Act.7-35 黒狼&七星vs氷狼〜帝国崩壊序曲〜 scene.1

<三人称全知視点>


 ローザ達が中央フォトロズの一座で強化合宿を進めていた頃、帝都ではローザの仲間達が暗躍を続けていた。


 シャドウウォーカーが熟す筈だった依頼は、その日のうちにメネラオス率いる先代ラピスラズリ公爵家によって全て達成された。

 ある者は心臓を潰され、ある者は串刺しの死体で発見され、ある者は綺麗過ぎる切り口で捌かれ、ある者は頭から潰され、その凄惨な殺戮現場に翌朝やってきた警備隊の者達は吐き気を催すほどだった。


 アンテン侯爵家などの貴族を含む者達の凄惨な殺戮事件の情報はすぐに治安維持組織「ヴァナルガンド」にも伝わった。

 リーダーの【凍将】グランディネ=サディストはそれまでと全く異なるやり口から革命軍に残忍な暗殺者が増員されたと断定し、帝都警備隊の見廻強化に同調して独自に警備の強化に乗り出した。


 一方、七星侍女プレイアデス、極夜の黒狼、フォルトナ王国コンビの三組は数日間情報収集に力を入れたが、得られた情報はローザがピトフューイ達から得たものとほとんど変わらなかった。

 先代ラピスラズリ公爵家も含め、この四者は当初の予定通り、帝国に紛れながら事前に討伐可能な者を討伐し、勧誘すべき相手を勧誘し、敵の戦力を削りつつ、全戦力による帝国打倒に乗り出すその日まで決して気取られないように隠れていた。



 元帝国警備隊所属のサンセールは居てもたっても居られなかった。

 師であり理想であったドーガがいない帝国で悪が跋扈している。その悪を断罪できるのは、自分を置いて他にいない。


 「正義の執行者」であるサンセールは、治安維持組織「ヴァナルガンド」のメンバーと、ではなく単独で凶手討伐に動き――。


 帝都のメインストリートから裏路地に、紫色のロングヘアの眼鏡をかけた女性が折れていく。

 見慣れない女性が警備隊の目も届かない治安の悪いスラムへと続く裏路地に折れていくことに疑問を持ったサンセールは女の後を追う。


 結果として、サンセールの読みは的中していた。


『こちらでは目新しい情報は手に入りませんでしたね。お姉様が警戒なされている暗黒騎士ガーナットに関する情報も、ピトフューイさんから得られたものにプラスできるようなものではありませんでしたし』


「ゴメンなさい。お役に立てなくて」


『スピネル様が謝るべきことではありませんわ。敵は帝国の対お姉様の切り札――それに、お姉様には既に敵の正体の見当がついているようです』


 紫髪の女と会話を交わしているのは、緑髪をツインテールにした女だった。

 会話に出てきた「ピトフューイ」という言葉からサンセールは敵の正体がシャドウウォーカーに与するものだと断定――正義を執行するべく連れてきた危険種の百の腕と五十の頭を持つ異形ヘカトンケイルを嗾けるが……。


『スピネル様、ターゲットをおびき寄せてくださりありがとうございました』


「すみません。巻き込んでしまって」


『いえ、構いませんよ。丁度退屈していたところでしたから。畜生道魔獣の支配者と、多頭多腕の危険種……「六道兵装ヘルロード・オブ・シックス」使いのサンセール=ジュライですか? 大当たりですね』


 唐突に地面から生えた植物の蔓によってヘカトンケイルは一瞬にして捕らえられ、瞬く間に無数の肉片へと切り裂かれてしまった。

 その武器の正体が糸であったこと、そしてサンセールの退路を塞ぐように背後にも糸が張りめぐらされていることに、ようやくサンセールは気づいた。


「貴様ら何者だ!」


「ゴメンなさい、大声をあげないでください。皆様は夢の中なのですから起こしてしまうのは申し訳ないです。……すみません、名乗る前に攻撃してすみません」


『謝る必要はないと思うけど、本当に優しいわね。……眼鏡なら足元に落ちているわ』


 ドジっ子な性質が出たためか、眼鏡を落として無くし、探している紫髪の女――スピネルに、ツインテール――末娘の櫻は優しく教えた。

 眼鏡を拾って冷たいシリアルキラーの瞳を向けるスピネルと、微笑を湛えながら闘志の篭った視線を終始サンセールに向ける櫻。


『私達は……そうね。シャドウウォーカーの新入りと言うことにしておきましょうか? 実際、間違いではないし。でも残念ね、その情報を持ち帰ることはできないわ。聞き損言い損になるわね』


「正義は必ず勝つ! 悪は必ず滅びる! 私が正義を執行して、お前達を殺して必ず仲間にお前達のことを報告する!」


「すみません……貴女の正義を、私は正義だとは思いません。相手の言い分も聞かず、異常なほど盲信した偏狭かつ極めて独善的な正義は――行き過ぎた「正義」は悪よりも猛毒となります。強制され、行ってしまった悪事は裁かれるべきなのでしょうか? 貴女の正義は、ただ自分の物差しで測り、その正義以外を許さず排斥する、害悪に他ならないと思います」


「なんだとッ! 私の正義は正しい! 私は正義の執行者だ!! 貴様ら、悪の言葉で惑わそうと言ったってそうはいかないぞッ!」


『その上、身内の悪事に気づかず、悪事を働いてきた外道であるドーガを盲信するとは……「身内に異常に甘く、敵には異常に厳しい」というべきか。お嬢様は常々「自分を正義だと思ってやまない自称正義の味方よりも、自分を悪だと分かっている悪人の方がまだマシ」だと仰っていましたが、全くその通りですわね。クラスメイトだからと鵜呑みにして、イジメの抑止力になるどころか加速させていた似非勇者の聖代橋曙光もしかり、どいつもこいつも正義というのは害悪にしかなり得ませんわ。そう言った人々が世界の腐敗を生むのですが、無自覚なのが本当に厄介なところですわね。……しかし、私達の行いも正しいとは言えません。歴史は、それこそ悪しき風習ですが、常に勝者が作り上げてきました。そのエゴを突き通したいなら私達を倒して正しさの証明をなさいなさい。そういうルールを定めたのは貴女達ニンゲンですわよ?』


「おのれ、この期に及んでドーガ様を侮辱するとは! 正義の執行者として絶対に裁いてやる!!」


『あらあら、私怨も混じってしまいましたか? これではどっちが悪か分かったものじゃありませんわね。……スピネル様、援護お願いします』


「すみません。力になれるかどうか分かりませんが、頑張ります」


 先に仕掛けたのはサンセールだった。修羅道修羅の装甲と呼ばれる身体能力を向上させるパワードスーツを起動し、内部の加速装置や筋力補助システムを有効化アクティベート――更に左手の義手となっている餓鬼道餓鬼の飛翔体――見た目は小型のミサイルの束を内蔵した義手型兵器だが、実際は貴重な《宝物庫》と呼ばれる様々な武器を保存することが可能な超科学のシステムが内蔵されており、内部には無数のミサイルが保存されている。弾切れの生じないほどの大火力兵器――から無数の小型ミサイルを放った。


「すみません……簡単に切り捨ててしまってすみません」


 しかし、その攻撃は武装闘気を纏わせたスピネルの『万物切断千変万化-ドラゴーンプラティナクロース-』によってバラバラに切り裂かれた。


天界道天輪の白翼!」


 空を飛翔することが可能な翼型の兵器を起動し、背中に装備することで自在に飛び、そのまま羽を発射して遠距離攻撃を仕掛けようとするサンセールだったが、いつの間にかスラム街の建物と建物を繋ぐように無数の糸が張り巡らされて天井と化しており、高く飛行することも、高度から攻撃することもできなかった。


人間道人界の蛇鞭!」


 飛行を諦め、自動で敵を攻撃する機能が搭載された金属製の鞭型兵器で糸の切断を狙うが、逆に鞭の方がダメージを受けるほどの強度を糸は誇っていた。


地獄道閻魔の審判!」


 サンセールの手札は残り一枚となり、奥の手の兵器を戦闘開始僅か数分で投入する。

 周囲のエネルギーを吸収、貯蔵することが可能な漆黒の鉱石|神力鉱《グレート・パワーストーン》を核とした義手型兵器で吸収したエネルギーを光線として放つ……が、最後の一撃も地面から生えてきた木の壁によって封じられてしまった。


『大樹ノ壁――武装闘気を纏わせた木の壁ですわ。……なかなかの強敵だと聞いていたのですが、存外大したことはなかったですわね。地下茎ノ移動――星砕ノ木刀』


 壁の向こう側から一気にサンセールの背後に現れた櫻の武装闘気を纏った木刀が背中から心臓を一刺しして、たった一撃で命を掠め取った。


 『裏切りと闇の帝国物語〜Assassins and reincarnator』においてはクラリスの因縁の敵で、場合によってはクラリスの殺害に成功する「正義の偏愛者」サンセール――その最期は呆気ないものだった。



「そう、サンセールを倒したんだねぇ? お疲れ様。今からそっちに向かうよ。帝器の回収とサンセールの埋葬もしないといけないからねぇ」


 四日目の夜、櫻から連絡を受けたローザは、事前に手渡しておいた白い羽の意匠が施されたナイフを使い、《蒼穹の門ディヴァイン・ゲート》を使い、二人のもとに転移した。

 そして、サンセールの骸から帝器を全て回収すると――。


「後はボクの方でやっておくからねぇ。二人は一度拠点に戻るといいよ。後ちょっとで強化合宿も終了だし、明後日にはいよいよ帝国崩しが始められそうだからねぇ」


 ローザは二人がそれぞれの拠点に戻ったことを確認すると、『管理者権限・全移動』で転移した。


 翌朝、アフラの村近くの小高い丘に作られた死傷者達を葬った墓の中に一つ、ドーガの墓の隣に小さな墓が一つ誰にも気づかれぬ間にこっそりと建立されていた。

 その墓碑銘は――。


























 ――誰よりも正義を信じて為そうとし、間違った方向に進んでしまった正義の執行者、敬愛する警備隊長の隣に眠る。

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