Act.5-97 三人使節団の再始動と海上都市エナリオスの危機 scene.2 中

<一人称視点・アネモネ>


 アクア達は暴れ回っている。ようやく正気を取り戻したバダヴァロートも足手纏いにはならない程度に奮闘していた。……アクアやディラン、欅達七星侍女プレイアデスほどの目覚ましい活躍はないけど。


「みんな、ちょっとここ任せてもいい? 調べてきたいものがあるんだけど?」


「ここは俺……私達だけで大丈夫です!」


「ここまで安定してんなら、別に親友アネモネがいなくても崩れるってことはねぇだろう? 親友アネモネも一人でこの程度は相手取れるだろうし、ここは俺達に任せてその調べ物思う存分やってくるといいぜ!」


『『『『『『『お姉様、ここは私達にお任せください!』』』』』』』


 魚魎海帝サファギン・エンペラーを含め、ここまでで討伐した魔物を纏めて統合アイテムストレージに放り込むと、ボクはアクア達とは離れて目的地に向かって泳ぎ始めた。

 目的地は海底の深淵迷宮……ではなく、深淵の奇岩城。某大泥棒が根城にしていた針の岩などではなく、無数の尖った岩が形作っている海中の島で、この場所で戴冠前の魚魎海帝サファギン・エンペラーが一週間留まり、ゲーム時代は超越者プレイヤーを迎え撃つことになる。


 通常であれば、戴冠前の一週間を過ぎて戴冠してしまうと入れなくなってしまうんだけど……まあ、ボクが予想した通り封鎖もされず中に入ることができた。

 本来魚魎海帝サファギン・エンペラーが座している筈の玉座の周囲には青色の魔法陣が刻まれ、その上には山積みの『Eternal Fairytale On-line』の統一貨幣・アーカムコイン、宝石や貴金属などの換金アイテム、数十種類はある大量の素材アイテム、秘宝級の武器や防具アーティファクト・アイテム、レアアイテムの『分身再生成の水薬リ・キャラメイク・ポーション』や『外観再決定の魔法薬アピアランス・レデターメント・ポーション』なども含まれている。


 ゲーム時代、一度設定したキャラクターの種族や性別などの変更は困難だった。『分身再生成の水薬リ・キャラメイク・ポーション』や『外観再決定の魔法薬アピアランス・レデターメント・ポーション』といった希少なイベントアイテムを使用しなければ変更はできなかったからねぇ。

 使用した際にレベルが下がることはなく、そのキャラクターが新たに設定した種族値に職業による能力パラメータの上昇とレベルアップによるステータスの上昇値がプラスされるため、キャラメイクをやり直した場合のデメリットはほとんど無かった。まあ、一度再決定すると丸二十四時間再設定が不可能なことくらいかな? 元々種族追加パックを購入していれば十三種族の中から選べるし、この再決定時に種族追加パックを購入し終えていれば、九種族じゃなくて十三種族の中から選べるようになることから、『分身再生成の水薬リ・キャラメイク・ポーション』や『外観再決定の魔法薬アピアランス・レデターメント・ポーション』には根強い人気があった……まあ、『サファギンエンペラーの戴冠』を含めて本当にごく僅かなイベントでしかドロップせず、それも早い者勝ちだからかなりの競争率にはなっていたけど。


 他にも、パーティメンバー全体に永続魔力回復効果のある希少魔力回復アイテム『深海の涙』、永続体力回復効果のある『紺青の涙』辺りは人気があったねぇ……まあ、回復量自体はレイドランクに挑戦するような超越者プレイヤーには心許ないんだけど。


 まあ、回収しておけるものは回収しておきましょう。【万物創造】で作り出せる条件は満たしているものばかりだけどねぇ……。

 回収してもなお、魔法陣からは絶え間なく報酬が(ほとんど金貨が、稀にドロップアイテム)が湧き出てくる。恐らく、アクア達が討伐をやめない限り、或いは深淵魚魎サファギンを討伐しない限りはこの報酬の泉が止まることはないないだろうねぇ。



 深淵の奇岩城を脱出して、アクア達と合流したボクは魔物討伐を中断して海底の深淵迷宮を目指した。理由は勿論、魔物増殖の根源――リヴァイアサンの息の根を止めるため。このまま放置しても魔物は一向に減らないからねぇ……まあ、討伐をやめるっていう訳じゃなくて討伐メインから海底の深淵迷宮への移動メインに切り替えたっていうことだから、これまで通りに見つけた魔物は片っ端から倒していくんだけどねぇ。


「……しかし、随分とお腹が空いてきました。お嬢様、終わったら魚料理沢山食べられるんですよね?」


「まあ、これだけ取れたし好きなだけ食べればいいよ。あっ、どうせならバダヴァロートさん達も食べればいいんじゃないかな? 食材はアホ程あるし、作る側が頑張ればなんとかなるしねぇ……毒味についても衆人環視の中ですれば下手なものは混ぜられないからねぇ。材料もこっち持ちだし、悪い話じゃないと思うけど」


「……ここまで海棲族のために戦ってくれたのだ。今更お前達を疑うつもりはない……だが、本当にいいのか? それだけの量を作るとなれば材料費もバカにならないだろう? そこまでして、我らを同盟に加えようと?」


「んにゃ? そもそも、ボク達は君達を助けたいから討伐に協力している訳じゃないよ? ボク達は魔物を討伐したかっただけだしねぇ。おかげで、大量の魚肉を得られた訳だし。それに料理を振る舞うのも、君達――海棲族が頑張ったのにボク達だけが討伐の恩恵に与ったら不公平でしょう? 戦った分はきっちりと還元されるべき――寧ろその程度のことで感謝しちゃ、いつか騙されて取り返しのつかないことになるよ? 相手はそれ以上の利益を得ていると考えるべき、親切の中には往々にして打算が含まれているからねぇ。それに助けられたからって安易に同盟を組もうって流れになるのも良くない。あらゆることを勘案し、その上で何よりも海棲族にとって最良の選択をする――それが為政者の正しい在り方だよ? って一介の商人に過ぎないボクに言われても説得力がないと思うけどねぇ」


「いや……確かにそうだな。我らにとって最良の選択をすることが国王として為すべきことか」


「まぁ、真剣に悩んだ末に出た答えがどんなものでもボク達は受け入れる腹つもりでいるからねぇ。勿論、ボク達と同盟を組んでくれたのならボク達はその選択をした君達を失望させるような真似はしない。同盟を組んで良かったと、そう思ってもらえるようにするのが持ち掛けたボク達の責任だからねぇ。ただ、そのためには相応の努力も必要になる。今、ブライトネス王国、緑霊の森、ユミル自由同盟、ド=ワンド大洞窟王国の各国の文官は正式な同盟を結ぶために必要な事前の取り決めのためにかつてないほどの激務に追われている。同盟を組む以上は事前にそういった取り決めをしておかなければならない――これまでと状況が変わるのだから踏んでおかないといけない手続きは多いし、後々問題が発生しないように決めておかないといけないこともある。基本的な技術協力、通商に関する大枠の枠組み作り、国家間の軍事協力に関して等々、特に国家間の軍事協力は君達みたいな今後何年か周期に海の魔物の軍勢に攻められる可能性が高い国家や、山を挟んで魔族とシャマシュ教国と敵対するド=ワンド大洞窟王国のような国家については死活問題だよねぇ? ボク達は魔王などよりも強大な力を持つレイドランクとボクらが分類している魔物に対する国家協力を念頭にこそ置いているけど、同盟所属の国家が攻撃を受ければ当然助力しなければならない。でも、同盟に所属していなかったら助力に入る必要はない。ただ、自国さえ守っていればそれでいい――国を危機に晒す事態を回避できるかもしれないよねぇ? 軍事協力一つ取ってもそう。――もう既にブライトネス王国においては亜人差別は起こり得ないのだから、ボク達が憎いという気持ちは一旦横に置いて、その上で海棲族にとっての最良の選択をすることが重要。結局、その選択が正しかったかは後世の人達が判断することだよ――どっちが正解だったなんて、有事が起こってみなければ分からないんだから」


 それでも、ボク達の手をエルフが、獣人族が、ドワーフが――彼らが取ってくれたことは素直に嬉しい。

 まさか、こんなことが現実になるとは思っていなかったからねぇ……ボク達が細々とエルフや獣人族と交流を持って香辛料を融通してもらう。それくらいの関係にしかなれないと、それほどまでにボク達が設定した差別意識は強固なものだと、そう思っていた。……うん、やっていることって側から見たらただのマッチポンプだよねぇ。


 しかし、あのクソ陛下がボクを利用してその差別の関係を断ち切ろうと企むとは思わなかった。でも、そんな荒唐無稽な話でも共感したから、同じように彼らが差別されることが間違っていると思ったから、ボクはクソ陛下の掌で踊った。……いや、本当に踊らせたのはどっちなんだろうねぇ? 結局、互いに同じ理想を抱いて協力しあったなら、もうただの共犯者か。


 でも、こうやって巻き込んで選択させてしまった以上、ボク達にできることは彼ら彼女らの選択が間違ってはいなかったと、そう思ってもらえるような未来を目指すこと。

 万人が笑って暮らせる世界、幸せになれる世界――そんなものが作れるとは思っていない。どれだけ本気でやっても、否定する者は、敵対する者は出てくるんだから。


 せめて、ボク達を信じてくれた人を不幸にはしない――百合薗圓がそうやって来たように、それがローザ=ラピスラズリになってもやることは変わらないんだ。

 まあ、悪役令嬢だし断罪されたらそれでお終いだけど。ゲームを構築するために必要だった要素ファクターが、世界を彩るための設定が、ボク達の足を引っ張るなんて、とんだ皮肉アイロニーだよねぇ。


「さて、そろそろ海底の深淵迷宮だねぇ。ボク達にとっては大したことがないとはいえ、気を抜くと痛い目見るのが世の中の常だから、気を抜かないで行こうねぇ」

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