第7話 クリムの回想
「ほら、メル、寝間着に着替えてから寝なさい」
クリムは眠そうに目をこするメルに声をかける。
着替えを手伝っているそばから、こっくりこっくりと船を漕ぎ始めるメル。苦笑しつつ、まあ無理もないかと思う。今日は本当に色々なことがあった。メルをベッドに寝かしつけながら、クリムは今日のことを思い出す。
今日は本当に、本当に、大変な一日だった。
薬草採取の最中に飛竜と遭遇し、危うく死にかけたのだから。
心臓が口から飛び出るほど必死に走ったけれど、とても逃げ切れるものではなかった。
ハンターでもない自分にはどうすることもできなかった。
転んだメルを抱き、ただ、ただ無力に飛竜を見上げる自分。
ああ、私は妹や自分の命すら守ることができないんだ……。
走馬灯のように頭に浮かぶ苦い思い出。
腕の良いハンターとして有名だった両親に憧れて、姉と同じようにハンターを目指した日々。
私はフォーネ姉さんをとても尊敬している。強く美しく、凛々しい自慢の姉だ。今では村の誰もが認める筆頭ハンターだ。
姉を追いかけるようにハンターになろうと努力したが、その夢は叶わなかった。目覚ましい活躍をする姉と比べ、自分は全くと言っていいほど才能がなかった。
手のマメを何度も潰しながら剣を振り、寝る間も惜しんで勉強もした。努力すればいつか追いつける……そう自分を励まして頑張った。しかし、どんなに努力しても姉のようには上手くできなかった。追いつくどころか、どんどん離されていく自分。
姉さんに比べて私は……ズキリと鈍い痛みが胸によぎる。
また私は何もできない……
目の前に迫る飛竜の大きな
恐怖に引きつりメルを胸に抱きながら死を覚悟した瞬間、……それは起こった。
ドンッ! という音とともに仰け反り、苦悶の咆哮を上げる飛竜。
何が起こったのか全くわからなかった。
呆然とする私達に、こっちだと叫ぶ人物!
慌ててそちらへ駆け出すと、その人は見たこともない武器を構えて飛竜を攻撃する。
ドンッという音と飛竜の凄まじい咆哮を背中に聞きながら必死に走る。
緊張と恐怖の中で崩れるように倒れ込こんで見上げると、そこには猫妖精さんを連れた一人のハンターが佇んでいた。
身に
まるでお
私は夢でも見ているような気分だった。
「大丈夫だった? 怪我はない?」
優しい声でそう言って鎧の兜を外したその顔を見た瞬間――
ワキュ――――――――――――ン!!
胸の奥から聞いたこともない音が鳴った!
兜の下から出てきたのは、黒髪、黒目の人間族の若い男の子。飛竜を撃退するほどの実力を持ったハンターがこんなに若く、そして人間族の人だったことに二重に驚いてしまった。
「……っ! は、はいっ! 大した怪我はありません!」
声がうわずってしまうのを抑えることができなかった。
心臓の鼓動が速いのは走ったせいのはず。……なんでだろう、胸がドキドキする!?
挙動不審の私を心配そうな顔で見つめる彼に、慌てて声を上げる。
「あ、あのっ……飛竜を追い払うようなハンター様が人間族の方だなんて思いもしなかったので!」
「そうなんだ? ……それにハンター様なんて、そんな大げさなもんじゃないよ。俺は
飛竜を撃退したハンターさんは力を誇るどころか、少しくすぐったそうに名乗る。
私はその様子に何故かホッとしてしまった。つい今さっき死にかけたというのに。
目の前で見なければ、この線の細い優しげな男の子が飛竜を撃退したハンターだとは誰も信じないだろう。まして身体能力で亜人に劣る人間族が飛竜を撃退したなんて絶対信じない。
ユーキさん……不思議な人。トクン……また胸の奥で音が鳴る。
人見知りで有名な猫妖精さんがとっても
普通なら飛竜に食べられそうになった直後に、その場所へ戻るなんて考えもしなかっただろう。だけど何故かこの人達と一緒ならば絶対大丈夫という、不思議な安心感を私は感じていた。それに今日、薬草を持って帰らないとお店で売る回復薬を作ることができなくなってしまうし。ううん、本当を言うとユーキさんともっとお話してみたかったから……。
ほどなく薬草を入れたカゴは見つかった。辺りは飛竜が降りてきた時に踏み荒らされていたけど、なんとか無事だったみたい。カゴの中身が半分ほどまで埋まっているのを確認して、思案する。本当はカゴがいっぱいになるまっで薬草を集めたかったけど、どうしよう?
「もし迷惑でなかったら薬草の採取を手伝わせてもらえないかな? ここらへんの動植物に詳しくはないんだけど、採取や調合には結構興味があるんだ。ダメかな?」
「め、迷惑なんてとんでもないです! とっても助かります! 飛竜から助けて頂いただけでなく、薬草採取まで手伝って頂けるなんて何とお礼を言ったらいいか……!」
恐縮しながら見分け方や採取のコツをお話すると、とても興味深そうに聞いてくれるのでなんだか嬉しくなってしまった。私の取り柄といったらこれぐらいだから。
それに……ユーキさんはいい匂いがする! きゃー! どういう匂いとは言えないけどいい匂いがする! 私は薬草の見分け方を説明しながらドキドキしてしまう。顔が熱い!
そして、私は驚くことになる。ユーキさんはプロ顔負けの採取の天才でした! 普通の人なら絶対見落としてしまうような所の薬草を次々に見つけるのには本当にびっくりしてしまった。
それに最初は人見知りしていた猫妖精さんも、一緒に採取をするうちにメルと仲良くなってくれたみたいで良かった。二人してユーキさんに褒めてもらおうとしてる姿はとても微笑ましい。飛竜に食べられそうになったあの恐怖が、まるで嘘だったかのように楽しい薬草採取になっていた。気づけば私は、ユーキさん達ともっと一緒にいたいと思っていた。
「ユーキさんは何処に行くところだったんですか?」
「うーん……何処なんだろう? 実を言うと迷子なんだ」
そうユーキさんは困ったように言う。
「多分、遠い国から来たのだけど、ここが何処なのか全くわからないんだ。神隠しにあったような状況で、目が覚めたらこの森の中にほっぽり出されていて、昨日から迷子なんだ。自分でも突拍子もない話だと思うけど、ほんとに困っているんだ」
それを聞いて私は、不謹慎だけど嬉しくなってしまった。
「だったら是非、家に泊まっていって下さい! 助けて頂いたお礼もまだですし!」
私は無意識にユーキさんの手を取ると言い募った。
「そういうことでしたら事情を話せばお祖母ちゃんが相談に乗ってくれると思います。それに飛竜を撃退するような凄腕ハンター様なら大歓迎です!」
このままお別れするのは寂しいなぁと思っていたから余計に嬉しくなってしまって、気がつけば私はユーキさんの腕を抱え込んでいた。普段の自分からは想像できない大胆な行動だった。
そして、極めつけは夕食の席でのことだ。メルとぬこにゃんちゃんががユーキさんにあ~んと食べさせているのを見て、勢いで私もやってしまった。今思いだすと顔から火が出そうになる!
きゃー! 私は枕に顔をうずめてベッドの上でゴロゴロとのたうち回る。恥ずかしい! 恥ずかしすぎる!
身体は疲れているはずなのにクリムは小一時間ほど眠れずに、ぐるぐると同じ思考を繰り返すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます