Act.8-101 プレゲトーン王国革命前夜編 scene.3 「烏」の誤算もシナリオの内。

<三人称全知視点>


「それにしても、この辺りは平和そうですわね」


 森を出て街道を商人の馬車で揺られながら進むこと半日――その間、特に大きなトラブルは起きなかった。

 いかにも田舎といった長閑な風景の中を道行く人々は国内で紛争が起こっているとは信じられないほど呑気な顔で行き交っている。


「ここらは盗賊とかも出ないし、うちら商人には商売がやりやすい場所なんだ」


「でも……内戦が起きているんですわよね? いつもとは状況が違うんじゃありませんの?」


「ここらじゃ関係ない話だな。ドーヴラン伯爵領の町で暴動が起きたって話は商人伝えの聞いたが……確か反乱を治めるために、精鋭の巨兵歩兵旅団を出したって噂があったな」


「……巨兵歩兵旅団だと? それでは、戦いにすらならない。一方的な虐殺になるぞ」


 商人の話を聞いたリオンナハトは呆れたように呟いた。どうやら、リオンナハトは巨兵歩兵旅団というものを知っているらしいわ


「巨兵歩兵旅団……って、なんなんですの?」


 一方のミレーユは巨兵歩兵旅団を知らなかった。世界情勢に疎い箱入りの皇女様である。


「巨兵歩兵旅団は国王が直々に編成した精鋭部隊だ。何でも、五十年以上前の先々代の治世の頃に先々代プレゲトーン国王の『一騎当千の巨兵のみで構成された最強の重装歩兵団を!』という大号令により生み出された部隊で、身分、国籍、更には罪歴すら問わず、国内外、様々な場所から巨軀の持ち主を見つけては厳しい選抜試験を課し、合格した者に徹底した軍事鍛錬を施して結成されたそうだ。……更には巨軀の男女同士を交配させてより巨大な子を作り出すといったことも行われているという噂もある。そうして長い時を経て完成したのが巨躯の英傑のみによる恐るべき歩兵旅団――巨兵歩兵旅団ということになるな。更にその装備も希少金属を含む特性の合金の鎧に同じ合金を使ったハルバード。しかも、それらを片手で軽々と振るえるほどの剛の者達が集結しているという。相手が騎士でもない一般人の集まりである革命軍なら一方的な戦いになるのは至極当然のことだ」


 装備としては明らかにレナード達――冥黎域の十三使徒が保有する神話級ゴッズどころかミスリル装備にすら劣る上に、ラインヴェルドどこかの破天荒陛下一人で余裕で殲滅可能な程度の歩兵旅団なのだが、リオンナハト達にとっては脅威でしかない。


 深刻そうな口調のリオンナハトとは対照的に、大男好きな性質があるミレーユはその夢のような兵団に瞳をキラキラさせていた。

 剰え、何人か近衛にスカウトができないかと考える始末……それ程の時間を掛けて天塩に育てたプレゲトーン王国の最高戦力を早々手放すとは思えないなどという考えは勿論ミレーユの頭にはない。


「……被害の大きさは、恐らく想像を絶するものになるだろうな」


 革命軍とはいえ彼らはこの国の民だ。それも重税に耐えかねて立ち上がった勇気ある人々なのである。

 その弾圧のために容赦なく強力な戦力を当てた国王にリオンナハトは怒りを覚えた。


 確かに、王権を守るためには反乱を厳しく叩く必要がある。味方の部隊の被害を最小限にするためには博愛の心は忘れなければならない。

 万一手心を加えれば、甘いところを突かれて反撃される可能性は充分にあるからだ。


 しかし、それでも限度がある。巨兵歩兵旅団のような強力な武力を向けるべき相手は同じく訓練を受けた他国の正規軍であるべきで、決して革命軍といえども一般の民衆に向けではならない筈だ。


 しかも、リオンナハトの記憶では、これは彼らの初陣である。手柄を立てるために士気は相当に高い筈。


 しかしそれが分からない筈がないのに何故かミレーユは先ほどから上機嫌に微笑みを浮かべていた。

 不審に思いつつも商人に話を振ったリオンナハトはすぐにその理由を知ることになる。


「それで、被害はどのぐらい出ているのですか?」


「俺が聞いた話だと、まだ出てないみたいだぞ」


「……は?」


「そもそもまだ一度も矛を交えてないって話だ。ほら、何せ奴らはプレゲトーン王国が何年も掛けて天塩に育ててきた兵団だからさ」


 国王を交えた軍議の場で、文官のレーゲンは王の剣である巨兵歩兵旅団の派兵を直訴し、国王もそれに賛同し、巨兵歩兵旅団は派兵されることになったのだが、一つだけ問題があった。

 国王は反乱軍の者共の首を取る戦いで「一兵も損なうことなく見事に戦功を上げろ」という無理難題をぶつけられたのだ。


 一兵に金貨数千枚の価値がある軍隊――その兵を損なうことになれば、一体どれほどの損害になるのか?

 しかし、戦とは元来リソースを削り合うものであり、当然戦いが始まれば死傷者も出る。


 一方的に蹂躙すればそれも可能だが、巨兵歩兵旅団は今回が初出兵で戦力は未知数である。

 そのため、無理難題をぶつけられた巨兵歩兵旅団旅団長は未だに兵を動かせずにいたのだ。


 商人の一言で、何が起きているのかを察したリオンナハトの背筋を戦慄が駆け抜けた。

 リオンナハトすら気づけなかった巨兵歩兵旅団旅団長の最大の弱点を見抜いたからこそ安心し切った顔をしていたと錯覚したリオンナハトは心の中でミレーユを称賛する。……まあ、実際は全く別のことを考えていただけなのだが。


「お世話になりましたわ。マジクさんにもよろしくお伝えくださいな」


「おー、お嬢ちゃん達も無事に仲間と会えるといいな」


 手を振って商人を乗せた馬車を見送った後、ミレーユはリオンナハトの方を見た。


「ところで、こうして街まで出てきたのはいいのですけどこれからどうしますの?」


 キョトンとした顔で首を傾げるミレーユ。

 そのいかにも「なーんも考えておりませんわ」という姿に、分かっていても一瞬騙されそうになるリオンナハトである。……まあ、本当に何も考えていないのだが。


「そうだな……とりあえずカラック達と合流したい」


 事前に逸れた際の合流場所は決まっていた。

 先ほど商人に聞いたところ、合流場所まではここから馬車で六時間ほどの距離だという。


「幸い乗り合い馬車が定期的に出ているというが……」


「あら、リオンナハト殿下? もしかして持ち合わせが?」


「金の類は全てカラックに預けてある」


「まぁ!」


 口に手を当てて笑うミレーユ。見た目が少し……ほんの少し可愛くてもやはりウザいものはウザい。


「もう……仕方ありませんわね」


 いかにもな呆れ顔を使ったミレーユはその場に屈むと徐に靴下を下ろし、露になった白肌の脹脛に張り付いた銀色に輝く硬貨を三枚ずつ取ってみせた。


「それは……?」


「もしもの時の備えですわ。靴の中というのも考えたのですけれど、歩き辛くていけませんでしたわ」


「……何故そんなところに?」


「そんなの簡単に盗られないために決まってますわ!」


 過去の時間軸において、革命軍の手に落ちて身に着けていた金目のものを全て奪い取られてしまったミレーユ。

 こっそり隠していた金貨袋の場所も呆気なく見受けられてしまったため、同じ轍を踏まないためにそして人を小馬鹿にするような革命軍の兵士の嫌らしげな笑みを二度と見ないために、ミレーユは知恵を絞り、遂に靴下の下というミレーユの中で最強と思う隠し場所を発見したのである……本当に大丈夫なのだろうか?


 革命が起きた時にスムーズに逃げられるように周辺諸国の硬貨を集めていたこういう時にだけ抜け目のないミレーユはプレゲトーン王国の効果を持ち合わせていた。

 何も考えていないように見えて、ほんの少しは考えているミレーユである。……まあ、それでも叡智には程遠いが。


「これで馬車に乗ることはできるかしら?」


「それだけあれば大丈夫なのだろうが……」


 しかし、銀貨を持っていたとしてもリオンナハトとミレーユは大国の王子と皇女である。

 皇族や王族が自ら支払いを行うことなどまずあり得ない。そういった支払い関係は従者が行うものだ。

 当然ながら乗り合い馬車の相場など、分かる筈がない。


 ミレーユも流石に何かあって帝都を脱出する際には忠臣ライネかルードヴァッハが随伴している予定なので馬車の乗車賃の相場までは流石に調べていなかった。


「交渉は任せてもよろしいのかしら?」


「そうだな。淑女レディに銀貨を払わせておいて俺の方は何もしないというのは格好悪いからな」


 そう言いつつも、微妙に不安げなリオンナハトである。

 普段とは違った自信なさげな顔が、ちょっとだけ可愛く感じてしまうミレーユ。沸き立ってくる優越感に浸りながら馭者のところに行くリオンナハトの背中を見送っていたミレーユだったのだが……。


 ――急に、ミレーユは後ろから抱き上げられた。


「はぐっ? ――んんっッ!?」


 次の瞬間、その口を微妙に湿った布が覆った。

 手足をバタバタと動かして抵抗するミレーユだったが、布には薬品が混ぜられていたようで、その甘い香りに眠気を誘われ……。


「急げッ! もう一人の餓鬼が帰ってくる前に行くぞ」


 遠くでリオンナハトの声が聞こえた気がしたが、ミレーユの意識はそのまま暗い闇の中へと落ちていった。



 プレゲトーン王国ではレーゲンと名乗っているその男は焦燥の極みにあった。

 ダイアモンド帝国に潜伏中の仲間からの連絡――ダイアモンド帝国への破壊工作の失敗とそれに伴いプレゲトーン国王への計画を早めよという指示。

 しかし、それはあまりにも無理難題だった。


 本来、プレゲトーン国王を革命の騒乱の中に追い落とす計画は帝国が滅びた後に動き出す予定のものだった。

 十年以上の時を経て、国土を荒廃させ、権力を腐敗させ、その上で多くの民の血を注ぎ、ようやく革命の内乱の芽を萌芽させてその実りを得る……という気の遠くなるような時間を掛け、ようやく行えるという実に手間暇かけて行う筈の計画だったのだ。


 それを今すぐにやれなど、無茶が過ぎるというものである。

 しかし、本国の命令であるならば選択肢は「はい」以外にあり得ない。宮仕えの辛いところだ。


 今すぐにでも動き出さなければ企てを『帝国の深遠なる叡智姫』に潰される。折角王国政府に潜り込んだ自分も革命派に潜入している仲間も。

 いずれ根付いてこの国を枯死させる筈だった全ての種が根こそぎ一掃されてしまう。


 彼は焦っていた。では一体、何が彼をこんなにも追い詰めたのか?


 レーゲンの頭痛の種は夏休みに入ってから密かに始まったミレーユとアモンの「文通」である。

 レーゲンと彼の仲間は王国政府のかなり深い部分にまで食い込んでいたため正式な親書ならばともかく、王子と皇女の私的な手紙であれば中身を確認することなど容易かった。


 そうして文面を確認した彼らは首を捻った。

 そこに書かれていたのは他愛ない、そう、実に他愛ない恋文だった。


 それを確認した彼らは一先ずの安心を得た……訳ではなかった。彼らは疑心暗鬼に囚われたのである。


「あのミレーユ姫がこんな他愛もない恋文など送るだろうか?」


 しかもこれほど頻繁に、である。普通の少女であればいざ知らず相手は『帝国の深遠なる叡智姫』だ。

 そこに書かれているものが普通の恋文であるなどとはとても信じられなかった。


 彼らは躍起になってその文に含まれる暗号を探した。

 しかし、何も隠されている訳がないのだからいくら暗号の解読を進めたところで意味がない。

 彼らは考え過ぎて徒労をしていた訳だが、勿論彼らはそれに気付くことはない。


 いずれにせよ、彼らは二人が何をやり取りしているのか全く分からなかった。


「いや……だが少なくとも、これは一つのことを明確に物語っていることだけは分かる」


 ミレーユ姫こそが綿密に長い年月を掛けて計画されていた帝国崩壊の企みを、完全無欠に打ち砕いた人物なのだ。

 そして、その彼女が今度はプレゲトーン国王を革命を止めるために暗躍している。


「今やらなければ……動き出さねばならない。そうしなければ、『帝国の深遠なる叡智姫』に全ての企てを潰される」


 追い立てられるようにしてレーゲン達は動き出した。

 計画の第一段階は民衆の代弁者、擁護者を拉致、或いは暗殺することだった。

 ダイアモンド帝国においてはレイドール辺土伯爵が担う筈だった役割は、プレゲトーン王国においては良識派として知られる宰相グレンダール・ドーヴラン伯爵が担うことが決まった。


 この六十歳近い老練の政治家は良心的な人として知られ、国王によって発令された軍備増強とそれに伴う税の引き上げにも反対し続けていた。

 そのドーヴラン卿を拉致し、同時に国王が自らに逆らった老政治家を監禁したという噂を流す。

 その後、前もって目をつけておいた王国政府に不満を持つ者達を焚きつけて蜂起を促すのだ。


 初めは王国政府の転覆などという大それたものを目標にする必要はない。「自分達の大切な領主を取り返すため。代弁者を取り返すため」という大義名分を与えた上で、人々を扇動しドーヴラン伯の地方都市を占拠させる。


 当然、プレゲトーン王国は、乱を治めるために国軍を派遣するだろう。

 そこでの戦いで革命派が勝てば簡単だ。戦果を高々と誇り、各地の民衆に反乱軍に入るように訴えればいい。

 逆に王国軍が勝った場合には、酷い弾圧を行った王国政府を糾弾すればいい。


 王国各地に憎悪が蔓延していれば、どちらに転んでも自然と革命の火は飛び火して各地で延焼を始める。

 こうして計画の第二段階――即ち、町の占拠までは実に上手く行った。


「……いや、本当に上手く行ったのだろうか?」


 レーゲンは仲間からの報告書を見て大きな違和感を覚えた。


「政府施設を無血開城。戦うことなく、守備兵を武装解除……確かに理想的な展開だ、理想的だが……」


 政府施設を無血開城。戦闘に及ぶことなく町の守備兵を武装解除。

 確かにそれは革命派の主導部に指示していた理想的な形ではあった。


 敵国が攻めてきた際には守備軍で遅滞戦闘を行うと共に王国軍中央即応部隊を直ちに派遣して防衛するというのが、基本的な戦術だ。


 王都から派遣された兵を守備軍とした場合、劣勢に立たされれば逃亡する恐れがある。仮に逃亡はしないとしても士気は高くなりにくい。

 しかし、そこが自分の故郷で愛する家族がいる場所であったとするならば死に物狂いで戦うだろう。


 そのような考えから造られた体制ではあるのだが、これは逆に民衆蜂起に対しては極端な脆弱性を見せる。

 重税あるいは飢餓によって身内である町民が苦しんでいることを知っていてその彼らが不平を訴えて立ち上がる時、果たして守備兵は剣を向けるものだろうか?


 そんなことはありえない。故に守備兵達は剣をとって反乱軍に加わる。愛する友人達と共に戦おうとする可能性が非常に高い。


 守備兵は後々、反乱軍の戦力になる可能性が非常に高い者たちと言えるだろう。だからできるだけ戦力を失わずに済ませたかった。

 そして言うまでもないことながら味方にもあまり被害を出したくない。

 消耗戦となれば、非正規軍である反乱軍のほうが不利なのだから。


 そのような事情を鑑みての無血開城だった。

 革命派の指導者達はまさに、レーゲンらの指示を忠実に守ったと言えるのかもしれないが……。


 だが、この計画は重税と国民の疲弊が前提になっていたのだ。そもそも前提が狂っている計画が想定通りに動く筈もない。

 レーゲンは新たな火種を作るために巨兵歩兵旅団の派兵を直訴する……が。


 レーゲン達ライズムーン王国の諜報部隊「烏」の者達はシナリオの掌の上で転がされていく。

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