Act.3-20 アクアマリン伯爵家にて、美形兄妹とのお茶会 scene.2

<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>


 完成したバニラアイスクリームにミスリル製のスプーンをつけて二人に差し出す。


「……これ、は。美味しいな」


「……お兄様、冷たくて、美味しいですね」


 うん、掴みは上々。さて、ボクも実食してみようか。

 砂糖と牛乳の塩梅が上手く行ったようで、上品な味わいになっている。ロック鳥の卵を使ったのも上手くいったのか鶏卵を使った時よりも円やかな口当たりだねぇ。

 いい具合に空気を含ませたのも舌触りをよくしている……まあ、及第点ってところかな? 合格域には達しているけど、満点とは言い難い……もっとボクに腕があれば良かったんだけど。


 まあ、何も美味しいものを食べさせてあげられなかった、月紫さんを匿っていたあの頃に比べたら、まだマシなものが作れるようにはなったけど……。


 ん? あれ、アーネストとミランダだよねぇ? 温室の外からこっちを覗いているの……そんな物欲しそうな顔をしなくても後でお二人の分も作りますよ。


「……ローザ様の趣味の一つは料理ということでしたが、他にどのような趣味があるのですか?」


 とは、表情筋が硬直して無表情になっているニルヴァスの言葉……。というか、これってニルヴァスの質問じゃなくてソフィスがニルヴァス経由で聞いてきた質問だよねぇ? まあ、ニルヴァスは無口な方だし、ソフィスがニルヴァス越しに質問してこなかったらそもそも会話すらないんだろうけどさ……。


「趣味ですか……そうですね、料理も一つですが、他にも創作活動や投資……色々なことをしていますので、格別これというものを挙げるのでしたら創作活動でしょうか?」


「えっ、創作ってもしかして小説、ですか!?」


 唐突に花が咲いたような笑顔を見せ、すぐに引っ込めて恥ずかしそうにするソフィス……うん、なんとなく分かってきたよ。


「ええ、まあ。アーネスト伯爵様によれば、ソフィス様は読書がお好きのようですね。私も昔はよく読書をしていましたが最近はアウトプットの方ばかりで、インプットがなかなかやれていないのが現状でございます。つまり、書く方は需要も相まってなんとかやれていますが、それに向けた取材という名の読書の方はなかなかできていないのが現状ですね……という以前にそもそも巷の本を購入するのをすっかり忘れていました。帰宅したら交流をお願いするなり自分で購入するなりしなければ!!」


 ……というか、今更だけどボクってこっち来てからロクにこっちの本を読んでいなかった上にそもそも本すら購入していなかったねぇ。まあ、新刊は図書館ではなくこっちに回してボクが読了してから図書館に入れる方式だったから溜まりに溜まった本を空いた時間に読んでいたんだけどさ……漫画とか雑誌とか査読誌とか結構な数溜まっていたよねぇ……それもこれも、「『ドリルお嬢様の優雅なお茶会』の視聴率が今回も良かったので、第七期の脚本と原画、監督その他諸々お願いします」って言い出す映報アニメーション株式会社の企画スタッフとか、FDMMORPG『SWORD & MAJIK ON-LINE』の設定を固めるために殴り合ったり、新人教育を押し付けてきたりした高槻斉人とか、その他諸々のせいで多忙になっていたせいなんだけど……その最中に召喚だからねぇ。……というか、例の召喚のせいで第七期『ドリルお嬢様の優雅なお茶会』の話は立ち消え、『SWORD & MAJIK ON-LINE』はハードウェアを作っていた化野さんが失踪して有耶無耶……果たして、シャマシュ教国はどれくらいの賠償金を支払うことになるんだろうねぇ? まあ、そういう話にはならないんだろうけどさ。


「そういえば、ソフィス様はどのようなお話を読まれるのですか?」


 というか、なんで「こっちに話題を振ってこないでよ!」って懇願の視線を送ってくるの!? 苛めたりはしないよ! 悪役令嬢だけどさ!!


「…………ブランシュ=リリウム先生の、『エーデルワイスは斯く咲きけり』という学園もののロマンス小説が好きです! 毎回発売日にお兄様に買って来てもらいます!!」


 ……ソフィス、それ知っているよ。目の前にいるよ、作者。

 母親を早くに亡くし、継母や義姉妹に苛められながら幼少期を過ごした銀に近い白い髪を持つ青い瞳の子爵令嬢、エーデルワイスが魔法学園の中で成長していき、やがてその国の王子に見染められて幸せになるという典型的な継子いじめ譚と学園ラブコメを踏襲した最近販売している作品の一つだねぇ……。


 今ってどこだっけ? ……魔界大決戦篇なのは別の作品だし、神魔激突篇は魔界大決戦篇の次だし……あっ、悪役令嬢の義姉が闇の魔力に目覚める……のは割と最後の方で、あっ隣国の王子がやって来て三角関係になったところか。ザ・王子って感じの王子様か、ワイルドな隣国の王子様か、どちらを選ぶのか……「私、どうなっちゃうの!?」みたいな感じだったねぇ。……正直、結局隣国の王子様ではなく、自国の方の王子様を選ぶことは決まりきっている訳だから読者も安心して読んでいるだろうけど……あの強引なところが結構気に入られているからなぁ……あっ、ボクはそもそも王子と結婚とか却下なので、どっちがいいとかないんだけど……まあ、それなりにハッピーな結末にしないといけないしな……そもそも、誰一人として不幸な目に遭わずに最後は大円団に持っていきたいし、そもそもボクが悪役令嬢なのに、悪役令嬢裁いてどうすんの? って話だよねぇ。


 ちなみに、ソフィスはメイドからも気味悪がられているから、ニルヴァス経由で買って来てもらうんだろうけど、そうなると「ニルヴァス様は妹様のことでとてもご苦労されているようでお気の毒ですわね」……っていう蔑むわけではない純粋な憐れみと同情という刃がニルヴァスを襲う……はっきり言って悪意ある言葉より、悪意のない純粋さから来る言葉の方が残酷だからねぇ。


「なるほど……ブランシュ=リリウム作、『エーデルワイスは斯く咲きけり』ですか。それ、私の作品ですね。よろしければ今後は私の方で直接アクアマリン伯爵家に納品致しましょうか? 本屋を経由しなければいくらか安上がりにできるとは思いますし」


「それは嬉しい話だが……それは、私に買ってこなくてもいいようにという気遣いか? 私は発売日の度に書店に並び、妹が喜ぶ顔を楽しみにしているのだ。……決して、私は妹のことで苦労している訳ではない!」


 いや、自分が並んでいるの!? というか、そっちの問題が先に浮上した!? ……ナニガオキテイル??


「あの……お兄様? それはそれとして、私は謎の万能作家ブランシュ=リリウムの正体がローザ様ということに驚きなのですが!?」


 おーい、ズレているぞー、二人の話。というか、「それはそれとして」で片付けていい問題なのか?


「…………はあ、やはり単刀直入に切り出した方が早そうですね。……私は白髪と赤い瞳のソフィス様を「呪われた子」などとは思いませんし、魔物憑きだとも考えません。更に言えばニルヴァス様に『ニルヴァス様は優秀ですのに、ご兄妹のことで色々言われてしまってお可哀相ですわね』だなんて憐むことはありません。……それとも、憐んでもらいたかったですか? ……まあ、こんな口先ばかり言ったところで信じては頂けないでしょう。……やはり、実際に見せるしかありませんね。それが、所詮は形質の一種に過ぎないことを――本当の魔物、化け物と呼ばれるものがどんなものかを、その目に刻んであげよう」


 怯えるソフィスと、震える体に鞭を打ってソフィスを庇うニルヴァス……やっぱりいい兄妹だ。


「アカウントチェンジ/メインアカウント・リーリエ」


 刹那、閃光がボクの周囲を包み込み、緋色の瞳と濡れ羽色の艶やかな黒髪を持つ白肌の十代の美少女が姿を現す。



 驚愕するソフィスとニルヴァスに少し口を開いて八重歯を見せると二人の表情が硬くなった。


「……魔族、の一種。吸血鬼か?」


「残念外れ。良く勉強しているけどねぇ……こっちの姿だと初めましてだねぇ。まあ、ボクに正体なんてものはないんだけど、あえて言うならこの姿こそがボクの本来の姿というべきかな? 神祖の吸血姫のリーリエ。まあ、ボクと鏡に映った自分の姿を確認して貰えばいいと思うけど、ぶっちゃけその程度の薄い赤で呪いとか魔物憑きとかちゃんちゃらおかしいよ。それに、隣国には「世界で共通して不吉とされる濁った赤の瞳を持つ、戦場を駆ける悪魔のようだと例えられた【漆黒騎士】」なんて言われたうっかりでぼんやりなオニキス=コールサックっていう人もいるからねぇ。……実際、あの人に会って話した人の中に彼に対してそういう悪魔だ、不吉だ、なんて印象を抱く人はいない筈だよ……まあ、あちこちで騒動を巻き起こし、城を破壊するという意味では悪魔かもしれないけどねぇ」


 どこかで『へっくしょん!! うぅ、誰かが噂してんのか?』、『親友の噂をしているってことは昔の仲間か、お前のとこのお嬢様じゃねえか?』っていうメイドと大臣の会話が聞こえた気がするけど、多分空耳だねぇ。


「……これが、ラインヴェルド陛下が言っていた、『黒百合の姫騎士』か」


 そして、普通に入ってくるアーネストと少しおっかなびっくりなミランダ……隠れているなら最後まで隠れていろよ、という気持ちが正直強い。


「こっちではそういう呼ばれ方をしているのか。本当にあの陛下ってそういうネーミングセンスだけはいいよねぇ。折角だから、貰っちゃおうかな? 『黒百合の姫騎士』リーリエ」


「ちなみに、以前はどのように呼ばれていたのか?」


「えっと、公式だと『蒼穹白姫』や『完全制覇』っていう称号があったけど、あんまりこっちで呼ばれた記憶がないねぇ。……『幼女の顔を被った戦略兵器』とか『狂人の首魁はやっぱり狂人だった』とか、『永遠の絶壁ゼロ』とかかな? 流石に『永遠の絶壁ゼロ』っていう呼び名をつけた両手両足使って二十本の指に入るギルマスさんには腹が立ったから、戦闘禁止ゾーンで違反者を滅殺する……じゃなかった街内でのPvPを取り締まる神衛兵ロー・ナイトが召喚される前に抹殺して、その人のレアドロップを手に入れつつ召喚された神衛兵ロー・ナイトを全滅させて、そのままマーケットでレアドロップ品のその人の愛武器を通常の取引価格の数十倍にして、半ば懇願するように値下げ交渉を迫って来たその人のことを鼻で笑って、数日後に別のプレイヤーに通常価格少し安めで売り払ったっていう嫌がらせをしたけど」


 …………なんで全員揃って引いているの? これくらいの報復は当然じゃないかな?


「まあ、今の説明じゃ分からないだろうし、アーネスト様からミランダ様は事情を聞いていると思うから二人にはボクから説明するよ。先に断っておくけど他言無用……割と漏れると危険な話だから制限しているからねぇ、これでも。そして、その上でソフィスさんの容姿の理由……まあ、あくまで推測の域を出ないんだけど、説明させてもらいたい……それでいいかな?」


 全員の首肯を確認して、今度はアーネストとミランダを交えた五人でお茶会を再開……あっ、目だけで催促されたアイスクリームはちゃんとお二人分用意しましたよ。

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