Act.5-67 獣王決定戦開戦〜模擬戦を含めて全試合、実況の琉璃と解説の真月でお送りします〜(2) scene.1 下

<一人称視点・ネメシア>


『第二試合は、我らがご主人様と狐人族の族長アルティナ=狐尾フー・ウェイ=フェオリエス=ウゥルペース選手の対決です!』


 狐人族は確か妖力と呼ばれる力を内在的に持つ種族の一つ、獣人族の中では妖怪種族にも分類される変わり種だったねぇ。

 鬼や妖怪変化の類が使う妖気に類似する力で、元ネタもこの妖気。妖気を練って発動する超常現象じみた力が妖術(地球)で、妖力を練って発動する超常現象じみた力が妖術|(ユーニファイド)……紛らわしいねぇ。

 どちらも修行して身につけるものではなく先天性に身につけている力だから真似しようと思っても真似できるものじゃないからねぇ……今回の戦いでの収穫は無さそうかな? ……いや、もしかして神祖の狐人族なら使えるのかも……どっち道アカウントは持っていないけど。


 物理主体の獣人族の中で、この妖術を使えるかどうかって結構大きな違いだと思うんだけどねぇ……殴り合いのど真ん中に一人だけ広範囲を焼き払える兵器か飛び道具を持ち込むようなものだし。


「よろしくお願いするっス……えっと、ネメシアさんであっているっスか?」


「見た目に反してそう来たかって感じだな、おい!? ……いえ、今のは忘れてください」


 ……まさか、そっちかよ。ほんわか系狐耳お姉さんだと思ったら、「っス」タイプだったって普通は思わないじゃん。黙っていたらお淑やか系で通るけど、口を開くと一気に距離を縮めてくるタイプだねぇ、この人……まあ、この「っス」タイプは大抵黒幕とか人格破綻者とか、フレンドリーに見せかけて何形態か持っているんだけど。

 まあ、この人も族長やっているような人だし、ど天然お姉さんの可能性はかなり低いだろうけど……トップに立つ人間は腹に一物抱えているか、ぶっ飛んでいるかの二択だからねぇ……はい、経験談です。


「おっかないんで先に仕掛けさせてもらうっス! 霞幻の逃げ水、狐火!」


 無数のアルティナの幻影が現れ、その周囲に百を超える、青く揺らめく火の玉が現れた。……妖術使い、いきなり仕掛けてきたねぇ。


「本体とそっくり同じ色と形と音と熱を本体からずれた位置に映し出す妖術と、狐火を発生させる妖術ですか……なかなか面白い戦法を取ってきますね。さて、私は……残念ながら体術一本で勝ちにいくつもりなので強行突破させて頂きます!」


 狐火一つ一つにジャブを放って吹き飛ばす。手が少し焦げた気がするけど熱くないし、後で纏めて回復すれば問題無し、うん大丈夫大丈夫!


「本当に正気っスか!? ウチの狐火を殴って消火って、火傷じゃ済まないっスよ!!」


「別に問題ないんじゃないかな? 手がちょっと焦げたくらいだし」


「ほ、本当に大丈夫っスか?」


「人の心配より自分の心配をした方がいいんじゃない?」


 スキルも使用しないまま拳一つでアルティナの幻影を殴り飛ばしていく。


まわれ、めぐり、めぐれや、水車みずぐるま! 劫火よ我が手で渦巻きて、円環を成して焼き尽くせ! これならどうっスかッ! 狐火火車ッ!!」


 アルティナの手で渦巻いた青く揺らめく火の玉が高速で回転して炎の輪を作り上げた。……というか、それ一人でやったら本体諸バレじゃない?

 勿論、炎の輪も拳一つで――武装闘気も使わないで十分そうだねぇ。


「本当に正気っスか!? うちの高火力技をたった一撃で粉砕!? というか、大丈夫っスか! また火傷しているっスよ!!」


「頭おかしいなお前みたいな目で見ないでください、心外です。……治癒ヒール!」


 傷に回復魔法を掛けて癒し、万全の状態に戻してから地を砕く勢いで加速――炎の輪を放った本物のアルティナに迫る。


「き、来たっス! ま、拙いっス! まわれ、めぐり、めぐれや、水車みずぐるま! 劫火よ我が手で渦巻きて、円環を成して焼き尽くせ! 狐火火車ッ! 狐火火車ッ! 狐火火車ッ! 狐火火車ッ! 狐火火車ッ! 狐火火車ッ! 狐火火車ッ!!」


 慌てたアルティナが大量の炎の輪を放つ……勿論、特に避けることなく強行突破――なんか肌が黒ずんでうっすら焦臭い匂いがするけど、HPもほとんど減っていないし、気にしない気にしない。


「い、イカれているっス! こ、こんな闘い方をした人なんて獣王決定戦の歴史を紐解いたって誰もいないっスよ! こ、こっちに来るなっス! 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」


「怖いのはこっちですよ。なんですか、その文字にしたらゲシュタルト崩壊しそうな『怖い』の連続は……私は何度でも蘇ってくるゾンビとかじゃありませんよ? まあ、狙っているんですけどね。だってアルティナさんも嫌でしょう? 一方的に瞬殺されて敗退なんて。だからこうして恐怖を煽る演出をしながら『血塗れ武闘派破戒聖女ウサギ』のスタイルがどういうものなのかを教えて差し上げているのですわ。さあ、どうぞ? どこからでも殺ってきていいですよ?」


「その笑顔が怖いっスよ!! スタイルを教えられたところでダメージを与えられないんじゃ勝ち目がないじゃないっスか!!」


「…………」


「なんか言うっスよ!! これでも喰らえっス!!」


 アルティナの放った右ストレートがボクの右頬に炸裂した。っ、なかなかいいパンチだったよ、唇が少し切れた。


「まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだっス!! はぁはぁ……倒れないっス」


 ……折角顔をボコボコにされて、大量に血が出て、それでも凄絶に笑っているスプラッター兎演出しようとしたのに……全然ダメージがないからいい演出にならないねぇ。


「ごめんなさいね……せめて、痛みも感じないように一瞬で倒しますから、安心して逝ってください」


「……言動が物騒過ぎるっス!!」


 アルティナの腹に思いっきりボディーブロウを放つ――ただそれだけ。

 一撃を浴びたアルティナはポリゴンとなって戦場から消えた。


 ……武闘派と名高い獣人族でもやっぱり超越者プレイヤーは倒せないのかな? ……まあ、実際はアクア戦とヴェルディエ戦にしか期待していないのだけどねぇ。……ってか、アクアは獣人じゃないから実質間違いなく決勝に駒を進めてくるヴェルディエにだけってことになるねぇ……それでいいのか、獣王決定戦。



「よっ、戻ったか? なんか俺達のいない間に随分面白そうなことをしているんだな? 俺とお前の仲だろ? 隠し事は無しにしようぜ? なあ、親友ローザ


 試合が終わって客席に戻ると、ディランが「俺達も混ぜてくれるよな?」という顔でこっちを見てきた……その顔、面白いことがことを隠されていたことを知った時のラインヴェルドそっくりだよ?


「面白いことって言っても、兎人族の方々に戦い方を教えているだけだけどねぇ。……別に面白くもなんともないけど?」


「ちなみにお嬢様、ここまで何を教えて、ここから何を教えるつもりなのですか?」


 目をキラキラさせるアクア……いや、アクアに関しては戦闘スタイルが完成形だからできるだけ崩したくないんだけど……。


「とりあえずは闘気戦闘術と仙術を教えて、ここからラピスラズリ公爵家戦闘使用人式暗殺術と常夜流忍術、原初魔法、瀬島新代魔法、マジックスキル、後は適性がなくても魔法が使えるようになる装置と兎人族が十全に扱えるビルドの武器を作ろうかなと思っているんだけど」


「さりげなく私達の時より教えるものが多いのではないか?」


「……あまり変わらないような気はしますけど、でも仙術には興味がありますね」


 目を輝かせるプリムヴェールとマグノーリエ……えっ、まさか二人も興味あるの?


「儂も仙術とやらには興味があるが、試合が残っているからのぉ。後日、メアレイズを捕まえて聴くとしよう……そもそも、兎人達とアネモネを引き合わせたのは儂じゃからのぉ」


 まず間違いなくメアレイズに拒否権はないだろうねぇ。力関係的にメアレイズにヴェルディエのお願い・・・を断ることはできないだろうし。


「ちょっとご歓談中失礼するっス!」


 と、ボク達が話しているところに割ってきたのは、豊満な……ゲフンゲフン……スタイル抜群な金色の髪と狐耳、九つの尻尾を持つ見た目超絶美人、中身フレンドリーの塊のがっかりタイプの超絶美人――狐人族の族長アルティナ……なんでここにいるの?


「いやぁ、実はウチ、ネメシアさんに強さの秘訣を教えて頂きたいなって思っていたんスよ。具体的にはあのエルフのガキを一発KOにした時からっスけど、さっきの試合で確信したっス! どうか、どうか、ウチを弟子にして欲しいっス」


「…………あのエルフの恥さらしイーレクスか」


「とっとと腐葉土になればいいと思います。森の民らしく速やかに土に還ってもらいたいですね」


 折角鎮まった殺意が再燃しているプリムヴェールとマグノーリエ……全く、この残念美人狐は一体何を考えているんだ?


「あの方は同胞じゃないんスか?」


「「あんなものと一緒にされるとか心外です!!」」


「二人とあのイーレクスとかいう生ゴミは全く関係ないからねぇ。会場から二人に向けられている視線の中にかなり悪感情が混ざっているからその辺り勘違いしている人も多かれ少なかれいるみたいだけど。……例えば、君達もイーレクスを招き入れて出場権を与え、ボク達が同士討ちするように明らかに狙ってトーナメント表を作り上げるように圧力を掛けた猩々人族と梟人族、狼人族と一緒くたにされて『獣人族は誇り高い戦士の種族などと嘯くが、実際にはヘタレで卑怯な戦法しか取れない卑怯者の種族だ』と思われたくないでしょう? それと同じことだよ」


「……というか、何気に知っておったのか? 圧力を掛けてきたのがあの三種族の族長だと」


「まぁねぇ、イーレクス戦の時に「あの阿保が」と頭を抱える獣人が三人居たからねぇ。流石に気付くって」


「……戦いに集中していたらそこまで気が回らないのではないか? ……もしかして、ローザの十八番――マルチタスクか?」


「んにゃ? あんな奴、余所見して片手間でだって別に倒せるでしょ? 過去二回、一回目は覇道の霸気で威圧するだけで十分だったし、二回目は相手を侮った結果、スピネルの幻想級武器の糸でミスリル製の獲物を両断されて終了――二回目に関しては完全に相手を甘く見て自分の実力を過信し過ぎた結果だし、今回もそれが改善されていなかったから舐めプで十分勝てるって確信していたからねぇ。彼を知り己を知れば百戦殆からず――かの有名な……っていっても伝わらないか。ナポレオン・ボナパルトっていう軍人から最終的に皇帝にまで駆け上がった過去の偉人も座右の書にしていたという孫子の兵法書の格言の一つだけど、仮に彼が知るべき言葉があるとすればまさにそれだねぇ。二度の敵対を経ても、相手を見下し、自分の力を疑わない――そんな奴にいくらなんでも負けないよ。正直誰が当たっても勝てたんじゃないかな?」


「……でしょうけど」


「いや、親友の言いたいことは分かるし、実際そうだろうけど……」


「そういうことじゃなくてな……」


「ローザさんでなければその瞬間の反応で容疑者を割り出すことはできないですよね? 流石はローザさんです!!」


 いや、やろうと思えばこのメンバーなら誰でもできるけど……アクアもディランもプリムヴェールもマグノーリエも、見気を極めているんだからさ。


「とりあえず、話を戻そっか。弟子入りっていうのは別に構わないけど、先約があってねぇ……兎人族のメアレイズさん達に頼まれて色々と教えている最中なんだよねぇ。興味があるならそこの観覧希望の四人と一緒に来ればいいと思うんだけど、兎人族に差別意識があって揉め事を起こすなら弟子入りの件はお断りさせてもらおうかな? マンツーマンレッスンっていっても、ボク達との同盟を快く思っていない方もいらっしゃるようだからねぇ、まあ当然なんだけど。ボク達人間のやらかしてきたことを考えればねぇ」


「……ウチは兎人族に偏見はないっスよ? 確かに兎人族は最弱な種族って言われているっスけど、ウチらと身体能力的にはそう大した差は無いと思うっス。ネメシアさんもウチのヘナチョコパンチを見たっスよね? ウチらは魔法が使えない種族の中で珍しく妖術という体術以外の特殊技能を持っているっスが、体術は武闘派系獣人種族の足元にも及ばないっス。……結局、ウチらに妖術がなければ兎人族と大差ないんスよ? 妖術という切り札があるからこそ底辺を免れているだけであって、妖術がなければ逃げ足と隠密という手札を持つ兎人族にも劣る……でも、狐人族の中にも残念ながら勘違いして、兎人族を見下している人もいる……いや、それじゃあまるでウチを正当化しているみたいっスね。結局、ウチもこの実力主義を当然のことのように受け入れ、波風立てることなく生きてきた――差別され、発言権すら与えられず、要職にもつけず、ただ隅っこで怯える彼女達に見て見ぬ振りをしてきた訳だから、そいつらと何ら変わらないっス。……謝らないといけないっスね」


「アルティナ、お主だけが悪いのではない。獣人族の体制そのものが腐敗しているということじゃ。狐人族が仮に兎人族を擁護すれば同じように主らも叩かれる……自ら進んで茨の道を歩もうとするものは極少数だろう。そうやって歩いた足跡がいつしか道となり、多数派となる。……結局、儂も主と一緒じゃ。獣王に、獣人族の頂点に何度も立ちながら、力が全ての社会を変えようとしなかった、本当に才能ある者達に活躍の場を与えられなかった。……儂は狡い。痛みを恐れ、儂が為すべき仕事をローザに押し付けようとしている。ローザが風穴を開ければこの体制を変えられると、他力に頼ることを前提に考えてしまっている。……本当に兎人族に、メアレイズ達に謝らなければ他でもない儂じゃ」


 二人とも本当に真面目だよねぇ。そもそも、自分が傷つきたくないと願うのは、関わりたくないものから逃げるのはどの種族でも同じこと――そうやって、周りと同化して、異端を排除していく光景はボクが通っていた高校でもありふれていたからねぇ。エゴサの女王、豊嶋和子はその異端に分類されながらも、ネットストーキングによる情報収集能力と人を観察する能力、徹底的な隠密術によって一匹狼を頑なに貫いていたみたいだけど、あれは一種の才能だからねぇ……大概はボクみたいにいじめの対象になる。それを助ける人なんていない――自分がいじめられたくないなら、明確な生贄スケープゴードを提示してやれば済む話だからねぇ。

 獣人族の団結は恐らく、兎人族に代表される弱者を用意したからこそのものなんだろうねぇ……まあ、外に敵を作って団結ってのはよくあること。戦争は団結力を高める恰好のイベントだからねぇ……経済的な意味でも潤う場合は潤うし、一石二鳥? まあ、勝てばだけど。


「まあ、利用できるものは利用した方がいいと思うし、罪悪感があるってことはまだ救いようがあるってことだからねぇ。遅いなんてないんだから、少しずつ変えていけばいいんじゃないかな? さて、見学者組には場所を教えるから、みんなは先に行っていてくれないかな? ボクは一旦ラピスラズリ邸に戻って師匠を引き受けてもらえるか交渉してくるからねぇ。ただ、あの人もタダで応じてくれるとは思えないけど。あの人にとっては、主君の利益になることが一番だから、少しでも得られるものは得体と思うんじゃないかな?」


 まあ、アクア達に教えることになる訳だし、今更一人増えたってさほど変わらないだろうねぇ……とりあえず、質問攻めにされるであろうメアレイズ達に合掌。

 でも、相手に教えることは復習にもなって勉強になるからポジティブに考えてもらって……やっぱりダメ?

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