Act.7-44 帝国崩壊〜闇夜の下で絡み合う因縁と激戦に次ぐ激戦〜 scene.5 下

<三人称全知視点>


「アイスシルト!」


 氷の盾を重ね合わせるように大量に空中に展開することで、グランディネはその奇襲から逃れた。

 しかし、波動エネルギーのビームは容赦無くグランディネに襲い掛かり、その片腕を吹き飛ばす。


「何故だ? 時間は止めた筈だが」


 冷静に氷で吹き飛ばされた腕の代わりの義手を生み出しながら、そう尋ねるグランディネ。

 自らの身体を変化させた氷であれば、元の状態に戻すことは可能だが、腕そのものを吹き飛ばされてしまえば修復することはできない。まあ、グランディネの場合、腕の代わりを作ってしまえば問題ないのだが。


「私は今回、『時空凍結・大紅蓮摩訶鉢特摩』の対処要員として派遣されました。時空干渉の力を持つ私やローザお嬢様以外では対処できませんので。私は『時空凍結・大紅蓮摩訶鉢特摩』の対処のみを致しますので、ご安心ください」


「この奥の手はこれまで一度も見せていないのだが……それはつまり、お前達のお嬢様が私の奥の手を予知していたということか?」


「予知、とは少し違いますね。そんなあやふやなものではございません。ローザ様はこの世界の原型というものを知っています。その原型を超えない限りは、全て既知の能力ということになりますね。グランディネ様の奥の手が『時空凍結・大紅蓮摩訶鉢特摩』であるということは原型の範囲内――つまり、対処して然るべきものなのです」


「なるほどな。興味がある、そのローザとやらに。私の底を見切ったとは、随分と舐めたことを言ってくれる。私は上から目線の人間が嫌いなのでな。私の前に引き摺り出して、拷問してやろう」


「文字通り、役者が違うと思いますけどね。貴女如きで釣り合うとでも思っているのですか? 原型の枠を出ない貴女如きに?」


「良かろう。そこまでいうなら文字通り刻み付けてやろう! 私の本気の力を――ゲシュテーバー!」


「それも原型の枠の内ですよ?」


 グランディネの放った猛吹雪をピトフューイとシェルロッタは纏った武装闘気によって無力化した。

 周囲を氷結地獄にして氷漬けにしてしまう吹雪の効果は完全に無力化されて、せいぜい二人の視界を奪う程度の効果しか持ち得ない。そして、その効果も見気によって悉く無効化されてしまうのだ。


「さて、今度はこちらからいかせてもらおう。黄泉比良坂」


 ピトフューイの左手から無数の闇条が放たれた。武装闘気を纏って黒々と輝く闇条は真っ直ぐグランディネに向かって殺到する。


「そんな緩い攻撃では私は倒せんぞ!」


 然程速度の速くない攻撃をグランディネは生み出した氷の足場を利用して上へと躱した。

 しかし、「黄泉比良坂」の本領はここからだった。闇条は突如、上に向かって方向転換し、蛇の如き執念深さでグランディネへと襲い掛かる。


「なるほど、一筋縄ではいかんということか? ならば、アイスツァプフェン! これならどうだ?」


 尖った七発一塊の氷塊をロケット弾のように一斉に「黄泉比良坂」に放ったグランディネ。

 しかし、予想に反して「黄泉比良坂」は全く速度を衰えさせるこもなく何事もなく氷塊を突き破るように砕いてグランディネに迫った。


「カルトアルメーコーア」


 続いて、グランディネは氷の兵隊を生み出す作戦に打って出た。自分の分身達を生み出して撹乱させようというのだ。

 更に自らもその身体を氷化させ、分身達の中に紛れ込む。


「八尺瓊勾玉!」


 追尾効果がある「黄泉比良坂」だが、その動きを制御するのはピトフューイ自身だ。


 見気によって他者の心を読めるようになったため、ピトフューイにはどれが本物のグランディネかを見分けることができる。しかし、例え見分けられてもグランディネは上手く氷の分身を壁にできるように配置しているため、追尾効果がある「黄泉比良坂」でもグランディネに命中させることは極めて困難だ。

 この追尾効果も、実際はピトフューイが制御しているものなので、余計な分身に惑わされてグランディネの思う壺になるということはないが、そのままグランディネの撃破とまではなかなかいかない。


 そこで、ピトフューイが放ったのが九つの勾玉型の光の砲台を空中に浮遊させ、砲台から無数の光の弾丸を放つ光魔法――「八尺瓊勾玉」だった。つまり、攻撃の数を増やしてグランディネの打てる手を減らす作戦に出たのである。


「和魂顕現。荒魂顕現。――天叢雲剣!」


 しかし、本命は「黄泉比良坂」でも「八尺瓊勾玉」でもない。


 ピトフューイが新たに発動した魔法は、全部で三つ。


 一つ目は、回復効果を付与した光の魔力で勾玉を作り出す「和魂顕現」という魔法だ。より正確には回復効果を持つ物質化した光を生み出す魔法で、勾玉を破壊することで回復効果を持つ光属性の魔力を吸収することができる。


 二つ目は、闇の魔力を纏うことで身体能力を底上げする「荒魂顕現」。魔力によって己を限界を強化するため、発動中は体に猛烈な負荷が掛かるという弱点があるものの、「和魂顕現」と組み合わせれば短所を補うことができる。


 そして、この二つを発動した上で満を辞して使用したのが光の魔力を固めた煌くの剣を生み出す「天叢雲剣」だ。「八尺瓊勾玉」と、白い鏡を顕現し、鏡に飲み込まれた物理以外の攻撃を倍の威力と速度の魔法攻撃に変換して攻撃者に向けて放つ「真経津鏡」と共に「三種の魔法」に分類されるこの魔法は、望んだ大きさや形状の光剣を生み出すことができる。

 剣技や身体能力に対する補助がつかないため、戦闘力は本人の基礎戦闘力に依存するが、ピトフューイはグランディネとの戦いで腕を失い、戦闘力が落ちたとはいえ元々は将軍級の実力者だ。その力も現在は、ローザ達からもたらされた闘気等の技術によって現役以上に高められている。「荒魂顕現」と組み合わせれば、現役以上の身体能力で「天叢雲剣」を振るうことも容易だった。


「なるほど、本命はその剣か。いいだろう、受けて立つ! ゲフリーレンシュヴェーアト」


 氷から剣を作り出し、グランディネはピトフューイの真っ向勝負を受けて立った。

 武装闘気を纏わせた「天叢雲剣」と、「凍結宝石アイスジュエル」の『時空凍結・大紅蓮摩訶鉢特摩』並みのエネルギーを消費して作り出した氷の剣――果たして、その軍配はピトフューイの方に上がった。


 氷の剣は「天叢雲剣」によって呆気なく大破し、「八尺瓊勾玉」の光弾と「黄泉比良坂」が相次いで命中する。

 氷化したグランディネの身体を「黄泉比良坂」が喰らうように削り、光弾が氷を溶かす中、ピトフューイの斬撃がグランティネを腹部で両断した。

 激しい鮮血を吐き、グランディネは人生で初めて燃えるような痛みを感じた。切られて足場から落下した下半身は既に実体に戻ってしまった。更に、グランディネの上半身も空中に止まることはできず、下半身の後を追うように落下し始める。


 グランディネの氷化は「凍結宝石アイスジュエル」と接触しているところのみに効果を及ぼす。よって、身体から切り離された下半身を氷化することは不可能だ。氷化させて身体の修復には直接切り離された部位と触れていなければならない。

 「凍結宝石アイスジュエル」の効果で身体の足りない部位を作ることはできる。しかし、「凍結宝石アイスジュエル」で作れるのは氷だけ――その氷を実体に戻すことは、元々実体から変化した氷でなければならない。つまり、落下した下半身と再融合を果たさなければ、完全な肉体に戻ることはできない。


 それでも、グランディネには実体に戻ることに拘らなければ傷を修復することができた。にも拘らず、全く欠損部分を補う兆候が見られないのは、武装闘気を纏った武器による攻撃で想像以上のダメージを受けたため……などではなかった。


「……っ。アイス……ツァプフェンッ!」


 最後の最後で、グランディネは自らの生存を放棄した。ただ、ピトフューイを殺すために、落下するグランディネの胸元から「凍結宝石アイスジュエル」を奪い去るために手を伸ばすピトフューイに向けてゼロ距離から攻撃を仕掛けた。


「真経津鏡」


 だが、それこそがグランディネ自身への決定打となった。

 白い鏡を顕現し、鏡に飲み込まれた物理以外の攻撃を倍の威力と速度の魔法攻撃に変換して攻撃者に向けて放つ「真経津鏡」が二人の間に展開され、七つの氷弾を吸収した。

 そして、氷弾がグランディネ自身に向けて放たれる。――その全てに武装闘気を纏わせた状態で。


「…………私の、負けだ。このまま討ち取られるのは、癪だからな。……死ぬとする」


 ピトフューイの手は届かない。「凍結宝石アイスジュエル」が最後の力を発揮し、グランディネの身体を分厚い氷が閉ざす。そして、氷が砕け散り、グランディネの亡骸は「凍結宝石アイスジュエル」諸共粉々になった。


「……討伐対象は暗殺できたが、「凍結宝石アイスジュエル」の回収まではできなかったな」


 その所有が革命軍になるか、ローザ陣営になるかまでは決まっていないが、シャドウウォーカーとしても帝器は一つでも多く回収しておきたかった。


「いえ、問題ありません。壊れたものにも、壊れる前がありますからね」


 シェルロッタは狙った残骸だけを対象に器用に魔法を放った。時間が巻戻り、「凍結宝石アイスジュエル」が無傷の状態になった。

 足元に落ちていた「凍結宝石アイスジュエル」を拾い、「これで任務達成ですね」と目を細めて笑った。

 その笑顔は百戦錬磨のピトフューイをして、ゾッとするほどの恐怖を宿していたのは、彼がその少女のような見た目に反して、長きに渡って死と隣り合わせの暗殺を続けてきたからだろうか?


「それでは、戻りましょうか?」


「ああ、ローザ嬢とも合流しなければならないしな」


「あのお嬢様は一人で放っておいても帝国崩しを成功させてしまいそうですけどね」


 全く主君を心配することなく、遠い目をするシェルロッタに、ピトフューイも同意する。


 百戦錬磨の将軍ピトフューイであっても、シェルロッタ相手に勝利することは不可能だ。これまでの模擬戦でも全戦全敗、悔しいほどに勝てた試しがない。

 だが、それでもシェルロッタと戦う方がまだマシだ。まだ勝ち目があるかもしれないシェルロッタと違い、ローザ相手に戦うとなれば全く勝利のビジョンが見えない。


 底無しの敵と相対したピトフューイにもまた、シェルロッタの気持ちが理解できた。

 あのローザに挑む皇帝に意に反して同情してしまうほどに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る