Act.8-66 二人の蛇の信徒と、浮かびあがる新たな大陸。 scene.1

<一人称視点・アネモネ>


「お初にお目に掛かりますわ、ルイ=マギウス様。アネモネと申します」


「風の噂で話は聞いているよ。私はギルドの組合総長を務めているルイだ。……しかし、ブライトネスの三大商会の一角を担うビオラ商会の会長様がこの国に来るとは驚きだね。いや、今回は冒険者としてやってきたのか? ところで、うちの国で商売をする気なら組合に所属してもらう必要があるからね。何、上納金を支払ってもらえれば誰でもうちの国は歓迎だよ」


「まあ、要するに税金を納めろってことですわよね? 別にブライトネス王国にもフォルトナ王国にもニウェウス自治領にも税金を納めていますからお支払いすることに関しては問題はありませんわ。ただ、その上納金がどれくらいかが問題ですわよね? ぼったくりな金額だったら少し考えてしまいますわ。……商人ギルドを丸々お買い上げするかどうか? 私、これでも多少は国家経営の経験があるのですわよ?」


 「まあ、実際は国家経営とか政治とか嫌いなんだけどねぇ。そういうものから逃げてきた前世だったし、政治が文化に絡むと絶対に失敗するから嫌いなんだけど」と心の中で続けたけど、決して口に出したりはしない。

 まあ、本当にお買い上げするならできる人に丸投げするだけだけど。


「上納金と言っても、稼ぎの七十パーセントとかそういうぼったくりなことは言いませんよ。この国内での商売で企業が稼いだ額の五十パーセントを上納する決まりになっています」


「まあ、正直にいえばこの国にそこまでこの国に魅力を感じていないのですわよね。別にビオラ商会はブライトネス王国、フォルトナ王国を中心に多種族同盟加盟国で稼いでいますし。気が向いたら所属させて頂きますわ」


 正直、多種族同盟の非加盟国にそこまでして媚を売ってまで参入したいとは思わないんだよねぇ。

 ってか、ブライトネス王国やフォルトナ王国もこの国の無法っぷり、信用の失墜から永世中立国の同意を撤回しようかと多少の検討はしているみたいだし。


 まあ、主な理由は奴隷売買が未だに容認されていることかな? 闇のマーケットでは未だに奴隷が売買されていると聞く。多種族同盟に加盟してから亜人族には手を出しにくくなったみたいだけど、今度は人間の貧困層を中心にした人攫いと奴隷売買が激化しているみたいだからねぇ。


 賄賂が横行し、闇のマーケットが容易に開かれ、それを容認している商人ギルドは割と問題になっているみたいだけど、それを分かっている上で奴隷解放の急先鋒であるビオラの会長を勧誘とか、こいつは涼しい顔をして相当な厚顔無恥だねぇ。


 まあ、遅かれ早かれ潰される国だ。ブライトネス王国とフォルトナ王国の国王陛下達の中では更に一歩進んでどうやってケーキを切り分けよっか? って話になっているし、大義名分さえあればいつでも潰せる。

 最強の軍隊を持つって言われているけど、それも昔の話。レイド級の魔物を見据えた多種族同盟諸国にとっては大した相手でもない。


 その責任問題の追求はきっと『阿羅覇刃鬼』や『阿頼耶死鬼』と呼ばれる犯罪シンジゲートや『這い寄る混沌の蛇』の件で調査員を派遣するついでに行われるだろう。何しろ、今回は革命の火に油を注いでラングリス王国にも迷惑を掛けている訳だし。

 まあ、この男が笑っていられるのも今のうち……だって他人の不幸は蜜の味、三度の飯よりクソ面白いことが好きなラインヴェルド達が絶対に見逃す訳がないから。


 ……しかし、どうするんだろうねぇ、ラングリス王国の革命。ボクも実は割と箱入りで他国のボヤ騒ぎまで視野に入っていなかったから地味に初耳だったんだけど、どっちかに手を貸すってのも現状ではあんまり考えられないからねぇ。

 冒険者ギルドも国家の問題には基本的にノータッチだし、ボクもそこまで深入りする話じゃないと思う。

 まあ、ラインヴェルド達が動くだろうし、ボクは今の所見て見ぬ振りの静観でいいかな? お節介は良くないし。


「それでは、ご依頼通りヴィオをお借りしてもよろしいでしょうか?」


「えぇ、私達も持て余していましたので。そちらも得たい情報があるのでしょうから、拷問によって情報を得られた場合も報酬はお支払いしません。よろしいでしょうか?」


 うん、守銭奴め。まあ、罪人を貸し出してやったんだから金払えって言われるよりはマシか。


「それでは、参りましょうか? 《蒼穹の門ディヴァイン・ゲート》!」



「ふん、ようやく来たか」


「大変遅くなりましたわ、総隊長様」


 転移先の特別地下訓練場で待っていたシューベルトに会釈をする。ヴァーナムは一瞬懐かしいものを見るような目をシューベルトに向け、ヴィオを移送する二人とルイは「何が起きた!?」と辺りを見渡していた。


「まさか総隊長様自ら案内を買って出てくださるとは思いませんでしたわ」


「お前のためにわざわざ時間を割いてやったんだ、ありがたく思え」


「あら嬉しい」


 「ちっ」と舌打ちをしたシューベルトはズンズンと進んでいく。

 今日はお客様がいるし、簡単に淑女の仮面をポイ捨てできないんだよ……って、別にボクが淑女じゃないっていう訳じゃないけどねぇ。


 中央軍部の地下にある完全なる牢獄にはオルパタータダとモネの姿があった。てっきりもっと騎士が集まっていると思っていたんだけど、今頃大食堂に集まって飯でも食っているのかな? アクアも混じっているんだろうねぇ。


「よっ、早かったな」


「転移してきましたからね。……その独房ですわね?」


「ああ、そっちの隣の独房に借りで突っ込んでいいぞ?」


 ヴィオを連れてきた二人がヴィオを独房の中に放り込み、ボクはアンブラルとヴィオの独房の間の壁から少し距離を取った位置に立った。


「アンブラル枢機卿猊下からは既に『這い寄る混沌の蛇』の信徒であるという証言が取れていますわ。さて、ヴィオ様? 貴方は『這い寄る混沌の蛇』の信徒なのでしょうか? 蛇教師ではありませんわよね?」


「……貴様、どこまで知っている? まさか、お前も――」


「あらあら? 私が『這い寄る混沌の蛇』の信徒だとでも? そんな訳がありませんわ? ただちょっと事情を知っているというだけです。その言葉の意味は肯定、ですわよね? そう受け取っておきますわ。……まあ、どうせ末端の信者は大して情報は持っていないでしょう。アンブラル枢機卿、貴方には感謝していますわ。押収させて頂いた『這い寄る混沌の蛇』の魔導書、謹んで研究させて頂きます。『這い寄る混沌の蛇』の中でこのような魔法が出回っているというのは新発見です。共有しておけば、今回のような悲劇は起こらずに済むでしょう」


「……ちっ、フォルトナ王国の牝犬がッ!」


「あらあら、いつから私はフォルトナ王国の下についたのでしょうか? まあ、好きに思ってください。どうせ、大した情報を持っていない貴方は用済みですぐに殺処分でしょうから。……さて、ヴィオ様。二つお聞きしてもよろしいでしょうか? 一つは『這い寄るモノの書』の写本がどこにあるか? もう一つはダイアモンド帝国が一体どこにあるのか?」


 オルパタータダを含め、全員が「こいつ何を聞こうとしているんだ?」と疑問を浮かべる中、ヴィオの表情が一瞬だけ固まった。


「そ、そんな国は知らん! 『這い寄るモノの書』の写本の場所だと!? そんなもの教えるか、バカめッ!」


「はいはい、『這い寄るモノの書』の写本はどこかにあると。まあ、優先順位は低いですから後回しでいいですね。ダイアモンド帝国は確かに存在すると……なるほどなるほど、そんな場所に」


 見気で考えていることを見通すことは可能だからねぇ。思い浮かべちゃったらダメなんだよ?


「アネモネ、一体何の話だ?」


「ヴィオ様は革命軍に武器を流す傍ら、船の建造を進めていました。ご存知の通り、私達の住む大陸は基本的に大陸内の国々で交易を行い、船といってもせいぜいが漁船レベルです。しかし、マラキア共和国では海路を経由して輸送を行うという考えが生まれ、造船が近年盛んに行われています。いくつもの国家を経由せず、直接輸送の可能な海上輸送は確かに理に適っています」


 海上都市エナリオスまではその存在を知られている(捕らえた海棲族が情報源だねぇ)けど、それ以上先は未知だ。

 海棲族もエナリオス海洋王国の領域に限定され、それ以降の海は未知だという。


 なんでも、底知れない海溝があって流石の海棲族でも突破できないみたいでねぇ……まあ、ボクは空飛んでいくから関係ないんだけど。

 基本的には海に面した大陸の諸国は小さな漁船レベルの船なんだけど、マラキア共和国は大型輸送が可能な大型輸送船をいくつも造船していた。まあ、表向きは輸送船なんだけど、そこに大量の魔法使いを載せれば、それはもう軍艦だよねぇ?


「大型船を利用した海上輸送を提案なされたのはヴィオ様だとお聞きしました。素晴らしいお考えだと思いますわ。……しかし、この大型船は同時に軍艦としても運用可能です。実際に武器も多く輸入していますし、二つを組み合わせて考えれば開戦の準備を整えていた可能性も見えてきますわ。『這い寄る混沌の蛇』が本格的に活動しているのはダイアモンド帝国を含むペドレリーア大陸だったと記憶しています。ペドレリーア大陸には対『這い寄る混沌の蛇』を掲げるオルレアン神教会の存在もありますし、均衡を崩すために戦力を供給したいという気持ちはとてもよく分かりますわ」


 まあ、ダイアモンド帝国がどこにあるかは分かったから聞き出すことはもう無いんだけどねぇ。


「聞き出すべきことは全て聞き出しましたわ。後ほど、皆様には『這い寄る混沌の蛇』に関してまとめた冊子をお送り致します。彼らは末端も末端ですから大したことは知らないでしょう」


「アネモネさん、貴女は一体――」


「まあ、お前がそれでいいならいいんだけどなぁ。じゃあ、そのヴィオっていう罪人はいらねぇから連れて行っていいぞ。ルイ殿もわざわざご足労頂いてありがとう。後でアネモネかヴァーナム経由で報告書が届くと思うから、それを受け取ってもらえれば今回の件は終わりだよな?」


 「ほら、用事が済んだんならとっとと帰れ」という感じでオルパタータダはルイ達を追い出し、ボクの《蒼穹の門ディヴァイン・ゲート》でギルド本部に送り届けた。

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