#02-04: ジークフリート礼賛のために

 私はレオンに右手をがっしりと繋がれた状態で、私の部屋へと連行された。いや、私の部屋なんだから連行も何もあったものではないと思うのだけど、とにかくそんな感じだ。


 私の顔を認証して、ドアがわずかな機械駆動音、具体的にはAの音と共に開く。故意にそうしたわけではないだろうけど、440Hzヘルツから442Hzに上がりきったところでドアが完全に開くというのは、毎回少し面白いと感じてる。


 私が絶対音感というものを持っている事は、士官学校ここに来て検査を受けてはっきりしたことだ。だけど、生まれたときからきっとこうだったから、今さら別にどうと思うこともない。それに絶対音感というだけなら、歌姫セイレーン候補生のほとんどが持っているらしい。レオン曰く、彼女は訓練で身につけた音感らしいのだけど。


 部屋に入ってドアを一つくぐると、私たちの寝室だ。ここのドアはほとんど常時開けられている。普段から忙しくしている同室のレニーが何時に帰ってきても、気兼ねなく寝室に入れるようにという配慮からできた習慣だ。


「あ、レオナか。どうしたのさ、こんな時間に」

「どもども」


 レオンは途中で買ってきたジュースを、ベッドから降りてきたアルマに投げ渡した。アルマは左手で器用に受け止める。右手にはタブレット端末を手にしている。


「勉強の邪魔だった?」


 私はゴメンと謝る。その間にアルマは寝室を出てリビングのソファに移動していた。私たちもその後をついていく。一人用のソファが二脚と、三人掛けが一脚ある。そのうち、一人用のソファ一つは「レニー専用」のものだという不文律があった。


 アルマはソファに沈み込むように座っている。アルマは夕食後すぐにお風呂を済ませていた。着崩したパジャマが、これまたとてもセクシーだ。この寮には女子しかいないからというのもあるけど、同性の私までドキドキしちゃうのはなんでだろう。


「あんたたちに心配されるほど、勉学に抜かりはないよ」


 アルマは右手を宙にかざす。テレビの電源が点き、ヴェーラとレベッカのライヴステージが立体映像で映し出された。まるで目の前にいるかのような臨場感。何度見ても感動してしまう映像技術だ。


「セルフィッシュ・スタンド……か」


 映像にじっと魅入っていたアルマが呟く。私は頷く。隣ではレオンが長い息を吐いていた。この歌「セルフィッシュ・スタンド」が、ヴェーラ・グリエールがに作った歌になってしまうのではないか――私はそれを恐れていた。あのヴェーラが、圧倒的な歌姫が、いなくなってしまうのはとても恐ろしい。しかも自ら――。


 今テレビ番組で流されているこのMVの再生数は、わずか三ヶ月の間に五億という前人未到の領域に辿り着いて、軍の収入に大きく寄与していた。たぶん、国境なんかをまるで無視して、世界中で聴かれているに違いない。


「アーシュオンの連中も聴いてるんだろうな」

「だろうね」


 アルマの言葉にレオンが頷いている。事実上、オンラインに載せられた情報を管理統括するのは不可能なのだ。ありとあらゆるプログラム、そして情報インフラは、全て「ジークフリート」によって制御されている。逆に言えば、ジークフリート以外にはそれらを制御することはできない。だから、私たちもアーシュオンのオンライン情報を参照することができるし、逆も然りだ。……私が理解できているのはここまでだけど、アルマはもっとよく知っているんだろうなと思う。


「ジークフリート……って何だろうね?」


 私の口が勝手に疑問文を生成する。あまりに話の流れを読まない質問に、私自身がキョトンとしてしまった。だけどアルマはそんな私の疑問にも、「ジークフリート?」と、少し眠たそうな顔をしながら答えてくれる。


「ちゃんと教官の話聞いてなかったのか?」

「聞いてたけど、私、予備知識なかったから……」

「あたしだって似たようなものだけど。マリーもちゃんと勉強しろよなー」

「う……」


 アルマの一撃に私は呻く。レオンは長い足を組んで肩を竦め、そして短く問いを発してきた。


「ヴァラスキャルヴの総帥の名前は?」

「ジョルジュ・ベルリオーズ」

「ヴァラスキャルヴって何?」

「ええと、世界最大規模の軍産企業複合体コングロマリット


 このくらいは私でも分かる。


OSオペレーティングシステムって何?」

「コンピュータを制御するプログラム?」

「なんで疑問形なのさ」


 レオンは自分のジュースを飲みつつ笑う。


「今使われているOSの種類とシェア率は?」

「ええと、ジークフリートが百パーセント」

「だね」


 レオンは満足したように頷いた。なんかバカにされたような気がしなくもない。


「今度はあたしから質問だ、マリー」


 アルマがタブレット端末でリズムゲームを開始する。そんなことをしながら他の事に頭を使える器用さには、本当に関心する他ない。しかもいつの間にかテレビ消してるし。


「なぜ、ジークフリート以外のOSが存在しないんだ?」

「ええっと……ジークフリートが自律的に進化するから?」

「五十点」

「うーんと、自律的に進化して、他のOSのセキュリティを突破しちゃうから」

「七十点」

「ゴメン、わかんない」

「しょーがないなー」


 アルマは空中に浮かぶ半透明な球体をポンポンと右手の指先で潰しつつ、左手ではタブレットのディスプレイをくるくるとなぞっている。どういう反射神経しているのか、全く謎だ。


「ジークフリートはOSから生まれたバケモノだからだよ」

「バケモノ?」

「そう。端末はもちろん、ネットワークまで物理・論理の両面から確立して支配していく。そしてジークフリートの生成する自律的かつ完全なプログラムを前に、あらゆるプログラムは言語を失った。それまでに生み出され、培われてきたプログラム技術は、その全てをジークフリートによって上書きされたんだ。人間が介在する余地を全くなくしたと言ってもいい」

「でも、インフラに関しては工事の人たちとか」

「それすらジークフリートに管理されているのさ」


 レオンが口を挟んだ。アルマは頷いている。レオンは足を組み直す。裾から覗く白い足首に一瞬目が行ってしまう。そしてレオンは、それを分かっててやっている。レオンはこれみよがしに伸びをしつつ、小さく欠伸をしてから言った。


「ジョルジュ・ベルリオーズはジークフリートを生み出した。その全てのアクセス権はベルリオーズにあるんだよね、きっと。だけど、私たちにはない。そしてジークフリートは世界を支配している。ってことは、ベルリオーズは完全にこの世界を掌握しているんだよ」

「そんな一個人が?」

「個人、なのかねぇ」


 レオンは難しい顔をする。アルマは「あたしにもわかんないよ」と解答を放棄する。


「表向きはジョルジュ・ベルリオーズという一個人に見えるけど、実際のところ世界を覆い尽くすプログラムなんて個人で創れるのかなという気はするね」

「うん」


 私は頷く。そしてふと思い出す。


「セイレネスも、ジークフリートによって制御されてるってことだよね?」

「そうだよ」


 アルマが応じた。


「おかげで世界の富のほとんどは、ジョルジュ・ベルリオーズが握っている」

「じゃぁ、その人がやる気になれば、戦争なんて終わっちゃうよね」

「マリーは気楽でいいなぁ」


 アルマはゲームを続けながら右の眉を跳ね上げた。珍しくミスをしたらしい。


「戦争が続いている理由を考えなよ、マリー」

「えっと……?」

「そのジョルジュ・ベルリオーズが黒幕なんだよ」

「ええっ?」

「驚くところか?」


 アルマは口をへの字に曲げている。パーフェクトを逃したのが悔しかったようだ。ゲームを中断したアルマは、ソファにぐったりと沈み込んで、私を上目遣いで見る。


「実際に何かしてるか否かはともかくとして、彼ほどの力があるなら戦争を止めることもできる。それをしないってことは、戦争に何らかのメリットがあるからだよ」

「でもそれじゃ……」

「終わらないのさ」


 アルマは肩を竦めて目を閉じた。その時、テレビが自動的に点いた。私たちは同時に小さく舌打ちする。軍に関する臨時ニュースが流れる時に、全部屋のテレビが自動的に動作するように設定されている。


 二次元映像の中では、そこそこ有名なニュースキャスターがルーチンワークのように悠々と原稿を読んでいる。この時代にして、空母も護衛戦闘機もない第二艦隊。レベッカ・アーメリング率いる歌姫艦隊だ。私の知る限りの昔から、歌姫セイレーンの力に頼り切った力押しの作戦ばかりだ。そもそも作戦とすら言えないんじゃないか――なんて口が裂けても言えない。なにせ私たちの身柄は、参謀部第六課の直下にあるのだから。


「このままじゃ、レベッカが過労死しちゃう」

「艦隊指揮時は、アーメリング提督と呼ばなきゃ」


 レオンが私に注意する。私は「そうだった」と首を竦めた。とはいえ、何年も「ヴェーラ」「レベッカ」というブランドに親しんできた身としては、そうそうすぐに切り替えられるものじゃない。アルマは首を振りつつ息を吐く。


「四天王もいるし、レニーだって今頃シミュレータで支援しているはずだし」

「うん。私たちは信じるしかないかぁ」

「釈然とはしないよ」


 アルマはゆっくりと目を開け、そして首を振る。


「本当は今すぐでもアーメリング提督を助けたい。でも、まだあたしたちにはそのすべがない。それがたまらなく悔しいんだ」

「うん……」


 私もそうだ。私だって、いつまでも第三者の立場ではいたくない。戦場に立ちたいかと言われたら、それは否だけど。でも、私にその力があるのだとしたら、誰かを守れる力があるのだとしたら、使いたい。使えるようになりたい。世界平和とか、そういう大それた話じゃなくていい。誰かを、大切な人を守れればいい。私は本当にそう思っていた。


 そんな私の肩に、レオンが手を置いた。その表情は怖いくらいにいでいる。


セイレーンたちの戦争はね、人々にとっては娯楽なんだよ、マリー」


 平坦で低い声。それを聞き届けてから、アルマがゆっくりと立ち上がる。そしてテレビに背を向けた。


恍惚に酔えゲット・イントゥ・ア・トランス……か」


 その影を帯びた表情と声音に、私は不吉な予感を覚えずにはいられなかった。


 テレビのスピーカーから、聞き慣れたレベッカのが聞こえ始めていた。歌姫セイレーン以外の人々の意識を汚染アディクトする、が――。

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