キャラクター短編 影澤照夫SS

蒼岩市騒動の舞台裏〜「塔」の暗殺者と電脳局の介入〜

<三人称全知視点>


 現在、電脳局と呼ばれる組織の原型はサイバー犯罪の横行に伴い首都警察を統括する警視庁内に設置されたサイバー犯罪捜査兼対策室である。

 それが、当時の内閣総理大臣が音頭を取り、内務省の情報流通行政局に合流する形で独立、電脳局と呼ばれる組織へと再編された。

 表向きは独立した組織ということになっているが、実際は大倭政府の内務省の支配を今なお受け続けている。


 電脳局という組織は「国民が安心してインターネットを使える社会の構築を目指す」というスローガンを掲げている……が、実際の仕事は大倭政府の天敵である百合薗グループや財閥七家のインターネット分野への進出の妨害並びに攻撃、インターネット上での国民の管理及び危険思想を持つ国民に冤罪を着せるといった清廉潔白とは無縁な、寧ろどちらかといえば邪悪の所業ばかりである。

 クラッカーもびっくりの監視と排除行為を行いながら悪という扱いにならないのは、常に政府が正義側に立つからであった。正義が勝つのではなく、勝った者が正義という言葉通り、歴史はその時代の強者、権力者によって作られていく――例え、それが世間一般で悪とされる所業を平然と行う者であっても。


「局長、影澤照夫一行が蒼岩市に入りました」


「よし、奴らを監視しつつスマートフォンと街頭カメラにハッキングを開始しろ。奴らに「蒼岩電機製作所」を手に入れさせてはならない! これは、蓮村はすむら達弥たつや内閣総理大臣直々の御命令だ。失敗は許されぬ」


 実際は内閣総理大臣よりもっと上――この大倭秋津洲帝国連邦という国を手玉に取る瀬島奈留美の命令なのだが、電脳局の者達にその事実を知る術は無かった。

 こうして、彼らはクラッカーに成り下がり……そして、命を散らせることとなる。



「坂場と南河原が漫画喫茶の『ストロベリー』、島崎がインターネットカフェ『lambda』やな。入嶋と翠山からも準備がでけたと連絡があった。後で院瀬見と少乙女を『lambda』に増援に向かわせるから、そっちは電脳局の誘導と街頭カメラの映像の差し替え、妨害工作を進めつつウチに状況の連絡を頼む」


 暗号化した通信で仲間達に連絡を入れると、影澤は生欠伸を噛み殺して廃ビルを出た。


「何やってたんですか? 影澤先輩」


 詳しい事情は伝えていない後輩で『urban légend』の記者をしている陣内ヒロトに「なんでもありまへん」と返してから「ほな、行こか」と仲間達に出発を促した。


 今回の目的は「電界接続用眼鏡型端末」をつけていた人が未だ何人も意識不明のままになっているという事件に関する記事を『urban légend』に載せることである。「アナタハクビヨ」という「アバタケダブラ」に匹敵する禁忌の魔法で陣内をいつでも出版業界から跡形もなく消してしまえる「株式会社・學泉」の解体寸前の「urban légend編集部」の自称「敏腕美人編集長」の鶯谷美郷が蒼岩市の事件の調査を命じたのだ。しかも、一週間の内に記事を完成させろと言う。無茶苦茶にも程があるが、『urban légend』の収入が全体の収入のほとんどを占め、唯一の定期収入でもある陣内にとっては鶯谷の決定に逆らうことはできない。


 今回、影澤は後輩に懇願されて仕事を手伝うことになった……という風を装っているが、実際は蒼岩市の事件の全容とそこに渦巻く思惑を全て知っており、友人である百合薗圓が「蒼岩電機製作所」を手に入れるために、「蒼岩電機製作所」の技術の独占を狙い、囲い込みと妨害工作を仕掛けてきた電脳局の牽制と百合薗圓の「蒼岩電機製作所」との交渉が終わるまでの囮役を務めるために蒼岩市を訪れた。


 今回は、猫耳にセーラー服姿の女子中学生の木天蓼猫美、「Kaffeebrise」のマスターをしながら女流作家をしている翠山茜、「Abroad Merchandises」という小さな貿易会社の社長を務めている院瀬見花奏、有名証券会社に勤める証券マンで過去にはヤクザ組織を実質壊滅させた挙句、裏金で大量の株を買わせたこともあったため、裏社会からは「悪魔の証券マン」と恐れられている坂場さかば零士れいじ、私立のお嬢様学校に通うコギャル風の女子高生の島崎しまさき晶穂あきほ、元クラッカーでその腕を買われて影澤に雇われるようになったサングラスをよくかけているダンディなおじさん南河原みなみがわら壮司そうじ、地下アイドルを追いかける三十代後半でサイバーセキュリティ企業勤務の眼鏡をかけたオタク気質の男入嶋いりしま正一しょういち――『厨二魔導大隊』の全メンバーが蒼岩市の内外から影澤達のサポートのために作戦に参加している。


 影澤達の仕事は電脳局の誘い出しと、可能ならば殲滅。それと同時に物理戦力として派遣されている可能性が高い殺し屋「タワー」を引き受け、百合薗グループを政府側の人間の目から遠ざけることである。


 「タワー」は以前『urban légend』が特集した殺し屋だ。

 タロットの大アルカナに属するカードの一枚で、カード番号はⅩⅥ、正位置の意味は破壊、破滅、崩壊、災害、悲劇、悲惨、惨事、惨劇、凄惨、戦意喪失、記憶喪失、被害妄想、トラウマ、踏んだり蹴ったり、自己破壊、洗脳、メンタルの破綻、風前の灯、意識過剰、過剰な反応、逆位置の意味は緊迫、突然のアクシデント、必要悪、誤解、不幸、無念、屈辱、天変地異と、正位置・逆位置のいずれにおいても凶とされている唯一のカードとして有名な「タワー」のカードを送られてから一週間以内に必ず暗殺対象者は「不幸な事故」で死ぬと言われている。

 江戸のどこかにある『米花街』という喫茶店で予約中の札が置かれた一番奥の席に座り『バベル』という架空のカクテルをオーダーすることで依頼が可能になるということだが、色々とこだわりのある殺し屋でありながらも政府を裏から操る悪の一派には逆らえないようであり、ほぼ例外なく圓と敵対するあの女・・・の一派の目的に立ち塞がるようなことがあれば、必ず「タワー」が動き出す。今回も間違いなく邪魔な影澤一派の息の根を止めるため「タワー」が暗殺を仕掛けてくるだろう。


 普通の人にとっては暗殺者に狙われるなど途轍もない恐怖だろうが、過去三回、「タワー」の暗殺を回避した経験のある影澤にとっては別段恐ろしいことはない。そのため、圓のために「タワー」を引きつける役を勝手に引き受けると決めた時も全くと言って良いほど躊躇が無かった。


「ちょっと今時間ありまっか?」


 影澤は廃ビルから出発して早々、一人の少年に話しかけた。


「今、『urban légend』って雑誌の取材で蒼岩市の事件について調べとるんやけど、「蒼岩電機製作所」まだ案内してもらえへんかな?」


「はぁ……なんで俺なんですか?」


「えっと、影澤先輩。なんでこの方なんですか?」


「別にいいやろ? 他の誰を選んだって同じことや」


 「はぁ」と分かったような分からないような顔をする陣内と少年。

 その後、互いに自己紹介し、少年は玉梨滄溟と名乗った。どうやら、蒼岩市立狭間高校の二年生らしい。

 影澤は滄溟に「ミッシェランの高級チョコレートケーキを奢るから、代わりに「蒼岩電機製作所」までの案内と知っとる限りの事件の情報を教えて欲しい」と交換条件を出し、特に断る理由が無かった滄溟は引き受けることにした。……これが悪夢の始まりとも知らずに。


 沙乙女と院瀬見はしばらくすると「用事があるから」とそれぞれ蒼岩市の街中へと姿を消した。

 実際は、別々の方向からインターネットカフェ『lambda』に向かい、電脳局の撹乱を狙った訳だが陣内達にはその事を知る術はない。


 影澤、猫美、陣内、滄溟の四人はそのまま「蒼岩電機製作所」に向かう……そのつもりだったのだが、空から塔の描かれたカードが四枚降ってきたことでその予定は大きく変更されることとなる。


「……まさか、「タワー」!?」


「の、ようですにゃ。ここからちょっと危険になるので注意が必要ですにゃ。あっ、ミッシェランの高級チョコレートケーキを人の金で食べるまでウチは絶対に死なないので安心するですにゃ!!」


「「さりげなく死亡フラグ建造するのやめろ!!」」


 猫美は全く怯えた様子もなく、勝手に死亡フラグを建造した。その舐めた態度に流石の陣内と滄溟も怒りのツッコミを入れる。


『死亡フラグが立ちました! 死亡フラグが立ちました! 一級フラグ建築士が死亡フラグを立てました!!』


 そして、突然けたたましい音を鳴らす影澤のスマートフォン。

 その音に驚いて一斉に居合わせた人々が影澤に視線を向けるが、特に気にした様子はなく淡々とスマートフォンを切って懐から何かを取り出す。それは、この蒼岩市の事件の切っ掛けとなった「電界接続用眼鏡型端末」のように滄溟には見えた。

 同時に猫美も「電界接続用眼鏡型端末」らしきものを装着する。


「とりあえず、最短距離で「蒼岩電機製作所」まで案内してくれへんか?」


「……この状況で行くんですか?」


「えっ、もしかして滄溟君って「タワー」のことを知っているの?」


「ええ……一応、『urban légend』のファンですから」


「えっ…………本当に? ドッキリとかじゃなくて?」


 琵琶湖でネッシーを見たような、二重の意味で常識を破壊されたような驚き顔で固まる陣内に影澤は「ほら、行くぞ!」と声を掛けると最短距離で『urban légend』に行こうとして……。


「きゃぁぁぁ!! 通り魔よ!!」


 突然、女性が悲鳴を上げた。女性がいる方向に視線を向けると血濡れた男が包丁を持っている血走った目の男の姿がある。


「早速仕掛けてきたようですにゃ! これは楽しくなってきましたにゃ!!」


「影澤先輩の彼女さん、頭のネジが外れてません!?」


「誰が彼女や、猫美はうちの見習い従業員や。家出してウチの弟子になりたいって押しかけてきた迷惑な小娘って何度言えば分かるんや。なんしか、あれは警察に任せよう。反対方向に走りや、絶対罠があるやろうけど」


「恐ろしいこと言わないでください! 影澤さん!!」


 四人は通り魔に気づかれないように反対方向に走った……すると、そこには何故か四皿のカレーライスが……しかも、道路の真ん中に。ほんのりと湯気が立っていて美味しそうだ。


「なんかおかしかないか?」


「確かにおかしいですね。なんで道路の真ん中にカレーライスが四つ置かれているんですか?」


「はぁ……全く素人とうしろうには困ったものですにゃ。なんで、福神漬けがないのかにゃ!? というツッコミが正解ですにゃ!!」


「「そういう問題じゃねえだろ!?」」


 あからさまに罠と思える道端に置かれているカレーライスに何故疑問を覚えないのか? ツッコミどころがおかしい二人に二度目の怒りのツッコミを入れる陣内と滄溟。


「福神漬けと言うたら、漬商の福神漬けや。あれを売ってんのって『エブリデーマート』だけやったな。確か…… 「蒼岩電機製作所」の本社からは少し遠いが、蒼岩市内にあったな」


「致し方なしですにゃ。美味しくカレーを食べるために少し遠回りすることにしますにゃ」


「いや、なんでそうなるの!? というか、影澤さんも猫美さんも実は「蒼岩電機製作所」の場所を知ってますよね!?」


 滄溟は「俺のいる意味ってなんですか!? 帰ってもいいですか!?」と叫んでいるが、影澤と猫美は気にした風もなくカレーライスを取りに向かい……。


 唐突に暴走したトラックがカレーライスの皿目掛けて突っ込んできた。つまり、それは影澤と猫美に向かって突っ込んできたということと同義で――。


「ウザいですにゃ! ウチらを異世界転生させるなんて、お前らには千年早いですにゃ!!」


 ポケットから何故かラテックスの黒い手袋を取り出すと右手に嵌め、片手で暴走トラックを受け止めた。


「「…………はっ?」」


 この光景に思わず目を疑う陣内と滄溟を無視して猫美はトラックの扉を殴ってぶっ壊した。


「……こいつ、缶ビールを飲んで飲酒運転していたみたいですにゃ。飲んだのは一本、違法改造されたカーナビでテレビを見ながら運転していたということですかにゃ。……しかも、ご丁寧にビールの映像を挟んでサブリミナルを仕掛けられている……間違いなく「タワー」ですにゃ。とにかく、カレーライスが無事で良かったですにゃ。このままだと「タワー」が奢ってくれた昼飯がパーになるところでしたにゃ」


 「あっ、これは迷惑料としてもらっておくのにゃ」と気絶した運転手の懐から財布を取り出して、ついでにドライブレコーダーのデータを全て削除しておく猫美。どうせ警察なんて信用できないから証拠なんていらないだろう? ということのようだ。

 死にかけたにも拘らず通常運転の猫美に二人とも呆れていると、影澤が地面に落ちていたカレーライスを一口食べて「やっぱり毒入りやないな……こりゃ、絶品やな。よぉ煮込んやで」と一人で納得し、陣内と滄溟に二皿ずつ手渡して「これは今日の昼ご飯やからしっかり守れよ」と言った。どこから突っ込めばいいか分からなかった。


 四人は『エブリデーマート』に向かってゆっくりと歩みを続けた。陣内は上へ下にと注意を向けていたが、影澤と猫美は眼鏡を操作し続けて特に警戒はしていないようだった。

 そうして歩いて数十分――新たな「タワー」の罠が四人に牙を剥くこととなる。


 塗装の塗り替えをしていた工事現場の足場から鉄の棒――現場の土台に使われている部品が大量に降ってきたのだ。

 幸い作業員は退避できたようだが、崩れ落ちた鉄の棒は雪崩落ちるように影澤達に迫る。


「――それじゃあ、ウチは殺さへんな」


 鉄の棒が木っ端微塵になって影澤達を避けるように落下していった。カランカランと音を立てて滄溟たちのすぐ側に落下するが、幸い怪我人はいないようだ。


「影澤さんといい、猫美さんといい、なんなんですか!?」


「影澤さんがスーパーマンなのは知っていますが、猫美さんが何気に片手ダンプならぬ片手トラックやったのにはびっくりしました。……影澤さんもいつもの阿波踊りみたいな拳法は使わなかったんですね」


「阿保か、そんなんで鉄の棒をどうこうできる訳があれへんやろ!」


 「全く基準が分からない人だ」と全く同じ感想を抱きながら、滄溟と陣内は影澤と猫美を追う形で進んでいく。

 その後もバナナの皮が落ちていて、転ぶとその先に尖った石があってそのままだったら見事に頭に直撃するといった兇悪(?)な罠を掻い潜り、遂に二時間後、四人は『エブリデーマート』に到着して無事に福神漬けを買えた……のだが、その頃にはカレーライスは冷め切っていた。もしかしたら、これも「タワー」の嫌がらせだったなのかもしれない……「この暗殺者、ユーモアがあるな」と散々付き合わされて結局、「タワー」の罠を悉く回避した滄溟は思うようになっていた。


 『エブリデーマート』を出た時、四枚の「タワー」のカードが降ってきた。カードには赤いテープでばつ印が貼られている。


「どうやら逃げ切ったみたいですね……でも、何故「タワー」は攻撃をやめたのでしょう?」


「さぁな? とりあえず、まずは 「蒼岩電機製作所」に向かおうぜ」


 影澤は「タワー」のカードを降らせたドローンを今度こそ切り刻むと、「蒼岩電機製作所」に向かって歩き出した。



「ど、どうなっている!? 影澤達はどこへ消えた!?」


「た、大変です! システムに侵入されました! 監視カメラとの接続も切れています。これは……クラッキングです!!」


「――影澤ァ!!」


 電脳局の司令室は混乱の渦中にあった。監視カメラの映像は急に全て消え、影澤達の動向も分からない。

 それだけではなく、電脳局のシステムに何者かがクラッキングを仕掛けてきているという逆に追い詰められる展開になっている。


 これだけの攻撃を一人でできるとは思えない。ここに来て、局長は自分達が嵌められたことにようやく気づくことなった。


 猫美、翠山、院瀬見、坂場、島崎、南河原、入嶋――彼女らは全員がプロのハッカーに匹敵する技倆を持ち合わせている。

 そこに影澤を加えた八人がそれぞれ役割分担をしながら街頭カメラへのクラッキング、電脳局システムへの違法アクセス、その他諸々を速やかに遂行した結果――それが、この現状だった。


「ちっ、「蒼岩電機製作所」の方はどうなっている!?」


「そ、それが!?」


「なんだッ!!」


「システムが孤立して外部の情報は全く分かりません」


 電脳局には「蒼岩電機製作所」付近で影澤一派と百合薗グループが不自然な動きをしないかを監視する役割もあった。しかし、これではその役目を果たせない……それどころか。


「システムダウン……扉のシステムが乗っ取られました」


「電脳局のシステム、九十八パーセントの主導権を奪われました……」


「くそ! お前らどうにかしろ!!」


『怒り散らさんと、オノレがやればええんちゃうか』


「だ、誰だ貴様は!?」


 電脳局の中枢に一人の男の声が響き渡る。


『オノレらが殺そなとした影澤照夫や』


「影澤……だと。だが、お前は「タワー」に命を狙われている筈」


『ああ、現在進行形で命を狙われていんで。いっぺんにオノレらの相手もしてたって訳』


「なんだと……我らは電脳局――大倭秋津洲帝国連邦が誇る最高峰のサイバー犯罪対策組織だぞ! それが、民間のただのクラッカー如きに……」


『何を言うとる……オノレが敵に回したのはもっと強大かものやったってことやろ? オノレ達が本来するべき選択はこの戦いに参加せぇへんことやったってことや』


 空間が塗り替えられていく。真っ白な霧が屋内にも拘らず吹き出し、壁や床の至る所がひび割れてズレた。

 と、同時に電脳局の職員達の姿もブレ始める。まるで二重になっているように、魂を乗せた電脳体が体から乖離していく。この現象を電脳局の局長は知っていた。


「まさか……「Bブルー.ドメイン」か!? 「Bブルー.ドメイン」の空間データと電脳局の空間データを入れ替えたのか!?」


『正解』


 円に囲まれた百合をモチーフとした紋章が壁や床に刻まれると共に、ここから銀色の立方体が姿を現した。


「ひ、人殺しだぞ! お、俺達を初期化フォーマットする気か!?」


『何を今更、オノレらだって人のことをとやかく言えるような立場やんけやろ? 恨むならこんなところに就職した自分達を恨むことやな』


 それを最後に影澤からの通信は切れた。増え過ぎた電脳空間を初期化フォーマットするために化野が中心となって作成した「サーチアンドデストロイ・オートマトンプログラム」は、「Bブルー.ドメイン」を消滅させるために初期化フォーマットをビームを放つ。ただ、それだけ。

 電脳局の者達にとっての不幸は、その初期化フォーマット対象に自分達の魂を乗せた電脳体が含まれていることだった。



「作戦中止です。やっぱり・・・・影澤さんの方が一枚も二枚も上手でしたね。あっさり電脳局の皆様も殺されてしまいました。あー、残念でなりません。「蒼岩電機製作所」も百合薗グループに奪われてしまいました」


「……あら、とても残念そうには見えないのだけど」


「そう、ですか? しかし、困りましたね。折角、鶯谷さんに・・・・・手を回してもらって・・・・・・・・・影澤さん達を一網打尽にする計画でしたのに。先生は悲しいです、田井中たいなか朔夜さくやさんには期待していましたのに」


「……冗談でしょ?」


「ええ、冗談です。それでは、帰りましょうか」


 新宮寺しんぐうじ愛望まなみ――鳴沢高校二年三組の担任で担当教科は社会科。大倭秋津洲帝国連邦でも名門とされる私立大学の黒澤大学の出身で、今年二十五歳になるものの百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪というテンプレなちっこい系教師。生徒思いの教育者で、「愛ちゃん」、「愛ちゃん先生」、「愛望お母さん」などと呼ばれている。

 迫力が全くないので、怒っても可愛いとしか思われない。


 何も知らないクラスの者達は、彼女をそのような存在として好感を持って見ているだろう。愛望先生を嫌いだ、という生徒の名前を、「タワー」――田井中朔夜はたったの一人も思い浮かべることができない。


 だが、その本質は邪悪そのものだ。私立黒澤大学のオカルトサークルの出身者に相応しい性格破綻者――あの慈母や女神のような姿は仮面、あるいは第一形態のようなもので、後二つ形態を残しているのだから恐ろしい。


 恐ろしいのは愛望だけではない。副担任の門無平和化野學は爽やかなイケメン教師として非公式ファンクラブができるほどの人気を集めているが、彼は星の智慧派を名乗り、とある新興宗教が引き起こした毒ガス散布事件など、数々の凶悪犯罪の裏で暗躍し、カルト教団やテロリスト集団に化学兵器を流していた死の商人だ。


 園村白翔百合薗圓――クラスではいじめられっ子(?)なオタク男子というイメージを持たれているが、実際は化野すら飼い慣らす魑魅魍魎の棟梁のような化け物。あんなのをどうやって暗殺すればいいのか、と頭を抱えたのは一度や二度では無い。


 そして…………。


 田井中は一旦そこで思考を断ち切ることとなった。黒塗りの高級車がビルの一階の駐車場に停まったのだ。

 大倭政府と大倭国会の手の中に吸い込まれた血税が、こんなことに使われているなんて……と内心溜息を吐きながら田井中は愛望と共に車に乗り込み、用事のなくなった蒼岩市を後にした。

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