Act.8-138 子爵令嬢の社交界準備 scene.2

<一人称視点・アルマ=ファンデッド>


「アルマさんと直接こうしてお会いすることは初めてよね? 王子宮筆頭侍女から貴女の仕事ぶりは伺っているわ」


 まさか、雲上人である王太后様にこうしてお声かけ頂ける日が来るとは……宮仕えを始めた頃には想像もつかなかったわ。

 離宮には王太后様と共に離宮筆頭侍女様と、客人として招かれていたのでしょう貴族の男性の姿があった。


「初めまして、ラピスラズリ公爵令嬢、ファンデッド子爵令嬢。私はルーセント伯クィレルだ。以後お見知り置きを」


「こちらこそ初めまして、ルーセント伯爵様。……なるほど、ルーセント伯爵領の名産品は高い技量を誇る反物でございましたね」


「ラピスラズリ公爵令嬢は私の領地の名産をご存知でしたか。やはり、若くして筆頭侍女になられる方は少し違うようですね」


 子供らしくない対等な態度でルーセント伯爵と接するローザ様と、そんなローザ様の姿に「ほう」と感心した表情を見せるルーセント伯爵。

 そんな二人を王太后様が扇子を口もとに当てながら微笑んで楽しそうに見つめている。


「王太后様はルーセント伯爵にも今回の件にご協力頂くつもりということですわね。確かに、ルーセント伯爵は社交界でもラピスラズリ公爵家とは対極にあるように顔が広く合流もあります。どこの派閥に属しているという訳でもなく、社交界で大きな影響力を持つルーセント伯爵と友好関係を持っているとなれば、例の噂話を広めやすくなるということでしょうか?」


「あらあら、ラピスラズリ公爵家と対極にあるだなんて卑屈になることはないと思うのだけど。ラピスラズリ公爵家はラピスラズリ公爵家の繋がりがあるようだし……それに、貴女の人脈に比べたら私達なんてまだまだだわ。本当なら、貴女一人が後ろ盾になっただけで十分なのだけど……実力を隠すって面倒なことよね。いつになったら私達の知る本性を見せてくださるのかしら?」


「王太后様、私は一介の侍女であり、それ以前に本来なら行儀見習いを行うべき未熟な貴族令嬢ですわ。更に言えば、貴族位を持つのは私の父であるラピスラズリ公爵であり、その恩恵に預かっているに過ぎません……私に王太后様を超える人脈や隠している本性などある筈がありませんわ」


 ローザ様について私が知っていることは少ない。

 ただ、ビオラ商会となんらかの関わりを持ち、伝説級の空間魔法を扱え、年に不相応なほど大人びている……そして、恐らく私が転生者であることに気付いている。


 つまり……私は彼女が転生者であるとは思っているのだけど、本当にそれだけなのかしら?


「アルマさん、早速で悪いのだけどドレスの採寸をしてもいいかしら? ニーフェ、お願いね」


「では、私はそろそろ失礼致します。ファンデッド子爵令嬢、また社交界でお目に掛かりましょう」


 ルーセント伯爵様はそう言うなり部屋を後にした。……もし、私達がやって来てルーセント伯爵様と王太后様の時間を奪ってしまったのなら申し訳ないわ。


「……アルマさんが気にすることはないと思うけどねぇ。ルーセント伯爵と王太后様は既に今回の件の打ち合わせは終えているようだし、今回はアルマさんとルーセント伯爵の顔合わせが目的だったみたいだからねぇ。その顔合わせも済んだし、後は王太后様が用意してくださった台本通りに進めていけば万事解決だよ」


「……あの、王女宮筆頭侍女様。以前から気になっているのですが、何故心を読んだように私の求めている答えを口にできるのですか?」


「あら、ローザは話していないの? てっきり、転生者であるアルマさんに事情を説明していると思ったのに?」


 王太后様、どうして私が転生者であることを知っているのですか!? まさか、王太后様も転生者――。


「アルマさんの予想は間違っているよ。王太后様は紛うことのないこの世界の人間で、転生者ではない。……まあ、転生者って言ってもボクみたいに地球からの転生者と、この世界の人間の前世の記憶を持つ転生者に大きく大別できる上に、この世界の記憶を持つ転生者の方がボクが知る限り圧倒的大多数を占めるんだけど。ボクが使ったのは見気と呼ばれる能力で、鍛えることで視界に入らない相手の位置、数、行動が読めるようになるのだけど、更に鍛えることでは未来視や他者の心を読むことや生き物の感情を感じ取ることができるようになる。この見気の読心でアルマさんの心を読んだってことになるねぇ。ちなみに、この力は前世由来の技術だよ?」


「ですが、私の暮らしている世界にそのような力はありませんでしたよ。ごく普通の少し科学の発達した世界でした」


「アルマさんの生まれた世界が=ボクの生まれた世界と断定することは難しい……パラレルワールドに近い関係性を持つ地球の存在も確認しているからねぇ。ただ、ボクの暮らしている地球ではこう言った技術は秘匿されていた。普通に暮らしている分には世界の裏側のドロドロとした部分も表ではファンタジーのカテゴリーに区分されるような力が存在していることも知らないのが普通だったんだよ。まあ、アルマさんの元の世界には正直、興味がないし、調査する必要もないと思うんだけどねぇ。元の世界に戻りたいなんて願望がなければ、元の世界によほどの未練がなければ今生の生を謳歌するのが一番だからねぇ」


「ローザさんは元の世界に未練があるのですか?」


「ないと言ったら嘘になるけど……あれは、放っておいても勝手にこっちに来て余計面倒を増やしそうだからねぇ。正直、あまり喜ばしい訳ではないのだけど、運命の赤い糸的なもので繋がっているみたいだからねぇ……はぁ。向こうに残していた家族もみんなそう簡単に諦めるような性格はしていないし、近いうちにこっちに来ると思うよ。まあ、そんなことより今はアルマさんのことだよ。……王太后様が全てバックアップしてくれるようだし、正直ボクの出る幕は無さそうだねぇ」


「あら? 既にローザは色々と暗躍しているわよね? ところで、ローザの方のドレスの採寸も済ませてしまいたいのだけどいいかしら? 貴女もプリムラの誕生パーティでアネモネとしてデビューをするのでしょう?」


「……まあ、半分は暴走列車の見張りで後は姫さまの誕生日を祝えればそれで十分ですが。……王太后様にドレスを用意して頂くなんて流石に畏れ多いですから辞退させて頂きたいですわ。新参者であるアネモネを嫌っている貴族は大勢いますから、これ以上目立つのは」


「私が懇意にしている商人となれば、やっかみを持っていたとしてもそう簡単に手を出せないでしょうし、貴女も一々排除せずに済むでしょう? ……それに、私からもローザにお礼の気持ちを込めて贈り物をしたいと思うのよ。……そうねぇ、では、こうしましょう。ローザには私のドレスを誂えてもらう。そのお礼として、私からもドレスを贈った……こうすれば、より私達の繋がりが強固であるとアピールすることができるわよね?」


「――王太后様、仮にローザ様にドレスをお贈りしてもビオラ商会の会長であるアネモネ様にドレスを贈ったことにはならないのではありませんか?」


「……アルマはローザのことを何者だと思っているのかしら?」


「ビオラ商会と何かしらの深い繋がりがある貴族令嬢……なのではないかとは思っておりました」


「この件も別にアルマさんには伝えなくてもいいかな? って思っていたんだけどねぇ。ボクはローザ=ラピスラズリであり――」


 ローザ様の姿が一瞬にして銀色の髪と碧眼を持つ長身の美女へと変化した……えっ、何、どういうことなの!?


「ビオラ商会合同会社会長、アネモネその人でもある……まだ色々と本性的なものがあるのだけど、それも明かしてしまった方がいいかな?」


 えっ、この上まだ何かあるの!? 王太后様もニコニコしていらっしゃるし……あまり深入りしない方が良さそうだわ。


「ちなみに、ローザはアネモネとして隣国のドゥンケルヴァルト公爵、ライヘンバッハ辺境伯、ビオラ=マラキア商主国の大統領の肩書を持っているわ。実際の地位は多種族同盟に所属する各国首脳を取り纏める多種族同盟の代表……一国の王太后でしかない私ではとてもじゃないけど釣り合わないわ」


 それニコニコしながら仰られてもどう反応すればいいか分からないわ。……えっと、つまり一国の国王と互角以上に渡り合える地位と権力を持っている人が、王女宮筆頭侍女をやっている……って、なんでそもそもそんなことになっているのよ!?


「なんで王女宮の筆頭侍女をやっているかというと、悪友のクソ陛下……ラインヴェルド陛下に『俺の娘を守ってやって欲しい』と頼まれてねぇ。本来だと家族仲が拗れて相当性格の悪いデブス……悪役令嬢プリムラさんになっちゃうんだけど、ボクが手を貸す前に真っ直ぐ育ってくれたようで、大した仕事もないんだけどねぇ。他にも色々と思惑があって、まあ王家の醜聞とか裏の事情とか色々と絡んでいるんだけど、ボクはボクの目論見で国王陛下のお願いを引き受けたって訳。本当に姫さまは可愛いし、可愛い女の子がいっぱいいるし、これ以上の天職はないと思うよ! あっ、くれぐれもここで聞いたことは他言無用だからねぇ。下手に言いふらせば秒で首が飛ぶから」


 な、なんてことを私に話してくれたのかしら……別に言いふらしたりはしないから問題ないのだけど。


 ……しかし、姫さまの名前ってどこかで聞いたことがあったのだけど、やっぱり。


「この世界は『スターチス・レコード』の世界であって、一方で違うとも言える。三十のゲームが融合した世界だからねぇ。アネモネは、『Eternal Fairytale On-line』のボクが持っていたサブアカウントの一つで、ボクはそのアカウントを含め全てのゲームの保有していたアカウントを使用することができる。……ついでに言うと、『ノーブル・フェニックス』の筆頭株主で、高槻さんの相方……といえば、分かるかもしれないねぇ」


「まさか、フルール・ドリス先生!?」


 もうこれ以上何を驚けば……と思っていたのだけど、待って!? つまり、フルール・ドリス先生がこの世界に転生していたってことよね!?


 私も『スターチス・レコード』をプレイしていたから当然その名前は知っていた……のだけど、恐らくゲームという文化に一度でも触れたことがなくても知っているほどの有名人。

 ほとんど謎に包まれた……一部の噂ではロリィタ服を愛用する可憐な少女であるというくらいしか素性が分からない女性だったのだけど、本当に意外なところで意外なところに会うものね。


「これ以上は……夢を壊しそうだからやめにしようか。ボクやもう一人――シェルロッタさんがいなければ、王女宮筆頭侍女にはアルマさん、貴女が相応しいと思っていたのだけど、その理由は『スターチス・レコード』のプレイ経験を持つ転生者だったから。貴女ならきっと姫さまが悪役令嬢にならないように頑張ってくれると思ったんだけど……まあ、何というか色々と複雑になっていて、ボクなんかよりもっと相応しい人がいるというのが実情なんだよねぇ。ボクはあくまでその人が筆頭侍女になるまでの繋ぎ……そういうつもりでこの仕事を引き受けた」


「私は貴女にこそこの仕事を続けてもらいたいのだけど……相手があの子じゃ、諦めざるを得ないかもしれないわね」


 王太后様も認めるような、ローザ様以上に王女宮筆頭侍女に相応しい人物。恐らく、王家の醜聞がそのことに何か関係している……側室様は先日亡くなられたジリル商会の番頭さんのお姉さんだったようだし……そのシェルロッタさんという女性はジリル商会の縁者なのかしら?

 ……って、そういう話に私が首を突っ込んでも仕方がないわよね。


「王太后様のご提案、謹んでお受けさせて頂きますわ。是非、お針子の達人であらせられるニーフェ離宮筆頭侍女の御技、体験させて頂きます」

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