Act.7-2 悪役令嬢ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルトの新たな専属メイド scene.1 上

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト>


「ということで、エリオールさんが古い友人と同じ家に住むことになり、ラピスラズリ公爵家の庭師を退職することが決まりました。その人員の調整と、私の専属メイドのアクアさんがほとんど専属メイドをしていないことから、新しくメイドにシェルロッタ=エメリーナさんを迎えて私の専属メイドにしたいと考えているのですが、いかがでしょうか?」


 ドゥンケルヴァルトの開拓村から戻った日の夜、ボクは家族と使用人達にシェルロッタを紹介した。


「……いや、どうですかって、お嬢様? おかしくありませんか? 庭師のエリオールさんが抜けた穴をどうやってメイドが埋めるのですか? メイドの人員が増えているだけじゃないですか!」


 何かカッペが抗議しているけど、正直突っ込むとこそこじゃないよねぇ?


「シェルロッタさんってローザの知り合いなのかしら? どこで知り合ったの?」


 うん、カトレヤの疑問が正解。なんでそこみんなスルーするのかなぁ?


「お母様が疑問に思うのも当然ですわね。この方はフォルトナ王国でお仕事をしている間にフォルトナ王家と親交のある、とある公爵家の領地で出会いましたわ。家族も職も失ってしまったそうでして、フォルトナ王国にいる間は面倒を見ていたのですが、このままという訳には参りませんので屋敷で雇えばいいのではないかと思ったのですわ」


 無論、嘘である。いや、三王子の公務に同行して公爵家の領地に赴いたことはあったけどねぇ。


「そうなのね……辛かったわね。ねぇ、あなた。雇ってあげたらどうかしら?」


「そうだね。なかなか見所の・・・・・・・ありそうな・・・・・娘みたいだしね。初めまして、ローザの父でラピスラズリ公爵家の当主のカノープスだ」


「シェルロッタでございます。よろしくお願い致しますわ。旦那様、奥様、お坊ちゃま、使用人の皆様」


 ……熟女然として微笑むシェルロッタだけど、一瞬ボクに「よくそんな風に流れるように作り話を話せるなぁ」とジト目を向けたのはマイナスポイントだよ?

 後、カノープスとヒースを除く戦闘使用人、それから当然のように同席しているディランは彼女の正体に気づいたみたいだねぇ……まあ、そんなことよりも食べることに集中したいみたいで、アクアと一緒に七面鳥の丸焼きを物凄い勢いで頬張って、カトレヤの食欲をゴリゴリ削っているみたいだけど。

 ネストが気づかないのは、彼とあんまり顔を合わせたことがないからかもしれないねぇ。ヒースは…………まあ、最初から期待していないし。

 プリムヴェールとマグノーリエはそもそも初対面だしねぇ。


「ところで、ローザはいつまで猫を被っているつもりなんだい? 落ち着かないのだけれど」


「一応、ボクってお嬢様の筈なんだけどねぇ……こういうイメージじゃないの? というより、公爵家の令嬢に恥じぬ淑女の振る舞いを徹底させるべきだと思うけど」


「ローザの場合は何か違うのよね……別に淑女らしく振る舞えるのだし、家にいる時ぐらい自分の素の部分を出せばいいと思うわ」


「姉さんがお嬢様っぽく振る舞っているのって違和感しかないよ?」


 カトレヤはまあいいとして……ネスト酷くない? お姉ちゃん、そんな風に育てた覚えはないぞ?


「そういえば、ローザにはまだつたえていなかったわね。もうすぐ貴女とネストに弟か妹ができるわよ」


 ……って、なんでこのタイミングでそんな重要な話を、何の脈略もなく投下するの!? 確かに、カトレヤのお腹少し大きくなっているけど。

 まあ、確かにカトレヤが「もう一人か二人くらい子供居てもいいわね」って言っていたけど。カノープスも「シナリオをより確実に崩壊させるなら、既存には居ないローザの弟か妹がいた方がいいんじゃないか」って言ってたけど……あー、はぁ、マジですか。

 夕食の時間しか顔を合わせなかったし、本当に忙しい時は戻ってくることすらできなかったけど……しかし、知らぬ間に事態が動いていたんだなぁ。


「おめでとうございます。良かったねぇ、ネスト。もうすぐお兄ちゃんだよ。……しかし、おめでたい話なんだけど、このタイミングはちょっとねぇ」


「あら、どうしたの?」


「今回、ちょっとフォルトナ王国で面倒ごとに巻き込まれてねぇ。その関係でルヴェリオス帝国に用事ができて、またしばらくブライトネス王国を離れることになるから、生まれてくる子と長く一緒にはいられないかもしれないなぁって」


「巻き込まれたって大丈夫なの! 危ない目には……遭ってないのよね?」


「まあ、暗殺者を毎晩差し向けられて、最後に大物の暗殺者に毒を盛られたけど、即座に解毒したし、その暗殺者も対処したから大丈夫だよ? 前世からこういうことは日常茶飯事だったし、大したことはないって」


 カトレヤも「そうなの……大したことがないのね」って納得しちゃっている時点で、もう既に普通の公爵夫人の感覚ではなくなっているのかもしれない。まあ、先代の公爵夫人は暗殺貴族バーネット伯爵家の娘で殺しがないと暇で悲しむ性格だったらしいから、彼女に比べたら遥かに真面だとは思うけど。


「それで、帝国には何をしに行くの?」


「ちょっと革命のお手伝いをねぇ。知っての通り、この世界を創造する権限を与えられたハーモナイアは神々によって力を簒奪された。その神の一人がルヴェリオス帝国の三代皇帝なんだよねぇ。いい機会だし、ここで『管理者権限』を取り返しておきたい。今回は協力者になり得る人もいるし、どう見積もっても相手はそこまで厄介ではないから何とかなると思うよ?」


 まあ、要するに「国崩し」をしに行く訳なんだけど、ハーモナイアとボクの関係を知っているカトレヤは納得してくれたみたい。「危なくなったら逃げるのよ。私はローザに傷ついて欲しくないわ」と少し悲しそうな表情で、それでも「行ってらっしゃい」と送り出してくれた。

 いつものように、カトレヤが夕食を終えて先に部屋に戻る。さて、ここからが本番だねぇ。


「ジーノさん、シェルロッタさんの教育をお願いしてもいいかな?」


「承知致しました、ローザ様」


「お嬢様、異議ありです! お嬢様専属のメイドから外されたらお嬢様のお着替えのお世話のお仕事ができなくなりますわ!」


「アクア、そもそもそんな仕事は最初からないからねぇ。後、新しく生まれてくる子に関してはアクアが専属メイド任せられることはないんじゃないかな? 危険そうだし」


「アハハハ、だよな! 相棒ってロリコンとショタコン拗らせているから、絶対近づけさせる訳ないよな!!」


「ディラン、俺はショタコンでもロリコンでもないからな! そんな危険な性癖持っている訳ねぇだろ!!」


「貧乳で幼女みたいな見た目のアクアがペドフィリアって物凄い違和感が――」


 あっ、口を滑らせたヒースがアクアに沈められた。とりあえず、【万物創造】でリボルバー型レールガンを顕現してゴム弾を六発撃ち込んでおいた。


「それで、これからローザはルヴェリオス帝国相手に戦うつもりみたいだけど、具体的にどうするか決まっているのかな?」


 カノープス達は完全にシェルロッタの正体に触れないつもりみたいだねぇ。まあ、カルロスは表向き死んだことになっている訳だし、わざわざシェルロッタの正体を問い詰めて彼女の正体を詳らかにする必要はないんだろうけど。

 これから、シェルロッタとカノープスの関係は従者と主人ということになる。その関係に余計なものは介在しない方がいいしねぇ……それに、言葉にして確かめなくても、カルロスが違う形で生きているってことを分かっていれば、それでいいんじゃないかな? まあ、カノープスはカルロスをその手で殺した訳だし、カルロスが生きていて良かったって思っているかは謎だけど。【ブライトネス王家の裏の剣】の仕事に忠実なカノープスは私情と切り離して行動するから正直本心が良く分からないんだよねぇ、裏の見気も習得してしまっていて全く心を読めないし。

 この感情とは無関係に、非情に徹して任務をこなすところが【血塗れ公爵】の恐ろしいところだよねぇ。


「まあ、色々と検討しているよ。例えば、今回は沢山の人間を動かさず、できる限りルヴェリオス帝国内の革命に協力したという体裁を保って皇帝を倒したい。よって、今回はブライトネス王国の戦力の力を借りずに、暗躍を得意とする者達を中心に動こうと思っている。ボクの方からは極夜の黒狼に声を掛けておこうと思っているし、七星侍女プレイアデスとスティーリアさんにも同行をお願いしようと思っている。それから、二年前にヘクトアールさん経由で渡した書状にも書いたけど、先代の【血塗れ公爵】一族に協力を仰ぎたい。最近何かと物騒だし、お父様達には国王陛下とその一族の護衛に全力を注いでもらいたいし、総戦力を注ぎ込めばお母様も不審がるだろうしねぇ。それから、今回の件はフォルトナ側にも思うところがあるだろうから、フォルトナ王国にも協力を要請しようと思っている。まあ、そのメンバーに関してはオルパタータダ陛下との擦り合わせで決めることになるだろうけど」


「あの『帝国との戦いの準備を進めて欲しい』という書状はこれを見据えたものだったんだな。……今更だけど、あの時は本当に俺、死に掛けたんだぜ? 俺、体力ないからああいう仕事は本来NGなんだけど」


「それ、お父様に言ってくれないかな? 別にヘクトアールさんを指名して仕事をお願いした訳じゃないし。まあ、今回の帝国崩しにはヘクトアールさんが危険を冒す必要はないし、庭をゆっくり整えていればいいんじゃないかな?」


 全使用人(沈んだヒースを除く)やネストだけでなく、自分もサボり魔を極めているディランや実質部外者のプリムヴェールとマグノーリエからも「おい、サボり魔。もっと仕事しろよ」と視線を向けられている時点で、ヘクトアールの味方がほとんどいないことが明らかになっているよねぇ。カノープスはニコニコ笑っているだけで擁護にも攻撃にも回らないし……毒にも薬にもならないってこういうことを言うんだろうねぇ。


「こちら側のメンバーは分かった。しかし、ルヴェリオス帝国内に都合良く革命を起こそうとしている戦力なんているのかな?」


「ルヴェリオス帝国ってのはお父様もよく分かっていると思うけど特殊な国でねぇ。冒険者ギルドの支部も存在せず、外部の国とも国交を結ばず、大きく独立的に存在している。行き来も制限されていて、こちら側からの入国は困難。唯一の不法侵入ルートはフォルトナ王国とルヴェリオス帝国の国境の役割を果たしている神嶺オリンポスだけど、この山越えは常人には厳しくそれだけで密偵を送り込むことは困難を極める。ブライトネス王国もルヴェリオス帝国に関しては大して情報を得られていないんじゃないかな? ラインヴェルド陛下もボクがざっくりした説明と、自分の知識を混濁させていたみたいだし。まあ、世界改変の際にその辺りの常識が混ざったんだろうねぇ」


 ちなみに、神嶺オリンポスには魔物は出現せず、危険種と呼ばれる魔物のようなものが出現する。ナトゥーフが棲んでいること自体、異世界化以前ならあり得ないことなんだけど、異世界化に伴って世界の境界が曖昧になる中でそういったことが起きたんだろうねぇ。


「以前はざっくりと説明したけど、今回は戦力の確認も兼ねて『裏切りと闇の帝国物語〜Assassins and reincarnator』の世界観について深く掘り下げてみようか? ……ここにいるメンバーにはあんまり関係ないけどねぇ」


「何を言っているんですか、お嬢様。俺もついていくんだし、聞いておいた方がいいだろう?」


「相棒はそういう人間関係覚えるの苦手だと思うけど……。俺がその分しっかりと頭に入れておけば問題ないよな? あっ、俺もついていくぜ」


「私もついていきたいです。結局ドゥンケルヴァルトでもお役に立てませんでしたし、今回その埋め合わせをしたいです!」


「マグノーリエさんの護衛として私も同行する。戦力として数えられるほどの力を得ているつもりだ、足手纏いにはならないぞ」


「いや……大臣がまた仕事サボってってのはよろしくないと思うし、プリムヴェールさんとマグノーリエさんに関しては今回全く関係ないと思うけどねぇ。あの国は基本的に人間しかいないはずだから、エルフなのも目立つし……まあ、言っても止められないことは承知しているから、何かしらの策は考えておくよ。……それから、シェルロッタさんにも同行してもらう。ボクの専属メイドだしねぇ。実力、見せてもらうよ」


「承知致しました、お嬢様」

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