Act.5-31 使節団の再始動〜ブライトネス王国発、ユミル自由同盟行き〜 scene.2

<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>


「今回はシンプルなゲームだな。チェスは分かるんだが、後のはなんだ?」


 ディラン達はボクが用意したボードゲームのほとんどに見覚えがないようで、不思議そうに眺めているけど……これって大体チャトランガ系のゲームなんだけどねぇ。

 異世界ものでありがちな設定だけど、この異世界でもボードゲームではチェスが、カードゲームではトランプが存在していて、貴族の嗜みとなっている。一方で、元となった筈の古代婆羅多バーラタのチャトランガは存在しない。……こういう点は矛盾しているけど、まあ無理矢理中世欧風の世界を作ろうとしたら大体こうなるよねぇ。


 まあ、ディラン達の場合は先に『Survive: Escape from Atlantis!(アイランド)』とか『カタンの開拓者たち』を知ってしまって地球出身者からしてみれば結構面白いことになっているんだけど。


 取り出したのはチェスボードの他に将棋盤と『ガイスター』と呼ばれる幽霊を元にしたコマを使った、ドイツの二人用ボードゲーム。

 チェスと将棋は同じチャトランガから派生した二人零和有限確定完全情報ゲームで、チェスは女王という駒が追加されることでスピード感が増し、将棋……というか、小将棋は駒の再利用が可能になったことで大幅に選択肢が増えた……とそれぞれ独自の進化を遂げた。そして、将棋の有段者でもあったアレクサンダー・ランドルフによって作られたのが『ガイスター』……駒自体はオバケ型の駒が八個ずつという極めてシンプルな作りでありながら、「良いオバケ」と「悪いオバケ」の二つが存在して、勝利条件も、相手の「良いオバケ」を全部取る、自分の「悪いオバケ」が全部相手に取られる、自分の「良いオバケ」のひとつを相手側脱出口から外に出すといくつかあることから戦略が広がるため、心理戦としては別ベクトルで面白味がある。


 ということで早速実際プレイしてみることにしたんだけど……これがまた別の意味で大変でねぇ。

 全員が見気使いで、読心と未来視持ちだから互いに互いの戦略が読めてしまう。

 まあ、実は見気には見気を極めることで扱えるようになる裏の見気っていうものがあって、その代表例の心を凍てつかせることで相手に心を読まれないようにする拒読心を使えば読心をレジストできるようになるんだけど、今度は拒読心を使えるか使えないか、どれくらいの強度かって話になってくるし、未来視も互いに使っていれば互いに未来が見えているのだから予測の先を行った戦いが繰り広げられて、未来視した未来から外れていく。


 まあ、そんなこんなで不公平があるから見気をボードゲームに持ち込むことを禁止して再開。……あくまでみんなで楽しく遊ぶものであって、こうやって不公平が出るようにするものじゃないからねぇ。



「いや、いくらなんでもおかしくね? 飛車角金銀桂香十枚落ちで、更に俺の持ち駒に十枚全部入れた上で対局して負けるとか……俺、頭脳派の自負があったんだけどなぁ」


 灰になって崩れ落ちかけたディランをアクアが優しく支えている。哀愁を感じさせるねぇ……まあ、やったのボクなんだけど。


「まあ、ボクも実績があるからねぇ。チェスの分野だと大倭秋津洲帝国連邦で初めてスーパーグランドマスターになった方と非公式で大局して三連勝した経験もあるし、そのスーパーグランドマスターを三度倒したAIに十番勝負を仕掛けて全勝しているし。将棋だと永世七冠と現タイトル保有者に非公式戦を挑んで全戦全勝したし、テレビ企画で永世七冠に勝ったAIにも十番勝負を仕掛けて全勝している。ちなみに、そのAIは二体ともボクと化野さんが育てた。……まあ、あくまで非公式だけどボクはこの類のゲームに精通しているし、ディランさんは初心者だった……負けて当然だと思うよ」


「……あー、やっぱり規格外の実力を持っていたのかぁ。そりゃ、負けるよなぁ……しかし、それって前世のスペックだろ? よく三歳の脳味噌に収まったよなぁ」


「そのようにハーモナイアが何かしらの細工をしたんだろうねぇ。まあ、子煩悩(?)……まあ、創造主がどっちかって問題は鶏が先か卵が先かっていう無限ループ問題に直面するから切り上げて……転生前よりも適性を大幅に上げた上に、主人公と全攻略対象の全スキルの使用可能、過去の全自キャラの使用可能……最早ボクって悪役令嬢ローザという存在の本来の領分から大きく逸脱しているから完全に別物だよねぇ。それに、シナリオに従わずに独自路線を貫いているし、後から悪役令嬢ローザ(元祖)っていうのが出てきても別に大して驚かないと思うけど……。まあ、冗談は別として、悪役令嬢ローザがボクとは別の存在としている可能性は高いよねぇ……」


「どういうことだ? ローザは圓殿の転生体ローザ=ラピスラズリ殿のことではないのか?」


「プリムヴェールさんの思考は正常だよ。普通はそう考える。同じ人間がいるなんて物理的にはあり得ない……でも、ここは物理と電脳が入り交じった特殊な性質の異世界なんだよねぇ。……ハーモナイアから『管理者権限』を奪った際に『スターチス・レコード』の代表者もいた筈だ。ハーモナイアの『スターチス・レコード』の『管理者権限』は他の『管理者権限』と同じように奪われていたんだからねぇ……で、その犯人の候補を考えた上で可能性が高いのが、『スターチス・レコード』のバトルPartのラスボスを務める予定だった魔王、そして裏ボスとして再登場する予定があった悪役令嬢ローザの二人なんだ。まあ、ボクに身には覚えがないからねぇ……だから、仮に悪役令嬢ローザが犯人なら、もう一人ボクとは違うローザがいてもおかしくはないと思うんだよ。実際、ボクはその可能性が高いんじゃないかって思っている」


「確かにミスルトウさんに力を与え、圓さんの命を奪おうとしていたのはノルンさん達じゃなくて、ラスボスのミーミルさんだったのですよね? 『管理者権限』の保有の条件が神……なら、ローザさんも魔王さんも除外されますが、天上光聖女教は神ではなく聖女を神格化した教団なので厳密に言えば崇拝しているのは神ではありませんし、背景の薄い神が支配者になっている可能性は低い……となると、圓さんの仰るようにローザさんか魔王さんのいずれかが『管理者権限』を握っている可能性が高いと思います。……ミスルトウさんだって、エルフから翠妖精エルフという種族へ転生させられてしまいましたし、私達の常識で測れないことが起きてもおかしくはないと思います」


「マグノーリエさんの言う通りだと思うよ。そもそも、この世界の法則って一体何のことを指しているのか分からないからねぇ。『Eternal Fairytale On-line』? 『スターチス・レコード』? 三十の世界観があって、その一つに法則があって、常識があって……一つ一つの世界なんだから、当然混ぜようとすれば拒否反応を起こす。破綻を来たす……にも拘らず矛盾したものを矛盾したままそれを良しとして混ぜた世界がこのユーニファイド……その法則は一見物理的にも魔法的にも正しいように見える……けど、その中には矛盾するものもあるだろう。まあ、その矛盾は綺麗に隠されていて気づけないようにはなっているんだけどねぇ。或いはその矛盾が正当だという形で処理されるようにできているのか……。その矛盾した状況が矛盾だと理解できるのは、外から俯瞰できる者で、かつ秩序あるものを知っている者に限られる。そもそも、ボク達の世界にだって矛盾したことはあった。物理的には無かったかもしれないけど、観念的には沢山の矛盾があった。……まあ、少しズレてくる話だけどねぇ。とにかく、この世界はゲームを基にした世界で、世界を作っている半分はデータなんだ。そのデータが意識と質量を持っている時点でそれは物質的に存在している訳だけど、ボク以外ローザ=ラピスラズリという存在がいる可能性は十分にあり得る……例えばボクがリーリエという別の存在になるということは、この世界からローザが消えているということになるよねぇ? アカウントの切り替えは戦隊ヒーローの変身とは違う。文字通りの器の入れ替え……その際にはローザという存在が消えてリーリエになっていると客観視できるでしょう? 存在を消すことができるなら、質量の変化が起きてもいいのなら、存在が増えることだってあり得てしまうんじゃないかな? ……まあ、何が起きても仕方ないってこと。ボク達にできることは、その可能性を三十のゲームという予測材料から考察し、常に対策を講じておくことだけ……例えば、ヨグ=ソトホートに対処するための方法を探しておくとかねぇ」


「まあ、なんとかなりますよ。お嬢様なら悪役令嬢ローザにだって負けませんわ。だって、お嬢様は全てのアカウントとローザや主人公、攻略対象の全ての力を使いこなせるのですから」


「そういう油断が命取りになるんだけどねぇ……まあ、敵は常に先を行っているって思っていればいいんじゃないかな? どう考えてもボク達が召喚される以前から連中は動いている訳だから後手に回っている訳だし、常に挑戦者のつもりでいれば油断することはないでしょう?」


 驕り高ぶった方が負けるのは世の常――常に謙虚で、相手の意図を探る……そうやって戦い続け、ボクは大倭秋津洲帝国連邦と渡り合ってきた。

 ボクが負けたのは百合薗圓として命を落としたあの一回だけ……あれに関しては負けるのを分かった上で興味を優先したり、死を覚悟していたり、そもそも相手が高火力過ぎたりと別の要因が絡んでいたから勝てなかっただけ……手札の増えた今なら、勝利することは可能だと思う……キャパシティを超えることはないだろうから、後は油断をしなければいいだけのこと。


「そういえば、リーリエとローザのくだりで思い出したんだけど、二人に朗報があるんだ。……二人とも、翠妖精エルフの力に興味はない?」

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