Act.7-38 帝国崩壊〜闇夜の下で絡み合う因縁と激戦に次ぐ激戦〜 scene.2 上

<三人称全知視点>


「サンセールが夜間警戒中に消息を断ったか」


 グランディネが警備隊員からの報告を受け、そう呟いてから二日が経とうとしていた。

 懸命な捜索にも拘らず未だ消息を掴めていない。


 ヴァルナーが帝都を駆け回りながら情報を集め、ネーラやフィーロ、ブルーベルも彼ほどではないにしろ行方不明の仲間の捜索を続けていた。

 この三人は仲間の身を案じて我武者羅に情報を集めていたヴァルナーの気持ちに心動かされて捜索に加わったが、他の者達はサンセールの身を案じることすらなく、既に革命軍の手に掛かって死んでいると確信してすらいた。彼女らの中では既にサンセールはこの世にいない者であり、よって捜索も無駄になると考えていたのだろう。

 そんな仲間達に対し、ヴァルナーの中で不信感が募っていくのは無理もなかった。


 結果として、グランディネ達の予想はある意味で的中することになる。

 ただし、彼女達も予想だにしなかった戦力がサンセール殺しの下手人であり、その戦力丸々がシャドウウォーカーと同盟を結んでいたのだが……。


 治安維持組織詰所――治安維持組織「ヴァナルガンド」の本拠地に何の前触れもなく扉を破壊して賊達が侵入――サンセールを除く全メンバーが集結した会議室に押し入った。


「まさか、このタイミングでお前が出てくるとはな。ピトフューイ元将軍」


 軍を抜ける切っ掛けとなった凄惨な殺戮事件を作り出した張本人――グランディネに睨まれたピトフューイだが、全く動じることなく鋭い視線をグランディネに向けた。


「ほう、帝国軍を抜けた時よりは胆力がついたということか? しかし、随分と大胆になったものだな。まさか、私達の本拠地にこんな形で襲撃を仕掛けてくるとは。人数を揃えれば勝てると思ったか?」


「勝てるではない、勝つしかないだ。私はグランディネ大将軍――貴女が恐ろしかった。だが、もっと恐ろしい存在がいることを知った。帝国は間もなく人の枠を外れた者同士の激しい戦いの場となるだろう。だが、その前に私達シャドウウォーカーとお前達の戦いは終わらせておこう。取るに足らない火種を残して、つまらない迷惑をかける訳にはいかないからな」


「言うようになったな。それは、私を雑魚だと言いたいのか?」


「いや、お前がではない。私達全員が、シャドウウォーカーのメンバーとヴァナルガンドのメンバーが、だ。……まあ、これでも実力の溝を埋めるために頑張ったつもりだが」


「ピトフューイ殿。お言葉だが、私達の強さもそう大差ない。人外じみたローザの強さに比べれば五十歩百歩だ」


「へぇ、なかなか面白いことを言うねぇ、君。どこの誰か知らないけど、僕達のことを見縊っているんじゃないかな?」


「貴方は確か、「魔法の白墨マジカルチョーク」使いのアルゴン=レイリー様でございましたね? 私共は貴方方の実力を見縊っている訳ではありません。ただ、プリムヴェール様は事実を述べただけです。我々は貴方方の持つ帝器が何なのか、その力の全てを知った上で対処に必要な戦力を総動員して参りました。我らが主人、ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト公爵兼公爵令嬢様より言伝を預かっております。 【凍将】グランディネ=サディスト、【壁狂】カルマ=スパルダ、【白墨】アルゴン=レイリー、【影狸】セリュー=アンテン、【神父】ローウィ=デュマガリエフ、貴方達は皇帝亡き後のルヴェリオスの新時代には不要です。ここで朽ち果てなさい」


「なかなか面白いことを言うではないか。特別に所属と名前を聞いてから殺してやろう」


「そういえば、名乗り忘れておりましたね。私はブライトネス王国ラピスラズリ公爵家ローザ様専属メイドのシェルロッタ=エメリーナと申しますわ」


「緑霊の森の次期エルフ族長補佐のプリムヴェール=オミェーラだ」


「ローザ様の義妹――七星侍女プレイアデスの長女、アルラウネの欅ですわ』


七星侍女プレイアデスの二女、アルラウネの梛ですわ』


七星侍女プレイアデスの三女、アルラウネの櫁ですわ』


「フォルトナ王国漆黒騎士団所属、フレデリカ=エーデヴァイズです」


「同じく、フォルトナ王国の司書の一人――ジャスティーナ=サンティエです」


「名乗るほどの者ではないわ。(寧ろなんでみんな大真面目に名乗っているのかしら? 殺害対象はこのまま死んでいくのだから無意味なのにね)」


「ただの料理人だ。ただし、人より少しだけ他人を綺麗に捌くのが得意な、ね」


「同じくただの庭師だよ。串刺しが何よりも大好きな、ね」


「ブライトネスにフォルトナか。いい機会だ、お前達を根こそぎ滅ぼしてから、あの二国にも侵攻してやろう」


 グランディネが嗜虐的な表情を見せ、状況に戸惑うヴァルナー以外のメンバーとともに攻撃を仕掛けようとした時――。


 グランディネ達の足元に白い羽の意匠が施されたナイフが突き刺さり、展開された小さな光の輪にいつの間に分散して乗ったピトフューイ達と共に光の中に消えていった。



 プルウィア=ピオッジャとネーラ=スペッサルティンは同じ孤児院で育った。

 歳の近かった二人は仲良い義姉妹として育ち、暗殺部隊にも二人して合格した。


 しかし、二人で高め合ってきたプルウィアとネーラの関係に亀裂が生じることになる。


 プルウィアがピトフューイの説得により革命軍に身を投じることになった。それ以来、ネーラは帝国を裏切ったプルウィアに対して激しい憎悪と歪んだ愛情が入り混じった強い執着心を抱くようになる。


 そんなプルウィアとネーラは治安維持組織詰所で再会し、中央フォトロズの一座に用意された中規模戦闘施設の一室に相当する地下戦闘施設で相対することとなった。


「プリムヴェールと樒だったか? 何故、革命軍の味方をする?」


「私達は革命軍の仲間としてこの場にいる訳ではない。私は友人、ローザの仲間としてここにいる。ルヴェリオス帝国の皇帝はローザの大切な人から大切なものを奪った。シャドウウォーカーとの協力は途中まで目的が同じだから結んだものだ。シャドウウォーカーとローザの目的は別のところにある……そうだ。帝国は腐敗の一途を辿っている。腐り切った国を変えるため、革命軍は国を変えようとしている。ローザもまた、民が幸せな暮らしをできる、そんな国になることを望んでいる。……ところで、樒殿。何故、二対三なのだ? 数的に卑怯だと思うのだが」


『プリムヴェール様は本当に誠実であろうとする騎士道そのもののような方ですわね。私はローザお姉様から交渉役として派遣されました。片や共に孤児院で育ったネーラを殺してしまいかねないプルウィア様、片や交渉役にお世辞にも不向きとはいえないプリムヴェール様、正直これではローザ様の望みを叶えることは到底不可能ですわ』


「……私に対する信用なさ過ぎではないか?」


『プリムヴェール様が不器用なのは誰もが知ることですからね。マグノーリエ様も『プリムヴェールさんは不器用なところが可愛いんですよ。真面目で、誠実で、ちょっとだけ不器用で、そんなプリムヴェールさんが私は大好きなんです』と、女子会で仰られていました』


「ななな、なんだと!? ま、マグノーリエ様がそんなことを……」


 羞恥のあまり茹蛸のように赤くなってしまうプリムヴェールに樒は温かい笑顔を向けていた。

 もし、マグノーリエが樒がこの話をプリムヴェールにしてしまったことを知れば、彼女も茹蛸のように赤くなってしまうだろう。そんなウブな関係の二人を樒は微笑ましく思っていた。


 自分だけが女子・・会に呼ばれなかったことにはどうやら気づいていないようだ。


「革命軍のやり方も、お前達のやり方も間違っている! 国が腐っているのなら、中から変えていけばいいッ! 治安を乱して、殺人を犯して、やっているのはテロそのものじゃねぇか!」


『随分と甘い考えですわね。綺麗事だけで片付くほど世の中は甘くないのです。……ですが、貴方の仲間を大切にする気持ちは、純粋に人々のために戦おうとするその信念は、尊いものです。変革後に必要な人材であると、お姉様が仰るのもよく分かりますわ。……プリムヴェール様、ヴァルナー様は革命後のこの国にとって無くてはならない存在となるでしょう。ここで殺す訳には参りません……説得ができるようにほどほどに戦意を砕いてください。プルウィア様、ローザ様はネーラ様を殺すことに反対しております。貴女の気持ちは十分に理解しておりますが、それを最良とは思っていません。決着をつけるいい機会ですから存分に戦って頂いて構いませんが、殺害に繋がる攻撃に関しては全力で止めさせてもらいます』


「……それなら止められる前に殺すだけ。ネーラを救うのにはそれしかない」


「おいッ! ネーラの何を知っているか知らねぇが殺して救済なんて、お前、どうかしているぞ!」


『私もヴァルナー様に賛成ですわ。それ以外がないならともかく、最良の幸せを手に入れる方法があるのに、それをみすみす逃すなど愚かにもほどがあります。それはローザお姉様の望む未来ではございませんし、私もそんな未来は許しません。歪んでしまったのなら、その歪み直せばいい。掛け違えたボタンは直せばいい。最愛を殺して救済などという結末も、最愛の相手を骸兵へと変えて永遠のものにするなどという結末もくだらない――そんなくだらない未来は壊してしまいなさいッ! 家族よりも深い絆で繋がった二人が互いに互いを愛し合う。お二人がそんな関係になることを私もローザお姉様も望んでおります』


「相変わらず百合好きだな。……私はよく分からん」


『百合の渦中ど真ん中にいるプリムヴェール様が何を仰るのやら? ちなみに、私はプリムヴェール様が受けだと思っています』


「な、なな、何を言っているッ! 受けも攻めもあるか! そ、そんな不埒なことは、し、しないぞ!!」


『何を動揺しているのですか? ヴァルナー様は気持ちグラグラで戦えるような相手ではありませんよ?』


「わ、私のせいなのか!? 私が窘められなければならないのか!?」

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