【キャラクター短編 赤鬼小豆蔲SS】

鬼を斬る者達

<三人称全知視点>


 桃太郎……という人物がかつて居たそうだ。

 御伽噺として語り継がれてきたが、実際は桃から生まれた訳でも、桃で若返った翁と媼から生まれた訳でも、犬雉猿を仲間として連れていた訳でもない。


 当時の朝廷の命を受けた桃郷とうごうの太郎たろうは財宝を蓄えているという鬼達が住む鬼ヶ島に生き、鬼を殺して掠奪を行った。その掠奪行為を美化したのが桃太郎伝説である……というのが事実である。


 大江山で酒呑童子を討伐した源頼光、京都の一条戻橋の上で橋姫を討伐した渡辺綱を始めとする頼光四天王、そしてこの桃郷太郎を中心として《鬼部》という組織が発足し、後に鬼は鬼部によって討伐されるようになった。

 実際に悪さをする鬼も居たようだが、それは酒呑童子、茨城童子、宇治の橋姫などの極少数や人から成った鬼のみで、ほとんどの鬼(この場合は怪異や妖怪なども含む)や鬼と良好な関係を築いている人間達にとってはいい迷惑――こうして、鬼達にとっては最悪な時代が幕を開けることとなった。


 宇治の橋姫の子孫にあたる橋姫はしひめ紅葉もみじもこの《鬼部》によって安息を奪われた人物の一人だ。

 彼女は瀬島奈留美と出会うまで逃亡生活を続け、人外の領域の剣技を身につけたそうだ。


 さて、この《鬼部》という組織は最終的には源家、渡辺家、桃郷家の三派に権力が集中していったが、現当主桃郷清之丞の祖父――桃郷清成きよなり突如旧鬼部、《鬼斬機関》の脱退を決意し、その後は渡辺綱を祖先とする渡辺一族が代々鬼斬の棟梁として護国のために尽くしてきた。

 その脱退の理由は清成が他ならぬ鬼によって助けられたからである。


 当時、清成は再び鬼ヶ島で鬼が集まって富を蓄えているという噂を聞きつけた大倭政府の命令で鬼ヶ島に来訪していた。

 《鬼斬機関》に所属していた清成は鬼は皆討伐されるべき悪であるという認識を持っていた。代々そういう教えを受け継いできたのだから、その教えに疑問を抱く余地は無かったのである。


 鬼ヶ島に入るなり、清成は鬼達(種族としての鬼の他に人から成った鬼も居た)に襲われた。

 当然である。これまで煮湯を飲まされてきたのだから、鬼斬対策は当然ばっちりされていた。


 島に渡ってくるのに使った船は真っ先に破壊され、その後は鬼達からの地形を生かした攻撃に翻弄されて清成は遂に自分の死を覚悟した。


「――全く、なんでみんな平和に暮らしたいと思っている筈なのに血を流す戦いを続けるんだろうね?」


 その戦いに割って入ったのは燃えるような赤髪を持ち、二本の小さな角を持つ少女のような見た目の鬼だった。

 二本のナイフを握った鬼は清成と鬼達の間に割って入り、小さく溜息をついた。

 ――その小さな背中を無防備に清成に向けて。


「ダモンさん、流石に人が良過ぎですよ。……そいつらはずっと俺達を苦しめてきた奴らですぜ。殺されて当然ですよ、俺達の平穏を壊そうとしたのですから」


「まあ、今回はあたしの顔を立ててくれないかな?」


「……ダモンさんがそう仰るのでしたら」


 鬼達はそう言うと不満そうな顔をしながら散っていった。


「さて、まだ戦う気? それならあたしが相手になるよ?」


「いや……もう戦う気はないよ。あのまま戦っていたら負けていただろうからな、助けてくれて感謝する。……でも、何故助けてくれたんだ?」


「助けたつもりはないよ。あたしはただ、争いが嫌いなんだ。鬼も人も変わらないよ、それなのに見た目の違うからって争って……あたしはそういうのが大っ嫌いなんだ」


 「まあ、同じ人間同士でもつまらない争いをしているんだから、全く見た目が違う鬼や妖怪なんて受け入れられる訳がないよね」と言う鬼の少女は悲しそうだった。

 その悲しさの中に、その悲しさを無くそうという強い覚悟を見つけ、清成はその少女から目が離せなくなった。


「さあ、もう行きなよ。ああ、船を壊されたんだっけ? あたしが送って行こうか?」


「……助けてくれてありがとう。俺は桃郷清成だ」


「名乗っていなかったね。あたしは赤鬼小豆蔲。大倭秋津洲を巡って調停をしている調停者だよ」


 その後、小豆蔲に恩を感じた清成は《鬼斬機関》と対立し、脱退。その後、小豆蔲の調停の仕事を主に金銭面で援助するようになった。



<三人称全知視点>


「囲まれたね。……年貢の納め時が来たってことかな?」


 小豆蔲は周囲の鬼斬の気配を感じ取りながら、冷や汗を拭った。

 周囲には無数の鬼斬の気配がある。


「なかなか逃げ足が早いわね」


 白い戦装束を身に纏い、緩く湾曲した刀を佩いた女が姿を見せた。


 戦装束に隠れているが、それでも分かる形の良い大きな乳房と艶かしく括れた腰つき、すらりとして流麗な身体の曲線。すらりと伸びる手足が艶かしいその肢体は過不足ない完璧なプロポーションを誇っている。

 戦人とは思えない淡雪のようは白肌、切れ長の澄んだ瞳を内包する双眸、高い鼻筋、薄く小さな唇という相貌は間近から覗き込めが思わずぞっとするほど見目麗しく、花を恥じらわせ、月も恥じらい隠れるほど美しく整っている。まさに、仙姿玉質。


 その瞳は身の毛のよだつほど冷たい。瞳を向けられただけで絶対零度の極寒に襲われそうなほどだ。


「……観念しなさい。この世に鬼は居てはならないの。一匹残らず私が駆逐してやるわ」


「やれやれ……あたしはそこそこ強いよ? まずは痺れて――」


 ナイフを握り締め、闘気を纏わせた直後、無数の苦無が鬼斬の女――千羽雪風に向けて放たれた。


 ――ドバンッ! ――ダン!


 更に無数の銃声が響き、鬼斬達が崩れ落ちる。


「寄って集って一人を虐めるような戦い方は嫌いだ……と、圓様は仰りました。始末されないことに慈悲を感じながら意識を飛ばしなさい」


「月紫さん、くれぐれも殺さないようにお願いしますよ」


「えぇ、分かっているわ。とりあえず、あの女を始末すればいいのね?」


「やれやれ……全く分かっておりませんな」


 圧倒的な人数差が一瞬にしてひっくり返された。

 ゴム弾入りの銃で武装した柳率いる元軍人の執事達と、月紫率いる忍者達に一瞬にして殆どの鬼斬が撃破されたのだ。


「…………ッ! 撤退する」


「逃がすものですかッ!」


「月紫さん、深追いはおやめなさい。圓様の御命令はこの方の保護です」


 未だ状況の理解できていない小豆蔲に、柳は手を差し伸べながら笑い掛けた。


「初めまして、私は柳と申します。本日はご主人様の依頼で助太刀に入らせて頂きました。とりあえず、私共と一緒に来てくださりませんか?」



「へぇ……話には聞いていたんだけど、本当にいたんだねぇ、鬼って」


 小豆蔲は月紫達によって百合薗邸に案内された。

 ちなみに、鬼斬達は全員縄で縛られて百合薗邸まで移送され、その後武器を取り上げられて軟禁生活を送っている。


「初めまして、ボクは百合薗圓。一応投資家ってことになるかな?」


「助けてくれてありがとう。しかし、どんな人が彼らのご主人様かと思ったけど、君みたいな人だとは思わなかったよ? ……何故、助けてくれたのかな?」


「何故って、理由が必要かな? 助けたいと思ったから助けた、それで十分じゃないか」


「……そうやって動ける人間……いや、妖怪や鬼を含めたとしても果たしてどれくらいいるのだろうね? 善意ばかりで動ける者なんて本当に僅かだよ。しかし、鬼だと知っても警戒したり、怯えたりしないんだね?」


「だって、怯える必要ある? 悪意がないことなんて普通に分かるでしょう?」


 「見た目とかどうでもいいじゃん」とあっけらかんという圓に、小豆蔲は「なかなか気が合いそうな性格をしているね」と好印象を抱いた。


「ところで、小豆蔲さんはどうして追われていたのかな?」


「追われていることはいつものことだよ。鬼は鬼斬に追われるものだからね。……今回はちょっとある村同士で小競り合いがあって、その調停をして来た帰りだったんだ」


「へぇ、調停者ね。なかなか大変な仕事をしているんだね? 始めた切っ掛けとかあるのかな?」


「あたしは戦いが嫌いでね。肌の色とか、角の有無とか、そういったことで差別が起こるのが何故かずっと疑問だった。多分そういったことが根源にあるんだと思う。争うよりも、みんなで笑っていた方が絶対に楽しいからね。だから、争いを無くしたいんだ」


「争いや差別を無くすというのは難しい話だねぇ。人は皆、あの人よりはマシという優越感を糧として生きている。下を見て、モチベーションを作って生きてきた生き物なんだ。わざわざ、農民の下に身分を作って差別させたくらいだからねぇ。……みんながっていうのは綺麗事だよ。でも、ボクはその綺麗事が嫌いになれない。……小豆蔲さんはもし襲われた時、どうする? ただされるがままにボコボコにされる? 殺されるとしても?」


「非暴力不服従っていうのはどうにも好きになれなくてね。あたしは戦う時は戦うよ……争いを無くしたいという考えと矛盾していることは承知しているんだけどね」


「うんうん、やっぱり好きだねぇ、小豆蔲さんの考え方? どう? もし、小豆蔲さんがその気ならボクが君の活動のスポンサーになってあげるよ? 主に金銭面の支援しかできないけど」


「ありがたい話だね。でも、いいのかな? あたしに投資しても何も利益は発生しないよ?」


「発生しているじゃないか。調停で平和が作られている。それも立派な利益だよ。それと、良ければ部屋も用意するから食客としてたまに遊びにくるといい。……まあ、その前に《鬼斬機関》をどうにかしないといけないけどねぇ」


「《鬼斬機関》をどうするって? どうしようもないと思うけど、どうするつもりなんだい?」


「さあ? どうしようかな?」


「圓様、鬼斬達の尋問が無事に終わりました。《鬼斬機関》の本拠地が分かりましたので、いつでも叩けます」


「それじゃあ、行こうか? ちょっと《鬼斬機関》の考えを変えさせに」



 千羽達からの報告を受けた《鬼斬機関》の棟梁――渡辺満剣は密かに鬼斬の数人に尾行させて入手した敵の拠点の情報を受け取り、ヘリを使って増援の鬼斬達を派兵した。

 千羽率いる鬼斬部隊は圓達を追う……が、小豆蔲を鬼斬達が襲っているという情報を受け取った桃郷清之丞に阻まれ、一時撤退を余儀なくさせられた。


 一方、清之丞参戦の情報を知らない圓、月紫、柳、小豆蔲の四人は山城国に赴き、その後山の中を探索すること一時間、目的の場所に到着した。

 ちなみに、この時点で圓達は政府から財閥七家と同じ扱いを受けるようになり、それが公表されてから三ヶ月の間に桃郷清之丞、光竹赫映、浦島子、邪馬凉華、海宮浅姫、蘆屋祓齋、三門弥右衛門が次々と百合薗邸に挨拶に訪れ、それぞれと交流を持つようになっている。

 全員圓達に同情的で、自分達と同じ目に遭っているであろう圓のことを心配して顔を見に来たようだ。個性が強いが悪い人達ではないのである。


「案内ご苦労様」


「――ッ! こんなことしてタダで済むと思うなよ! すぐに精鋭の鬼斬達がお前達を殺すッ! バカめッ! わざわざ俺達の本拠地に乗り込む意味をすぐに理解することになるだろう! せいぜい泣き喚いて後悔しろッ!」


「囀るな」


 圓が冷たい瞳を向けた瞬間、猛烈な圧力が鬼斬の男に掛かった。

 超能力の一つ、念動力サイコキネシスを応用して直接圧力を掛けたのだ。


「…………やっぱり、頭が痛くなるねぇ」


 圓は超能力を生まれつき持っているが、それはあまり使い勝手の良いものではない。

 テレパシー、念動力サイコキネシス、未来予知、透視、サイコメトリー、パイロキネシス、アポート――そのいずれも使った時に精神を削られるような激しい痛みと頭痛を覚えるのだ。それ故に圓はこの超能力を極力避けて別の系統の能力を貪欲に求めているのだが、今回はカッとなって無意識に発動してしまったらしい。


「大丈夫ですかッ! 圓様」


「……大丈夫」


 喀血した血をすぐにハンカチで隠し、圓は気丈に笑うとぶん取った《鬼斬機関》の鍵を使って本部に突入した。


「侵入者、止まれッ!」


「止まれと言われて止まる奴がいる訳ないでしよう?」


 霊力を纏わせ、斬撃を放ってくる鬼斬達を圓と柳はゴム弾が装填された銃で撃破し、月紫は峰打ちで次々と鬼斬達を気絶させた。


「痺れてもらうよ」


 小豆蔲が麻痺の妖気で鬼斬達を痺れされ、防御が崩れたところを狙って雪崩れ込んで鬼斬達を突破――更に奥へと進んでいく。


「……ここかな?」


 そうして《鬼斬機関》本部を走り回り、到着したのは棟梁の執務室。

 圓は斬撃を放って扉を破壊し、中に突入する。


「貴方が鬼斬の棟梁か。小豆蔲さんを付け狙うのをやめてもらいたいんだけど?」


「鬼を斬り、護国するのが鬼斬の務めだ。鬼は全て悪しき存在――人々に禍をもたらす、故に鬼であり魔と呼ばれる。人の生死に拘わらず、その血肉を喰らい、血に宿る魂の力を糧とする。鬼は人とは相いれぬ存在だ、にも拘らず何故鬼の側につく?」


「だって? 小豆蔲さんってそんなことするの?」


「確かにそういった系統の鬼もいるだろうけど、あたしは違うよ? 普通に飲み食いするし、人間と敵対するつもりもない」


「ということだそうだよ。安易に確かめず相手が鬼だからと命を奪う悪しき鬼斬達よ。……ボクが相手になろう。ボクに勝って命を奪えれば小豆蔲さんを好きにするといい」


 「まあ、その場合うちの仲間が黙っていないかもしれないし、小豆蔲さんだって突破口作って逃走すると思うけど」と付け足し、圓は刀を構えた。


「圓様、おやめください! このようなことで命を張るなど!?」


「月紫さん、圓様を思うのであれば手出し無用です。大丈夫、彼は負けませんから」


「いい度胸だ、小娘。鬼斬の棟梁――渡辺御剣、全力で持って潰させてもらう」


 髭切りの太刀を構え、鬼を視る浄眼を輝かせて御剣は圓と対峙した。


「渡辺流水ノ型・洌流之太刀」


 霊力の性質を水に変化させ、水を纏った剣で斬撃を放つ御剣。


「常夜流忍暗殺剣術・毒入太刀」


 対する圓は斬撃を繰り出した際に筋肉の収縮を連続で行うことによって、 その際に発する衝撃波を武器を通して御剣の剣に流し込んだ。

 この奇襲に呆気なく引っかかった御剣が両手が痺れて剣を使えなくなる。


「常夜流忍暗殺剣術・薙暗器」


 更に斬撃を放つと見せかけて剣とは逆の手で大量の手裏剣を投げつけて御剣に致命傷を避けた傷を複数刻みつけ、「常夜流忍術・影分身」で残像を発生させて同時に攻撃を仕掛ける。


「常夜流氷遁忍術・氷鎖縛地」


 と見せかけて自然エネルギーを変換して発生させた氷の鎖で御剣を縛り付け、剣を鞘に収めて徒手格闘で更にダメージを刻んでいく。


「闘気昇纏」


 更に金剛闘気、剛力闘気、迅速闘気を纏って能力を底上げした圓が更に苛烈な攻撃を仕掛け、戦闘不能にまで追いやった。


「……さて、そろそろいいかな?」


「――ッ! こんなことをして、国が滅んでもいいと思うのか?」


「いっそ滅んじまえばいいんじゃない? こんな国。ボクからすれば、私腹を肥やす政治家の方がよっぽど鬼に見えるけど? ……一回ちゃんと話を聞いてみなさいよ。その上で、本当に敵なのか自分で確かめてみてもいいんじゃないかな?」


「…………鬼と、話す、だと?」


「小豆蔲さん、それでいいかな?」


「鬼斬との和解か、圓さんは凄いことを考えるね。あたしはそれでいいよ……やっぱり、あたし達気が合うね」


 その後、御剣は小豆蔲と話をして鬼の中にもいい奴がいると考えを改めることになり、その考えが《鬼斬機関》の中で波及していくことになる。



「巫山戯るな!」


 御剣の怒声が《鬼斬機関》の会議室に響き渡る。手に握られているのは政府からの司令書。

 その内容は、「赤鬼小豆蔲の殺害と小豆蔲を守る百合薗グループの代表である圓の殺害」。


「しかも最悪圓さんさえ殺せればいいって、それってつまり俺達に人殺しをさせようってことだろッ!? 自分達の都合の良いようにするために」


「まあまあそう怒らないで、カルシウム不足しているんじゃない? 小魚とか食べると良いらしいよ?」


「なんで圓さんはそんな風に達観していられるんですか?」


 同じ会議室にいた圓は激怒する御剣とは対照的に凪の海のように静かだった。当事者にも拘らず何故達観していられるのか、御剣は不思議で仕方ない。


「まあ、大凡こうなるとは思っていたからね。国は適当な理由をでっち上げてでもお金が欲しいんだよ。ボクを殺して富を奪いたい、鬼なんて知ったこっちゃないのさ? よく分かったでしょう? これまで鬼の命を奪ってまで守ってきたものがこんなくだらないものだったなんて」


 「こんなことされたら嫌になるのは当然だよねぇ」と言いながら圓は緑茶で喉を潤した。


「圓さん、俺達は貴方達と敵対したくはない。……だけど、俺達は残念なことに国の下部組織なんだ。だから、指示に逆らうことはできない」


 「鬼斬のための費用も国から出ているからな。公僕は辛いぜ」といいながら、そのやるせない気持ちを机にぶつけ、机に亀裂が走った。


「まあ、仕方ない話だよ。……ということで、ここに六兆円があります」


 圓の背後に控えていた柳を含む何人もの執事達が一斉にトランクを机の上に置き、中身を見せた。

 その瞬間、部屋の外で様子を伺っていた鬼斬達が一斉に色めき立つ。


「六兆円? なんでそんな話になった?」


「このお金で《鬼斬機関》を大倭秋津洲から買い取る。そうすれば国の指示に従う必要は無くなるでしょう? 後でなんか難癖をつけてきても突っぱねる口実になる。それ以降の鬼斬の資金はボクが出す……これでどうかな?」


「どうかなって、大丈夫なのかよ!? それじゃあ、圓、お前の負担が」


「その代わり、責任を持ってこの国を守って。国とは政府じゃない、政治家じゃない。この国を生きる者達全て、彼らの命を脅かす鬼を斬って欲しい。その中には人に害をなさない妖怪や鬼も含まれる。みんなの平穏を守るためにその剣を使うと誓って欲しい。その誓いが果たされる限り、ボクはいくらでも支援を惜しむつもりはないよ」


 「まあ、でも申し訳ないって言うなら」と圓は思案する様子を見せ――。


「ボクに鬼斬の技を教えてくれないかな? その授業料ってことでお支払いするよ」


「授業料って随分と高い授業料だな。……鬼斬の技? 別に良いけど、そんなん習ってどうするんだ?」


「ボクは家族・・を、大切な人達を守りたい――そのために力が必要なんだ」


「そういうことなら良いぜ。……そうだな、千羽、圓さんに鬼斬の技――千羽鬼殺流、教えてやってくれないか?」


「私ですか? 構いませんが……あまり霊力は高くないようですよ? 平の鬼斬になれるくらいはありますが、一流の鬼斬になるのならこれなら厳しいと思います」


「それに関しちゃ大丈夫だろ? 別に鬼斬一本でいくつもりはないだろうしな。……少なくとも忍術に関しては抜きん出たものがあるし、剣の才は俺より遥かに上だ。一対一で剣交えて押し負けちまったからな。……剣の腕なら千羽、お前の方が俺より上だからな。しっかり教えてやってくれ」


「畏まりました。千羽雪風です、先日は申し訳ございませんでした。鬼斬の一人として指南させて頂きますのでよろしくお願いします」



<三人称全知視点>


 時は大倭秋津洲最終戦争の頃、桃郷清之丞、渡辺御剣、千羽雪風、赤鬼小豆蔲の四人は《鬼斬機関》の鬼斬や桃郷財閥所属の鬼斬達と共に武蔵国にある侍局の本拠地に奇襲を仕掛けた。

 江戸時代の終わり、公武合体に伴い江戸幕府は侍局となり、徳川将軍家はその侍局の局長と政府重役を兼任するようになった。

 士族解体により大半の武士が平民となる中でも江戸幕府の有力御家人達は侍局所属の武士としてその地位を守ってきた。


 とはいえ、その剣の腕では平和ボケした江戸よりも更に劣化したものであり、当然錆び付いている。長い間鬼と戦いを繰り広げてきた鬼斬や小豆蔲が負けることなどある筈もなく、突入から三十分が経過した頃には侍局長の徳川とくがわ家照いえてるの敗北宣言に伴い侍局は降伏した。


「終わってみると呆気ないものだな。俺達がこれまで縛られてきたものがこうもあっさり」


「俺も俺を含め財閥七家が動けば潰せるとは思っていたが……流石にこんな一瞬で政府を灰にはできない」


 戦いが終わった清之丞と御剣が見つめる先には猛烈な光に包まれた国会議事堂があった。

 たった一撃で国の中枢が破壊された――その攻撃を行ったのはかつて御剣が敵対した百合薗グループであると考えると、背中に冷たいものが走る。


「本当の意味で敵対しなくて良かったよ」


「それは同感だね。あたしも、圓さん達と敵対するのは恐ろしいな」


「そういえば、肝心の圓さんの姿を見ていませんね」


「あっ、もしかして雪風さん聞いていないのか? 圓さんは化野さんと月紫さんと一緒に異世界に召喚されたらしいぜ。今は全権を委任された柳さんが指揮をとっているそうだ」


「異世界ですか? 圓さんは相変わらず予想の斜め上をいきますね。……まあ、あの圓さんなら大丈夫でしょう」


「師匠の雪風さんがそう言うなら大丈夫だろ。俺もアイツが負けるビジョンが全く浮かばねぇし」


「柳さんに報告したホワリエルさんとヴィーネットは再び異世界に戻ったようだね。まあ、すぐに向こうの問題を解決して連れて帰ってくると思うよ」


 しかし小豆蔲達の期待は裏切られることになる。数時間後には圓の訃報が伝えられ、千羽は泣き崩れ、御剣達はそんな訳がないと事態を飲み込めずにただただ困惑することになるのだが、その後圓の最期の言葉を聞き、納得して全員安堵したようだ。


「決着は異世界ってことか。当然、俺達も連れて行ってくれるんだよな?」


「少数精鋭ってことは、《鬼斬機関》からは俺と雪風が行くのが妥当か」


「それが無難でしょうね。私達が一番連携を取れるでしょうし」


「決まりだね。それじゃあ、召喚の準備が整うまで待機させてもらうとしますか」


 清之丞達は他の大倭秋津洲最終戦争に参戦した者達の一部(土御門遥、九重勇悟、瀬島香澄、ラツムニゥンエル、三國智花)、そして圓の家族達が共にユーニファイドに赴き、シャマシュ教国の激闘を繰り広げることになるのだが、その話はまた別の機会にすることとしよう。

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