Act.5-58 獣王決定戦開戦直前〜悪役令嬢の忙しい二日間〜 scene.2 下

<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>


 王宮の地下には王族と一部の人間にしか知られていない隠し通路が多く存在している。所謂、地下迷宮と呼ばれているもので、その通路の一つはラピスラズリ公爵邸にも繋がっている。

 地下には通路の他に外ではできない会議なんかをするための地下会議室なんかも設けられているらしい。……これがあったから、ボクの地下施設は地下十階スタートになったんだよ!!


 ラインヴェルドは「あんまり地下って好きじゃねえんだ」と、愛着のある謁見の間に椅子を置いて最も信頼のおける者達と情報交換を行ったりするみたいなんだけど。


 地下でアーネストと合流し、ボクが一旦緑霊の森に行って連れてきたエイミーンとミスルトウを含めた五人で地下会議室……ではなく、空き部屋の一つに入った。


「頼んでおいたように部屋にあった机なんかは一つを除いて全て片付けておいてもらえたみたいだねぇ」


「ローザさんに頼まれた通りに片付けておいた。ここを紙幣の印刷に使うんだったな。それで、まずはどうするんだ?」


「どうするもこうするも、まずは紙幣のデザインと具体的にどこまでの金額のものを用意するか、そういったところを決めないといけないでしょう? と、その前にこれが各通貨の対応表――昔作った資料で、全て大倭秋津洲帝国連邦で使われている円という通貨換算でいくらになるかということが一目で分かるようになっているけど、これでいいの?」


「これをそのまま採用すれば問題ないだろうと私は考えている。どうせ、今のままでは個々の通貨に交換取引の基準がないのだから、これを当て嵌めるのが公正だろう。問題が発生したのなら、その時にまた対処すればいい」


 ということで、アーネストの意見にこの場にいた全員が同意したことでこの通貨の対応表通りの貨幣の交換比率にすることが決定した。……まずこれで第一段階なんだけど、いきなり決まっちゃったねぇ。


「それじゃあ、次は紙幣の話だねぇ。まずはこの国の貨幣の価値なんだけど……」


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聖金貨…約100,000,000円

大金貨…約1,000,000円

金貨…約100,000円

大銀貨…約10,000円

銀貨…1,000円

大銅貨…100円

銅貨…1円

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「まあ、こんな感じなんだよねぇ……設定したボクが言うのもなんだけど、幅が広過ぎるよねぇ。……そこで、かなり紙幣の数が増えるんだけど」


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単位(未決定)

一億……聖金貨

一千万……

百万……大金貨

十万……金貨

万……大銀貨

五千……

千……銀貨

五百……

百……大銅貨

五十……

十……

五……

一……. 銅貨

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「まあ、こんな感じが妥当じゃないかなと思ってねぇ。万までは使いやすいように五の単位でも作っておいた方がいいと思うし、細分化しておいた方が楽なこともあるからねぇ。後は絵柄の候補を決めて、その絵柄で刷って完成かな? それでいいならそんな感じで進めるけど」


「別に勝手に決めてくれればいいぜ? 拘りとか別にないし」


「なんでもいいのですよぉ〜。ちゃんとエルフも使えれば問題ないのですよぉ〜」


「…………この二人連れてきた意味あるの?」


「……この二人はそういう奴らだからな。私達で決めたものを最終的にゴーサインさえ出してもらえればそれでいい」


「もう、諦めていますから」


 肖た顔で溜息を吐くアーネストとミスルトウ……かなり似てきたねぇ、この二人。まあ、元々苦労人で振り回されキャラってところが共通している二人だけどさ。哀愁の感じまでそっくりだ……タチの悪い上司を持つと大変だねぇ。


「まあ、そういうと思って候補は考えてきたよ。ARCアーク……種族の架け橋となる、そんな通貨になればいいなと思ってねぇ」


「おう、いいじゃねえか!!」


「賛成なのですよぉ〜」


「良かった……まずこの段階で考えなければならないかと思っていたから助かったな」


「本当にローザ様には助けられてばかりですね……しかし、ここまで来るともうローザ様お一人で決められたらいかがでしょうか?」


「そうはいかないよ。これはビオラ紹介の事業じゃなくて、ブライトネス王国と緑霊の森の国際プロジェクトなんだから」


 ……そもそもボクはあくまで協力者の立場。一介の商人が国政を動かしているってどれだけ危険な話だと思っているの!? もしかして、自覚ないの、こいつら!!


「それでは次に絵柄ですね…………こっちに関しては現物がないと話にすらならないですからいくつか描いてきました」


「おう、助かるぜ!」


「ありがとうなのですよぉ!!」


 調子のいいラインヴェルドとエイミーンに呆れながら、統合アイテムストレージから昨日描いたデザイン画を放出する。

 テーマは鳥、動物、風景、植物から、エルフのイラストや偉人的な人に至るまで……。


「…………えっ、精霊とエルフが楽しそうに遊んでいるイラストなのですよぉ!! これ、絶対に採用して欲しいのですよ!! お願いするのですよぉ!!!!! 私達の悲願なのですよぉ、精霊をもう一度手を取りたいって、ずっと願ってきたのですよぉ!!」


 エイミーンが選んだ絵は、まあ絶対に食いつくと思って混ぜたものだった。


 太古の昔、エルフの中には精霊と呼ばれる存在とコンタクトを取り、その力を借り受けることで魔力を使わず超常的な力を操る力を持つ者がいた。

 現在は伝承のみで使える者はいないとされているんだけど、かつては複数の魔法を同時に発動できる才能と共にエルフの切り札となっていたと言われている。


 精霊術法――そう呼ばれている技術なんだけど、エイミーンはその技術を再興させたいんじゃなくて、古き友をもう一度見えるように、良き隣人という関係に戻りたいって、そういう思いなんだろうねぇ。だからこそ、ボクはその理想を形にしたんだけど。


「……本当にローザって優しい奴だよな。……俺達の求めているものを先回りして用意してくれる、温かい気持ちにしてくれる。……なんでそういうツボが分かるんだ? やっぱり、投資家だからなのか? ……他の奴がやったらきっと露骨だって、点数稼ぎだって思うだろうけど、多少強引なところがあってもお前のやり方だから嬉しいんだろうな」


 一方、ラインヴェルドが手に取ったのは若き日の初代国王テオノア=ブライトネスと【長靴を履いた猫の魔女】と呼ばれ、後にテオノアと結婚して妻として国を支えていくシェルカ=メルディスの二人が背中合わせに戦っている一幕を切り取ったイラストだった。

 このクソ陛下が唯一王族の中で尊敬している初代国王テオノアと、その伴侶となったシェルカ――現存していないその絵姿を見ることができるというのは、人によっては価値があるものなのかもしれないねぇ……特に、ラインヴェルドにとっては。


「俺はこれを是非とも使って欲しい! ローザのことだから、これが本物のお二方の絵姿なんだろう!?」


「エルフと精霊が描かれているこの構図を是非お願いしたいのですよぉ〜!!」


「まぁまぁ落ち着いて。ちゃんと二枚とも使えから……さて、この二枚だけじゃなくて、他のものも選ばないといけないからねぇ」


 その後、透かし、ホログラム、魔法刻印、潜像模様、深刻凹版印刷、マイクロ印刷、合わせ模様、安全線などの偽造防止技術を駆使しつつ紙幣を印刷できる印刷機を【万物創造】で生み出し、試しに一枚ずつ印刷してみる。

 燃やし、雷を落とし、剣で斬り……とにかく色々試したけど、紙幣は全く傷つかなかった。流石は防御魔法を施した紙幣――うん、破れない紙という時点で偽造防止技術いらなかったかもねぇ。


 空気中から魔力を取り込み、ボタン一つで勝手に印刷してくれる紙幣印刷可能な印刷機……これ、外に出しちゃ絶対ダメな奴だ。


「御四方、この印刷機のことはくれぐれも内密にしてくださいねぇ。ボクも絶対に極秘にしますので……」


「そんなにヤバいのか? これ」


「この機械の複製そのものは難しいと思いますが、これ取られたら偽札……というか、本物の札だけど作りたい放題になるからねぇ。とりあえず、これがサンプルだけどいいかな?」


「何も問題は無さそうだな。これじゃあ、偽造とか無理だろ」


「破れないし、燃えないし、問題ないのですよぉ〜」


「……これ、本当に紙製なのか疑いたくなるくらい強固だな。……魔法のインクを使えば武器のようなものも作れるのではないか?」


「一先ず紙幣問題はこれで問題無しだな。紙はビオラ商会から購入すればいいか?」


「ミスルトウさんの考えは面白いねぇ。このシステムを応用すれば魔法陣で魔法の発動ができるかもしれない……そこは要検討ということで。アーネスト様、紙は私が適宜こちらに運んでおきますよ? 普通の紙ではない独自の配合の紙を【万物創造】で生み出しておりますので」


 具体的には楮、三椏、綿、マニラ麻などをミックスした独自のものでいずれも非木材パルプの紙幣によく使われるものなんだけど、またその配合の仕方とかに秘密があってねぇ。そもそも紙の段階から偽造防止に繋がっているんだよ。まあ、これに関しちゃ印刷機と同じで簡単に購入できる状態じゃまずいよねぇ。

 ブライトネス王国に献上した印刷機と、ボクが供給する紙――二つが揃って初めて紙幣が成立する。


「ただ、この時点ではこの紙幣には全く価値がないからねぇ。紙幣の価値を周知徹底する必要があるし、あくまで貨幣本位制だから貨幣と交換できるからこそ価値がある訳で、紙幣を増刷することできない。……さて、ここからどうしようか? 貨幣と紙幣を交換させるなら金持ち――商人を利用するのが得策。領主貴族経由で今後のブライトネス王国の経済政策の方針を伝えつつ、大商人を中心に紙幣との交換をさせればいい。まずは大商会が率先して動けば中小商会もそう動かざるを得なくなるでしょう。……この国の全ての貨幣を紙幣と交換する必要はないけど、紙幣と交換できるという信用さえあれば問題ない。エルフの経済参入には、エルフとの交易に興味を持っているジリル商会とマルゲッタ商会との取引で得たものをとりあえず分配しつつ、タイミングを見て資本主義に移ればいい。ただ、貧富の差が出てくるから社会保障制度――ある程度のフォローはするようにしてねぇ」


「そちらは完全に私の仕事ですね。後で詳しいやり方をお教えください」


「勿論だよ、ミスルトウさん。じゃあ、パパッとまずは国庫辺りから紙幣に変えられるよう印刷始めますか!」


 と言っても、印刷機が印刷してついでに裁断までしてくれるので、ボクらはボーっと見ているだけ。

 とりあえず、「E.DEVISE」を取り出して執筆を始めると……。


「そういや、ローザ。ラピスラズリ公爵家の使用人経由の話らしいが、この地下迷宮に入って既存のルート以外のところで消えていくアクアとディランを見たって聞いたんだが……詳しく知らねえか? クソ面白いことを親友が隠しているなんて、そんなことねぇよな?」


 ラインヴェルドの目が本当にガチだった…………って、なんで早々にバレているの!? 何やってんのアイツら!!

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