Act.5-6 悪役令嬢、魔法省へ行く scene.1 上

<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>


 翌朝。朝食を食べた後、ボクはネストと二人でドラゴネスト・マウンテンの山頂にある花畑へと来ていた。

 お馴染みの試し撃ちスポット……ちなみに、ナトゥーフからは許可をもらっているから本当に好きなだけ使って問題ない。たまに面白い実験とかしているとひょっこり顔を出すんだけど、まあ今はいないからねぇ。


「それじゃあ、始めようか? 昨日の夜に話していた実験で面白い副産物を得られてねぇ。ある意味ネストの完成形と言えるものだから一度見ておいて損はないんじゃないかって」


「……姉さん。僕はラピスラズリ公爵家に分家から来た身で、魔法の属性は多くの場合遺伝するものだから、僕の風属性は姉さんには使えないよ……そうだよね?」


「と、ボクも思い込んでいて油断していたんだけどさ……実はボクがゲーム時代には無かった希少なものも含めて全属性を使えて、その上で全ての主人公と攻略対象の特技も全て使えるみたいなんだよ。……ハーモナイア、やり過ぎたよねぇ」


 「ああ、やっぱり姉さんにはどうやっても敵わらないな」と遠い目をするネスト。


「まあ、試しに証明してみるよ……マキシマム・セレスティアルレイ」


 主人公マリエッタがレベル99で覚える固有最上級光魔法が、ワイバーンとかドラゴン系その他諸々を纏めて吹き飛ばした……流石に二回目だと驚けないねぇ。


「……これって、もしかしてマリエッタさんの?」


「よく分かったねぇ。差し詰め、主人公のお株を奪ったってところだねぇ……まあ、その全てを足し合わせてもリーリエどころか最もステータスの低いアネモネにすら勝てないんだけど……。それでも、ネストの強化には繋がると思ってねぇ。まあ、姉としてできることなんて限られているけど……そもそも、外道のボクがいい見本となれることなんてないけどさ、それでも必死で頑張っているネストに何かしてあげたいと思ってねぇ」


「…………姉さんにはもらってばっかりだよ。……それで、僕は最終的にどんな高みに昇れるのかな? (それを姉さんに見せてもらう時点でもう勝てないってことなんだろうけど……)」


 見気を持っているボクには心の声が聞こえてしまうんだけどねぇ……正直、追いつかなくてもいいと思うよ。雲に色々な形があるように、人にだって色々な形があるんだからさ、一人一人違うゴールを目指したっていいじゃないか? ……まあ、受け売りだけどねぇ。


「それじゃあ、見せるよ。……エアリアル・ウィンドテンペスト」


 忽ち、発生した巨大な竜巻がドラゴンの群れを巻き込んで荒れ狂った。

 そして数十分後、竜巻が消え去った後には物凄い勢いで落下して鱗が砕け散り、体に無数と傷を負ったドラゴン達の死体が落ちていた……凄いなぁ、レベル99の技。


「これが……僕の目指すべき場所」


「う〜ん、まあ、これを目指さないという手もあるけどねぇ。もうすぐ生まれ持った属性以外も使えるようになるだろうし……」


「……それが姉さんの研究成果なんだね」


「まあ……そういうことになるねぇ。だからこれからは持っている魔力量が勝負の鍵になる。大気中の魔力をどれだけ溜めて置けるか、溜められないのならどれくらい空気中の魔力に干渉して魔法を起こせるのか……まあ、外部の魔力に干渉する類の魔法には対策があるからあまりお勧めしないけどねぇ。……とりあえず、見せたいものはこれで終わったけど、何か他に質問がある? 実験の成果とか?」


「それは近いうちに分かると思うからいいよ。……それよりも、姉さん……悪役令嬢ローザにもレベル99で覚える大魔法があるんだよね? よかったら見せてもらえないかな?」


「……いいけど、心折れないでよ? ブラックホール」


 遥か上空に魔法を展開する……計算上、地上で展開したら本当に洒落にならないことになるので。

 瞬間、ドラゴネスト・マウンテンの上空が闇に呑みこまれた。


 かなり離れて見れば、上空に黒い球体が出現したことが分かるだろうけど……まあ、この時点で恵の太陽を覆い隠す皆既日食と同様に古代の人々であれば、ただただ天を仰ぎ、その天変に恐れ慄くばかり……政権交代も夢じゃないんだろうけど。

 太陽の光が遮られ、夜のように真っ暗になった……でもここからが本番。瞬く間に黒い球体が小さくなり消えてしまう。


 「ブラックホール」は重力ではなく、闇属性で範囲内の物体を無条件で消し去る魔法……瀬島新代魔法でも同じような魔法は使えるけど、それはあくまで実際のブラックホール・・・・・・・・・・を創り出す魔法・・・・・・・であって、このように都合の良い魔法などでは断じてない。


 範囲を小さくすることできるので使い勝手が非常に良い……のは瀬島新代魔法の「重力操作」の究極形「重力操作――ブラックホール」と同じだけど、重力製のブラックホールはそんな簡単に消したりできないし、何より扱いが難しい……ボクは当然使えないし、香澄にも難しいという話だった。あのタチの悪い魔女は当然使いこなせるけど。


 「ブラックホール」の効果でドラゴネスト・マウンテンの上空の空気が一瞬で無くなった。その瞬間、上方向への突風が吹き上がる。……初めてやったけど、これだけ絶対に規模間違えているよねぇ……「マキシマム・セレスティアルレイ」と規模的には釣り合っていないじゃないか。誰だよ、設定した奴……あっ、ボクか。


 ……これには、流石のネストも絶句……でも、無様に腰を抜かすことも無かったし……強くなったねぇ。



<一人称視点・アネモネ>


 その日の昼頃、アネモネ姿のボクを乗せた『精霊の加護持つ馬車』は魔法省の正門前に到着した。

 馭者を務めていた精霊にお礼を言い、『精霊の加護持つ馬車』を統合アイテムストレージに戻す。魔法省の門番がその光景に目を疑っていたようだけど、どうでもいいので気にしない。


 魔法省は、軍務省と同じ行政機関に分類される。大倭秋津洲における総務省、法務省、外務省、財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省、防衛省、国家公安委員会……まあ、この辺りと同じだと思ってもらえたらいいと思う。

 まあ、これらの省庁の役割は王宮が担っているから、この国には魔法省と軍務省の二つしか省庁は存在せず、更に言えば庁と名のつく行政機関はないから、省庁という言い方はこの世界では間違いなんだけどねぇ。


「お初にお目にかかります、ビオラ商会で会長を務めているアネモネと申しますわ。本日は、リェッタ=クリムゾンスミス魔法道具研究室部署長様にお話がありまして、参りました」


 リェッタ=クリムゾンスミスとは、第一王子の婚約者スザンナ=アンブローズの偽名で所属は魔法道具研究室……と言われてはいるけど、実際は雑用の合間に魔力が無い者でも魔法に恩恵に与れる魔法道具の研究・開発を行っているということになっているんだよねぇ。表向きは。

 その正体は魔法省特務研究室所長。通称【ブライトネス王家の裏の杖】と呼ばれる【ブライトネス王家の裏の剣】と対を成す影の国防の要の狭義の意味での片割れであり、広義の意味での【ブライトネス王家の裏の杖】のトップということになる。


 まあ、狭義のメンバーはヴェモンハルトとスザンナ、広義の意味では魔法省特務研究室を表すのが【ブライトネス王家の裏の杖】という組織ということになるねぇ……特務研究室並びにリェッタの正体は魔法省の上層部の一部に限られている。 まあ、秘匿されていなかったら【ブライトネス王家の裏の杖】にならないからねぇ。


「あ……あの魔法道具研究室か。お嬢ちゃん、随分と物好きだな……おい、アゴーギク。お前、魔法道具研究室の所属だったろ?」


 門番の一人が茶髪の青年に声を掛けた。魔法省の制服を大幅に改造し、耳ピアスにシルバーアクセサリーじゃらじゃらというお堅い筈の魔法省の職員としては珍しい姿をしている。


「どーもぉーアゴーギクでぇす! お嬢さん、可愛いねぇ! 今から二人で抜け出してデートいかない?」


「……アゴーギク、職務中だろ? お前んところのトップにお客さんだそうだ」


「うぃーす。うちの所長のところっすね! それじゃあ、お嬢さんも一緒にHere we go!」


 無駄にテンションが高いチャラ男の魔法省職員アゴーギクに連れられて無駄に広い魔法省の建物を歩いていく。……ちなみにここ、三階建て。王宮の二分の一サイズって結構広いよねぇ。


「ここが魔法道具研究室っす! 確認するっすけど、アネモネさんで間違いないっすよね?」


「ええ、間違いありませんわ。魔法省特務研究室所属の魔法騎士……通称、特務騎士のアゴーギク=アンダースン様」


 アゴーギクにしか聞こえないレベルの声で、向日葵のような微笑みを浮かべる。まあ、その中に込められているのは「お前がチャラ男のフリしているのはバレバレなんだよ!」ってことなんだけどねぇ。


「……それじゃあ、入るっすよ」


 急に纏う気配が変わったアゴーギクが先導し、魔法道具研究室の中に入った。

 縫い包みと戯れている女性職員や、女装しているムキムキの男性職員、社交ダンスの衣装のような胸元が大きく開いた派手な改造制服を着た男性職員、存在感の全くない大きく分厚い眼鏡をしている前髪が長い男性職員、頭や制服に沢山のリボンを着け、可愛いネイルや愛されメイクも施した明らかに服装違反の格好をした女性職員などが犇めく空間を擦り抜け、壁際の本棚まで行って一冊の分厚い本を抜いた瞬間、本棚が二つに割れて扉が現れた。


「ようこそ、『変人達の巣窟』へ」


「あっ、それ改名してくれませんか? 昔、その名前で皆様以上に変人していた方々がいらっしゃいましたので、どうにもインパクトに欠けるといいますか。ちなみに組織は改名して『暴走半島』、そして『厨二魔導大隊』と名を変えていますけどね。改めまして、ローザ=ラピスラズリですわ。以後お見知り置きを、特務研究室の皆様」


 ローザの姿に戻って微笑んだ途端、アゴーギク以外の座っていた職員達の気配が変わった。

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