Act.8-95 王女宮での新生活と行儀見習いの貴族令嬢達 scene.6

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ>


 厨房を借りて作ったのは人数分のプリン。

 いつもは量も多くて味もクリーミーなロック鳥の卵を使うんだけど、今回は食材も厨房から借りたので鶏卵で。勿論、鶏卵でも美味しく作れるんだけどねぇ。


 二人の料理人が美味しそうに食べる中、メルトランは一口食べてからずっと腕を組んで悩んでいる。口に合わなかったのかな? と見気を使ってみたら、どうやらそうじゃないらしい。


「美味しい、確かに美味しいプリンだ。美味しいんだが……この味、どこかで食べたことがある気がするんだ。……ああ、『Rinnaroze』っていう大衆食堂兼喫茶店の限定メニューか。月替わりで限定数が数が限られているあのスイーツのプリンに限りなく近いンか。あの店のスイーツの味にも近いが、『Rinnaroze』にあるメニューよりも頭一つ抜けた美味しさ。筆頭侍女様、これは一体どういうことなのですか?」


 流石は王女宮付きの料理長。舌が相当鋭いみたいだねぇ。


「『Rinnaroze』の店長兼料理長のペチカさんのことはご存知ですか? ビオラ商会幹部の一人で、ゼルベード商会の元会頭のアンクワール=ゼルベード様の一人娘の。実は個人的な繋がりがありまして、私の作ったスイーツを少しだけ店に並べさせて頂いているのですわ」


「ペチカ料理長はあのアンクワールさんの娘さんだったのか!? そのペチカさんと知り合いって……まあ、ない話じゃないか。昔は三大商会と呼ばれていたゼーベルト商会が公爵家と繋がりがあっても別に不思議じゃないし、ゼーベルド商会を飲み込んだビオラ商会は表向きは三大商会の一角となっているが、実際はこの国でぶっちぎりの大商会だ。ジリル商会やマルゲッタ商会以上に交流があってもおかしくないか」


 ラピスラズリ公爵家そのものはジリル商会と長い付き合いがあるけど、別に付き合う商会は一つに必ずしも限定する必要はない。

 ジャンルに応じて贔屓にする商会を変えるというのも一つの手なんだよねぇ。実際、ブライトネス王家もマルゲッタ商会を贔屓にする一方でビオラ商会ともパイプを持っていることを大々的に宣言している訳だし。

 ただし、信頼関係という意味ではやっぱり一つの商会に絞った方がいいかもしれないねぇ。


「筆頭侍女様、もし良ければこれから厨房に来て料理を作ってくれないか? そして、良かったら俺達に色々と教えて欲しい。筆頭侍女様のプリンを食べて俺達がまだまだだということがよく分かった。姫様にはもっと美味しいものを食べてもらいたいからな!」


「私は知識も経験も足りない小娘ですが、料理長様殿にそう言って頂けるのでしたら、遠慮なく使わせて頂きます」


 白花騎士団に続き王女宮付き料理人達との挨拶も終え、無事厨房の使用許可を得たボクは書類を片付けるために一旦執務室に戻った。



「ローザ様、そろそろ少し休憩なさってはいかがですか? 昨日から働き詰めだと伺っております」


「オルゲルトさん、お気遣いありがとうございます。大丈夫です、昨晩はしっかり休みましたから」


 書類仕事が終わって茶器を出して紅茶を淹れようとしたら、もう既に紅茶が用意されていた。恐るべし、元国王付き執事。


「オルゲルト様の紅茶はとても繊細で美味しいですね」


「ローザ様には遠く及びません。私もまだまだ修行が足りませんな」


 ……執事としてのキャリアも長いし、技術のレベルも高い。こんな入ったばかりの行儀見習いが逆立ちしたって敵わないと思うんだけど。

 侍女として習得する技術はいくつもある。その中でもマナーに関する部分は全てオルゲルトが請け負っているんだけど、中でも紅茶講座はとても厳しいと聞いている……昨日も初日からソフィス達侍女組がきっちり絞られたみたいだからねぇ。


「しかし、随分としっかり掃除をされているようですな。部屋に塵一つないとはまさにこのこと、窓枠を擦っても埃がないほど清掃をなされているというのは驚きです。貴女ほど優れた侍女というのはまずいないでしょう」


「そういうものでしょうか? ところで、ソフィスさん達――新人の侍女達はどのような感じですか?」


「皆優秀かつ飲み込みが早くて驚いています。ライバルキャラ……でしたかな? ポテンシャルが高い方を家柄問わず集めたということでしたが、今回はかなりの豊作だと感じています。……筆頭侍女様に比べれば私を含め、まだまだ未事務者ですが。それから、シェルロッタさんですが彼女は別格ですね。ラピスラズリ公爵家できっちり下積みがされているようで、教えることは無さそうです」


「単に私が無駄に几帳面で仕事中毒なだけだと思いますけどね。ソフィスさん達は大健闘か……では、メイドの皆様の方はどうでしょうか?」


「やはりこちらも優秀な方が揃っていますが、突出しているのは内宮筆頭侍女からの推薦もあったメイナ殿かと」


「オルゲルト様の判断ではどうですか?」


「侍女になれる資質は十分にあると思います。筆頭侍女様はどのようにお考えですか?」


「私もその意見に賛成です。まあ、侍女になったからといって急激に仕事が増えることはありませんが、当然ながら求められるものが違ってきます。上を目指せる人をいつまでも出世させないのはあまりよろしくありませんからね。統括侍女様に後で推薦状を届けさせて頂きましょうか?」


「筆頭侍女様の推薦なら内容を見ずとも採用だと思いますが」


「それはないと思いますよ。統括侍女様は公平なお方ですから」


 そんな感じでオルゲルトと少し休憩をしていたんだけど、その最中に「E.DEVISE」に一件のメールが送られてきた。

 差出人はモレッティ、内容は「マラキア共和国に向けて出発した」という報告。……どうやら、こっちも動き出したようだねぇ。



「ねぇ、ローザ。ローザってお父様……陛下と友達なのよね。お父様のこと、お話ししてくれないかな?」


 神殿から戻ってきたプリムラは時間も時間だったのでそのまま昼餉を取ることになった。

 その席でまさかこの質問が出るとは思わなかったけど、こんな陛下と歳の離れた子供のボクが友人って確かに不思議だよねぇ。

 他の侍女達も興味深そうに……あっ、ソフィスは知っているからあんまり興味はないか。


「陛下は一言で言わせれば化け物・・・と称する他ないほどの天才です。国を統治し、自身も剣となり、そして指揮官として間違ったことは一度たりともない――王子時代にはフォルトナ王国の国王陛下と元ニウェウス王国の第一王女殿下と共に冒険者パーティを組み、活躍していたとお聞きしております。為政者としても、武の担い手としても隣国の国王陛下と並んで別格と言えるお方です。ただ、弱点がないという訳ではありません……あの方もまた人の子である以上、間違えることもありますし、苦手とすることもあります」


「お父様ってそんなに凄かったのね。……でも、そんなに凄いお父様にも弱点があるのね」


「例えば、陛下は王子時代にある女性と恋仲になりました。その当時、王位継承権が低かった陛下は一途にその女性を愛しており、平民となってその女性と結ばれることを本気で考えていたようです。しかし、時代はそれを許しませんでした。あらゆる戦場を正しき剣で切り裂いてきた陛下も王族である以上、貴族社会の柵から逃げることはできなかったのです。結局、陛下はその女性を側妃とすることになりましたが、正妃ともう一人の側妃をそれぞれ娶る必要に迫られました」


「……その陛下が愛した側妃が、お母様なのね」


「はい、その通りです。……聡明な陛下が姫さまを亡き側妃様に重ねている……ということは恐らくないと思います。きっと、最愛の娘にどう接していいか分からないのでしょうね。どうしても溺愛してしまうのでしょう。悪意がある訳ではないのです」


「お父様も自分だと溺愛になってしまうって苦笑いで仰っていたわ」


 あの人は聡明だからねぇ……聡明過ぎて暴走しちゃうんだと思うけど。

 きっと、色々なことがつまらないんだと思う。国王として振る舞うことが堅苦しくて、だから隙があれば逃走するし、暴走するんじゃないかな?


「お父様はローザが私の母親代わりになってくれるって仰っていたの。今ならお父様の言っていたことの意味がよく分かるわ。私を王女じゃなくてプリムラとして見てくれたのはローザが初めてだった。私ね、ローザが私の母様だったらいいのになあって思っていたのよ。……同い年だし、お母様っていうのは変かもしれないわね。でも、お姉様というのとは少し違うと思うの。ね、こっそり母様って呼んでもいい? これからも私のことを教え導いてくれないかな?」


「……私で、本当によろしいのですか?」


「ローザだからいいのよ。……これからもよろしくね、母様」


 プリムラのパッと咲いたような純真な笑顔を見ると、胸が苦しくなる。

 本当の意味でプリムラのことを苦しめているのは他ならぬボクなのに。


 いつかこの役がシェルロッタに引き継がれるその日まで、ボクはプリムラの母親代わりになろう。

 それが、プリムラを不幸せにしたボクのできる唯一の罪滅ぼし……かもしれないねぇ。まあ、こういう考え方が間違っているんだろうけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る