Act.8-80 王女宮での新生活と行儀見習いの貴族令嬢達 scene.3

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ>


 マラキア共和国の商人ギルドを購入することによるマラキア共和国そのものの支配と、ラングリス王国へのスティーリアの派遣はあっさりと許可を得られた。

 その場でビオラ商会の幹部に連絡を取り、「ローザ様のお望みとあらば、そのように取り計いますが……どうか、ご無理はなさらないでください」とこちらもあっさりと許可が出て、後日マラキア共和国の商人ギルドの購入に伺うことが決まった。


 スティーリアに連絡を取ると、こちらもあっさり承諾してくれて、しばらくラングリス王国に潜入して情報を集めてくれることになった。

 その情報をボクとスティーリアで精査し、多種族同盟とも協議した上でどう対処するかを決めることになる。


 そして、メインとなるペドレリーア大陸探索隊のメンバーについて。

 既にラインヴェルド、オルパタータダ、バルトロメオ、アクア、ディランはそれぞれアーネストとアルマンから許可書を書いてもらったようで(映像のアルマンはかなりゲッソリしていたから相当の圧を掛けられたんだろうねぇ)、ブライトネス王国のラピスラズリ公爵家からブルーベル、フィーロ、ダラスが、フォルトナ王国からはポラリス、ミゲル、カルコスが、ド=ワンド大洞窟王国からエリッサとアリーチェが、ルヴェリオス共和国からプルウィア、ネーラ、ヴァルナーがそれぞれ参加することになった。


 意外なのはプリムヴェールとマグノーリエと共にミスルトウが志願したこと。これまで使ってこなかった有給を大量消費して探索隊に志願した結果、エルフ勢に代表者がいなくなるということでエイミーンが探索隊に加われなかったって訳。物凄い悔しがっていたねぇ……でも、たまには娘と一緒に過ごさせてあげようよ?


 ということで、出発は今夜――「三千世界の鴉を殺し-パラレル・エグジステンス・オン・ザ・セーム・タイム-」で今朝に時間移動して出発することが決まり、ボクも「三千世界の鴉を殺し-パラレル・エグジステンス・オン・ザ・セーム・タイム-」を使って執務室の隠し通路の階段を降りた少し後に戻って王女宮筆頭侍女としての書類仕事を始めた。


 基本的には引き継ぎに関する書類……特に王女宮で入用になるものなどに関して纏めたものになるねぇ。

 人員については潤沢ってほどではないにしろラインヴェルド達がきっちり考えて愛娘のために揃えてくれたみたいだし、後は本当に調度品とかそういった物に関してどのようなものを購入する予定だとか、そういったものを文官達に提出する必要があるんだよ。


 季節のイベントごとになれば仕事は一気に増えるだろうけど……まあ、それは当分先だからなぁ。


「王女宮筆頭侍女様、よろしいでしょうか?」


「はい、どうぞお入りください」


 部屋に入って来たのは文官三人。内宮で働いている文官達が何故辺鄙なところにある王女宮の筆頭侍女の執務室にやって来たのかと侍女やメイド達が隠れながら覗き見している……うん、バレバレだから隠れるならもっとしっかり隠れてねぇ。


「宰相閣下直属の文官として働かせて頂いております、ロンダートと申します。宰相閣下より書類を預かって参りました。それと、宰相閣下から申し訳ないというお言葉を預かっております」


「お疲れ様でした。宰相閣下には『あまりご無理をなさらないようにしてくださいませ』とお伝えください。……丁度書き上がった書類があるのですが、後でお届けに上がった方がよろしいでしょうか?」


「いえ、私共でお運び致します。どのような内容の書類でございますか?」


「今後、王女宮で必要になる調度品の調達に関する書類一式となります。随分と量がありますので重くなっておりますが」


「確かに随分と量があるようですが……失礼ながら予算が。…………あの、王女宮筆頭侍女様? これはつまりどういうことでございますか?」


「今回の調度品の調達に関して内宮に請求する経費はゼロです。こちらで調達することが手っ取り早いので、あらかじめ用意したものについて一覧を用意させて頂くという形になりました。今後、色々と入用になるものが増えてくると思いますので、予算はそちらに使わせて頂こうと思っております。宰相閣下もきっと認めてくださることでしょう。それと、こちらの手紙もお渡しして頂けませんか?」


「……承知致しました。閣下にはしっかり書類と手紙をお届けさせて頂きたいと思います」


 宰相付き文官頭のロンダート=ダノールは他の文官二人と共に執務室を出ていった。


「おや、もう書類仕事を終わらせてしまわれたのですか? 随分と量があったようですが?」


「はい、なんとか無事に終わりました。……と言いたいところですが追加が来てしまいましたので、これを書き終えたら終了ですね。また、随分な量の案件をすっぽかされたようで」


「仕事人間だとはお聞きしておりますが、あまり無理をされてはなりませんよ」


「大丈夫ですわ、私のことは私が一番理解しておりますから。……ところで、オルゲルトさん、今はどなたが姫さまのところにいらっしゃいますか?」


「今はシェルロッタさんが付いておられます」


「……そうですか。では、もう少しお仕事をしても大丈夫そうですね」


 ディランとバルトロメオがすっぽかした仕事も三十分程度で書き終えて内宮に運び、これにて本日の王女宮での書類仕事は終了。

 さて、シェルロッタはもっとプリムラと一緒に居たいと思っていると思うけど、ボクもそろそろプリムラに顔を見せに行かないとねぇ。



「ローザ、お仕事は終わったの?」


「はい、姫さま。おかげさまで無事に内宮に提出する書類は全て提出して参りました」


 オルゲルトが「本当に執務能力が異常なのですね」と褒めているのか化け物じみているっていうのかよく分からない感想を抱いているようだけど……。

 ところで、今日のプリムラの予定は朝から歴史の授業とマナーに関する勉強が入っていた気がするんだけど……教師来てなくない?


「そういえば、そろそろ新しい歴史の先生が来てくれてもいい頃だと思うのだけど、オルゲルト、何か聞いていないの?」


「既にお見えの筈ですが……もしかして、筆頭侍女様、聞いておられませんか?」


「はい、全く聞いておりませんが……まさか、そういうことですか?」


「恐らく、そういうことかと。私はてっきり筆頭侍女様はご存知だと思っておりましたが……」


 あっ、そうなんだねぇ……。


「姫さま、どうやら私が姫さまのお勉強を担当する教師のようです?」


「……筆頭侍女様、そこは疑問系ではなく確定にございます」


「そうなの? でも、ローザって私と同い年なのよね?」


「はい、確かに筆頭侍女様は姫さまと同い年ではありますが、過去に隣国で高貴な身分の方に勉強を教えた経験もあり、その教師としての資質を高く評価して陛下は新しい教師として筆頭侍女様をお選びになられたのです」


「それは凄いわね! それじゃあ、勉強を教えてくれるかしら?」


「はい……と、その前に」


 扉をいきなり開けると侍女達が雪崩れ込んできた。どうやら聞き耳を立てていたらしい……仕事は?


「ねぇ、ローザ。提案があるのだけど、彼女達にも一緒に参加してもらってもいいかしら? 私、ずっと一人で勉強していたから友達と一緒に勉強してみたいと思っていたの」


「……畏まりました。姫さまがそう仰るのであれば」


 どうやら既に与えられた仕事は終わったみたいだし、いきなり初日からそんなに仕事がある訳ないから暇だよねぇ。

 結局、一緒に雪崩れ込んできたメイドも含めて勉強を教えることになった。



「ローザの説明は分かりやすいわ。凄い博識なのね」


「いえ、大したことはありません。知識というものは定着が重要ですから、六日後に本日と同じ講義内容で講義をさせて頂きます。何かお分かりにならなかったことがありましたら、ご質問ください」


「では、私から。何故、六日後に同じ講義内容で講義をなさるのでしょうか?」


「スカーレット様、確かにこの点については説明不足でしたね。忘却曲線というものがございまして、記憶の中でも特に中期記憶は一定時間が経つと忘れていってしまいます。記憶の定着にはこの方法が一番だと思われます。……ところで、オルゲルト執事長。姫さまの担当教師は私のみなのでしょうか?」


「いえ、歴史等の学科と魔法については筆頭侍女様にお任せすると聞いておりますが、マナーやダンス、芸術分野についてはこれまでの教師を続投させるとのことです」


「なるほど……魔法については私でよろしいのですか? もっと適任がいらっしゃると思いますが」


「プリムラ様、筆頭侍女様は『黎明の大魔術師』とも呼ばれる魔法の第一人者でございます。第一王子殿下の婚約者であられますスザンナ様やスザンナ様のご友人のミーフィリア様に並ぶ才女で魔法分野におかれましては他の追随を許さないほどです」


「ローザ、凄いわ!」


 早速齟齬が出始めてかなり疑いの目を向けられているのですが……非力な公爵令嬢設定はどこへ行った。って、オルゲルトの口を塞ぐのを忘れていたボクのミスか。


「姫さま、オルゲルト執事長の先程は過剰評価も甚だしいものでございますから、どうかお忘れください」


「えっ、でも、私だってローザは優秀だと思うわ。お父様が……陛下が私のためにって呼んでくれたことがよく分かったもの。でも、ローザは良かったの? 私なんかの担当で」


「……あまり人前で言えることではありませんが、陛下は私を友として信じてくださっているように、私も畏れ多いことではございますが、陛下に友情を感じております。姫さまに仕えることは友の頼みでございました。だからといって、私がただそれに従っただけという訳ではありません。私も姫さまの侍女になりたいと思っておりました。……まだまだ信頼して頂けないとは思いますが……それでも、私は姫さまにとっての心の支えになれたらと思っております。実際に口にしてみると身の程知らずな言葉ですね」


 二重の意味で、ボクにとっては分不相応な言葉だよねぇ。身分も……「プリムラ自身を傷つけた人間が何を言っているんだ」という意味でも。


「ローザの気持ち、分かったわ。王女としてじゃなくて、プリムラとして見てくれている、私のことを大切に思ってくれている。……頼ってもいいんだよね? ずっとプリムラの側に居てくれるんだよね? プリムラの側にずっといてね、ずっと、ずっと」


「はい、姫さま」


 プリムラの言葉が苦しい……ボクのことを本当の意味で知らないプリムラがボクを頼ってくれることが。

 あるべき姿に変えないといけないのに……この場所はシェルロッタに渡さないといけないって分かっているのに……なんで、胸が苦しいんだろうねぇ。

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