Act.5-33 使節団の再始動〜ブライトネス王国発、ユミル自由同盟行き〜 scene.4

<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>


 馬車を走らせて四時間。森を抜けて街が見えてきたので一旦降りて散策することになった……というより、冒険者ギルドに寄ることにした。


 シグミの街はブライトネス王国の北東方向にあり、ダヴァルットの街と同程度の規模を誇る。シグミの街の背後にはシャンタブルズム山脈が連なり、その山を超えた先にはブライトネス王国の最北東端の村ノルグ、そしてその先には大自然の国境線ことゴルジュ大峡谷が広がり、そこを超えた先がユミル自由同盟の領土となっている。このユミル自由同盟の領土は四方を過酷な地形が囲み、外敵の侵入から守る作りになっている。なんでも、獣人族の中で代々伝えられている天然洞窟の迷宮を利用して、そういった地上の厳しい地形を無視して移動することができるみたいだけど、余所者のボク達にはその道を知る術はない。獣人族と取引のあったエルフもユミル自由同盟に赴いたことはなく、常に獣人族が緑霊の森に商い(エルフには通貨がないため、森の恵みや生産品を通貨代わりとして物々交換で希少なミスリル製の武器などを手に入れていた)に来ていたため、その天然洞窟の迷宮の情報はない。

 「まあ、このメンバーだし過酷な地形でもなんでも超えていけるよねぇ? 最悪、空飛べばいいだけだし」というボクの提案に四人が「えっ、空飛べるの?」って驚きつつも賛同してくれて、基本的にはこのまま山越えと峡谷越えを目指すことになった。


 街はそこそこの規模ながら、冒険者ギルドは大きめでダヴァルットの街の冒険者ギルドよりも若干清潔感がある……王都の改造前の冒険者ギルドほどではないけどねぇ。

 シャンタブルズム山脈は凶悪な魔物が棲む魔物多発地域で、自然環境も厳しい。元々、この一帯では獣人族との領土争いが頻発していて、ノルグの村はその人間側の前線基地のような立ち位置だった。その行き来の大変さから、現在はノルグの村も人口が減って寒村になってきている……住んでいるのも生まれた場所を離れたくないと残った老人がほとんどみたいだねぇ。


 シャンタブルズム山脈では、魔物のスタンピードが起きることも多々あり、また貴重な薬草類なども入手できることから一攫千金を夢見る中堅層の冒険者の一部がこの地を拠点に活動している。そういうこともあって、冒険者ギルドも活気付いているんだよねぇ。

 まあ、それ以外にも治安がいい理由はあるみたいだけど。



<一人称視点・アネモネ>


 冒険者ギルドの中は喧騒に包まれていた。……といってもガラの悪い冒険者が新人冒険者に絡むようなことも、酒癖の悪い冒険者が暴れていることもなく、女性冒険者がセクハラ紛いのことを受けている訳でもなく、依頼ボードを前に「今日はどの依頼を受けようか?」という話し合いをしている冒険者グループや、テーブルに座って会議をしている冒険者グループの姿がある……そう、これが健全な冒険者ギルドの姿なのだよ!


 ギルドに入ると、それまで談笑をしていた冒険者や会議をしていた冒険者や、依頼書を眺めていた冒険者や……つまり、ギルドの冒険者達が一斉にこちらを見た……どうぞ、お気になさらずご歓談ください。


「もしや、『二刀絶剣』のアネモネ様ですか?」


 その中で、ボク達に話し掛けてきた冒険者のグループがあった。大剣使いの男、魔法使いの老人、女性魔術師、銀髪の女剣士からなるパーティ――『聖精のロンド』。さっき話していたこの街が治安の良い理由になっているAランク冒険者チームだねぇ。


「初めまして、アネモネと申します。『聖精のロンド』のディルグレン様、ダールムント様、ジェシカ様、レミュア様ですね。お噂はかねがね伺っておりますわ」


 大剣使いの男はリーダーのディルグレン=プロドガンド。もうすぐSランクと言われるほどの熟練冒険者だねぇ。


 参謀を務める筆頭魔術師の老人がダールムント=アンゼルム。老によって体力こそ落ちてきているものの長年の冒険者で培った経験、そして魔法に対する高い造詣と技術を誇る。


 女性魔術師は『聖精のロンド』の癒し手で水魔法の使い手のジェシカ=ギィーリア。実はギィーリア男爵家の八女で貴族の娘なんだけど、貴族としてはあまり裕福ではなく子沢山だったため冒険者として生計を立てる道を選び、ダールムントに師事した弟子で、その関係で『聖精のロンド』に所属した。レミュアを引き抜くまでは彼女がパーティの紅一点だった……別にそれに拘っていた訳じゃないみたいだけどねぇ。


 銀髪の女剣士は『白銀の剣士』の異名を持つ魔法剣士のレミュア=サンクタルク。凛々しい系のお人形のような美貌を湛えた少女……だけど、初対面の頃のプリムヴェールみたいな堅物さは無さそうだねぇ。えっ、なんでプリムヴェールを例に出したんだって? さぁねぇ?


「アネモネ様に覚えて頂けているとは冒険者冥利に尽きる話ですね。俺達に様付けはいりませんよ……なっ」


「その通りですな。ランクは断然アネモネ様の方が高い。冒険者の世界は年功ではなく実力で上下関係が決まる世界ですから、儂達に様付けは不要ですじゃ」


「……そうですね。では、私も皆様のことを「さん」付けで呼ばせて頂きますので、皆様も堅苦しくなくお呼びください」


 アクア達が「いつもとキャラが違ぇだろ!」って視線を向けてくるけど気にしない。……一応、ボクも公私できっちり態度を使い分けられるんだよ? それに、今はアネモネを演じているんだから、猫を被っている訳じゃないし。


「ところで、そちらの方々は?」


 真っ先に興味を示した相手はボクだったみたいだけど(何故かかなり怯えられていたみたいだけど、もしかして暴君か何かだって噂が流れていたりする?)、それと同じくらい注目されていたのがプリムヴェールとマグノーリエだった……まあ、確かにエルフが顔を隠さずに出歩いていたら珍しがるよねぇ……。今は国の方針で亜人差別の根絶を目指しているけど、政策は一朝一夕では浸透しないし、エルフに対する偏見は今も至る所で見られる。


「どうします? 一人ずつ自己紹介しますか?」


「いいや? 別にアネモネさんが全員分紹介すればいいんじゃないか? 会話振られているのはどう考えても親友なんだし」


「では、私から。まずは魔術師風の格好をしているエルフの女性がマグノーリエ=メグメルさん。【生命の巨大樹ガオケレナの大集落】の族長の娘さんで今回の旅にはエルフ側の代表者として参加しています。そのお隣の長身の美女がプリムヴェール=オミェーラさん。族長補佐の娘で、マグノーリエさんとは幼馴染の関係にあります。今回はマグノーリエさんの護衛として参加……ってことでいいんだよね?」


「そのつもりで参加したのだが……エイミーン様からは『友達と楽しい旅をしてくるといいのですよぉ。少し肩の力を抜いて楽しんでくるくらいが丁度いいのですよぉ〜』と言われてしまってな……護衛半分、親友との旅行ということになるな」


 既にこの時点でギルドにいた冒険者達はかなりの衝撃を受けているみたいだねぇ。そして、特に驚いているのがレミュア。


「次は……白髪の混ざった銀色の短髪の長身のおじさんがヴァルグファウトス公爵家の次男でブライトネス王国の大臣を務めているディラン=ヴァルグファウトス様」


「「「「「「「「「――だ、大臣ッ!?」」」」」」」」」


「……ヴァルグファウトス公爵家ですって!? 何故そんな貴族様がこんなところに!?」


 そういう君も貴族だよねぇ? ギィーリア男爵家のジェシカさん? というか、もう一人公爵家の貴族がいると知ったら卒倒するのかな? この人。


「最後のリボンがトレードマークのメイドさんがラピスラズリ公爵家で使用人をしているアクア。ディラン様と波長があって現在は同居中……立ち位置こそ使用人ですが、ディラン様とアクアの関係は対等だから、そこだけはお気をつけてくださいませ」


「大臣様に、エルフの族長の娘さん……それに、冒険者家業の傍らビオラ商会を経営しているアネモネさん。……もしかしなくても、皆様の旅はブライトネス王国の政治と密接に関わっているものですよね?」


「流石は、ミーフィリア女史の愛弟子さんですね。エルフ・・・のレミュア=サンクタルク様。その通り……今回の旅の目的はこれから向かうユミル自由同盟の獣人族を含む全ての亜人族との国交を結び、フォルトナ王国の国王に謁見するまで……まあ、その後はフォルトナ王国預かりになりますが、そういうギルドを通さない依頼を受けましてね。依頼者はブライトネス王国国王のラインヴェルド陛下、前回も同様の条件で緑霊の森に使節団の一員として赴き……結果は見ての通りでございます」


 もうどこで驚けばいいって状況だよねぇ? まあ、それを狙っているんだけどさ。


「なあ、お嬢様って情報を小出しにせずあえて大量にぶち撒けることで一つ一つの情報に意識を向けさせず、例え向けたとしてもそれ以上の衝撃で薄めようとしてないか?」


「あっ、気づいてました? これ、私の常套手段ですよ?」


「確かに、こう一気に情報が出されるとどれに驚けばいいか分からんな。レミュア殿がエルフだということなど些細な問題に聞こえる。……一番驚くポイントはラインヴェルド陛下が冒険者と協力体制にあることか?」


「まあ、本物の情報通にとっては後の話題はそこまでのインパクトはありませんけどね。実際、大勢の貴族が私が陛下に謁見して王宮への出入りを許されたことをご覧になられていますから」


 途端にボクを白眼視する四人……まあ、それって表側の設定だからねぇ。実際は国王とズブズブ……というか、もっと根深い関係で使う使われるの間柄だし……一応、陛下の悪友という立ち位置なのかな? 例の秘密会議にも呼ばれている訳だし。


「なるほど、ミーフィリア女史のお弟子さんか。通りで強い訳だな」


 ギルドの中が一気に静かになったことに気づいたからなのか、銀縁眼鏡を掛けたスーツ姿の女性が現れた。


「初めまして、この街のギルドマスターを務めているセリーナ=レヴィスダーツだ。話はイルワから聞いているよ……怒らせると(冒険者ギルドが)恐ろしいことになるSS+ランク冒険者とね。……まあ、うちはディルグレン達のおかげで治安は良好だ。お手を煩わせることにはならないだろう」


「確かに……ヴァケラー殿の話によるとアネモネ殿は既に冒険者ギルドを三度破壊しているらしいな。最初は扉だけだが、二度目以降は大幅に修繕が必要だったそうだ……まあ、そいつらは私でも怒りを覚えるような所業をしたのだ、関係ない者達にしてみればたまったものではないが、いい薬になるだろう」


「という感じで、今回は温厚な私の他に、血の気の多いお三方もいらっしゃいますので、万が一暴れるようなことになればこれまでに類を見ない被害になると思いますよ……ならないと思いますが」


「「「どこの誰が温厚だ!?」」」


 えっ……ボクって温厚でしょう? こんなに慈悲深い人、なかなかいないって。

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