Act.6-5 毒の名は――。 scene.1 上

<一人称視点・アネモネ>


 ヅラが吹っ飛んで気を失ったポラリスを三人の部下が担架に乗せて連れていき、ボク達も謁見の間に向かうことにした。

 モネと共に現れたシューベルトがオニキス、ウォスカー、ファンマン、レオネイドの四人をモネと共に連れて行き、静まり返った特別地下訓練場を離れようとして――。


「――ッ! 殺気!」


「この気配は……「クソ陛下だねぇ!」」


「――誰がクソ陛下だ!? この野郎共!!」


 淡く輝くような金糸の如き髪と、宝石のような金緑色の瞳――伝説の初代国王テオノアの深緑色の髪とプラチナブロンドの髪が混ざったようなオーロラグリーンと呼ばれる固有の形質を珍しく受け継いだラインヴェルドと比較すると、こちらのクソ陛下の方が目立つ気がする。

 年はラインヴェルドとほとんど変わらない。かつて二人ともが王子だった頃に現在は不可侵領域に分類される魔女の森ウェネーフィカ・ネムスで隠遁生活を送っているという、腐敗した自国と王族に見切りをつけたニウェウス王国の元第一王女で大魔導師の異名を持つレジーナ=Rリーガル=ニウェウスと共に冒険者の真似事をしていたそうだから、間違いなくこの三人は同世代だろうねぇ。


 性格はラインヴェルドと同じ人を振り回して楽しむような腹黒で破天荒な性格。……こんなのよく二人も抱えてパーティを組めたよねぇ……その王女様。まあ、魔法攻撃と回復を両立しながら杖でぶん殴りにいくタイプのこちらも破天荒な性格だったみたいだけど……。


 猛烈な勢いで突撃し、白刃を鞘から引き抜くと同時に黒く染め、裂帛の勢いで斬撃を放ってきた。

 素早く裏武装闘気を固めた刀を顕現し、漆黒の雷を纏わせてオルパタータダの剣を受け止める。


 漆黒の雷が迸り、衝撃波が特別地下訓練場を襲った。


「流石は世界最強の冒険者『二刀絶剣』ってことか? ラインヴェルドから話は聞いているぜ? クソ面白い公爵令嬢……いや、創造主の転生者がいるってな」


「クソ陛下二号殿、お噂はかねがね。一つだけ訂正させてもらってもいいかな? ボクは創造主じゃない――この世界を作ったのはハーモナイアで、依頼したのはボクだけど、そのハーモナイアを設計したのは化野さん。この世界の元となったゲームを作った主要メンバーだけど、所詮はその一人に過ぎないからねぇ。ボク一人を特別扱いするのは本来ならおかしいからねぇ。まあ、前世は大倭秋津洲で一定の影響力を持つ富豪の一人ではあるけど政界の屑達からは嫌われていたし……まあ、大した人間じゃないよ?」


「面倒だから国に喧嘩を売るっていう選択をしない百合薗グループのトップが何と惚けたことを言っているんだ? ちゃんとラインヴェルドから話は聞いているんだぜ? 三歳にして既に人望は桁違い――万が一ブライトネス王国が悪役令嬢を断罪しようとなんて動けば仮にお前の首を落とせても国が滅ぶってな。まあ、お前の首を取る方がしんどそうだが……お前と打ち合ってよく分かったぜ? 同じ『王の資質』を持っていてもこれほどまでに差があるってな。そりゃ、ラインヴェルドが気にいるのも当然だよな」


「随分と評価が高いみたいだねぇ」


 オルパタータダが剣を収めるのを確認し、ボクも裏の武装闘気を消滅させた。


「で、なんでここにいんの? クソ陛下」


「アハハハハハ、本当最高だぜ、お前! 勿論、お前達が俺抜きでクソ面白れぇことやっているからだよ! シューベルトぶっ飛ばして、ポラリスのヅラを吹き飛ばしたって……本当登城早々最高だぜ! あっ、そうだ! すっかり忘れていたぜ! お前達に紹介する奴が――」


「「――会いたかったぜ、親友もう一人の親友!!」」


 オルパタータダの言葉を遮るように二人の男が飛び出してきた。

 一人は黒髪の青年ドネーリー……というか、ディラン。そしてもう一人は――。


 白髪の混じった黄昏色の短髪、痩せ形だが肩幅が広く、背丈もかなり大きい男――漆黒騎士団副団長ファント=アトランタ。


 アクアが「はっ?」と声を上げ、目を大きく見開いた。

 ……まあ、なんでファントがここに居て、しかも自分がオニキスだってバレているんだ? って思うよねぇ……「まんまオニキス」だけど。見た目はリボンの似合うメイドだし、この世界のオニキスだって生きている、それなのにアクアがオニキスだって見抜くことは現実的には不可能な筈。


 唯一、この男例外を除いて――。


「コイツは友情レーダーか友情センサーだかを持っていて、アクアの正体がオニキスだってバレちまうだろ? だから、予め事情を説明してこっちに引き込んでやろうという俺様の有り難すぎる提案だ? ほら、感謝感激雨霰だろ? ちなみに事情説明はしてねぇぞ?」


「……なんだろうねぇ。この隠し事のできない奴ファントを味方に加えても状況が好転したようには思えないんだけど? まあ、どの道バレるなら先にバラしておいて努力をしてもらう方がいっか? とりあえず、事情説明も丸投げだし感謝感激雨霰ってほどの感謝はないかな?」


「……いくらなんでも酷くねぇか? 俺、これでも一国の王だぜ?」


「一国の王だろうと、お貴族様だろうと、城主様だろうと、大商人様だろうと、教皇臺下だろうと、平民だろうと平等に扱うのが百合薗グループ並びにビオラ商会のモットーですので。……まあ、流石にボク達に弓引く者にまで手を差し伸べるほどの菩薩の心は持ち合わせていないけどねぇ。……とりあえず、ファント様に事情を説明させてもらいますか?」



「……お前がついていながら、なんで相棒を死なせているんだよ! 参謀のお前がついていながら漆黒騎士団が全滅って、一体どういうことだァ!?」


 ドネーリーディランの胸倉を掴みながら、ファントが血走った双眸でドネーリーディランを睨みつけた。

 ドネーリーディランはただされるがまま、何も言わずにファントを見つめている。その瞳は深く澄んでいた。


「……ファント、やめろ。俺だって一緒だ……隊長として漆黒騎士団を守らなければならなかったのに、俺は結局守れなかった。ただ、理由も分からず、次々と倒れていく仲間を前にどうしようもできなかったんだ。……俺達は運命を変えるために戻ってきたんだ。お前達には、オニキス達には俺達のような無念を味わって欲しくないから――」


もう一人の相棒アクアもう一人の俺ディラン……すまん。そうだよな、お前達だって無念だよな。大切な仲間を理由も分からず奪われたんだから……」


 ファントの気持ちも理解できる。自分の親友と仲間達を守れなかった、参謀だったディランファントに怒りを覚えるのも至極当然かもしれない。

 だけど、ファントがディランファントだったら状況を打ち破れたのだろうか? ディランファントはファントだ、世界観が違っても同じファントという人間だ。

 その彼が何もできなかった……その意味はファント自身、よく分かっているだろう。


「百合薗圓さん、アンタならどうにかできるのか?」


「残念ながら、今のところは漆黒騎士団全滅の真相は掴めていない。分かっているのは、オルパタータダ陛下と第一王子ルーネス殿下が毒殺されること。そして、その首謀者がサレムであるということ。ちなみに、アインスが国を出たのは乙女ゲーム『スターチス・レコード』が開始される魔法学園入学の二年前、アインスの母アーネェナリアの親戚筋にあたるスフォルツァード侯爵家を頼ってブライトネス王国に亡命する。学園入学は今から十三年後だから、事件は十一年後に起こるっていう計算にはなる……んだけど」


「……だからそのためにお前達を呼んだんだろ? サレムを孤独にしなければ漆黒騎士団の全滅も、俺やルーネスの死も起こらない、違うか?」


「結果だけ伝えていて肝心なことを言い忘れていたんだけど……アインスルートにもまたトゥルーエンドとバッドエンドの二つがある。まあ、個人的にはどちらもバッドエンドなんだけどねぇ……アインス殿下はルーネス殿下っていう掛け替えの無い存在を失う訳だからねぇ。……そのトゥルーエンドではアインス殿下がサレム殿下を倒してフォルトナ王国の国王となる。丁度、今から十年前――フォルトナ王国の王位継承権をめぐる内乱でオルパタータダ殿下が漆黒騎士団と共に内乱を治めた時のようにねぇ。しかし、バッドエンドでは、サレム殿下がルーネス殿下を殺害し、イリスの座を奪い、王太后として実権を掌握するつもりだった側妃シヘラザードをも殺害して暗黒時代を築く王となる。……さて、ここからは異世界ユーニファイドの話になる。オルパタータダ陛下とアインス殿下の死因はシナリオ通りなら毒殺で確定、使われた毒に関しては不明。漆黒騎士団の壊滅理由については不明なものの、衰弱死の可能性が濃厚。ここで、ブライトネス王国の話に移り、第一王女の母の側妃メリエーナの専属侍女の証言――『メリエーナ様は少しずつ衰弱していった』と、ラインヴェルド陛下の証言『産んだ直後は少し窶れているとはいえ、衰弱死するとは到底思えなかった』を考えてみよう……ここから、出産が大きく影響して死亡に繋がった可能性は極めて低いと考えられる。実際、ここから毒殺説を考える人も出てくる訳だけど、残念ながら毒物は検出されなかったみたいだねぇ。直接死亡記録を見た訳じゃないけど、毒物が検出されたなら毒殺の話になっている訳だし……で、ここで繋がるキーワードは衰弱死。もし仮に、漆黒騎士団の死因とメリエーナ様の死因が同じなら、そしてオルパタータダ殿下の死因が毒殺ならば、全く同じ毒が犯行に使われた可能性も浮上する。勿論、これは都合の良過ぎる、見たいものを見ているような推理だからねぇ、当然、他の可能性もあり得る」


「実際、『スターチス・レコード』にそんな都合のいい毒は存在しなかったってお嬢様は言っていたよな? 『実際に事件が起きている時期も離れているし、隣国とはいえ二国の国家の中心で犯行が行われた……なんでことになると、二国の王族や側妃に接触が可能な存在がいるってことになるし……あんまり現実的じゃないと思う』とも言っていました。そんな都合の良過ぎることが本当にあり得るのか?」


「あの時は確かに言ったよ、『スターチス・レコード』にそんな都合のいい毒は存在しなかったって。でも、『スターチス・レコード』以外には確かに存在するんだよ……死後、体内からも毒が検出されず、相手を衰弱死させて殺すという魔法みたいな毒が」


 もっとも、その毒は特徴的だから使われたからには死亡記録にも記録されていそうだけど……関係ないとして、切り捨てられているならまだ可能性が残っていることになるけどねぇ。


 循環器官に直接入り込んで壊れない場合にのみ効力を発揮する毒ではない。……もっと浮世離れした、魔法みたいな特殊な毒。


「――毒の名は、夢の毒ドリーム・シェイド。人が夢を見ている時にのみ効果を及ぼし、衰弱死に向かわせる毒。そして、この毒は『スターチス・レコード』には登場しません。登場するのは、『裏切りと闇の帝国物語〜Assassins and reincarnator』の舞台、ルヴェリオス帝国……もう、ここで大体分かったよねぇ? もし、これが事実だとしたら『スターチス・レコード』の物語以上の最悪の状況になるってことが」

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