#03 夢は泡沫、それほどまでに――

#03-01: ディーヴァの夢は醒めゆく

 おかしい。


 私はそのニュース映像を凝視する。艦隊から送られてきているその映像、いつもどおりの景色。現地の時間は午前八時。夜の明けた大海原に、太陽の方角に向けてレベッカ――アーメリング提督の第二艦隊が突っ込んでいく。敵は衛星カメラで見えている敵の海上艦ではない。はやる気になれば、アーメリング提督一人で粉砕することができる。敵の真打ちは、超兵器オーパーツたちだ。


「ナイアーラトテップが……十二隻!?」


 状況報告のテロップを見て、レオンが思わず声を上げた。それに反応してアルマもテレビの前に戻ってくる。


「旗艦が下がっている?」


 私たちは殆ど同時に声を出した。アーメリング提督の駆る旗艦ウラニアは、いつでも先陣を切っていた。だが、今は中央後方に下がっている。こんな陣形は見たことがなかった。ニュースキャスターも戸惑っているようだった。彼らの求めているのは、レベッカ・アーメリングのだ――それも、圧倒的な。壮絶な撃ち合いではなく、完勝なのだ。


 程なくして。


 最前面に展開されたC級クワイアたちの小型艦船からが響き始める。そのサウンドは美しくはあったが、アーメリング提督やヴェーラの持つような力はなかった。しかし、それでも敵の海上艦からの攻撃は、ほぼ全て無力化していた。


C級クワイアでもこんなことが」


 私は思わず興奮した。戦えるのはV級ヴォーカリスト以上で、後は露払い、などという陰口を聞いたこともあったが、そんなことはないと思った。


「なるほど」


 アルマは頷く。私には何が「なるほど」なのかわからない。


「アーメリング提督は、あるべき戦い方に変えようとしている」

「あるべき戦い方?」

が出る戦い方、ということさ」

「犠牲……!?」


 ディーヴァは無敵だ。アーメリング提督やヴェーラの指揮下に於いては、常に敵艦隊を圧倒し、蹂躙するのが当たり前だった。実際に、ヴェーラとレベッカ、二人のディーヴァの初陣では、たった二隻ので、アーシュオン最強の艦隊を壊滅させたという事実もある。そして近年増え始めたというその損耗にフォーカスが当たったことは、記憶にある限りはない。


「犠牲だよ、マリー。今まで全てをヴェーラとレベッカが背負っていた。この戦いでは、それを変えようとしているように見える」

「でもそんなことをしたら……」

「死者も出るだろうさ」


 無慈悲で冷徹なアルマの声に、私は唾を飲む。の二文字はとても重たい。


「でもこれは戦争。殺戮じゃないんだよ、マリー」


 レオンが私の肩に手をかけて言う。私はその感触を仄かに感じながら、テレビから目を離せない。海中から忍び寄ってきたクラゲ――ナイアーラトテップのM量産型によって、C級歌姫クワイアたちの艦船が何隻か食われた。歌姫セイレーンの乗った艦船がいとも簡単に沈められる。私は鋭い頭痛を覚えて顔を顰めた。そのが聴こえるはずなんてないのに――。


「艦隊の損耗は最近では無視出来ないところまで来ていたんだろう。先輩方もそう言ってた。だから、アーメリング提督は、分かりやすい形で艦隊の現状を見せようとしているんじゃないかな。どう思う、アルマ」

「あたしも同意。こうでもしなきゃ、誰も気付こうとしない。見ようとしない」


 でもだからって――。言い募ろうとした私の唇に、レオンが指を当てた。そして言う。


「この戦いは、少なくない犠牲が出る」

「でも、そんな……」

「アーメリング提督がいつもどおりに戦えば、一人の犠牲も出さずに終われるだろうね。M量産型が十二隻だろうが、たぶん鎧袖一触ってところだろうし」

「でもそれじゃ、死ななくても良いはずの人たちが……」

「死ななくても良い人って、なにさ」


 アルマが鋭く切り込んでくる。私は言葉に詰まる。


「これは戦争なんだぞ。虐殺じゃない。それともマリー、あんたも虐殺を望むのか?」

「そうじゃないけど、でも――」

「レベッカ・アーメリングに、虐殺者のままでいろと言うのか?」

「ち、違うよ」


 わかってるさと、アルマは足を組む。


「ヴェーラ・グリエールが不在になった今こそが、ある意味ではチャンスなんだ、マリー。歌姫セイレーンに永続性はない。永久に戦い続けられる戦力じゃない。喪われることもある、たとえD級ディーヴァであったとしても、一人の人間に過ぎないことを証明するための、千載一遇のチャンスなんだ」

「でもそのために、先輩たちを……」

「言いたいことはわかる」


 アルマはソファに沈み込み、大きく息を吸った。


「アーメリング提督が守る気になれば守れる命さ。守る気になればね。だったら守るべき――マリー、あんたはそう考えているんだろう?」

「だって、それは」

「永遠じゃないんだ」


 アルマは言った。レオンが私を少しだけ抱き寄せる。画面の向こうでは艦砲の撃ち合いが始まっている。ニュースキャスターの解説によれば、潜水艦であるナイアーラトテップも数隻が沈められたようだ。


「ディーヴァは永遠じゃない」


 レオンがアルマの言葉を引き継いだ。


「だから、のために、私たち歌姫セイレーンや軍や国民たちに、その真実を見せようっていうんだろ、きっと」

「そのために先輩たちを大勢殺すっていうの?」

「そうでもしなければ、誰が目を覚ます?」


 レオンの低い声が私の耳朶を打つ。


「ヴェーラ・グリエールが自らに火を放ち、そして今、生死の境を彷徨っている。その事実に至ってようやく、私たちだって気がついたんじゃないのか? あの方たちだって傷つくことがあるんだってことにさ」

「それは……」


 私はあのライヴの時に聞いた声を、虚無のようなものを、思い起こす。


偶像アイドルだって傷つき、壊れることもある。アーメリング提督は今まさに、私たちにそれを見せようとして戦っているんだ」

「だけどやっぱり――」


 理解はできる。けど、釈然とはしない。覆したい。その言葉を、その理由を、覆したい。だけど、私には――。


「死んじゃったら……それまでじゃない」


 そのくらいしか言えなかった。アルマが「そうだな」と頷いた。


「死んだら、それまでだ」

「だったら見殺しみたいなことは」

「必要なんだ」


 アルマは目を閉じたまま、強い口調で言った。腕を組んで目を閉じているその様子は、一切の抗議を受け付けないという意志の表れのようにも思えた。だけど私は首を振った。


「必要とか、おかしい。死ななきゃならない人なんていないよ!」

じゃないんだ。じゃぁないんだ、あたしたちがしているのは。なんだ」

「それだっておかしいよ!」


 私はアルマを睨む。彼女に怒るのは筋違いとはわかっている。けれど、そうでもしなければやっていられなかった。


「助けられる命を助けないのはおかしい!」


 画面の内側ではまた何隻かの駆逐艦が沈められていた。


「マリー」


 レオンが私を抱き寄せる。私はなされるがままに、レオンに膝枕されてしまった。身体がこわばっていて、思ったように抵抗できなかった。


「今の百人を救うか、未来の一万人を救うか。そういう話だと私は思うよ」


 レオンの静かな声が流れ込んできた。私はいつしか唇を噛み締めていた。苦労して唇から歯を外し、私は呻く。


「未来への生贄じゃないか、そんなの」

「そう」


 レオンは私の頭を撫でながら頷いた。


「マリーとアルマ、レニー先輩。次代を担うあんたたちのための生贄みたいなものさ」

「私たちの? でも、そんなの望んでは――」

「マリー」


 語気鋭くアルマが私を呼ぶ。私の肩がきつく固まる。


「マリー、あんたさ。一人で敵を全て撃退できる力があったとして、未来永劫一人で全てを背負い続ける覚悟があるのか? 犠牲を出さないために自分を盾にし続けて、自分だけが返り血に染まって、傷ついて、苦しんで、死ぬことも赦されずに永遠に戦い続けられるのか? 自分が失敗することで国が滅ぶという重圧に耐え続けられるのか?」

「それは、でも――」

「できない」


 アルマは無慈悲に断定した。


「なぜなら、あたしができないからだ」

「でも、でも……」

じゃ世界は変わらない。ほんとうに国を憂うなら、誰かの大事な未来を憂うのなら、そんな事はし続けちゃいけない。自己犠牲の上に立つ国には、ろくな未来は待っていない。自己犠牲を求める人には、たとえそれが無意識にであったとしても、ろくな明日はやってこない」

「死んじゃうんだよ!?」


 私はレオンの膝から身を起こそうとして、失敗した。レオンに押さえつけられていたから。


「し、死んじゃうんだよ。何百人も。家族や恋人だっている人達が何百人も。夢だってあるだろうし、でも、アーメリング提督が――」

「言うなよ、マリー」


 アルマは立ち上がる。


「あたしたちがこうして言葉をぶつけ合うこともまた、提督の……いや、レベッカの想いなのかもしれないよ」

「そうだね」


 レオンも頷いている。私の視界が歪む。テレビの奥では、今もまだたくさんの死傷者が生産されている。


「ディーヴァたちが見せてくれていた夢は、もうそろそろ終わる。私たちの一方的な願望、欲求、身勝手な思い込み。そんなもので創られた塑像プラスティックの夢は壊れ始めた。ディーヴァは、現実を覆い隠す歌を歌うのをやめた」

「でもそれじゃ――」

「始まるのさ」


 アルマは暗い声を放つ。


「現実という名の悪夢がね」

「マリーは今、アーメリング提督を罪人だと思っている?」

「まさか」

「でも、助けられる命をってようなことを言ったよね」


 レオンの言葉が私に刺さる。


「ヴェーラも、レベッカも。その悪夢から私たちを守ってくれていただけなんだよ、マリー。私たちは今までそうしてくれていたその行為おこないに感謝するべきなんだ。艱難辛苦かんなんしんくの肩代わりをしてくれていたことに対して。だから、それをやめたからと言って、そこに罪咎ざいきゅうの所在を認めようとするのは、ただのなんだよ」

「傲慢……」


 私は唇を噛んだ。乾いた唇がピリッとひび割れた。レオンは私の髪をそっと撫で付ける。アルマは私の前に仁王立ちになって、私を見下ろした。


「嗚咽しようが、激怒しようが、絶望しようが、どんな手段を使ったって未来はやってくる。その未来をどうしたいのか。どうなっていてほしいのか。力があるはずのあたしたちは考える必要がある。いや、あたしたちだからこそ考えなきゃならない。刹那的な憐憫れんびんは、たとえそれが人の生き死にに関するものだとしても、強いて飲み下さなきゃならないんだ」


 アルマはそういうと寝室の方へと去っていった。私は身を起こし、レオンに抱きついた。


「レオン」

「レオナだってば」

「レオンって呼びたい」

「……しょうがないな」


 レオンは私の背中に手を回し、そっとさすってくれた。

 

「マリー、あんたは、間違っちゃいないよ」

「レオン……?」

「だけど、正解は一つじゃない」

「でも――」

「だからこそ、私たちがいる。人の数だけ正義がある」

「だけど、アルマは……」

「マリーを信じてるから、アルマも本音を言えるんだよ」


 レオンは私の額にキスをした。どさくさにまぎれて――。


「変わるなよ、マリー」

「……いいのかな、それで」

「そのためにアルマがいる。そのために私がいる」


 レオンは私を強く抱きしめる。パジャマ越しに体温が伝わってくる。


「安心しなよ、マリー。私もアルマも、ずっとマリーの味方だから」

「そういうところ、ずるいんだよ、レオン」

「お姫様を籠絡ろうらくするためには、手段を選べないからね」


 レオンは笑い、ゆっくりと立ち上がった。


「それじゃ、部屋に戻るわ」


 レオンはそう言うと、戦争を垂れ流し続けるテレビを一瞥し、部屋を出ていった。


 その後、私は敵の艦隊が壊滅するところまでを見届けた。

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