#02 第四期生として、私は――

#02-01: 再会、士官学校にて

 私は腹筋の力の限りを使って起き上がった。自分の叫び声に驚いて跳ね起きた……んじゃないかな? 私にとってはこんな事は日常茶飯事。見る夢は毎回だいたい同じだ。私は頭をポリポリと掻いて、視線を右に動かした。そこにはいつものように、三色頭の親友の顔が、上から下に向かって生えている。髪の毛は重力に引っ張られて逆立っていた。


「あのさー……」


 眠そうな声で始まる文句もいつもと同じ。二段ベッドの上から私の方を覗き込んでいる姿勢も同じ。寝癖の付いた三色頭――ストロベリーブロンドの地髪に黒と青のメッシュ――も同じ。この一ヶ月、ほとんど毎日見ている朝の眺め。


「まだ五時なんですけど」


 剣呑な声で親友は言う。私は慌てて時計を見て、その無愛想な目覚まし時計に両手を合わせた。


「手を合わせるならあたしにでしょ! 時計に手を合わせてどうするのさ、マリー」

「ごめーん」


 私はごわつく髪の毛を撫で付けながら、二度頭を下げた。ちょっとだけ眠たい。起床時間まであと一時間。もう一度寝るか、否か。それが問題だった。いや、答えは出ている。


「寝る」

「ちょ」


 親友――アルマは二段ベッドから降りてくると、寝かせてなるものかと私のベッドに潜り込んできた。そしておもむろに携帯端末モバイルを取り出して、リズムゲームを起動した。あ、これ寝られないパターンだ。


「あたしを叩き起こしといて二度寝しようとは太ぇ奴だ」


 ゲームが開始される。携帯端末モバイルの中では高精度にモデリングされたレベッカが踊りながら歌っていた。アルマは空中に浮かんだボタンやらボールやらを弾いたり動かしたりしながら、リズムよくスコアを稼いでいく。リズムや音感はともかくとして、ゲーム音痴な私にはできない芸当だ。寝起きでよくやれるな、その動き。


 親友が私のベッドの中でゴソゴソ動いているものだから、当然二度寝なんてできやしない。しかもこの親友、悪いことに女の子が大好きなのだ。事あるごとに私の腰や脇を触ってくる。首や耳へのキスや甘噛みには、同居生活一ヶ月目にしてもう慣れた。


 寝るのを諦めた私は、枕元に転がっていた真新しい携帯端末モバイルを取り出してニュースサイトの見出しを浮かび上がらせる。私が関心を持つトピックスが勝手に上の方に出てくる。その記事の殆どは歌姫関係のものだったが、それらの中には私の一番記事は未だ出てきていなかった。


 約一ヶ月前に起きた国家を揺るがす大事件。私が軍から支給された携帯端末モバイルで初めて見たニュースが、その『ヴェーラ焼身自殺未遂』だった。未遂、とは言うものの、本人は重篤な状態で未だ生死の境を彷徨っているという。だから、私たちの入学式にはヴェーラの姿はなかった。


「マリーはまた安否確認?」

「そう」

「提督に何かあったらニュースより先に連絡が入るさ」

「あって欲しくないんだもん」


 私は首を振る。アルマはゲームの手を止めずに話をする。相変わらず器用だ。


「あの日、六年前。あたしたちが感じたことが現実になったって感じだよな」

「うん――」


 あのコンサート。十歳だった私たちが初めて出会い、そして最前列中央センターでヴェーラたちと相対した日。その日に感じた負のエネルギーが、つい一ヶ月前に解き放たれてしまったのだ――私たちはそう思っていた。


 アルマは曲を切り替えた。


「今は第一期の先輩方もいるし、だいぶ負担は軽くなってると思うけど」

「それ、エディタとトリーネとデュオの、なんだっけ」

「ナイト・フライト・イクシオン」


 私も先輩方の曲はしっかり全てチェックしているのだが、アルマほどサクサクとは思い出せない。なんせ一期生の先輩方だけでも百を超える楽曲があるのだ。二期生や三期生、或いは合同曲なんて考えるだけでクラクラする。そこに私たち四期生の楽曲も増えていくわけで、正直もう頭の中のデータベースはぐちゃぐちゃだ。


「ま、D級ディーヴァS級ソリストV級ヴォーカリストはおさえておかないとな」

「そうだね」


 私は頷き、少し離れたところにあるそのS級ソリストの先輩が寝ているはずのベッドを覗き見た――いない。


「レニーは?」

「二年目にして戦力として計上されてるって言ってたからね」

「忙しいんだ」


 他人事ひとごとのように私は言う。アルマは私に密着しつつ、ゲームを夢中になって続けている……のだが、会話は途切れない。


「一期生の先輩方もいよいよ艦船割り当てられて戦闘配備だし。レニーもその補佐に一生懸命だと思うよ」

「優秀だもんねー、レニーは」


 私はアルマがゲームを終了させるのを見届けて、ベッドから出た。アルマも追いかけてきて、私の前でこれみよがしに伸びをする。背中と細い腰がチラ見えして、何故か私はドキッとしてしまう。お風呂にだって一緒に入る仲だというのに、こういう瞬間には何故か心拍数が跳ね上がってしまうのだ。女の私から見ても、アルマはとても魅力的な女の子だった。


 私たちの所属する士官学校の歌姫養成科には男子はいない。それはなんとなく残念な気がしなくもないけど、いたらいたで面倒くさいんだろうなと思う。とりあえず今の所、私はアルマとレニーとの同室生活にとても満足していた。警備態勢が厳重すぎるところがちょっと……だけど。


「コーヒーでいいかい、マリー」

「あ、うん。濃いのにして」

「あいよ」


 アルマは部屋の片隅にあるキッチンで、手際よくインスタントコーヒーを作る。私はそんなアルマの背後に忍び寄り、覆いかぶさるようにして後ろからコーヒーを取った。


「うわ、危ないじゃないか」

「ふふーん。でも好きでしょ、アルマ」


 私はしてやったりと鼻歌を歌いながら、愛用の黒いカップに口をつける。気のせいじゃなければ、アルマは少し頬を赤らめていた。


「あたしがするのは良いの。でも、されるのは慣れてないんだから」

「へぇ」


 苦い。だが、この苦さが良い。私は早朝のキッチンでアルマとじゃれつく。アルマは鮮やかに青いカップを両手で持ってフーフーと息を吹きかけている。アルマは猫舌なのだ。


「ミルク入れないの?」

「ブラックを飲みたい気分なんだよ」

「アイスコーヒーじゃダメなの?」

「……そうだな」


 アルマは冷凍庫を開けて氷を取り出すと、数個カップに放り込んだ。


「ぬるい」

「そりゃね。でもカフェインはカフェインだよ」


 私は熱いコーヒーの香りを楽しみつつ、思わず笑ってしまう。アルマは私の方に、前触れもなくり足でずずいと近付いてきた。私と比べてアルマは少し背が低い。だから見上げるような形になる。


「ねぇ、マリー、キ――」

「キスはしないよ、アルマ」

「えー……減るものじゃないじゃん」

「増えもしないし」


 いつもの朝のやり取り。アルマは、とにかく朝と夜にキスを求めてくるのだ。レニーにやってるのは見たことがないから、きっと私にだけやっているのだろう。そう思うと少し心は揺らぐ。


「マリーはガードが硬いなぁ。好きな男でもいたの?」

「いないよ。施設の子の顔なんていちいち覚えてない」

「だよなぁ」


 私たちは首を振る。つい一ヶ月少し前に施設を出されて軍の施設――士官学校の寮――に移り、私たちはようやく自由になれたのだ。そこでまさか、アルマに再会して、あまつさえ同じ部屋になるだなんて思ってもいなかったけれど。


 その時、私たちの携帯端末モバイルに緊急通知が流れ込んできた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます