セルフィッシュ・スタンド~剣となりて、盾となりて~

一式鍵

#01 迷える私に歌声を――

#01-01: その日、私は運命と出会った

 正直に言うと、私は大いなる迷子だった。比喩的な意味ではなくて、雑踏の中で本気で途方に暮れていた。夕刻に差し掛からんとする今、見知らぬ大勢の人々が、大人も子どもも問わず、幸せそうに走り回り、諸々に時間を潰している。


 彼らは開場を待っている。今をときめく歌姫ディーヴァたちのコンサート会場のゲートが開くのを。このコンサートのためだけに、何万人という人々は、八月の蒸し暑い空気の中、戦争犠牲者の追悼セレモニーに参列していたに違いない――と言ったってバチは当たらないんじゃないかなと私は思っている。だって、少なくとも私はそうだったから。


 なのに、このままでは肝心のコンサート会場に入れない。チケットを管理する施設の職員さんとはぐれてしまったのだ。人々の流れに逆らえず流されてしまったが最後、背の低い私は彼らを遠目に見つけることすらできずにいた。そして施設からは十数人の子が来ているし、職員さんも私が一人はぐれたところで探したりはしない。それは経験的にわかっている。


 それに空襲でもない限り、治安自体は悪くないこの場所で死ぬことはないし、このコンサート会場は厳重な防空体制にある。職員さんたちは、安心して私を放置してコンサートを楽しめるに違いないのだ。


 この十年で一番楽しみにしていたのにな――。


 私は街路灯の下に座り込んで、芝生をぶちぶちと千切った。私は空襲で家族を失って、四歳からずっと施設だ。楽しい六年間――と言えれば良かったけれど、こんなありふれた境遇の私が人一倍楽しい生活をしていたかと言うとそうでもない。この戦時下、私はただの無力な十歳だ。


 そんなふうにいじけていると、開場のアナウンスが聞こえてきた。視界がぼんやりと滲んできた。悔しかった。


「よっ!」


 手のひらに残った千切った草を感傷的な気持ちで見つめていると、私の隣に美しい髪色の女の子が座った。ストロベリーブロンド、というのだろうか。ピンク色っぽい珍しい髪を私と同じくらいの長さ、肩口まで伸ばしていた。デニム地のショートパンツに、翼のある美女がプリントされた白いTシャツを着ていた。翼のある美女は前と後ろにそれぞれいて、前面にいるのはヴェーラ・グリエール、背面にいるのがレベッカ・アーメリング――今をときめくヤーグベルテの歌姫だ。最強――そう、ヴェーラたちはアイドルにして、戦争の力なのだ。


 だが、そんなことより、私はこの子の着ているTシャツを食い入るように見つめた。実物を見るのは初めてだった。


「そのシャツ……」

「ん、ファンクラブの」

「いいなぁ」


 そのTシャツは公式グッズの一つである。すごく欲しいと思っていたのだけど、施設の職員さんにそんなことを言うことはできない。それはネット経由で眺めるだけのアイテムだった。さっきまで同じTシャツを着ていた人が何人もうろついていたが、当然ながら見知らぬ私がじっと見つめるわけにもいかず。


「みんな吸い込まれていったね」


 その子は褐色の瞳で会場の入り口を見ながら、ちょっとだけ口角を上げていた。この子は会場入りしないんだろうか?


「まぁ、飲みなよ!」


 その子は私にペットボトルに入ったミネラルウォーターを差し出してきた。


「あたし、アルマ。黒髪ちゃん、あんたは?」

「わ、私はマリオン」


 なし崩し的に個人情報を公開してしまう私。アルマと名乗ったきれいな髪の少女はニカッと笑う。


「施設の招待イベントだっていうから、喜び勇んでやってきたのにさ。職員とはぐれちゃったんだよねぇ」

「施設?」

「あれ? マリオン、あんたもじゃないの? 戦災孤児支援活動のなんとやら」

「あ、うん」


 私は頷く。確かに、こんな場所に一人でいたらそれ以外ないよね。私は会場から流れ聞こえてくるヴェーラの歌のインスト版に合わせて鼻歌を歌いつつ、また芝生をいじめた。


「あたしさ、とかいうやつの空襲で、家族も友達もみんないなくなっちゃってさ」

「え、私も……。四歳の時」

「へぇ! あんたも十歳なの?」

「う、うん」

「そっか!」


 アルマは私の手を握ってぶんぶんと上下に振った。私は完全にそのペースに飲み込まれている。警戒心とかそういうものをまるきり感じないアルマの表情に、私の心の扉もうっかり開いてしまったようだった――こんな気持はいつぶりだろう?


「さぁて、どうしようかなぁ?」


 危機感のないアルマの声。あのヴェーラとレベッカのライヴを生で見るチャンスを今まさに逃がそうとしているのに、アルマはどこか楽しそうだった。私にはその心理が理解できない。


「うん、やっぱりこういう時は迷子センターが鉄板だね!」

「で、でも、職員の人、来ないと思う……」


 迷子センターにいると分かった時点で、職員たちは最後の良心も放棄するに違いない。迷子センターにいるということは、無事だ、ということだからだ。


「ま、気持ちはわかるよ。でも、そんな時だからこそ、芝生千切ってるだけじゃダメなんだよ」

「でも、それでもダメだったら――」

「その方法じゃダメだったって事がわかるじゃん」


 ああ、そうかも。そのポジティヴな思考回路を少し分けて欲しい。


「でね、あたしはレピア市ってところ出身らしいよ」

「私はアレミア市だって聞いた」

「どっちも今は大きな盆地だねぇ」

「うん」


 新しい地図にはない街。それが私たちの故郷というわけだ。その時の事はぼんやりとしか覚えていないけど、鮮明になんて思い出したくない。できれば一生思い出したくない。


「でも、そのおかげであたしたちは出会えた」

「コンサート終わったらもう離れ離れだよ」

携帯端末モバイルは?」

「ないよ」

「ひどい施設!」

「……しょうがないよ」


 私はため息をつく。贅沢は敵なのだ。そんな私の肩を叩きながら、アルマが会場入口の方を視線で示した。そこには多くの兵隊さんを従えるような形で、黒い軍服の女性が立っていた。会場警備か何かを指示しているように見えた。


 私がアルマを見ると、彼女はニッと笑っていた。


「ラッキー! 参謀部だ!」

「さんぼーぶ?」

「歌姫を直轄しているのは参謀部第六課だからね。あの、ルフェーブル大佐のところのね」

「え、じゃぁ、あの人がルフェーブル大佐?」

「違う違う」


 すぐに否定するアルマ。私はニュースすら満足に見ていないので、有名人と言われても、歌姫以外のことはよくわからない。


「あのー!」


 アルマは私を立たせると、引きずるようにして歩き出した。


「ちょっ、大佐ってすごく偉い人じゃないの?」

「だからなに?」


 アルマはまたニカッと笑う。そして黒い軍服の女性に向かって再度声を掛けた。


「大佐さん! 大佐さん!」

「あら?」


 その大佐さんはセミロングの黒髪を靡かせて、私たちを振り返る。黒い瞳が私たちを捉え、すっと細められた。笑ったのかな?


「どうしたの、小さな歌姫さんたち」

「あたしたち、戦災孤児支援活動キャンペーンに当選した施設から来たんですけど、職員たちとはぐれちゃって。あの、これ、連絡先なんですけど。私が通話しようとしても出てくれなくて」

「この混雑具合じゃ気付かれないかもしれないわね」


 大佐さんはアルマと私の持っていた施設の連絡先を確認すると、後ろにいた兵隊さんに何事かを伝えた。アルマが私の右腕をしっかりとホールドしながら、大佐さんに尋ねた。


「会場、入れますか?」

「もちろん」


 大佐さんは即答する。


「でも施設との合流は難しいわ。でも参謀部が責任もって連絡はするから心配しないで。さ、行きましょう、マリオン・シン・ブラック、アルマ・アントネスク」

「え?」


 私とアルマは、同時に変な声を出した。この大佐さんに名前を示すようなものは、何も見せていなかったはずだ。ましてお互いのファミリーネームなんて、私たちでさえ今知ったくらいだ。


「どうしてわかったんですか?」

「さぁ、なんででしょうね?」


 アルマの疑問に疑問で応え、右に私、左にアルマを従えて歩き始める大佐さん。


「あのー……」

「何、アルマ」

「あたしたちはどこで?」

最前列中央センター

「へっ……?」


 私たちは、また同時に変な声を出した。施設の席は確か後ろの方だったはずだ。だけど、大佐さんは後ろ向きに歩きながら微笑んだ。


「どうせなら一番良いところがいいでしょう?」

「え、でも……最高の席センターなんて……」

「いいえ、そここそ、場所よ」


 大佐さんは少し寂しそうに微笑んで、ゆっくりとそう言ったのだった。

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