Act.2-4 「比翼の騎士」と活動の開始 scene.3

<一人称視点・アネモネ>


 ジェーオと共に冒険者ギルドを出てしばらく街を歩く。

 冒険者という身分を手に入れた後は、いよいよ経済基盤を手に入れるってことになるんだけど……。


「ところで、姐さんはなんでそんなにジロジロと街の人を眺めているんですか?」


「……ジロジロ見てました?」


「ええ……一瞬、お上りさんかと思いましたが、姐さんに限ってそういうことはありませんよね?」


 まあ……確かにこうやって外に出るのは初めてだけど大都会江戸の喧騒に比べたらまだまだだからねぇ。

 それに、ボクが辺りを見渡しているのは別に物珍しいからじゃないし。


 その時、二人の男が街道を走っている姿が目に映った。色は……やや寒色から暖色に変わった? ってことは、これから何かいいことがあるんだね? モヒカンないかにもチンピラ然とした男達なのに。


「あの二人は?」


「ああいう方にはあまり関わらないほうが方がいいですよ。ゼルベード商会の借金取りです」


 ああ……悪名高きゼルベード商会ねぇ。あんないかにもなチンピラが借金取りをしているのか……。


「追いかけますよ? 走れますか?」


「えっ!? 姐さん正気ですか!? あんなのに関わったら絶対に厄介なことになりますって!!」


「ああ、やっぱり体型的にダッシュは無理ですか? では、後から追いかけてきてください!」


「さりげなく姐さんの言葉が酷い!!」


 地を蹴って加速――借金取り二人を追い越さない速度に制限して後を追いかける。

 更にそこに「千羽鬼殺流・廉貞」を加えて気配を消す……しかし、凄いねぇ。圓だった時よりも身体が馴染む。


 やがて借金取り達が辿り着いたのは街外れにある『ビオラ』という看板の小さな店だった。……中を見た感じだと服飾雑貨店かな?


「邪魔するぜー」


 テンプレ台詞を吐いて入っていくチンピラ二人。中の女性に借用書を見せつけ、店の権利書を奪い取ろうとしている。……さて、そろそろ行こうかな?


「なんだ? 悪いがこの店は閉店だよ! 姉ちゃん」


 ……だから、なんで胸に視線を落とすんだ? しかも下卑た性悪オークみたいな顔をしているし、明らかに身体狙っているだろう。悪いけど男には興味ないんでねぇ。可愛い女の子達がイチャイチャしている姿を見るのは楽しいけど。だけど自分が混ざるのはなんだかって思うから、やっぱりそういうものとは縁がないってことだねぇ。


「そうですか、それは残念ですね。……ところで、私この店を買いたいのですが……その権利書売っていただけますか?」


「全く世迷言を……この店を買うだぁ? こっちは天下のゼルベード商会様だぁ! うちに喧嘩を売るってのはどういうことかよくよく教え込んでやろうか?」


 全く品がいないねぇ。そもそも本当に大御所なら権力を笠に着ることはないだろうし、君達が自力で得た権力って訳でもないでしょうに。

 「千羽鬼殺流・廉貞」を使用してチンピラの持っている借用書と女性が持っている権利書を掠め取った。


「なるほど……大金貨三枚ですか。それでしたら私が即金でお支払い致しますが……」


 そう言いながら大金貨三枚をチンピラに見せつける。


「何を寝ぼけたことを。利子がつくに決まっているだろ? そんなことも知らねえのか? こいつはもらっておいてやるぜ」


 一方的にお金だけ強奪しようとしてきたチンピラからゆらっと身体を動かして逃れ、チンピラは勢い余って床に倒れた。


「それで、利子はおいくらですか?」


「聞いて驚くな! 大金貨二枚だ!! まあ、流石に大金貨五枚なんて払えないだろ?」


「では、大金貨五枚即金になります。それと、領収書の方を頂けませんか? それと、こちらの借用書については破棄させてもらってもいいですよね? はい、ありがとうございます。ゼルベード商会の会頭によろしくお伝えください」


 倒れていない方のチンピラに大金貨五枚を渡し、取り出した領収書用紙に記入させて借用書を自分の手で破り捨ててもらった。

 ふう……これで一件落着。


「「おっ、覚えていろよ!!」」


 捨て台詞を吐いてチンピラ達は逃げ帰っていった。


「さっき借金取り二人が逃げて行きましたけど、姐さん、一体何をしてんですか!?」


 そして入れ替わるようにジェーオが店にやってきた。



「とりあえず、紅茶淹れますね」


 店の奥にある事務所の椅子でブルブル震えている女性はこの店のオーナーだというラーナ=フォーワルト。

 他に店員だという女性もこの部屋にやって来ており、後は店に到着したジェーオもこの場にいる。

 店は無理を言って営業を切り上げてもらった。まあ、あの状況じゃ仕事もろくにできなかったみたいだけど。


「……私達はこれからどうなるのでしょうか? ……お願いします。どうか、この店を潰すことだけは」


 まあ、ボクの立ち位置って突如乱入して無理矢理店の権利書を買い取った理不尽な存在だからねぇ。警戒するのは至極当然のことだ。


「色々方法はあるんだけど……いきなり株式を導入しろって言っても無理がありますよね。どういうのが一番いいのか分かりませんが、とりあえず私が出せる案は『私が考えた品を店に置いてもらう』という辺りでしょうか? 別に店の権利書を利用してお金を集ろうなんて思いませんし……でも、不利益は被りたくありませんから、立場はなんでもいいですが社員として籍を置かせてもらって多少の給料は頂きたいですね。まあ、それも今後の経営次第でラーナ様に金額はお決め頂くという形がいいと思います。私は新参者ですから先にこちらで働いていらっしゃる従業員の皆様よりも多くを貰うという訳には参りませんから」


 この場にいた全員が唖然とした表情のまま固まった。……確かに破格な契約だよねぇ。まあ、昔はもっと意味不明な不平等もいいところな契約を結んだんだけど。

 ただのホームレスが今や大手自動車メーカーの社長なんて……本当に世の中何が起こるか分からないよねぇ。まあ、ボクは見通していたから投資したんだけど。

 結局、その時に支払ったお金はお礼金も乗せて全額返ってきた。破天荒でかなり長期戦なものではあったんだけど、あれも一つの融資だったんだよ。


「いくらなんでも姐さんは懐が広過ぎますよ! そんなのほとんどただで権利書を返却しているだけじゃないですか?」


「そう見えますか? ジェーオさんのような腕の立つ商人にただの素人が何を言ってもただの素人の言葉だと受け取られると思いますが、商売で最も大切なもの……それはなんだと思いますか?」


「利益……だけを追求しては先細りになりますので、信用でしょうか?」


「信用……それは後からついてくるものですよ? 崩れ去るのは早いですが、積み重ねるのは本当に大変。でも、それを得ようとして得ることはできません。下心が見え見えでは警戒されてしまいますから。……まあ、結果として今回は信用を得るという商人視点での目的もある訳ですが、それはあくまで結果論。……ところでラーナ様、この店は好きですか? お仕事は楽しいですか?」


「はい、私には勿体無いような素晴らしい従業員にも恵まれ、今の仕事に生きがいを感じています。それに、この店は元々親から受け継いだもので、愛着もあります」


「ジェーオさん、分かりましたか? 私は、この笑顔を守りたいんです。――私が一つだけ貫き続けている信念があります。どうせ働くなら、誰もが笑えるような仕事をしたい、というものです。夢を追いかけている人がいれば、その力になってあげたい。大切なものを守りたい人がいるのなら、もし自分に力になれるのなら、手助けをしたい。融資とは本来そうあるべきです。確かに利益を求めるのは重要ですし、この貨幣経済の中ではお金がなければ何もできません。ですが、それだけを追求したくはない。時には損をする覚悟をして、融資する。それが結果的に利益を生み出すこともありますし、例え失敗しても信用が生まれます。それがいつどこで役に立つかは分からないものです」


 ボクには結果が見える。でも、その結果はただで手に入るものじゃない。足掻いた末に手に入るものなんだよねぇ。

 ボクは切っ掛けを与えるだけ。確かに、その全てが成功する……そういう未来が色として見えているからなんだけど、そこまでに至るまでには「このチャンスを無駄にしたくない/夢を諦めたくない」って強い気持ちがある。


 ボクはその結果、それぞれが夢を掴む――その瞬間を見た時に心があったまるんだ。だから、この仕事はやめられないんだよねぇ。

 ……分かっている。やっぱり、ハーモナイアが言うように平穏で平凡で平和な人生なんて送れない。

 ボクはやっぱりこの仕事が、誰かの力になれるこの生き方が好きだから。……最初はライトノベルや漫画を買いたくて始めた仕事だけど、この仕事にこういうやり甲斐を感じるようになったのはいつからだっけ?


「ということで、この契約で問題ありませんか?」


「……本当に、本当にいいんですか?」


「はい。……ジェーオさん、無一文になってしまいました。ということで、また金を金貨に換金してください」


「ええ……ミスリルでもなんでも。それよりも、私は姐さんに感服しました。そんな風に信念を持って仕事をしている商人は本当になかなかいません。――とてもかっこいいです。私をアネモネ姐さんの弟子にしてください!」


「私の方が経験値は遥かに低いですが……本当に老舗金物屋の店主がそんなことを言っていいのですか?」


「はい……きっと、姐さんはこれからこの国で大きな存在になると思います。それこそ、三大商会に匹敵するような。でも、私も姐さんについていけば儲かるとか、そういう話じゃありません。貴女みたいなかっこいい生き方を私もしたい。勿論、姐さんが望むのなら私も協力を惜しみません!!」


 この人、見た目はちょっとあれだけどなんだかんだで悪い人じゃない……でも、こんな小娘を本気で師匠にっていうのは流石にまずいよねぇ。


「改めてよろしくお願いします! ジェーオさん」



 まだ時間がある。屋敷に戻るのはもう少し後でいいと思うから、もう少しだけやることを進めてみることにした。

 まずは互いに自己紹介。二人の店員さんはアザレア=ニーハイムとアゼリア=ニーハイム――どうやら二卵性双生児らしい。最後に残った店員で、服飾雑貨店『ビオラ』の古株店員なのだそうだ。

 ちなみに、この『ビオラ』という店名は店長のラーナが好きなビオラという花から取られたらしい。実際に店の前の花壇に植わっていた。


 結局、交渉の末にオーナーがボク、店長がラーナってことになったんだけど、基本的な方針はこれまでと変わらない。

 これまで通りラーナが品物仕入れるんだけど、そこにボクが作ったものを加えることになる……変わったのはそれくらいかな?


「それじゃあ、まずはお店のユニフォームみたいなものを作りましょう!」


「ユニフォーム??」


 この店は私服で営業していた。服飾店といえば、店の品物を着て働くことで広告塔になるっていう方法もあるんだけど、別にマネキン人形みたいなものは既に存在しているみたいだし(かなり簡素だけど)、それよりも統一性のある可愛いユニフォームで売り子をした方が評判を呼びやすいと個人的には思うんだよねぇ。それに、三人とも可愛いからボクにとっても眼福だし♡


「とりあえず、まずはデザインを描いてみましょうか? 実際に見てもらった方が早いですし」


 取り出すのは鉛筆と紙だけでいいかな?

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