季節短編 2020年ホワイトデーSS

ホワイトデーにはチョコレートのお礼を、今度こそ好きな男の子に……。

 これは圓達が異世界に召喚される前の最後のホワイトデー――その数日前の物語である。



<三人称全知視点>


「もうすぐホワイトデーだね! 巴ちゃん」


 キラキラとした目で期待の籠った笑顔を向ける親友の姿に、巴は微笑ましいものを見るような温かい微笑みを浮かべた。

 クラスメイトの男子達は「もしかして、抜け駆けのチャンス到来か!?」とがっつきながら聞き耳を立てているが、巴は咲苗の言葉が男子達の期待に応えるものではないことを知っている。


 簡単に意訳すると「もうすぐホワイトデーだね! 園村君にチョコレートのお礼をしたいんだけど、手伝ってもらえないかな?」ということになる。勿論、親友として咲苗の恋を応援すると決めている巴にとっては「何を今更」という話だ。

 それに、巴も園村からチョコレートを貰っている。そのお礼をどうせなら手作りでと考えていた巴も丁度考えていたところだ。咲苗との合作……とすると、咲苗をメインに据える事はできないので、咲苗よりも細やかなものでも贈ろうかなと算段を立て始める。


 丁度その頃、話題の人物――園村白翔が教室に入ってきた。心なしかいつもより疲れているように見える。目の下の隈も濃い。

 幽鬼のような園村は自分の机に着くなり崩れ落ちた。普段なら机の上の落書きを掃除してから夢の世界に旅立つのだが、今日に限ってはその体力すらないようである。


 巴は思考をやめて現実に戻ると、いつの間にか咲苗が姿を消していることに気づいた。

 「おはよう! 久しぶりだね、園村君!!」という親友の元気な声が聞こえ、クラスのヘイトが膨れ上がったことに気づいて巴は「しまった!」と心の中で叫ぶとすぐさま園村の席に向かった。その結果、ヘイトが二倍に膨れ上がったことには気づいていない。


「……ごめんねぇ、今日は本当に寝不足でさぁ、本当にほっといてもらいたいんだけど。ただでさえ疲労が溜まっているのに、さっきヅラに捕まってコンコンと説教されたし……しかも多量の整髪剤を異常なレベルで投入して練り込んだかのように、ぺったりと過剰なほど、額を見せる高い位置で七三に止められているあの黒々としたヅラにしか目がいかないんだよねぇ。説教なんて例え聞く気があってもあれじゃあ馬耳東風になるよ……あっ、巴さんって道場の娘なんだよねぇ? 木刀って持ってない? あのヅラ吹っ飛ばしたらきっとスカッとすると思うんだ!」


 勝気の少女のようにイケメンに笑う園村に一瞬クラッとしながら、巴は「持っている訳ないでしょ!? それに、なんで先生に攻撃するのよ!?」とツッコミを入れた。「ちぇー」とつまらなそうにする園村の姿を見てクラスのヘイトが更に膨張し、今にも破裂しそうになる。いつ暴発してもおかしくはない。


「ところで、園村君って三月十四日に学校来るのかな?」


「ん? ああ、バレンタインのお返しなんて期待してないし、あっても困るから別にいいよ。そんな気を遣わなくたっていいって」


 クラスの男子生徒からは「咲苗さんからお返しをもらおうなんて、だからオタクは気に食わねえんだ!」という怒りが、女子達からは「バレンタインのお返しを催促するなんて最低ね!」という怒りが溢れ返ったが、たった一人の咲苗の恋応援委員会の委員長兼参謀の巴は園村が全てを先読みした上であらかじめ釘を刺したのだと察して「やっぱり強敵ね」と気を引き締め直した。

 このままではまた前回のようにのらりくらりと躱されてしまう。


 ちなみに、クラスメイト達は園村からチョコレートを貰ったことなど既に忘れ去っているようだ。


「ああ、そうだよねぇ。ボクなんかに咲苗さんがわざわざお礼をしないよねぇ。そもそも、在庫一掃で渡したチョコレートのお礼が高嶺の花な咲苗さんの手作りとか、どんな海老鯛だって話だよ。勘違いも甚だしいって話だよねぇ」


 クラスメイトの声を代弁し、自嘲する園村だがその言葉に巴は嘲笑が含まれているように感じた。自分ではなく、もっと別の者達に向けられる嘲り……だが、巴は「園村君がいくら皮肉屋でもそんなことしないよね」とその可能性を否定する。勿論、巴の推察は当たっているのだが、彼女がその事実に気づくことはない。


「もしかして、バレンタインに誰かからチョコレートをもらったのかな? もしかして、巴さん? 友チョコっていう奴だよねぇ。いいねぇ、大好物ですご馳走様ですありがとうございます。……さて、誰に渡すのも自由だし、男にお礼を渡すならちょっとお兄さん真っ赤なお花を咲かせたくなるけど、まあそれはいいとして……まず、ボクはホワイトデー付近は無理かな? ちょっとバイト先の仕事が大詰めでねぇ。ここから忙しくなるから学校に来ているがないんだよねぇ。後、これは二人にとってはちょっと残念なお話なんだけど、貿易店「Abroad Merchandises」が店長の都合でしばらく休業するみたいでねぇ。製菓材料の購入は別の店を探すことをお勧めするよ。なんでも友達の仕事のお手伝いを頼まれたみたいでねぇ」


 後者に関しては咲苗と巴にとってはどうでもいい話になりそうだった。仮に園村にお礼のお菓子を渡せるタイミングがあるのなら「Abroad Merchandises」で材料を買うという話になってくるが、そうでなければご縁がない店なのである。


「……園村君、いつ帰ってくるの?」


「さぁねぇ。できるだけ早く終わらせないとその後の予定が過密ダイヤ並に詰まっているんだけど、世の中ってそう上手くはいかないからねぇ。しばらくは学校に来れないと思うよ。で、その事実を知ったヅラにこっ酷く叱られた訳、学生の本分は勉強だって……そもそも学生じゃなくて生徒だと思うんだけど。というか、あのヅラが目立って説教が耳に入ってこないし……」


 結局、園村が次に学校にくる日が分からないまま、ホワイトデー当日が近づいてきた。



「それでは、朝のホームルームを始めよう!」


 ホワイトデーの三日前、三月十一日。教室に無駄にうるさい声が響き渡った。

 園村の天敵でヅラと呼ばれている数学教師、五反田ごたんだ堀尾ほりおの声だ。


 クラスの生徒達は一斉に「はっ?」という視線を堀尾に向ける。この四角四面な教師を毛嫌いする生徒は多い。


「五反田先生、愛望先生と門無先生はいらっしゃらないのですか?」


「ここの担任は新型インフルエンザを発症したそうで有給を使って休んでいる。門無に関しては知らん、所用があって数日休むとか言っていたそうだ。全く、新型インフルエンザはともかく私情で休むとか、あの若造教師は教師の仕事を舐めているのか!?」


 門無ファンの女子生徒達から殺意の篭った目を向けられる堀尾だが、とくに気にした様子もなく淡々とクラスを見回してカードに出席状況を記載していく。


「欠席は……出席番号四番の稲垣香織、出席番号五番の乾櫻子、出席番号十八番の富永亜矢子が新型インフルエンザで出席停止、後は園村が無断欠席か……たく、アイツはいつもいつも。……まあ、いい。今日の一時間目と三時間目は自習だ。私が監督を任されたからな、三限までは面倒を見てやる」


 「えー」と露骨に嫌そうにするクラスメイトを歯牙にもかけず、「そういうことだからな、それでは自習のプリントを持ってくるのでしばらく待っているように」と教室を後にする堀尾。

 その後、五反田は政治・経済、化学、数学のプリントの束をクラスに持ち込んだ。生徒達の不満が爆発したのは言うまでもない……ヅラが飛ぶことは無かったが。



「あの、クソ教師……」


「まあまあ、五反田先生も悪気がある訳じゃないから。俺達のことを思って熱く指導をしているのだから、そう悪く言っちゃいけないよ」


 荻原の怒りを宥める曙光の顔にも疲れが見られる。

 成績優秀な曙光にとっても、あの三時間は地獄のようなものであった……課題の量的な意味で。挙げ句の果てに寝落ちしかける度に男女問わず叩き起こされるのだから夢の世界に逃亡することもできない。


「…………相変わらず、熱心なんだけどどうにも方向性を間違えている先生よね」


「私は優しい先生だと思うけどな……五反田先生、別に全ての問題に手をつけなさいって言ってないし。あっ、ちゃんと私は全問解いたよ」


「……そういえば、そうね」


 五反田はホームルームでプリントの束を配り、三時間目終了間近に模範解答を配ったがプリントも回収せずに教室を後にした。

 よくよく思い出せば、寝落ちしている生徒は叩き起こしていたが、それ以外には何もしていない。


「園村君もなんであの先生のことをそんなに嫌っているのかな?」


「……確かに、何故か園村君にだけ露骨に反応しているわね。相性が最悪なのかしら?」


 そんな疑問を抱きながら、咲苗と巴は廊下に出た。少し外の空気を吸いたいと思ったからである。


「スカートを短くし過ぎるなと何度言えば分かるのだ!」


 そして、二人は廊下で五反田がギャル風の見た目の女子生徒に注意している姿を目撃することとなった。

 ギャル風の少女が「キモいんですけど!」などと罵詈雑言を浴びせても徹頭徹尾無視して淡々と注意を続けていく。やがて、ギャル風の女子生徒の方が折れ「マジなんなの……分かったわよ」と渋々スカート丈を直して去っていった。……何故かミニスカートのままで校則違反のままだったが、何故か五反田は満足そうに頷いている。

 ふと、巴と咲苗に気づいた五反田が「確か、園村の友人の柊木咲苗と五十嵐巴だったな」と呟きながら視線を向けた。三大女神の二人に数えられ、教師からの覚えもめでたい筈の二人だが、五反田にとっては園村の友人――おまけのように見られているらしい。


「あの……五反田先生。さっき生徒指導をなされていたようですが、スカート丈以外にも注意するところはあったのではありませんか?」


 巴が疑問に思っていたことを口にする。さっきの女子生徒はスカート丈だけでなくメイクも染めていた髪も校則違反だった。


「校則か? あんな下らん物に縛られるなど愚かしい。社会に出たら化粧をすることは身嗜みだ。それを何故規制するのか、理解できん。もっと気にするべきことがあるだろうが! 私は曲がったことが嫌いだ。本気になれば学年一位を取れるのにも関わらず手を抜く愚か者もそうだが、それ以上に、無意味なルールを押し付ける社会や学校というシステムが、その癖、当然の如く罷り通るイジメを許し、隠蔽する体質が。私はただ私の信じる正解を、正しさを模索するだけだ。巴と咲苗、休み時間は短い――有効に使うように。次の授業に遅れないようにな」


 そう言い残すと五反田は大股で職員室へと戻っていった。その頭には塗り固められたヘルメットのようなヅラが輝いている。


「五反田先生って厳しい先生だけど、やっぱりいい先生だったね」


「でも、諍いが絶えなさそうね。生き苦しくても……それでも、きっとあの人はその生き方を曲げないんだわ」


 その日から巴は五反田という教師に対する認識を改めた……が、今でも彼を誤解した生徒は沢山いる。

 「水清ければ魚棲まず」、「白河の 清きに魚も 住みかねてもとの濁りの 田沼恋しき」……正しさを貫くだけでは世の中を渡っていけないのだとその日、巴は痛感することとなった。



「たく、あのヅラ……自分持ちで授業で配布したプリント郵送してくるとかどんだけマメなんだろうねぇ」


 送り主のところに「五反田堀尾」と書かれた「百合薗圓」宛ての段ボール箱を見て、園村白翔……否、百合薗圓は呆れ顔になった。


「処分しておきましょうか?」


「いや、ヅラの気持ちも分かるからねぇ。きっちり全問正解で送り返しておくとしよう。ああ、郵送代に少し色をつけた金券をつけてねぇ」


「承知致しました。圓様」


 門無平和――化野學から段ボール箱を受け取った圓は自室の机に置くと、化野と共に屋敷の庭に向かった。

 庭には既に一機のヘリコプターが準備され、パイロットを担当するメイド統括の陽夏樹燈と護衛役の忍統括の常夜月紫、庭師統括の斎羽勇人が主人の到着待っていた。


「ごめんねぇ、わざわざ集まってもらって」


「私は圓様の護衛ですから、いついかなる場所にも必ず同行し、お守りさせていただきます」


「メイドの仕事は任せてきましたので大丈夫です。……私達の負担など微々たるもの。本当に大変なのは圓様ですから、商談・・まではゆっくりとお休みください」


「まあ、俺は陽夏樹と違って特にやることはねぇだろうし、圓様と一緒に寝させてもらうぜ」


「あはは。相変わらずだねぇ、斎羽さんは」


「このニートこそ真に働くべきなのでは?」


「圓様のお役に立つために精一杯働きなさい! 斎羽勇人!!」


「いつもサボっているので少しは働いてもらいたいです」


「いや、俺が働くってそういうことだろ? 俺みたいな暗殺者には仕事がない方が絶対にいいんだって」


「まあ、今回はそうも言っていられないかもしれないからねぇ。大倭政府敵さんも黙っちゃいないだろうし」


「……そりゃ、殺すとなりゃ殺しますよ。それが俺の仕事ですから」


 勇人は懐から拳銃を取り出し、一撫でした。暗殺を仕事だと割り切っている勇人は人の命を奪うことにも躊躇はない。

 まあ、それも仕方ないと勇人は考えるようになっていた。――あの日、黒澤大学犯罪心理学専攻教授の田村勲の引き起こした「ホテル濱本爆破事件」によって妹――斎羽朝陽を失ってから、勇人の倫理観は完全に壊れ、高が外れてしまったのだろう。あの日から妹の命を奪った犯人を殺すために暗殺者としての道を歩み始め、最初に人を殺した時も全く何も感じなかった。

 両親を早くに失った勇人にとって唯一の家族だった朝陽を失った時点で、もう何も失うものなどないのだから、怖くないと心の中で思ってしまったのかもしれない。


 しかし、そんな勇人にも怖いことがあった。大切な家族を、自分を家族として迎えてくれた圓達を喪うことだ。

 もう二度と、大切な人を失わないために勇人は銃を手に取った。


 例え誰かの平和を、日常を壊したとしても自分の平和を、家族を守るなんて破綻した考えだよな……と、苦笑を浮かべながら、それでも不器用な自分を仲間と認めてくれた家族を守るためにその手を血に染める――それが、斎羽勇人という人の生き方なのである。世間一般からは犯罪者と何ら変わりないと思われるだろうが、勇人にとっては世間の評価などどうでも良かった。

 寧ろ、正義と平和を愛する一般民衆達の方が人を殺すのが好きじゃねぇか、寄って集ってイジメ、それを正当化する暗殺者とお前ら、どっちがタチが悪いんだろうな、と鼻で笑って歯牙にも掛けない。


「それじゃあ、行こうか。蒼岩市へ」


 それから四時間後、倒産した「蒼岩電機製作所」の代表者との会議の末、百合薗グループが負債分の資金援助と希望した従業員を雇うことを条件に「蒼岩電機製作所」の全株のうちの九十九パーセントを百合薗グループが買い上げることとなった。

 その後、化野が率い、「蒼岩電機製作所」の技術者が加わった科学部門によって「蒼岩電機製作所」が開発した「電界接続用眼鏡型端末」に改良を加えて「E.DEVISE」が完成――その翌日に事前に開発されていたVRMMORPG『Clans in the wilderness』のソフトと共に発売されることになる……が。


 大倭政府と配下の電脳局により「E.DEVISE」のネガティブキャンペーンが実施され、「E.DEVISE」は新しいゲーム機の一種として本来の用途から著しく制限された形で浸透していくこととなる。


 ちなみに、この時期に報道こそされていないが電脳局職員が電脳局局長を含め六十一人が死亡、その後新たな電脳局局長には黒澤大学出身で大学時代は電子工学科専攻だった芥河あくたがわ秀樹ひできが就任することとなった。



 ホワイトデーから三日後、園村は久しぶりに高校に姿を見せた。


「ほら、覚悟を決めていきなさい!」


「お、押さないでよ! 巴ちゃん!」


 巴に背中を押される形で咲苗は園村の前に押し出される。


「あっ……おはようございます。それじゃあ、おやすみ……」


「ちょっと待って、園村君。その……バレンタインのお礼をしたくて。ちょっとだけど、良かったら」


 クッキーの入った袋を園村に差し出す咲苗。途端、クラスのヘイトが振り切れてクラスメイト達が一斉に園村に殺意を向けた。

 鮫島が曙光がいるにも拘らず園村に殴り掛かろうとするが、何故か大量の菓子が詰まった袋を二つ持った門無に足を引っ掛けられて呆気なく転倒する。


「わざわざ律儀にありがとうねぇ。これはありがたくもらっておくよ」


「良かった……園村君が貰ってくれたよ!」


「やったわね……咲苗」


 抱き合って号泣する二人を見ながら「そっちの方がボクにとってはご褒美なんだけどねぇ。最高だよ、女の子同士の友情って、じゅるり」と呟いていたが、クラスメイトも含めて気づいたのは門無だけだった。

 主人が嬉しそうにしているのを見て、思わず顔を綻ばせる。


 しかし、ここでハッピーエンド、めでたしめでたしで終わらないのが圓クオリティ。


「ところで、またホワイトデー用に作ったお菓子が余ったんだけど、在庫一掃で食べてもらえないかな? 門無先生、運んでいただきありがとうございました」


 結局、二人は何を口実にホワイトデーのお返しをしようかと考える羽目になった。

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