Act.4-28 戦いの決着と、エルフ族の総意。 scene.2 上

<三人称全知視点>


 ミスルトウはごく普通のエルフの少年だった。厳格な父と優しい母との三人暮らし。その日その日の日暮らしで、森の恵みを頂いていた。


 そんな日がずっとずっと続いていくと思った……しかし悲劇は唐突に訪れる。


 ある日、幼いミスルトウを置いて森の中でいつものように採取をしていた父と母がエルフを狙った奴隷商の雇った冒険者崩れに襲われたのだ。

 父は必死で母を守ろうとしたが、冒険者崩れ達は父を殺し、見目麗しい母を連れて行った。


 その場に、子どもらしく遊んでいたミスルトウが偶然居合わせてしまった。幼い頃のミスルトウは草叢の中にいたことで見つかることはなかったが、連れ去られていく母をただ見ていることしかできなかった。

 冷たくなった父の遺体に必死で「お父さん!」と呼び掛けたが、彼が目を開けることは一度も無かった。


 その日からミスルトウが子供らしく笑うことはなかった。いかにして人間を倒して母を救うか……それだけを考えるようになった。

 その時はまだ母が生きていると……助けることができると本気で思っていた。


 連れ去られたエルフの末路を知り、母がもう生きていないのを悟ったのはそれから数年後のことだった。


 エイミーンの母は【生命の巨大樹ガオケレナの大集落】に隠れ住み、人間から身を守ることを提案した。それに、現在長老のと言われている者達が親達が賛同して、【生命の巨大樹ガオケレナの大集落】に移り住むことが決定した。

 ミスルトウにとっては生温い話だった。「何故、自分たちが隠れなければならないのだ」とその対応に怒りを持っていた。

 とはいえ、今のミスルトウに人間を殺す力はない。ミスルトウは大人しく【生命の巨大樹ガオケレナの大集落】に移り住み、少しずつ力を蓄えることにした。


 臥薪嘗胆を心に留めて、こつこつと、着々と努力を続けたミスルトウはいつしかエイミーンの母にも認められるようになった。そして、族長の座を退いてエイミーンを族長の座に着かせることが決まった時、ミスルトウにその側近になることを願った。

 ミスルトウにとっては願ってもない提案だった。


 こうして権力を手に入れたミスルトウは裏でエルフの若者達を扇動しながら人間達を滅ぼしてエルフの帝国を作り出すために動き続けた。

 といっても、実際に族長になりたいと思っていた訳ではない。ミスルトウは自分以上にエイミーンに族長の、上に立つ者の素質があるとひしひしと感じていた。

 ミスルトウにとっては、ただ人間を駆逐することができれば、それだけで良かった。例え父と母が帰ってこなくても、それくらいのことをしなければ気が済まなかった。

 それだけではなく、ミスルトウの中にあり続けた『人間に対する復讐』という目的が無くなることで、自分の生きる理由を見失うってしまうのではないかという恐れもあった。


 そんな中での人間の使節団……その話を聞く中で、ミスルトウには薄々彼らが自分の父母を殺した人間とは大きく異なる存在であることは分かっていた……分かっていたが、それを認める訳にはいかなかった。


 結果として、ミスルトウは生きている。殺されていても仕方ないのに、結局は殺されずにベッドの上で木の天井を眺めている。


(…………私は間違っていたんだろうな。人間だからと一纏まりに考えて全てを憎んでいた。エルフにも様々なエルフがいるように、人間にも様々な人間がいるか……まあ、彼らが特別なのかもしれないがな。…………とはいえ、彼らはエルフが差別されない世界を作ろうと本気で考えている。夢物語だと切り捨てればそれまでだが……エルフはこのまま【生命の巨大樹ガオケレナの大集落】で引き篭り続けるべきなのか。……そもそも、人間とエルフが和解することなど本当に可能なのか)


 信じてもいいものか……ミスルトウの考えは次第に軟化していった。人間に対する怒りは今も残っているが、それをローザ達に向けることはなくなっている。

 考えなくてはならないのは、人間と国交を持った場合のエルフの利益と不利益。そして、そもそもローザ達が夢物語が本当に現実になるかという問題。


 現実になるのなら、エルフが奴隷にされることはもう無くなる。誰も苦しむ必要がなくなる。

 ミスルトウ達の怒りが消えることはできないが、その気持ちをグッと堪えて、人間とエルフが対等な関係を築いていけば、いつかその種族差は当然のもの、日常として受け入れられるようになり、様々な種族が共存する世界を作ることができる。……まあ、そのためには時間が掛かる掛かるだろうし、当然並大抵ではない努力も必要だ。それも、ミスルトウ達だけが頑張れば済む話ではない。人間、エルフ双方が互いを理解し、歩み寄ることが前提となる。


「……プリムヴェール、話を聞かせてくれないか。あの、ローザという令嬢との旅の話を……」


 そのために、まずは娘から人間達のことを聞くのが一番であろう。例え、彼らが人間の中ではイレギュラーであったとしても、その話の中にミスルトウが今後どう動くのかということを考える指針になるものがあるかもしれない。


「はい、承知しました。お父様」


 それに、プリムヴェールがそこまで信じたいと思った人間のことを、ミスルトウは深く知りたかった。

 族長の側近としての仕事の忙しさや、人間に対する深い怒りといったものに囚われ、面と向かって娘と二人で過ごすことが無かったミスルトウは、こうして人生で初めてプリムヴェールと二人きりでゆっくりと向き合うことになった。



<一人称視点・アネモネ>


 翌朝、ミスルトウに事情聴取を行い、今回の事件の全体像を把握することができた……といっても裏でミスルトウを利用していた相手を知ることができただけで、容疑者が一柱・・に絞り込めただけだけど。


「犯人はそのノルンって女神共か?」


「いや、違うねぇ……犯人は間違いなくミーミルだよ。現れるときに水が出ていたなら、まず間違いないだろうねぇ……そして、多分長女ウルズ、次女ヴェルザンディ、三女スクルドの女神は殺害されている。……じゃなかったら女神を騙ってエルフに干渉したことを咎められそうなものだからねぇ。恐らく、ミーミルは『Ancient Faerys On-line』の『管理者権限』を完成させているんじゃないかと思う……そうじゃなかったらGMの権限まで手に入れることはできないだろうからねぇ。……とりあえず、『管理者権限』の複製の方は回収させてもらうよ」


 ミスルトウとボクの双方で『管理者権限』を開き、ミスルトウにボクへ『管理者権限』を譲渡することを願ってもらう。

 すると、無数の数列がボクの『管理者権限』画面に吸収され、新たな文字列が追加された。


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◆管理者権限

・全アカウント閲覧

・アカウント切り替え

・統合アイテムストレージ

・ポップアップログ

・全移動

・念話機能(『Eternal Fairytale On-line』)

・万象鑑定

・GM権限(『Ancient Faerys On-line』※限定版)

・種族進化(『Ancient Faerys On-line』※限定版)

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 しかし、譲渡してなお姿は妖精王オベロン翠妖精エルフのまま……やっぱり無理か。


「残念だけど、姿は戻せないみたいだねぇ……エルフから翠妖精エルフに進化した扱いみたいだし」


「構わない……これは、私が力を求めた報いだ。……私が人間を殲滅したいだなんて考えなければ、あのような奴らにつけ込まれることも無かっただろう」


 話を聞く限り、有無も言わさず無理矢理進化させて去っていった感じに聞こえるんだけど、随分謙虚だねぇ……全部ノルン……に扮したミーミルのせいにしてしまえるのに。


「それで……お前達はこれからどうするんだ?」


「いや、帰る支度を着々と進めているけど。そもそも、無理な話だったんだよねぇ……実際問題若いエルフ達は人間を殺すべきだって今も思っている訳だし、ミスルトウさんもその口でしょう? ……まあ、無理だったら無理だったってことで、無理強いをするつもりはないからねぇ。エルフは今後も鎖国を続けていくといいよ」


「待て! お前はそれでいいのか!? 種族差別のない、誰もが幸せに暮らせる世の中を作りたかったからお前達は緑霊の森に来たんではないのか!?」


「えっ……そうだったっけ? ボクは香辛料が欲しかったからだけど……そういうのって陛下の願いじゃないの?」


「まあ、確かにみんなが団結しなければ……とは思うが、無理強いは良くないんじゃねえか? エルフは人間が嫌いなんだろ? 関わりたくないんだろ? じゃあ、お互い不干渉でいいんじゃねえか? 圓ばかりに全てを押し付けるのは……そりゃ、俺達の方が当事者な訳だから、悪いなって思うが、その思想を無理強いするつもりはねえよ。最悪の場合は俺の信頼できる仲間達と、圓だけで対処することになる。最も警戒しているヨグ=ソトホートを倒せるのは現状、圓だけだからな。というか、エルフが戦力に加わったところでヨグ=ソトホート対策が進展する訳じゃねえよ。それよりもグッとスケールを縮めたレベルならなんとかなりそうだが」


「なるほど……つまり、そちらにとって究極的にはエルフが鎖国していようと開国していようとどうでもいいということですね」


「ついでに言うと、国交が樹立していない場合、エルフは圓の庇護を受けることはできない。ローザは人間だからなぁ……エルフを守るってことはエルフに干渉するってことだろ? それをダメって言われたんなら、助けたくても助けられないよな」


 ラインヴェルドがニヤリと笑う……元々ボクが言っていたこととはいえ、随分と卑怯な手だよねぇ、これって。


「分かりました。……私の方で最後の足掻きをしてみます。メリットとデメリットを考えれば、鎖国より開国をした方がいい……それに、憎しみに囚われたまま判断を間違えば、行先我々や我々の子孫を危険に晒すことになり兼ねません。……ですが、もしエルフが鎖国を続ける道を選ぶのであれば、その時はどうかプリムヴェールを連れて行ってください。私の娘は、圓さんの友人なのでしょう? それに、エルフ全体の意思で鎖国の未来を選んだとしても、彼女をそれに巻き込みたくはないですから」


「わたくしからも、マグノーリエのことをよろしく頼むのですよぉ〜」


「――ッ! お父様! 何を仰られるのですか!! 私は――」


「お母様……ダメです! お母様と離れて私だけが安全なところに、なんて……」


 いや、まだここが危険に晒されるって決まった訳じゃ。なんなら、ボクの近くにいない方が安全な説もあるんだけど……まあ、世界の拡張の過程で大規模な変化が起きるのは本当に無差別だから、何が起こるか予想もつかないけどねぇ。


「まだ諦めた訳ではない……問題は【エルフの栄光を掴む者グローリー・オブ・ザ・フォレスト】の若者達を説得できるか……」


「それじゃあ、ボクは応援させてもらうよ。個人的にはやっぱり、エルフとはいい関係は築いておきたいからねぇ」


「そうだな。……これも、【エルフの栄光を掴む者グローリー・オブ・ザ・フォレスト】のリーダーとして撒いてきた種だ。自分の過ちは自分で正して見せるよ」

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