Act.5-18 第一回異界のバトルロイヤル 一日目 scene.3 中

<三人称全知視点>


「さて……いつまでもこうして戦いを続けている訳にはいかないのでな。そろそろ幕引きにさせてもらおう」


 スザンナが新たに取り出した指輪を嵌め、勝気な笑みを浮かべた。


「……幕引きですか。……私の防御を突破できるとでも? 宝石魔法ジュエルマジック黒晶壁ウォール・オブ・ブラックストーン!」


 ホネストはあえてスザンナの攻撃から身を護った上で反撃することを選んだ。勝利を確信したその方が魔法省の鼻を明かせると思ったのである。寧ろそれ以外に勢いに乗った魔法省に太刀打ちする方法は無かったのだ。


 ――だが、その選択こそスザンナの目論見通りだった。


「私には分不相応な力だ。――選ばれし者にしか使えぬ聖なる力……だが、その領分に身の程を弁えず挑むことこそ、研究者というものだ。神に定められた境界を踏み越え、その先に至るものこそが、魔法学者という存在なのだ! マキシマムセレスティアルレイ・フェイク!」


 スザンナは、自らが一生使える筈がない主人公にしか使えない魔法を発動し、超新星爆発を彷彿とさせる激しい光の爆発がホネストを一瞬にして飲み込んだ。

 『スターチス・レコード』時代から存在し、レベルという概念で条件がつけられた異世界では主人公と攻略対象、悪役令嬢しか持ち得なかった技――それが、魔法技術によって再現されたものが「フェイク魔法」である。


 それは、主人公達に許された特権を踏み躙る行為そのもの。世界が定めたルールに争うその力はここがゲームの世界ではなく、紛うことなき現実であることの証明となった。


 実はスザンナはローザから情報を得た後、天上の薔薇聖女神教団(旧:天上光聖女教)の総本山に赴き、研究のために必要な聞き取りを行った。その過程でアレッサンドロスが熱に浮かされたような口調で語った神の御技・・・・に興味を持ち、再現に踏み切った――その結果が、このマリエッタのお株を奪う魔法である。まあ、所詮は「フェイク魔法」なので実際の「マキシマム・セレスティアルレイ」に比べたら数段落ちるのだが……。


「さて……待たせたな。アクア殿とディラン殿ならば全力を出しても問題ないだろう――次は【ブライトネス王家の裏の杖】としての全力を尽くさせてもらおう」


 幻想級装備『スタッフ・オブ・アロン』の杖先をアクアに向けたスザンナはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。



「――行くぞ、ディラン!!」


「おう、アクア! 任せろ・・・


 以心伝心とばかりに魂魄の霸気を発動した瞬間、アクアとディランの姿が消える。


「ほう……魔法ではないな。影に溶けたか……厄介だな」


 ディランの魂魄の霸気の形は《影》だ。今回、自身とアクアを影の中に潜ませたのもその応用の一つである。

 スザンナの得意魔法――「クリムゾン・プロージョン」は極めて発動までの時間が短く、更に致死率が高い暗殺向けの魔法だ。その一見暗殺にはそぐわない派手さから使用者の特定は容易だが、知っていたところで回避できるものでもない。


 だが、影の中に入れば話は別だ。「クリムゾン・プロージョン」では影の中にまで攻撃を通すことはできない。


『――黒影の抱擁シャドウバインド


 スザンナの足元の影から黒い影が腕のように伸び、スザンナの杖と身体を拘束する。


「……小癪な。ホーリーフォース!」


 拘束された状態でなんとか指輪を取り出して嵌め、光魔法を発動するスザンナ。

 影に相性がいい光魔法で拘束から脱しようという目論見だったが……。


「……なにッ!」


『俺の陰は特別製でよぉ。光属性の魔法だろうが影を消し去ることはできねえ。……まあ、弱点がねえって訳ではないけどな。……影にはこういう使い方もあるんだぜ! 外活闘気-影流し-ってな!!』


 魂魄の霸気は霸気の一種だ。そして、霸気には別の霸気を伝達することができるという性質がある。ディランはその理論を利用して影伝いに高エネルギーの外活闘気を放った。

 治癒闘気は加減を考えて使用すれば治癒の効果を持つ……が、過剰に与えると失神や最悪の場合は死亡することがある。

 ディランはあえて加減をせずに影を介して放つことでスザンナへの攻撃手段として利用した。


『――魂魄の霸気!』


 更にそこにアクアの《昇華》が加わる。ディランの《影》の魂魄の霸気と外活闘気が更に強化され、スザンナを更に締め上げじわじわとダメージを与えていく。


『未だぜ! 親友!!』


『おう、行ってくるぜ!!』


 影の中から飛び出したメイド。その瞬間、スザンナは痛みを堪えて「思考詠唱」で「クリムゾン・プロージョン」を放つ……が。


「なん…………だと……」


 メイドは「クリムゾン・プロージョン」を受けてなお爆裂四散しなかった。


「まさか……こんな古典的な方法に……ひっかかるとはな」


 メイドが爆裂四散しなかった理由――それは、メイドが水分を持っていなかったからだ。

 人間の体重の約六十パーセントは水分と言われている。亜人族や魔族も個人差はあっても体内に水分を持たない種族はいない――つまり、「クリムゾン・プロージョン」は全ての種族に通用する攻撃魔法ということになる。

 それが通用しない……ということは、相手が人間ではないということを意味する。


 スザンナはその正体を理解して、諦めの表情を浮かべた。その瞬間、背後・・から現れたアクアがスザンナを両断する。


 スザンナがアクアと間違えたもの……その正体はアクアそっくりに伸ばされた影から作られたシルエット――ディランの《影》の応用の一つだった。

 普段のスザンナならば絶対に見間違えることはない初歩的なミスだが、スザンナは絶体絶命の状況にあり、《影》の束縛と外活闘気のダメージが酷く集中力が落ちていた。


 そもそも、今回の戦いはスザンナにとって分が悪いものだった。そもそもスザンナ側はアクアとディランの魂魄の霸気という切り札がどのようなものかを知らず、逆にアクア達はスザンナの得意魔法や戦法をよく理解していた。先に知り得ている情報量が圧倒的に違う中で、更にスザンナはホネストとの連戦。

 それに加え、二対一という数的不利に加え、アクアとディランという互いに互いを知り尽くしたベストパートナーを相手にしたということ。

 あらゆる面において、スザンナが不利になる条件が揃っていたのである。


「おっ……見ろよ、相棒。スザンナを倒した得点が俺達二人に入っているぜ!」


「なるほど……協力して倒したら本当に二人分のポイントが入るのか。これなら、二人でボスを倒して五ポイントずつ獲得するのも夢じゃないな」


 その後、アクアとディランは二人で図書館を進み、二時間を掛けてボスの間に到達――《影》移動や《昇華》を駆使した二人の本気を発揮し、数十分でヌル・モンスターなホンダナーを討伐した。


「…………意外と弱かったな。ボスってこんなものなのか?」


「……親友は一体どんな化け物と戦ってきたんだ? ……さて、報酬は…………あっ、既に倒されていたのか、一番乗りだと思ったんだけどな」


 宝箱が出現することもなければ、ボス討伐報酬の五ポイントも入手できない。二人には討伐済みか初討伐かを見極める方法がないのだから、このような無駄足を踏むことも十分にあり得る話だった。

 ヌル・モンスターなホンダナーの初回討伐者がバルトロメオかローザかというところまでは絞り込めるが、そのどちらがヌル・モンスターなホンダナーを討伐したかを見極めることは二人にはできない。


「それで、次はどこに行く?」


「そうだな……この白雲世界ってエリアに行ってみたいな。空って普通じゃ冒険できないだろ?」


「まあ、確かにそうだな。……いや、親友ローザなら頼めば空の冒険もできるかもしれないが……決まりだな! よし、行こうぜ!! 大空へ!!!」



 バトルロイヤル開始から十二時間が経過した。既に六分の一が終わり、残るは十三人――七人ものプレイヤーがここまでに脱落していた。


 所変わって、海中洞窟。奇しくも同じ安全地帯に目をつけ、その場所を拠点に行動していた海中洞窟に残っている三人――ミーフィリア、ディーエル、モーランジュの三人が同じタイミングで拠点に戻ってきてしまった。

 これまで奇跡的に三人は出会わなかった。だが、同じ場所を拠点にして出会わない確率の方が遥かに低い。寧ろ、寝ているところを攻撃されるという事態にならなかったのは幸運だったと三人は感じていた。


「おいおい、マジかよ……元宮廷魔法師団所属で副団長、団長、顧問を歴任した「落葉の魔女フォール・リーフィー」に、第二騎士団の騎士団長様か!? 全くついてねぇよなぁ……いや、まだマシな方か?」


 無性髭を生やしたワイルドな雰囲気を感じさせる軽装備の騎士がふと思い直して態度を変える。化け物揃いのバトルロイヤルの中では、二人が比較的まだ人間に近いことを思い出し、「俺の専門は暗殺剣で正統の剣術は苦手だが、正統派剣技の使い手だというディーエルは俺みたいな奴を苦手にしているかもしれないし、ミーフィリアも魔法師である以上は近接戦を苦手とするという原則からは免れない。例外はいるが、ミーフィリアは根性論を掲げる武闘派魔法師に嫌気が差して宮廷魔法師団を抜けたからあの「灼熱の雌獅子」みたいに近接戦まで得意としていることはねえだろ……問題は寧ろこの一対一対一という環境だな」と胸算用を行って自身に勝機があることを確信したのである。


「そういえば、二人は第二騎士団と第三騎士団はその性質の違いからなかなか連携を取ることはないのだろ? ジルイグス率いる第一騎士団と第二騎士団が組んでいるところは何回かあったと思うが。……第二騎士団と第三騎士団――ブライトネス王国有する三大騎士団の騎士団長同士が組んだら、はてさて、どれほどの力を発揮することができるのだろうか?」


「……正気ですか! ミーフィリア様!」


「無論だ……まあ、私も前線を退いた身、現役の二人には敵わないだろうが……。しかし、このように誰かが攻撃してくるのでは、協力を持ち掛けて裏切られたらどうしようなどと警戒していては最上の状態で戦うことはできないだろう? 私を倒してその後に決着をつければいい……そうではないのか?」


 モーランジュはミーフィリアの提案に警戒心を抱いた。自分を倒してから二人でポイントを奪い合えなど、ミーフィリアにとっては何一つ利益のない話だ。それに加え、ディーエルと組めば二対一という形でミーフィリアが不利になる。

 ここでディーエルを裏切れば、形勢は一対一と不利になる。二対一という優位性を維持するためには、ディーエルと組むしかない。


「モーランジュ殿、私と組んで頂けないだろうか?」


「それしか選択肢がないな。よろしく頼む、ディーエル殿」


 ディーエルとモーランジュの間に協力体制が生まれた瞬間、ミーフィリアの口元が僅かに歪んだ。

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