Act.4-29 戦いの決着と、エルフ族の総意。 scene.2 下

<一人称視点・アネモネ>


「……私の父と母は人間に殺された。その恨みを晴らしたくて、私は人間を根絶やしにするために力をつけ、遂には族長補佐の地位に着くまでになった。そのまま人間を殺し尽くせば恨みは晴らせると、本気でそう思っていた。……だが、実際に私は人間と関わってその考えが間違っていたことに気がついた。確かに、ほとんどの人間がエルフを奴隷にしてきた奴らと同じかもしれない。だが、全てがそうじゃない。我々エルフにも様々なものがいるように、人間にも様々な者がいる。それに、人間とエルフでは圧倒的に人間の方が数が多い。もし、エルフが人間を攻撃すれば、そこから殺し合いが始まってしまう。復讐の連鎖が始まれば、そこからどちらかが根絶やしになるまで戦いが続く。決着がつかなければ、エルフを恨む人間が、人間を恨むエルフが沢山生まれ、同じ苦しみを経験した者がまたその苦しみを繋げていくことになる。アネモネさんは、その復讐の連鎖を断ち切るためにはどこかで妥協しなければならないと言った。何故俺達だけがと思うかもしれない……辛い気持ちは分かる。だが、その一時の感情に流されて曇った目で物事を見てはならないと私は思う。私は、もう私のように新しい世代のエルフに辛い目に遭って欲しくはない。――改めて考えて欲しい……感情に流されず、何が次代のエルフのためになるのか、何を選ぶのがエルフのためになるのかを。人間と国交を結ぶことが正しいという訳ではない。彼らは亜人族差別を撤廃することを約束してくれているが、そのためにはまだまだ時間が掛かる上に、完璧に差別が無くなるかどうかもわからない。それに、人間と国交を持つことで生活の形が大きく変わるだろう。新しい文化や技術も入り、激動の時代が始まる。そこに適応していくことは大変だ。……得るものも多いだろうが、同時に失うものもあるだろう。一時の感情に流されず、しっかりと一人一人の考えを持ってもらいたい! 今回の投票は緑霊の森の今後を左右する重要なものになるのだから!!」


 【エルフの栄光を掴む者グローリー・オブ・ザ・フォレスト】のメンバーも、〈精霊の仮面エレメント・マスク〉の正体がミスルトウだってことは知らなかったみたいだねぇ……意外や意外。

 しかし、かなり今回の演説で空気感が変わったねぇ。少なくとも、ただ怒りに任せてって雰囲気ではなくなったと思う。

 エルフ全体、そして時代を担う若者達のためにどちらの選択肢を選ぶべきなのか……どっちの選択肢の方が旨味があるのか……その吟味が始まっている。中にはそれでも人間は……って抵抗感を持っているものや、敵意を隠せない者もいるんだけど、まあ、人間はそれだけのことをしたんだ……寧ろ、ここまで侃侃諤諤と、しかしあくまで冷静的議論をするのが大半だとは思っていなかったからねぇ。いずれの結果になっても、こうしてエルフの未来について意見を戦わせることができるというのはいいことだと思うよ。


 人間と国交を結ぶ派も、鎖国を続ける派も、どちらもエルフの為を思っている。自分一人の個人的な復讐のためじゃない……エルフ全体の利益を追求する姿勢は「エルフのために」と言いながら、クーデターを起こしてエルフの政権を乗っ取ってエルフ全体ではなく自分達の悲願である人間への復讐を果たそうとする【エルフの栄光を掴む者グローリー・オブ・ザ・フォレスト】の背中よりも格好良く見えるよ。



「こうなったら最後の手段に出るのですよぉ〜! 炊き出しをするのですよぉ!!」


 折角ミスルトウの演説でいい雰囲気になったのに、エイミーンが雰囲気を打ち壊す悪どい提案をした。……というか、提案というよりは最早決定事項か。……なんで、ここで欲を出すんだろうねぇ。


「美味しい料理を食べればもう病みつき、元の食生活には戻れないのですよぉ。わたくしも、もっと沢山の料理を食べたいですし、このまま人間と取引ができなくなるなんて絶対に嫌なのですよぉ」


 しかも、それが私利私欲だから尚更だよねぇ……エルフ全体の利益というよりは「一度味を知ったわたくしは、もう元の食生活には戻れないのですよぉ。ならば、みんなにもその味を知らしめて沼に引き摺り込んでやるのですよぉ〜」ってことだからねぇ。それでいいのか、族長。なんで、一国のトップに立つ者はみんな個性的で無茶苦茶な性格をしているんだろうねぇ?


 有無を言わさないエイミーンの圧力に耐え切れず、更に「マグノーリエとプリムヴェールさんも手伝うのですよぉ。二人とも料理しているところを見ているのですから、きっと頼りになるのですのぉ」と料理を見ていた自分は棚に上げてマグノーリエとプリムヴェールを生贄として差し出されてしまった。

 最終的にメグメル家に仕える料理人、給仕係としてキャプセラを始めとするメイド達が加わり、流石に人数が多いので一旦ブライトネス王国に戻って協力を頼んだペチカという体制で麻婆豆腐を始めとする香辛料を使った料理や、その他ブライトネス王国の料理や大倭秋津洲に存在した料理、またデザート扱いの甘味など様々なものを用意して広場で自由に食べてもらった。


「まだ若いのに凄いな嬢ちゃん」


「あの……本当に力になれたのでしょうか? 足を引っ張っただけだったと思うのですが」


「そんなことはないよ。やっぱり、ペチカさんは頼りになるねぇ。それに、メグメル家の総料理長さんに褒められたことは素直に誇るべきだと思うよ。どう考えても忖度する人じゃないし、そもそも人間相手にする必要は無いだろうからねぇ」


 ペチカは着々と技倆を高めている。もう全て自分メインで店を出せるレベルだとは思っているんだけど、何故か自分の実力を低く見積もり過ぎなんだよねぇ……何故なんだろう? 一緒に料理をしているジェイコブの技倆が高過ぎるからかな?


「もうこれなら自分の店も持てそうだねぇ。後で良い物件を探しておかないと。……今回はサポートに回ってもらったけど、ペチカさんならメインでも美味しい料理を作り上げられるよ。ペチカさんがどれだけ熱い気持ちを持って料理に取り組んできたのか、ボクは近くで見ていたからちゃんと知っているからねぇ」


「…………本当に、私なんかが」


「またまた謙遜を……このままペチカさんが料理が上手くなったらボクなんかすぐ追い越されちゃうよねぇ。まあ、それはそれで楽しみだけどさ」


 「流石にそれはナイナイ」と首を横に振る一同……何故、ペチカを認めた筈の料理長まで首を横に振っているんだろうねぇ。


「うふふふふ、これなら、これなら行けるのですよ! この料理を食べられなくなるなんて、絶対に許容できる筈がないのですよぉ!! もう、お前らは開国派として投票するしかないのですよぉ! 大量票ゲットなのですよぉ!!」


 一人笑いが止まらないとばかりに悪の親玉のような笑いを続けるエイミーンの姿を見たミスルトウは頭を抱え、マグノーリエは「やめてください、お母様! 恥ずかしいですわ!!」と赤面している。


「なかなか良い性格しているな、あの族長。アイツとは良い酒を飲めそうだ。そう思わないか? バルトロメオ」


「…………類は友を呼ぶというか、クソな奴の元にはクソな奴しか集まらないとか、まさかにそんな感じだよな。まあ、面白いからそれでいっか。……ローザ嬢がまた苦労しそうだけど」


「あっ? アイツは苦労していると見せかけて内心涼しい顔をしていたり、寧ろ予定通りだったりするっていう本物の策士女狐だからな。仕事を増やされて苛つくことはあっても結局卒なく熟すし、仕事振らなくても勝手に仕事増やして効率よく進める仕事中毒者ワーカーホリックだからな。まあ、身体を壊さない程度で見極めてやっている訳だし、大丈夫だろ。アイツだって大人なんだからな、無理はしないって」


 ……一応、ローザとしての年齢は三歳だし、圓としての年齢も成人は迎えていなかった筈なんだけど……おかしいねぇ、大人扱いだ。まあいいけど……この場合は一人前のレディ扱いってことになるのかな?


「そういや、ディランとアクアはどこに行ったんだ?」


「早朝から二人して魔物狩りに行ったけど、知らなかったのか? やっと来世で再会できたんだ。きっと二人の時間を大切にしたいんだろ? 一緒にいられなかった空白の時間を埋めたいんじゃねえのか?」


「それだけ聞くと運命に引き裂かれた恋人みてえだが、あの二人全くそう言った色気がねえからな! あはは、クソ笑えるぜ! 本当にアイツら最高だ。まあ、アクアとディランが恋に目覚めて惹かれ合ってそのまま結婚ゴールインってなったならそれはそれでクソ笑えるが」


 まあ、それはまずないだろうねぇ。ディランもアクアを女だって認識していないみたいだし、二人で風呂に入ることもあるみたいだからねぇ……アクア曰く「別に見られて困るものじゃありませんから。騎士団の頃は一緒によく入っていましたからね。ところで、お嬢様と一緒に湯浴みできるのはいつになるのですか? ハァハァ」って別の意味で危機感を抱いたけど。


「ミーフィリアはエルフ式の魔法の扱い方についてエルフから学んでいるんだったか? 折角、親戚筋と会えたってのに相変わらず魔法研究か。まあ、ミーフィリアらしいか。……んじゃ、バルトロメオ。俺達も暴れに行くか?」


「…………炊き出し食べてからで良いですか?」


「それもそうだな。飯食べたら暴れに行こうぜ!!」


 なんでブライトネス王国の上層部ってこんなに戦闘狂が揃っているんだろうねぇ……しかも、脳筋と見せかけて凄まじいくらい頭が回ったりするし……小学校とか中学校のクラスにいる必ずいるインテリ型のやんちゃ坊主みたいなのを彷彿とさせるよねぇ……。ほら、スポーツが得意でやんちゃするのに、成績はいいっていう謎のガキ大将。……まあ、中学校は行っていないし、小学校も読書しかしていなかった上に中退しているから、なんとなくのイメージなんだけど。


 その後、エイミーンの無茶振りで夜に二度目の炊き出しと、ついでに男女別の風呂テントで追い討ちをかけ、こうして悪辣な票稼ぎは夜が明けるまで続くことになった。……後で公職選挙法違反で逮捕されないかな? 明らかに飲食物で買収ってアウトだよね……まあ、法律がない異世界だからできることなんだけどさ。

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