』


 ハーディ中佐は毅然とした表情で言った。眼鏡のレンズ越しの視線が氷のように冷たい。


『繰り返しますが、これからは戦い方を変える必要があるという話です。広いヤーグベルテの領海全てをたった二人の戦力でカバーするというのは無理があります。それはご理解いただけますね。四風飛行隊によってある程度のカバリングは可能ですが、それでも敵超兵器オーパーツには抗し得ません。一期生が前線配備されて半年。より広範囲を属人性なくカバーする長期計画のもと、提督方および作戦参謀カワセ大佐は作戦を立てております』

『つまり今は我慢の時期だと――』

『そういうことです』


 感情のないその声を聴いて、私はアルマと顔を見合わせる。アルマは今まで見たことのないほど、冷たい表情をしていた。きっと私も似たようなものだっただろう。


 ハーディ中佐の言いたいことは理解できる。だけど――。


「マリー、参謀部はに舵を切り戻したんだ」

「正しいって……」


 ソファから立ち上がる気力も湧かない。アルマも同じ様子だった。


「属人性なくカバーする――そう言っただろう、中佐は」

「でも、それじゃ……」

C級クワイアV級ヴォーカリストも、一つの強力な武器としてカウントしますよってことだ。ゆくゆくはV級歌姫ヴォーカリストが中心となった艦隊が組織されるようになり、私たちS級ソリストD級ディーヴァは打撃の切り札として使われるようになるだろうさ」

「提督方が最先鋒にいれば……」


 敵は近付いてこない。戦わずして勝てる。戦いになったとしても勝負にならない。


「その考えは危険なんだよ、マリー」


 アルマは静かに言う。


「人に頼り切った戦い方なんてのはさ」


 その言葉は静かだが、重たく鋭い。


「人の心は永遠じゃない。もちろん、物理的にだって。実際に、D級ディーヴァの一人が戦線から外れた半年間、レベッカは八面六臂、東奔西走の活躍をせざるを得なかった。その結果、レベッカも休む間もなくを続けさせられたんだ。どうなるか想像できないわけじゃないだろう、マリー」

「それは……そうだけど」

「ヴェーラがをしたのだって、きっとそのへんに原因はある」


 アルマの言葉に、私は黙り込む。そんな折、テレビの中で一人の男が声を上げた。


『アエネアス社のディケンズと言います。お見知りおきを、中佐』

『何でしょう』

『一つ疑問なんですがね、ハーディ中佐。歌姫養成科の一期生たちが前線配備されたからというものの、第三艦隊以降の通常艦隊、ああいや、第七艦隊は除きますが、彼らは何をしてるんですか』

『それは当該艦隊の主幹に問い合わせてください』


 ハーディの答えはにべもない。しかし、ディケンズという記者はへこたれなかった。


『そりゃそうですね。で、もう一つ』

『一社おひとつまででお願いし――』

『いいじゃねぇの。この会場には、国民にとっちゃ何の役にも立ちやしねぇ、お仕着せメディアの有象無象うぞうむぞうしかいやしませんからな』


 ディケンズは滑らかにテレビの中に居並ぶ全ての記者を侮辱する。ハーディ中佐は少し目を細めたようだ。


『んじゃ、二つ目の質問ですが。デビュー戦としては、本海戦は参謀部としてどのように評価されてるんですか』

『ええ』


 ハーディ中佐は頷いた。

 

『確かに貴重な人材は失いましたが、大戦果を挙げたことには変わりはありません。歌姫たちは順調に集まっていますし、第二期生にもV級ヴォーカリストは存在します。当初の予定通りに事態は進行しています。アーシュオン他敵対勢力に対しても、依然圧倒的優位な立場に有ることは自明。つまり今回のトリーネ・ヴィーケネス中尉の戦死は戦局には――』

『直ちに影響はない、ですか』

『肯定です』


 ハーディ中佐は目を細めてその記者――ディケンズを見た。興味深い、という表情だ。


『イザベラ・ネーミア提督の処女戦だから、ということではありませんかね』

『ここまで私の申し上げた事は参謀部としての総意です』


 曖昧な回答。


 私にはモヤモヤとした気持ちだけが残る。そして、そこで会見は打ち切られたようだった。映像が「今日の戦場ハイライト」とかいういつもの見出しを打ち出して、戦艦セイレーンEM-AZの巨体を上から映し出す。まるでゲームのオープニングだ。


 戦場から聞こえてきていた生のが、多重録音的に編集されていた。その編集の素材たちもまた、歌姫たちのなのだから、複合的に効果が高まるらしい。


 人々はこれをこそ求めていた。生放送の《歌》にも前座としての力はある。だが、本当の陶酔トランス効果があるのは、だ。歌姫たちのさえ織り込まれた悪趣味なサウンド。今日の音の中には、間違いなくトリーネのが巧妙に織り込まれている。「断末魔」ほど高い陶酔効果のある音はない。実際にC級歌姫クワイアたちの断末魔は特集され、飛ぶように売れたという実績がある――悪趣味だ。


 アルマは明らかに不機嫌な表情で、ソファに沈み込みながら目を閉じていた。私も目こそ開けているが、表情のベクトルは同じだろう。私は右手を振ってテレビを消した。参謀部の会見を見届けた以上、もう用はない。


 部屋のドアが開く。私は後ろを振り返り、反射的に立ち上がった。


 そこには見たことがないほど憔悴しきった表情のレニーが立っていた。

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