#02-02: 何故あの人はそれを択んだのか

 その通知音に、心底ドキッとした。


 私は手のひらに嫌な汗をかきつつ、携帯端末モバイルの情報を展開した。隣ではアルマも同じようにニュースを開いている。


「また戦闘か」


 アルマが肩を竦めた。戦闘は日常茶飯事デイリーイベントと言っても差し支えない。レベッカ・アーメリング提督は、第二艦隊を率いてほぼ常時出撃している。アーシュオンの繰り出す超兵器オーパーツには、もはや通常艦隊では太刀打ちできないからだ。こと、ナイアーラトテップと呼ばれる潜水艦タイプの艦船は、たったの数隻で一個艦隊を容易に撃滅してしまう。だから、どの艦隊もアーシュオンの影を見つけるや否や速やかに撤退し、レベッカに戦線を引き渡すのだ。


 アーシュオンはD級歌姫ディーヴァが一人になったこの機会を逃すまいと、連日執拗に攻撃を仕掛けてきていて、そしてその狙いは当たっていた。レベッカやその指揮下の艦隊は確実に損耗、消耗させられている。先日ようやく第一期卒業生、通称「九十二年四天王」以下、数十名の歌姫にも巡洋艦を始めとする艦船が与えられて、少しは負担は減ったと思いたいけれど。


 でもそれは、私のニュースではなかったから、私は少し安心した。そして私はそんな私を薄情だなとも思った。「ヴェーラが」というしらせではなく、「レベッカが」という報せを受けて安心しているのだ。そしてたぶん、ヤーグベルテのほとんど全ての人がそう思ってだろう。この国は、人々は、そして私も、もう狂っている。


 勝利の女神がいる限り負けない――私たちは盲目的にそう信じていたし、そうあるべきだと思っていた。その当事者がどんどん摩耗していくであろうことは、誰がどう考えたって明らかだったのに、私たちは揃って見ないふりをした。だから、きっとヴェーラはをしたのだ。なのに、目を覚ました人はいなかった。皆、恍惚に酔っていた。


「あたしたちも含めて、な」

「うん……」


 私は頷いた。誰もがこの余韻から、快楽から、逃げられない。戦いの際に歌姫セイレーンが創り出すサウンドからは、なんぴとたりとも逃れられない。少しでもその音の群れから離れてしまうと、飢餓感のようなものにすら襲われる。全ての人々は、すでに慢性的な中毒状態に陥っているのだ。


「でも、私たちだって――」

「そうだな」


 アルマは私の言いたいことをいつでも先回りする。心の中を見透かされているような、そんな気にすらなる。そしてアルマは、私にとってはいつでも正しい答えを用意してくれていた。だからたとえ本当に心の中が覗かれているのだとしても、不愉快な感じは全くしなかった。


「この世界があと三年で、良い方向へ変わるとは思えない」

「……だよね」


 三年後には、私たちも戦闘艦船を与えられて、前線に出ることになる。いつ終わるとも知れない戦争の最前線に駆り出されることになるのだ。国防の要として。


 私は着替え始めたアルマの、ほとんど裸の背中を見ながら尋ねた。


「アルマは、ヴェーラがどうして自分を殺そうとなんてしたんだって思う?」

「うーん」


 アルマはパジャマをポイポイと二段ベッドの上段に投げ上げて、着々と制服を身に着けていく。下着の鮮烈な青が私の目に焼き付いた。アルマは青が好きだ。偏執的なほどに青が好きで、私物のほとんどは青で埋め尽くされている。私服も暖色系のものは見たことがない。


「変えようとしたんだろうとあたしは思ってる」

「変えようと?」

「このありさまを」


 アルマは制服の襟口を少し緩める。彼女はいつも少し着崩すのだが、教官たちは何も言わない。士官学校だから、文言としては厳しい規律はある。あるのだが、いざ当事者になってみると、それは厳格に守られているとは言いがたかった。施設にいたときの方がよほど窮屈で緊張を強いられていたといえば、そのとおりだ。おかげで今はとても楽なんだけど。教官方は施設の職員さんたちよりも、ずっともっと怖い人たちばかりかと思っていたけど、実際のところそんなことはなかったし。


 私は「うん」と応えて、そして思い切って言った。


「あのライヴの時にね、私は思ったんだ」

「六年前の?」

「うん。あのとき私たちが感じたもの。あそこにのは、だったんじゃないかなって……」


 のろのろと着替えだす私。そんな私をアルマはじっと見ている。いつものこと過ぎて、もう別に恥ずかしくも思わない。いつもならニヤニヤしながら眺めているところだけど、今日のアルマはどこか遠くを見ているように思えた。


とか、そういう思いだけだったんじゃないかなって」

「かもね」


 私のベッドの方に腰掛けて、アルマは小さく首を傾げた。黒いメッシュの入った髪がサラリと流れる。


「あたしたちは――」


 アルマは静かに言う。アルト音域のその声が、少しくすぐったい。


「そうだな。確かに、あたしたちは、ヴェーラ・グリエールっていう一人の女の人の姿に、夢を見すぎていたのかもしれない」

「夢、か」


 疑いもなく、一方的に与えられるものだと思っていた。ただ無条件に、から守ってくれる存在だと信じていた。何も知らぬままに、私たちはあの人に憧れた。


 私は胸の内を這い回る不快感を、唇を噛むことで駆逐しようとする。そんなことをしても痛みが増えるだけだというのは、わかっている。アルマのほんの小さなため息が、私の鼓膜を震わせた。


「そういう無意識がヴェーラとレベッカを縛り付けて、そして偶像化アイドライズしたんだ。何の確証もなく、ね」

「ヴェーラは、私たちを恨んでいるのかな……」

「まさか」


 アルマはベッドにバタリと背中を預けて、少し大きな声で否定した。


「人を恨めるような人なら、自死なんてえらぼうとはしないさ」

「そっか……」


 そうかもしれない。


 私は勝手に救われたような気分になりつつあった。


 ようやく、六時の目覚ましが鳴る。そのサウンドは、ヴェーラ・グリエールが親友に捧げた歌、「エアリアル・エンプレス」だった。

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