Act.8-57 優勝祝いのチェイン・デート scene.2

<一人称視点・アネモネ>


 時間が長引いたから次のデートはまた明日……とはならない。

 時空魔法「三千世界の鴉を殺し-パラレル・エグジステンス・オン・ザ・セーム・タイム-」を使って二周目、今度は十時に合流予定(ペルちゃんは集合時間が九時だった)の梛とのデートだ。


 梛のテーマは本屋巡りだった。本屋といえば身近なところに書肆『ビオラ堂』があるから、まずは書肆『ビオラ堂』に、後は王都に点在する本屋を巡ることにした。


「いらっしゃいませ……って、アネモネさん!?」


「レネィスさん、お仕事中ごめんねぇ。店員の皆様も……ごめん、来ちゃった」


「ご連絡してくださればお出迎え致しましたのに……本日はどのような案件ですか? ブランシュ=リリウム先生名義の作品は全て原稿を受け取って製本済み、出版のタイミング待ちですし……正直、もっと仕事量を減らして頂けると社員としては大変嬉しいのですが?」


「待ってくれている読者がいる限り、命を削るのが物書きというものなのですよ?」


『お姉様、お身体を大切にしてください! お姉様の身にもしものことがあれば……私達は』


「そうです梛さん、もう一押しです! アネモネ会長、貴女様は本当に働き過ぎです! もっと休んでください」


「大丈夫大丈夫、ボク見かけによらず頑丈だから」


 よし、一刀両断。ガックリとするレネィスと梛にかける言葉が見つからない。


「今日はトーナメントのお祝いのデートでねぇ。梛さんが本を買いたいんだって」


「なるほど、そうでしたか。よろしければ私がご案内致します……ローザ様の方が断然詳しいと思いますが」


「……ってか、レネィスさんは大丈夫なの? 編集の仕事?」


「アネモネ会長の分はいつも尋常じゃない速さで大量に来て、しかも書き直しがないので問題ありませんし、ソフィス先生もどこかの誰かさんに影響されたのか命を削る勢いで書いているから問題ありません……私もニルヴァス様も止めたのですよ! なのに、『私は追いつきたいから、こんなところで止まってられない! それに、読者のみんなも楽しみにしているんだよ! 私が頑張らないと!』と筆を置いてくださらないのです」


「なんで止めないの!? ソフィス様が体調を崩されたらボクはなんと言ってアーネスト様達に謝ればいいの!? それに、彼女は伯爵令嬢なんだよ!!」


「それを公爵令嬢の貴女が言いますか! ……僭越ながら、アネモネ会長にソフィス様をどうこう言う権利はないと思いますし、個人的にソフィス様の気持ちは強く分かります。……もっと自分のことを大切にしてください」


 涙目でレネィスに案じられて、胸が苦しくなった……ボクはちゃんと自分のことは分かってやっているつもりなんだけどなぁ。好き勝手やっているし、できるだけ迷惑を掛けないように生きているつもりなんだけど。

 梛は新刊の小説(冒険活劇や恋愛ものなど数十点)と、天文、植物に関する分厚い本二冊と、茸辞典と毒薬に関する本、料理本と歴史書を購入した……一体何をするつもりなんだろうねぇ?


「お支払いは――「あっ、ボクが全額支払うから」


『そんな、お姉様にお支払いをさせるなんて……』


「いいよいいよ、気にしないで? ボクが払いたいんだから払わせてよ」


 商品の中に目敏く『エーデルワイスは斯く咲きけり』が入っているのを見つけたボクはお金を払いつつ、本の中に裏にサイン、表に書き下ろし短編が書かれた小冊子を差し込んだ。

 まあ、大したものではないけどちょっとしたサプライズプレゼントかな?


 支払いを済ませたボクは梛と共に店を出た。

 ちなみに、このサプライズプレゼント、後で梛に無事発見されて「お、お姉様! 本当にありがとうございます! 家宝にします!」って言われたんだけどそこまで大袈裟なものじゃないんだけどなぁ。

 ちなみに、梛は小説を書くために小説以外の参考になりそうな本を買い集めているそう。読んでいて書きたくなったらしい……まあ、気持ちはよく分かるよ。

 今度それとなくモレッティとレネィスに伝えておこうかな?



 梛とのデートでボクも大きな収穫があった。


『本を読みながら軽食を食べられるお店があるといいのですが……』


 うん、なんでボクってすっかり忘れていたんだろうねぇ、漫画喫茶のこと。

 別に漫画に拘る必要はないけど、そういった店を作ってみてもいいかもしれないねぇ。この辺りはモレッティ達と要相談だ。


 梛とのデートも終わり、次は樒とのデート。内容は服屋巡りだから、服飾雑貨店『ビオラ』の他にマルゲッタ商会、ジリル商会も回ることになりそうだねぇ。

 服屋だと他にもいくつか強い商会や店もあるからそういったところも巡ることになる。……正直服飾関係は上っ面の流行を浚っているだけで、基本は購入するより自分で作っちゃうタイプだったからちょっと楽しみなんだよねぇ。ボクも自分用にいくつか買っちゃおうかな?


 まずは服飾雑貨店『ビオラ』から。あっ、ほぼラーナのアトリエと化している元祖・服飾雑貨店『ビオラ』じゃなくて、アザレアとアゼリア――ニーハイム姉妹が統括している本店の方ねぇ。


「いらっしゃいませ! って、アネモネ会長! すぐに店長を呼んで参ります!!」


 ボクの姿を認めたフレンチメイド風のユニホームを来た店員の一人が大急ぎで駆け上がっていった。


「別に今日はただ客として来ただけなんだけどねぇ。……企業の幹部が急遽店に来るとよくこういう慌ただしい感じになって迷惑掛けちゃうし、いっそ変装して来れば良かったかな?」


『お姉様はいくら変装してもその神々しい風格は隠すことができないと思いますわ』


「……私も樒様に同意です」


 店員の一人が樒に同意する……って、それって覆面リサーチみたいなことできないって言いたいの!? いや、信用しているからやらないし、ボクみたいな大したこともしていないのに名誉職についていて、大きな顔をしている奴にあれやこれや言われたくないだろうと思っているから基本的には店を担当する幹部や社員に任せているんだけど。そもそも、一番大切なのはお客様だし、その声を一番近くで聞き取っているのは現場の人々なのだから、その声を大切にするのは当然のことだよねぇ。


 店内にはお客様も大勢いて、広い店内で店員達がお客様に商品の案内したり、試着の手伝いをしたり、とにかく忙しくしていたんだけど、それを邪魔してしまうのは本当に申し訳ない。

 中で在庫整理していたアゼリアと、事務仕事をしていたアザレアの仕事を中断させて連れて来ちゃったし……もう少し考えて来店すれば良かったなぁ。


「アネモネ会長、どうなされたのですか?」


「ドリームトーナメントの優勝祝いで樒と店を回っていてねぇ。樒は服を買いたいってことだから、まずはビオラにって思って。お客様も多いみたいだし仕事もあるでしょう? ボクも多少なり知っているし案内も必要ないと思うから、折角来てくれたのに申し訳ないけど自分の仕事に戻ってくれていいよ? ボク達のことは気にしないでねぇ」


「いえ、そういう訳には参りません。アネモネ会長、会長もお客様としてご来店なされたということは今のアネモネ会長と樒様はお客様です。そのお客様にたまたま私とアザレアで対応したというだけですから問題ありません」


 ゴリ押しで断固譲らないアゼリアとアザレア。……店長御自ら出てきて対応している時点で普通に特別扱いだと思うけどなぁ。


「……ところで樒、どんな系統の服が欲しいのかな?」


『そうですわね、普段着として使える服をいくつか購入したいと思っていますわ。それを、ローザお姉様に選んで頂きたいのです』


「なるほどねぇ、普段着か。……例えば、この辺りとかどうかな?」


 選んだのは白のブラウスに桃色のフレアスカートの組み合わせ。

 どちらもデザインはラーナのもので、流石というべきか清楚の中に可愛さが上手く調和している。


 早速試着室で着替えてもらう。ついでに両目が隠れるほど長い髪を結って花の髪留めでアクセントを付けると。


「まあ、こんな感じかなぁ?」


『ありがとうございます、お姉様♡』


 気に入ってもらえたみたいだねぇ。普段は目が髪で隠れていて美貌の大部分を隠しているからかやっぱり髪を結うと印象がガラリと変わるねぇ。

 アゼリアとアザレアもノックアウトしている……大丈夫?


「さて、他にもいくつか買っていこうか?」


 そこから水色のワンピースを初め、いくつかの商品を選びつつ店の中を見て回っていたんだけど……。

 樒が一瞬足を止めてある商品に視線を向けた。


「……ん? どうしたの?」


『お姉様、なんでもありませんわ』


(……私に似合う筈がありませんわよね)


 そのままボク達はその商品に触れることなくお会計に向かう。

 そこでも支払いをどうするかという問題が発生したけど、勿論ボクの方で支払いをしておいた。ついでにニーハイム姉妹に手渡したいものもあったしねぇ。


 ニーハイム姉妹はお金と一緒に渡したメモを見て顔を見合わせ、「畏まりました」と笑顔で了承してくれた。

 ボクはねぇ、樒に似合うと思うよ? ピンク色のプリンセスラインドレス。



「これはこれはアネモネ様、ようこそおいでくださいました。いやいや、アネモネ様も人が悪い、事前にご連絡をくださればご要望のものを事前に用意することができましたのに」


 揉み手をしながら当然のように現れたルアグナーァ会長狸爺いに辟易としつつも、そんな表情はおくびも出さない。


「本日はただの一客として参らさせて頂きました。ビオラ商会の会長として参った訳でも、敵情視察に来た訳でもありませんのでそうお気遣い頂かなくても大丈夫ですわ。とはいえ、折角会長自らご案内頂けるということなのでしたら、是非ご好意に甘えさせて頂きたいと思います」


 先に釘を刺しておく。まあ、言ったところで警戒心が薄まる訳ではないだろうけど。


「なるほど、本日はビオラ商会のアネモネとして来たのではないと」


「えぇ、そうですわね。冒険者のアネモネとして来たという認識で構いませんわ。こちらは冒険者仲間の樒さん、本日は樒さんの服をいくつか購入させて頂きたいと思い参りました」


「……なるほどなるほど」


 まあ、一流の商人だし彼女が魔物でありながら冒険者として活動していることも知っているんだろうねぇ。……流石にステータスとか、そういった情報は知らないだろうけど、彼女が元々アルラウネってことは知っているんじゃないかな? ってか、系統見ればすぐ分かるだろうし。


「しかし、ビオラ商会にも服飾を扱うお店はございましたよね?」


「ええ、実はこの後はジリル商会にも足を運ぼうと思っているのですわ。やはり、商品の仕入れ先も抱えている職人も三商会それぞれに個性があります。折角服を見るなら三商会、いえ、服を扱っているお店は一通り見ておくべきではないかと思いまして」


「ほう、個性ですか」


「えぇ……残念ながら、売れている商品の真似をした粗悪品も流通させているお店もいくつかあるようですが、そういったものを取り締まる法律もありませんし。……私は、それぞれの商会の個性というものがとても重要だと思っていますわ。店ごとに特色があり、その中でお客様に好きなものを選択して頂ける環境というのはとても重要だと思いませんか?」


 樒の服を選びながら、ルアグナーァに尋ねる。

 ジリル商会の二人と違って、この人とは若干商人としての立場に相容れないところがあるからねぇ。彼はどちらかと言えば、利益に執着しやすいタイプだし……まあ、それが普通の商人なのだけど。


「ところでルアグナーァ様、もしビオラ商会とジリル商会、マルゲッタ商会が手を組んだとしましょう。我々が好き勝手市場を支配できる環境を構築した――その後、ブライトネス王国の市場はどうなると思いますか」


「難しいお話ですね? 例えば、この商品はこの値段で取引するのが相場だと三商会で決めてしまい、それ以下の値段で販売した小規模商会に圧力を掛けることができるようになったとすれば、我々は安定して儲けを出すことができるようになりますね」


「えぇ、そうですわね。その場合、ブライトネス王国の市場は停滞し、商品の質も新作の数も大きく減っていくことでしょう。……私の知るとある国には独占禁止法などという法律があります。まあ、実際はその隙間を縫って三社で談合しているジャンルもあるのですが。その系統の商品は値段が高いままで安い商品で市場に参加してもなかなか長続きはしないものです。……極端な話なので、実際はそこまでの話にはならないと思いますが、今のそれぞれの商会が競い合い、より良い商品を販売して、消費者に選んで頂くという環境は結果として市場をより良いものにしていくことができるのですわ」


「なるほど、それがアネモネ会長の理想の市場なのですね」


「そういうことになりますわね」


 まあ、究極的には巡り巡って世の中が良くなれば若干損をしたっていいんじゃないかっていうのがボクのスタイルだからねぇ。……ローザになる以前から、ボクが百合薗圓だった頃からこの考えは変わらない。


「素晴らしい買い物をさせて頂きましたわ。今後ともより良い関係を築けていけていきましょう」


「えぇ、このルアグナーァ、これからも沢山アネモネ会長から学ばせて頂くつもりです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 マルゲッタ商会でワンピースを含めて複数買ったボクはジリル商会へと向かった。

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