Act.2-6 ゼルベード商会の悪意と極夜の黒狼 scene.1

<一人称視点・アネモネ>


 どうやら、ペルちゃんは無事に任務を果たせたらしい。念話が掛かってくることも一度も無かったし、屋敷の者達に不審がられることも無かった。

 この分なら二日や三日屋敷にいなくても問題ないだろう。


 とはいえ、すぐに長期戦をしようとは思わない。ローザの方の身体も圓のレベルまでは育てたいけど、それはもっと後になるだろうねぇ。

 まずは短い時間でサクッとやれる仕事を進める。仕事中毒者ワーカーホリックなんで呼ばれていたボクの本領発揮はそれからだ。

 まあ、ボクの仕事中毒者ワーカーホリックは「趣味:手術、特技:手術」って書く女医と同じタイプのポジティブなことで、かつて携わっていたアニメや漫画、ライトノベルの仕事は本当に趣味の延長線上にあったからねぇ。幼女幽霊と化け猫に癒される社畜さんみたいなタイプの仕事中毒ワーカーホリックではないんだよ?


 翌朝、本日のローザの身代わりをペルちゃんに任せて、アネモネに変身してから『全移動』。行き先は昨日も使った路地裏……ここなら人にも見られないだろうと思ってねぇ。


 まずは『ビオラ』に顔を出してから一度冒険者ギルドに行くことを伝えて冒険者ギルドに向かった。いくつか依頼を見繕ってもらえたと思うから一応確認しておきたいしねぇ。


「おはようございます」


「ようこそ、ギルドへ。アネモネさんですね。マスターがいくつか依頼を見繕いましたがご覧になりますか?」


「お願いします!」


 昨日の受付嬢さんが見せてくれたクエストはどれも長らく放置された所謂塩漬けクエストだった。

 「素材回収クエスト:ワイバーンの鱗を三匹分(※クエストの舞台となるドラゴネスト・マウンテンには古代竜を筆頭にとんでもないドラゴンが犇いているのでご注意ください。下手しなくても死にます)」、「討伐クエスト:ライヘンの森の魔物討伐(※危険な上に癖の強い厄介な魔物がわんさかいます。特に強烈な庇護欲を抱かせる行動を取って安楽死に誘って栄養分を掠め取るアルラウネは非常に厄介です)」、「探索クエスト:新発見された【仮称:メジュール大迷宮】の探索」…………なんだこれ。


「…………とりあえず、マシなのはワイバーンの討伐ですね。庇護欲を駆り立てる安楽さんみたいな魔物は絶対に殺せませんから。二体近づけて百合百合させたいですね!」


「い、いい趣味だと思いますよ!?」


「別に話を合わせなくてもいいですからね? よく分からないなら分からないでいいですから」


 こういう趣味は別に押し付けるものじゃないと思うんだよねぇ。でも、企画会議とかなら話は別――全力で趣味を押し付けていかないとケモ耳好きとBL好きに殺される。


「とりあえず、この依頼を受けたいと思います。期間は……えっと一ヶ月以内ですか?」


「はい……一ヶ月以上時間が掛かった場合は失敗と見做されて報酬の半分の金額を支払って頂きます。また、挑戦した冒険者が死んだ場合や断念した場合も失敗の扱いとなります。こちらの塩漬けは三つともAランク対象ですが、アネモネ様が失敗した場合はSランク対象になります。……ところで、こちらの依頼は一人でこなす予定ですか?」


「はい、その予定です。……別の仕事もあるのでその合間にということになりますが、この塩漬けクエストは必ず達成してみせます!」


 さて、そろそろ『ビオラ』に……。


「はぁはぁ…………ここに、アネモネさんという方はいらっしゃいますか!!」


 見たことのない女の子が息を切らせながら入ってきた。……まあ、冒険者ギルドに来たのは昨日と今日の二回なんだけどねぇ。


「ヴァケラーさん、この娘ってよく冒険者ギルドに来るんですか?」


 とりあえず扉の向こうからやってきて近くを通りかかったりモヒカン系割と真面目なBランク冒険者のヴァケラーに聞いてみる。


「知らない子ですね。てっきりアネモネさんを探しに来たということですからアネモネさんの知り合いかと思って通しましたが……」


 ……うーん、こんな女の子の知り合いはいないけどねぇ。前世は割と交友関係が広かったけど、今はそんなに広くないし……公爵家令嬢(二歳)の世界は狭いんだよ。


「どうしたのかな? 私に何か用?」


「アネモネさん! 今すぐ逃げてください!! お父様が、ゼルベード商会の会頭が暗殺者を雇ってアネモネさんを殺そうとしています!!」


 女の子の密告を聞いて大騒ぎになったのはギルドの方。逆にボクの心の中は波一つない水の面のように凪いでいた。


「……それは、私に反撃をして欲しいということですか? それとも、何か別のお願いがあるのですか? 私は私や仲間に手を出そうとする輩に対しては苛烈です。一度敵対するとなれば一族郎党皆殺しにする腹つもりでいます。まあ、そうなっても貴女の命を奪うつもりはないので安心してください」


 ちょっとキツいこと言ったかな? でも、これがボクのスタンスだから仕方ない。

 一度徹底抗戦と決めたら敵は一人も残さない――それが、源平動乱時代以降、大倭秋津洲に残っている教訓だ。


「ちょっとアネモネさん……いくらなんでもやり過ぎですよ。正当防衛の領域を超えています」


「相手はこちらを殺そうとしているのですから、当然自分達が殺される覚悟があるのですよね? 私は高みの見物なんて許しません。今度こそ平穏な生活を送りたいって思ったんですから、その平穏を壊す者が現れたら全力で排除します」


 ああ、きっとボクは誰よりも恐ろしい顔をしていると思う。

 全く殺意を感じさせない人を殺せもしない表情――でも、そういう表情で唐突に殺傷行為が行われることは一番恐ろしい。


「でも、貴女の望みは違いますよね? それに、今回の件を伝えてもらったお礼もしなければなりません。――貴女の望み、私が叶えましょう。私の冒険者として初めての依頼です。勿論、報酬は頂きませんよ?」


「…………本当に、本当に私の願いを叶えてくれるの? ……お父様を殺したりしない? ……お願いします! どうか、お父様を元の優しいお父様に戻してください!!」


 これはまた難題だねぇ。……所謂環境がその人を変えたって奴だと思うし……となると、洗脳されたどうのこうのって話じゃないから罪は償ってもらわないといけないし、何より生きたまま敵意を持っている相手を無力化するってのは難しい。


「とりあえず、二回に分けます。まずは、暗殺者への対処。これについては奇襲を仕掛けて潰される前に潰します。その上でゼルベード商会の会頭との交渉ですね。その際はご足労お願いします」


「は、はい! でも、暗殺者の対処って……」


「いくらSSランクといってもまだまだ経験は足りないのだろう? それに、そもそもどうやって暗殺者を見つけるんだ?」


 ……いつの間にかギルドマスターまで現れちゃったし。そこまで騒ぎを大きくする必要はないと思うんだけど。


「その暗殺者について何か知っていることはありませんか?」


「お父様がいつも使うのは極夜の黒狼という暗殺者集団です! ……でも、沢山の人を経由して依頼していますからお父様が直接依頼した証拠を掴むことはできないと思います」


 極夜の黒狼……ねぇ。やっぱり出てきたか。

 でも、これはチャンスだ。攻略対象の一人アーロン=シャドウギアが所属する暗殺組織……そのアジトの位置は設定したから分かっている。

 うーん、でもそうなると殺すのが惜しい人が二人いるねぇ。……この一件をどうにかするためにはお上の権力が多少必要になるかぁ。


「極夜の黒狼のアジトの場所は分かっています。この一件、私一人でなんとかしますから国の方には連絡を入れないでください。騎士やら暗殺者やらを投入されると余計面倒なことになるので」


「分かった……SSランクの冒険者のたっての頼みだ。こちらとしても引き受けざるを得ないな」


「それでは、私は準備を整えてから極夜の黒狼のアジトに突入してきます。行きますよ!」


「えっ!? は、はい!!」



 依頼者の少女はペチカ=ゼルベードと名乗った。

 ゼルベード商会の会長アンクワール=ゼルベードの一人娘ということらしい。


「姐さん、おはようございます……って、その子誰ですか!?」


「おはようございます、ジェーオさん。皆様もおはようございます。本日は通常の営業と新商品の企画の話を進める予定でしたが、生憎予定が入ってしまいまして、今から私を暗殺する依頼を受けたという極夜の黒狼の討伐に向かいたいと思います。こちらの方は密告者のペチカ=ゼルベード、依頼者のゼルベード商会会長の一人娘さんです」


「話が複雑でついていけませんが……つまり、昨日の借金取りを追い払ったことが影響しているということでしょうか?」


 あの借金取り達はゼルベード商会所属と言っていた。そして、今回密告してきたのはゼルベード商会会長の一人娘――筋書きを考えるとしたら一つしか思い浮かばないけど、これだけの情報だけでそこまで辿り着くんだからラーナは頭が相当切れるよねぇ。


「念のために結界と方位を惑わせる術式を貼っておきます。お客さんも店に来れなくなると思いますので、今回の解決するまではお店を開店しなくても大丈夫だと思います。安心してください、皆様に手は出させませんから」


「私達はいいけど……アネモネさんは本当に大丈夫なんですか?」


「相手は暗殺者なんですよね? ジェーオさんから聞いた話ではアネモネさんは相当強いみたいですが、やっぱり暗殺者の根城に向かうのは危険だと思います」


 まあ、ニーハイム姉妹の感覚が本来は正しいものだよねぇ……。


「まあ、姐さんは暗殺者だろうと返り討ちにしてしまいそうですが……結界と方位を惑わせる術式については気になります。未知の道具や何もないところから物を取り出す力と関係があるのですか?」


「結界と方位を惑わせる術式は何もないところから物を取り出す力と……まあ、似たような系統の力だと言えます。ジェーオさんが言う未知の道具は系統が違いますね。とにかく、それについてはまた今度説明します。……どの道そう遠くないうちに全てをご説明しなくてはならなくなりそうですから」


 …………もう少し隠して行動したかったんだけどねぇ。まあ、いざとなれば【ブライトネス王家の裏の剣】を何人か道連れにすることはできるだろうし、そっちに転んだらそっちに転んだ時に考えるよ。


「それじゃあ、行ってきます。ペチカさんのことをよろしくお願いしますね」


 「奇門遁甲」と陰陽術の「結界」を張り巡らせた後、ボクは記憶を頼りに単身極夜の黒狼のアジトを目指した。

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