Act.4-27 戦いの決着と、エルフ族の総意。 scene.1

<一人称視点・アネモネ>


 ミスルトウとの戦いが終わった後、エイミーンは長老衆と元【エルフの栄光を掴む者グローリー・オブ・ザ・フォレスト】の若者達、そしてその他一般のエルフ――つまりは【生命の巨大樹ガオケレナの大集落】に住むほぼ全てのエルフを生命の巨大樹ガオケレナの目の前の広場に召集し、その場でこの世界が置かれている現状と、今回森の外からやって来た人間の使節団――つまり、ボク達の目的やそれによって発生するメリットとデメリットなどをボクの前世やこの世界の真実には関わらない程度に説明した。


 その場にはラインヴェルド、アレッサンドロス、ディラン、バルトロメオの四人も同席し、ラインヴェルドからは「国交を樹立しない決定を下した場合は、今後ブライトネス王国からちょっかいを掛けないし、ルールを破って掛けた者は徹底的に処罰する」ことを、アレッサンドロスは「エルフに対する謝罪とこれ以降、人間以外の種族に対する差別を行わない」ことをそれぞれ約束した。


 その上で明後日の早朝から投票を行った上で、その日の二十時に開票して【生命の巨大樹ガオケレナの大集落】の総意を決めることになっている。……まあ、異世界初の国民投票レファレンダムだねぇ……まあ、絶対君主制と貴族制のブライトネス王国じゃあ、国民主権になるまでは暫くかかるだろうねぇ……そもそも、ボクも貴族の利権を放棄させて民主主義を敷こうとは思わないし、なんらかの革命が起これば別だろうけど……そもそもクソ陛下は革命も一人で鎮圧しちゃいそうだし。


 ちなみに、超共感覚ミューテスタジアを持ってしても今回の投票の結果を見通すことはできなかった。

 まるで、二重に靄が掛かっているように二つの未来が見える。……まだ好転する余地のあるだろう緑と、エルフが窮地に陥るかもしれない赤……そして、どうやらその違いはボクが動くか動かないかによって生まれてくるみたいだけど……動くっていったって今更何をしろって話だよねぇ。


「…………まあ、人間とエルフの国交樹立なんて最初から無理があったってことだよねぇ。そもそも溝が深過ぎる訳だし、エルフ全体が人間を大なり小なり恨んでいる訳だから、こんな話上手く行く訳が無かったんだよ。……香辛料が手に入らなかったのは残念だけど、獣人族にワンチャン賭けてみようかな……」


「全く、残念な話なのですよぉ……人間と仲直りしておいた方がどう考えてもいいのですよぉ。文化面でも発達できる訳ですしぃ、受け入れるものは受け入れて拒むものは拒んで適度な距離を取っていればいいのですよぉ……。それに、何より同盟を結べなくなったことでぇ、エルフは圓さんの庇護を受けられなくなるのですよぉ」


「……ローザさん、エイミーンさん。なんで投票前に諦めモードなのですか?」


 諦めモードのボクとエイミーンにヴァケラーが「開票見てないのに分からないじゃないですか?」と慰めの言葉を送ってくれているけど……今回の件で人間とエルフの溝がそんな簡単に埋められるものじゃないことが痛いほど分かった。

 ここまで根強いんじゃ、ボク達がちょっと何かやったところで解決しない……時間を掛ければ少しずつ認識を変えていけると言ったって、そこまで漕ぎ着けるのは困難を極める。


「……もう、エルフは終わりなのですよぉ。今回の件でエルフだけではこれから来る困難に対処できないことが痛いほど分かったのですよぉ〜。……なのに、今後人間側からの一切の干渉を断つという話になれば、もしもの時に助けてもらえなくなるということになるのですよぉ…………ざまぁ、な話なのですよぉ。ロクに改善しようともせず、関わることを避けて森に引き篭った引き篭り相応しい末路なのですよぉ。…………圓さん、いっそ二人だけで密貿易を行いませんかぁ? 香辛料を流しますからぁ、もしもの時は私達を守って欲しいのですよぉ〜。……マリーゴールドさんはエルフだから、なんの問題もないのですよぉ」


 やっぱり政治家らしく約束の抜け穴を見つけるのが上手いねぇ。


「……約束は約束だからねぇ。今回の投票で反開国が国の総意になったんなら、ボクからエルフに干渉することは金輪際やめさせてもらうよ。……顔見知りのエイミーンさんや、プリムヴェールさんとマグノーリエさんが命を落とすのをただ見ているのは心苦しいけど、まあ、そういう話だからねぇ。まあ、局所的に緑霊の森を狙ってくるということは考えられないし、禍いが降りかかって来てもそれは世界拡張の余波みたいなものだから結局どうあれこうあれこの世界で生きる限りは避けられない災害みたいなものだからねぇ……死なないように頑張りなよ」


「…………そんなぁ…………なのですよぉ」


 アクアとディランが「おいおい、そこまで頑なに守る必要はないだろう」という視線を送ってくるけど、ボクは約束を絶対に反故にしたくはないからねぇ。一度口に出したことはでき得る限り嘘にしたくないんだよ。


「…………ローザさん、お父様が目を覚ました」


「わざわざありがとうねぇ、プリムヴェールさん。……ごめんねぇ、辛い思いをさせることになって……これからボクは弱ったところに質問攻めをしに行く訳だからねぇ。……悪いとは思うけど、でも、どうしても必要なんだ」


「…………父は重罪人だ。エイミーン様の屋敷に襲撃を仕掛けて族長の地位を奪おうとした叛乱者……。それに、ローザさん達に敵意を向けて本気で殺そうとしたのにも拘わらず、ローザさんは殺さずに助けてくれた。慈悲を与えてくれた。これ以上に一体何を求めるというのだ。……今でも混乱している。私は父のことを知っているようで……実は全く父の気持ちを理解できていなかったんだな」


 きっと辛かったんだろうねぇ……ずっと理解できていると思っていた父の気持ちが全く理解できていなかったことが。自分の知らない父親が、族長の地位を簒奪しようなどというとんでもない行動を起こすなんて……思ってもみなかったよねぇ。そんなことをする人じゃないんだって、これは夢だって……夢であってくれって、そう思いたかったのは痛いほど分かるよ。

 ……まあ、どんなに親しくても本当の意味で相手の気持ちを理解するのは難しいことだからねぇ。本当に腹の底で考えていることは分からない訳だし。



「…………お目覚めのようだねぇ。それじゃあ、早速事情を聞かせてもらうよ。……投票でボク達の願いが否決されてしまったらもうここには留まれないからねぇ」


「ふん…………いい気味だ」


 今までと変わらない態度だけど、どうやらボクを攻撃するつもりはもう無いらしい……まあ、あそこまでコテンパンにしたからねぇ……まだ戦う意欲があるのなら、それはそれで恐ろしいけど。


「…………何故、私のことを殺さなかった。殺すに値しないとでも思ったか? それとも、殺すことを躊躇したか?」


「まあ、二つ事情があってねぇ……別に君を殺すのを躊躇したとか、君が可哀想だからとか、そんな理由じゃないよ。ボクは本来敵対した者に対しては容赦ない攻撃を仕掛けるタイプでねぇ……通常であれば、君を殺していた。……その事情の一つは今回君に『管理者権限』を与えた者に関する情報を知りたくてねぇ。それと、できれば『管理者権限』の譲渡もお願いしようと思って。それは多分どこかの神の『管理者権限』の劣化コピーだとは思うんだけど、それでも他の神にとっては重要なピースとなり得るからねぇ。それに君はどこの神の庇護下にも入っていない。殺して奪ったところで咎められる謂れはない……恐らく組織的犯行じゃなくて抜け駆けをしようとした結果だろうからねぇ。……まあ、ここまでは事務的な理由。どちらかといえば後者の理由の方が強かった。別に君を殺して『管理者権限』を奪えば情報は少なくてもプラスにはなったからねぇ。……もう一つの理由はプリムヴェールさんやエイミーンさんが悲しむからだよ。ボクは二人に悲しんで欲しくなくって。……プリムヴェールさんとは本当に僅かな時間だけど一緒に旅をした訳だし、エイミーンさんとも知らない仲じゃない。そんな二人の前でミスルトウさんを殺して二人を絶望のどん底に突き落とすなんて、そんな寝覚の悪いことはしたくないからねぇ……まあ、これが正当な理由のない攻撃なら仕方ないんだろうけど、エルフ側にはエルフ側の人間に攻撃する正当な理由がある……まあ、結局は復讐の連鎖をこれ以上加速させないためだよ。まあ、他に個人的な感情も混ざっている訳だけど」


 「可愛い女の子に悲しい表情をさせたくない」とか、そういう本当に個人的な感情だけど。


「……復讐の連鎖か。お前は確か戦いの中でそれを断ち切ることができると言ったな……本当にできると思うか?」


「無理だとは思うよ……今の状態では。人間に染み込んだ差別意識がそう簡単に消えるとは思えないし、エルフ側にもこれまでの怒りの蓄積がある。……その感情をグッと堪えて……ってのは酷な話だからねぇ。こういうのは時間を掛けてゆっくりと認識を変えていこうとしないといけない……それまでにはとても時間が掛かるし、いくつもの障害が立ちはだかることになる。例えば、奴隷を販売していた奴隷商……連中は人間の奴隷の他にも亜人族を数多く取り扱って来た。連中からの販売はあるだろうねぇ……まあ、ブライトネス王国とフォルトナ王国はそもそも奴隷制を否定しているんだけど、天上光聖女教が亜人差別の発展系として異種族の奴隷を黙認して貴族連中の信仰を集めていたみたいだからねぇ」


 アレッサンドロスを一睨み……すると、面白いようにアレッサンドロスの顔色が蒼白に変わり絶望の表情を浮かべる。


「どうかお許しを…………我々が愚かだったのです」


「だとよ……とりあえず、俺は元々奴隷制に否定的だったんだけど、そういや、居たなぁ……俺に奴隷制を公認させようとしていた貴族……極秘裏にそういうちょっかいを掛けてきた貴族連中のリストは作らせておいたし、それをカノープスに素知らぬ顔で渡せば、あいつが忖度して勝手に奴隷容認派の貴族を殺し尽くすんじゃねえか? 俺はただリストを渡しただけだしって言い訳も立つし。そういう騒ぎになれば奴隷制容認派だった他の貴族も動き出すだろう? そうなれば後はラピスラズリ公爵家が勝手に奴隷容認派貴族狩りを進めてくれる」


「……でもそれじゃあつまんないんじゃないかな? とりあえず、亜人族に対する差別の禁止と奴隷制の再度否定を公の場で正式に宣言して、その時の態度で奴隷制容認派と否定派を見極め、その上でクソつまんねえ奴・・・・・・・・を潰せばいいんじゃない? 十八番でしょう? クソ暴君陛下」


「あはは、よく言うぜ。流石は悪役令嬢ってところか? 気づいていないだろうけど、無茶苦茶悪い顔しているぞ! アハハハ、クソ笑える」


「ボクは別に悪役のつもりはないんだけどねぇ。……そもそも腐り切った貴族がいけないんだし、腐った部分をいつまでも残しておいたら無事な部分まで腐ってしまうでしょう? まあ、ただちゃんと奴隷を扱っていた商人と繋がっていたかを確認した上でその証拠を理由に領地剥奪や貴族位剥奪をした方がいいだろうし、同時並行で奴隷商人を潰した方がいい。それに関しては商売人のジリル商会やマルゲッタ商会にも協力を仰いだ方がいいだろうし、新参なボク達にも元ゼルベード商会の関係者がそこかしこにいるからねぇ……まあ、本気で奴隷容認派貴族狩りを始めるのなら、こっちの情報収集は進めるよ。ただ、あらかじめお父様に釘を刺しておかないと勝手に忖度して王都が血の海になりそうだけど……」


「それもそうだな……あいつ、本当に何をやらかすか分からねえし、きっちり釘を刺しておくよ。何故か俺の言うことだけは聞くんだよな……」


 まあ、究極の王室至上主義者だからねぇ……ボクと陛下の言うことなら、陛下の方を絶対に優先するだろうし。……本当に怖いよねぇ、王室至上主義者って。


「ってことだ。エルフと国交を結ぶってなりゃ、反対派は鎮圧するつもりだし、途中で梯子を外すってことはねぇよ。人間を許せねえなら、それでもいいし、いつまでも憎み合っていたいなら俺はそれはそれで鎌わねぇ。決めるのはエルフ側だからな。……で、どうしたいんだ? お前は」


「…………少し考える時間をくれ。……『管理者権限』についてはローザに渡すし、事情も説明するつもりだから安心して欲しい。こんな物騒なものを持っていて怯えた生活を送るのはごめんだからな。…………ただ、それでも心の整理がつかない」


「まあ、そりゃそうだろ。……このまま居てもお邪魔だろうし、俺達は部屋を出るぞ。バルトロメオに聞いたんだが、お前って面白いゲームを持っているんだろ? 俺にもやらせろよ」


「……そういうと思ったよ。……今度はボクも混ぜてもらってもいいよねぇ?」


「そりゃそうだろ? そういうのはみんなでやった方が絶対に面白いからな!」


 三度目の正直か……まあ、待っている間暇だし、大人数でできるゲームでも探そっかな? そうだ、マグノーリエやエイミーンも誘って気晴らしにしよっか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る