【キャラクター短編 海宮浅姫SS】

仙人達の因縁〜義姉の赫映と地仙の島子と、竜宮城の乙姫様と〜

 昔、昔、浦島は

 助けた亀に連れられて

 龍宮城へ来て見れば

 絵にもかけない美しさ


 乙姫様の御馳走に

 鯛や比目魚の舞踊

 ただ珍しくおもしろく

 月日のたつのも夢の中


 遊にあきて気がついて

 お暇乞もそこそこに

 帰る途中の楽しみは

 土産に貰った玉手箱


 帰って見れば.こは如何に

 元居た家も村も無く

 路に行きあう人々は

 顔も知らない者ばかり


 心細さに蓋とれば

 あけて悔しき玉手箱

 中からぱっと白煙

 たちまち太郎はお爺さん


      ――『浦島太郎』(作詞作曲者不詳/文部省唱歌)――



<三人称全知視点>


 申公豹によって戯れに仙術を教えられた大倭秋津洲のある集落の者達は最も仙術の才に恵まれていた甲姫、乙姫をそれぞれ中心とする派閥に分かれ、甲姫は月に上がって月の名門、光竹家の祖となり、乙姫は海に入って海仙の海宮海仙の支配一族の祖として深海に竜宮城を築き、竜宮城を拠点に暮らすようになった。


 月の民となった甲姫一族はその後、月の世界に極楽浄土のような世界を築こうとする……が、結果として生まれたのは発展し過ぎた科学の弊害で環境破壊が起こり、荒廃したディストピアだった。

 下克上を狙う者達によってその後月の世界は支配されたかに見えたが、甲姫の一族の光竹赫映が支配権を取り戻し、赫映が今度こそ叛逆者達を根絶やしにして月世界を統一する。


 一方、海に潜った乙姫の一族は争いをすることもなく、海の中に竜宮城という仙境を作って優雅に暮らした。

 不老不死の乙姫の一族は、新たに子供が生まれるとその子供を次の乙姫とするという伝統を守り抜き、月世界のように発展することは無かったものの、一度も争いを起こすことなく今あるものを変えることなく継承し続けてきた。


 変化と発展を大切にして争いを続けて来た月世界の仙人達と、同じものを継承することを重んじ、争うことなく伝統を守り続けて来た海中の仙人達――元は同じ仙人だが、こうして対比してみると随分と対極的な道を歩んでいる。


 さて、この海仙の存在に赫映が気づいたのは月世界を統一してから一年後のことであった。

 過去の月世界がどのようなものだったかも知るために歴史史料を探索している中で、地球の海中に源流の同じ仙人の一門が住んでいることを知ったのである。


 赫映はこの海仙とも関係を構築したい……より正確に言えば関係を取り戻したいと考え、媼(今は名を変えて薄桜はくおう仙女と名乗っている)と共に地上に降りた。

 禎丸と最後に言葉を交わして月世界に旅立ってから七年後のことだ。


 一方、浦島子は仙覧計画というものに参加していた。

 蓬莱山と崑崙山が主導した仙人の情報を纏めた書物を作る計画で崑崙山からは太公望、蓬莱山からは浦島子がそれぞれ担当に選ばれた。浦島子は大倭秋津洲周辺の無所属の仙人の調査のために大倭秋津洲に戻って来たのである。


 車持皇子からかぐや姫の話を聞いた島子がかぐや姫に興味を持ったのは、この仙覧計画のために無所属の仙人の情報を集める必要があったからというのが大きい。

 まあ、中には「これだけ無理難題突きつけたのがどんな美女なのか確かめたい」という好奇心もあったが。……島子には割と捻くれているところがあるので、バッサバッサと言い寄ってくる男を切り捨てるかぐや姫にスカッとした気分にさせられて内心、かぐや姫に対する好感度が上がっていた。無論、その後赫映の島子に対する好感度が急暴落すると共に、島子の赫映に対する好感度も急暴落するのだが。



 島子は天人伝説の残る各地を巡っていた。近江国や丹後国など各地を巡る中、緑色の鞭――雷公鞭を持ち、最速の霊獣である黒点虎に跨がる仙人と遭遇する。


「……まさか、こんなところで遭遇することになるとは思っておりませんでした」


 太公望に並ぶ実力者と崑崙山よりお墨付きをもらった浦島子にして、冷や汗が止まらなくなるその仙人の名は申公豹。かつて、崑崙山が封神計画というものを実行していた際に太公望が討伐対象として敵対した相手だ。

 史上最強の仙人とされ、殷と周の戦争が終結した以後も生き延びているのだからその強さも窺い知れるというものである……といいつつ、結局崑崙山と金鰲島は休戦協定を結び、殷と周の戦争が集結した以後は小競り合いレベルの戦いしか起こっておらず、どちらの主力メンバーも生き残っているため、本当は生き残っているというだけでは仙人の強さを測ることはできないのだが。


「浦島子だっけ? 最近噂になっている仙人だよね?」


「……申公豹殿ですね」


「ああ、そう身構えなくたっていいよ。戦う気はないから、本気になればすぐに殺せるってことは分かるでしょう?」


 雷公鞭を見せつけてニヤリと笑う申公豹。


「君が調べていることについてちょっと教えてあげよっかな? って思ってね。ほら、仙覧計画だっけ? また、何かやっているんでしょう? この大倭秋津洲に仙人の概念を持ち込んだのは他ならぬ僕、だからね。当事者から話を聞く機会なんて早々ないよ?」


 島子は話半分で聞くつもりで釣竿を下ろした。この釣竿、実は島子用に太上道君が作った宝貝である。


「あんまり僕も知らないんだけどね。この辺りに住んでいる人達に戯れに仙術を教えたんだけど、その中で仙人の素質があった人達が月と海にそれぞれ住むようになったみたいだね。……よく知らないけど」


「海の中ですか? 直接潜って地道に探すしかありませんね」


「羽化登仙しているのなら、それほど難しくはないだろうけどね。それじゃあ、僕はもう行くよ」


 申公豹が去った後も島子の鼓動はバクバクと鳴っていた。

 へたり込んだ島子が回復するまでそれから三十分は掛かったようだ。



 赫映と薄桜仙女の二人は浦島子が竜宮城を発見する二十日前には竜宮城に辿り着いていた。


 竜宮城で乙姫こと浅姫は赫映と薄桜仙女を持て成した。

 赫映はその宴会の席で浅姫に月の民と竜宮の民の関係を話した。


 海宮家にも代々自分達のルーツに関する伝承が伝えられていたようだ。

 二度と相見えることは無いと思っていた月の民との再会は竜宮の民の悲願であった。何故、姉妹が別々の道を歩くように決別していったのかは伝承が伝わっていないため浅姫達にも分からないが、先祖達はきっと再び月の民と竜宮の民が仲良く暮らせる日々を望んでいたのだろう。

 その悲願が叶えられると分かり、浅姫も感激した。


 月の民と竜宮の民の交流について取り決めていく中、ずっと妹が欲しいと思っていた赫映は――。


「ねぇ、浅姫さん。私、ずっと妹が欲しかったの。私の妹になってくださらないかしら?」


 「かつて、甲姫と乙姫――二人が姉妹だった時のように、って何を言っているのっていう話よね」と暗い顔をした赫映。


「本当によろしいのですか? 私なんかが赫映様の妹になって」


 一方、浅姫は竜宮の姫としてずっと気を張ってきた。甘えられる相手などいなかった。

 ずっと甘えられる姉が欲しいと思っていた。自分の気持ちを曝け出せる相手が……だが、そんなことある筈もないと諦めていたのだが。


「本当に、本当にこんな可愛い娘が妹になってくれるの!?」


「本当に、本当に赫映様が私のお姉さんに――」


「赫映様、浅姫様、お二人とも姉妹になることをお望みのようですし、ここで義姉妹の契りを結ばれたらいかがでしょうか?」


 仙女として生まれ変わり、媼――赫映の母ではなく一仙女として表向き赫映に言葉をかけることが増えた薄桜仙女の提案を聞いてぱあっと明るい顔になった二人は義姉妹の契りを結ぶこととなった。

 後に互いが財閥七家の一角となるが、その時代にも赫映は浅姫を妹として可愛がり、浅姫は赫映を姉として慕っている。


 そんな二人の甘い時間に割って入ってぶち壊す者が現れる。

 仙覧計画のため、大倭秋津洲の仙人を探していた浦島子である。


 もし、この場に圓が居ればこう言ったかも知れない。


 ――百合に挟まる奴は馬に蹴られて死んじまえ。


 ……まあ、浦島子は知らずにやってきたので完全にタイミングが悪かっただけなのだが。



「いやぁ、なかなか大変でございました。実は海に入るのは初めてでして、釣りはよくするので潮目を読むのは得意だと思っていましたが、実際に中に入るのと外から見るのでは大きく違うものでございますね」


 道服を身に纏い、拱手をもって礼を取る男。


「初めまして、浦島子と申します。生まれは丹後国、筒川島子や水の江の浦島子などとも呼ばれていますが、どうぞ皆様、浦島子とお呼びくださいませ」


「浦島……ですか? 浦島太郎様のご子孫の方、とか?」


「浦島太郎? はて、どなたでございますか? 私は浦島子、蓬莱山にて修行して羽化登仙した仙人ということになります。本日は、蓬莱山と崑崙山が主導する仙覧計画のために大倭付近の仙人の分布についての調査をするために参りましたが、いや、まさかかぐや姫様にお会いできるとは」


「私のこと、ご存知なのですね」


「ええ、有名人でございますから。朝廷からは悪女として追討の命が出されているようですが、しっかりとお話を聞けば非があるのは言い寄った帝や、五人の貴公子、地球の権力構造の中に取り込もうとした彼らにあるのは明々白々。車持皇子殿とお話を致しましたが、いやはや、貧しい心の持ち主でござました。彼、かなりかぐや姫様のことを恨んでおられたので、彼の望むように仙境へご案内して差し上げました。ただし、私が長年敵対して来た金鰲島ですので、はてさて私の紹介などと口にすればどうなることか? 今頃海の海蘊……ではなかった、海の藻屑かもしれませんね」


「貴方もなかなか悪いですね。やることが外道過ぎます。ですが、嫌いではありませんね」


「やはり、なかなか貴女もいい性格をしておりますね。思っていた通りで良かった。ところで、ここに蓬莱の玉の枝があるのですが、貴女に差し上げましょうか?」


 蓬莱の玉の枝とはかぐや姫が求婚の難題として挙げたものの一つだ。


「なかなか好みの性格をしていますから、是非一度お付き合いをと思いましてね」


「でしたら、まずは数日間お付き合いしてから考えてみるのもいいかもしれませんね」


 最初は島子のことを妹との大切な時間を奪った憎い相手だと思っていた赫映だが、話を聞いている内に実は気が合うのではないかと思い始めていた。無論、まやかしである。


 浅姫の取り成しで数日間共同生活を送ることになった赫映と島子だが、すぐにその関係には破綻が生じる。

 好みに共通するものはない、生活習慣のサイクルは大きく掛け離れている。互いに互いの受け入れ難い部分に触れてしまってその度に啀み合うようになった。


 性格の一致……という点にも実は問題があった。

 島子と赫映の本質はドSである。そのドSが第三者に向けられるのであれば、二人も共感し合うのだが、実際に共同生活を送るとなればドS同士でしかも互いに自分を曲げずに相手を曲げさせればいいというタイプである。互いに譲らない自己主張の強い二人の関係が崩壊するのは時間の問題だった。


 赫映と島子は数日でもう互いに顔を見たくないという状況になり、島子は浅姫が必死に二人の関係を改善しようと奮闘するのを尻目にさっさと仙人の情報を纏めるだけ纏めて竜宮城から姿を消した。


 その後、赫映と島子は会う度に激しい死闘を繰り広げることになる。



 浦島うらしま太郎たろうという人物が居たそうだ。

 勿論、浦島子と同一人物では勿論ない。浦島太郎伝説と浦島子伝説は元々は別物であったが、後の時代には同一視されるようになった。


 後に、浦島子が「浦財閥」では語呂が悪いと浦島財閥と名乗ることで更にややこしくなる。切り方を考えれば玉手箱たま・てばこを「たまて・ばこ」と切るような不自然さだが、当の本人はそれでも良かったらしい。ちなみに、一説では浦島子そのものが名前であるとされているが、実際は浦が苗字で名前が島子である。


 この浦島太郎は海岸で虐められていた亀を助けた。

 他心智證通を使って海の生物とも心を通わしていた当代の乙姫――海宮わだつみのみや浅姫あさぎは海仙を派遣して浦島太郎を招き、竜宮城で持て成した。そして、故郷の父と母のことを心配する浦島太郎を一度は引き留めたいと思った浅姫だが、彼の気持ちを考えて浦島太郎に玉手箱を渡して笑顔を取り繕って送り出した。浅姫は浦島太郎に想いを寄せていたようだが、そこまで関係は進んでおらず、二人とも清らな身であったことを追記しておく。


 さて、ウラシマ効果も発生せず、一年間失踪していたというだけだった浦島太郎(それでも両親には心配を掛けたが)。

 彼の持っていた玉手箱の中身は宝石や財宝だった。浦島太郎の家が裕福ではないと知っていた浅姫は浦島太郎と家族が苦労しないようにと財宝を掻き集めて浦島太郎に持たせたのである。


 富を得た浦島太郎の一族はその後成長を遂げ、ただの漁師から大きな影響力を持つ存在へと変わっていった。

 中世紀には浦島水軍という組織を立ち上げ、海賊として輸送、航行船の破壊・略奪や信書の開封・破棄等を通じた同盟関係の分断、それらを行わずに安全を保障する代わりに瀬戸内海各所の海峡を関所に見立てた通航料の徴収などを行った。


 豊臣秀吉の治世に海賊停止令に伴い職を失った村上水軍の来島村上氏を取り込んで倭寇のような活動を行うようになった。

 その後は拠点を置かずに大倭海を渡り歩く海賊一族として時代を超えてきたが、大倭海軍を支配していた瀬島一派の海軍軍令部長の南郷なんごう權十郞ごんじゅうろうが大倭海軍が発見した浦島水軍の存在を瀬島奈留美に伝えたことで瀬島一派と交流が生まれている。


 浅姫はかつて同じ時を過ごした浦島太郎の一族が悪に堕ちたことを知り、酷く心を痛めた。

 そして、自らの手で浦島水軍を終わらせると心に誓ったのだ。



 浦島子が海軍、赫映が空軍と対峙していた頃、浅姫は大倭秋津洲本土と中華の間にあるとある島にやって来ていた。

 浦島水軍が現在拠点にしている無人島の一つである。


「財閥七家の海宮浅姫、でございましたな」


「南郷權十郞、まさか貴方もいるとは思いませんでしたわ。――寧ろ好都合、海軍を蝕む瀬島の毒と、浦島水軍を同時に潰せればこの国から不浄なものを二つ消し去ることができますわ。――私達が……いえ、三門弥右衛門さんが築く新たな国に貴女達瀬島一派は不要です!」


「あはは、面白いことを言うねェ! ……この国は確かに腐っているよ! だが、アタシらが居なくなって同じことさ。……アタシはね、殺したいんだよ! 生きるってことは常に何かを殺すことさァ! 血を浴びて、血に濡れて、アタシはその時生きているって実感するのさ。ああ、この気持ち、共感してくれたのは舞華ちゃんを含めてもそんなにいなかったっけ? 田村とかは性格破綻者だからな」


「私はどちらも性格破綻者だと思いますけどね。ちなみに私は至って常識人です」


「そうだったっけェ? アンタ、以前の海戦で新型の毒ガスを使って敵国の軍人を皆殺しにしたんでしょう?」


「結局、戦争というのは殺し合いですからね。より効率的に敵国の軍人を殺せばいいのですよ」


「でも、中には大倭秋津洲の海兵も居たって聞いたわよ?」


「ああ、彼らは尊い犠牲者でございますよ。――さて、財閥七家には大倭秋津洲帝国連邦繁栄のための尊い犠牲になって頂かなくてはなりません。大倭秋津洲帝国連邦のために散るのは国民として当然の希望の筈です。民は全て国のために命を燃やす者なのですよッ!! 貴女もその財産を我らに手渡し、国家繁栄のための礎となりなさい!」


 南郷が南部大拳を構え、浦島うらしま澪生奈れおなが刀を鞘から抜き払い、同時に浦島水軍と南部が引き連れて来た海兵達が一斉に武器を構える。


「私の手で浦島水軍を終わらせますッ! それがきっと浦島様の望みだと思いますから!」


 あの楽しかった浦島太郎との生活を脳裏に思い浮かべながら、浅姫は強い覚悟の篭った言葉を口にして仙氣を漲らせた。

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