第89話 株主総会


 食事会を終え、美登里もホムンクルスの二人のおかげでつつがなく学校生活を送れるようになった。これで心配事もだいぶ片付いた。



 そして今日は最後の懸案、武山薬品の株主総会だ。この総会に俺は必ず出席しなくてはならないので、学校の方はコピーを送り出して辻褄つじつまは合わせている。


 服部が武山薬品の株主総会への招待状を10数名分用意できたようで、俺はそれを二人分借りて、アインを引き連れ都内の有名ホテルの大広間を借り切って開かれている武山薬品の株主総会に来ており、今は会場の後ろの方の座席に座っている。



 俺たちの他、残った招待状を使い服部の部下をサクラとして10数名この株式総会に潜り込ませている。


 総会の開始時刻は10時から。何事もなければ1時間もかからず総会は終わるらしい。


 すでに大株主である機関投資家への根回しは服部により終わっており、発行済み株式数の8割相当の特定株のうちの8割がた、要するに6割超の株を抑えることが出来ている。慣例で、総会終了前に会長が最後の質問を受け付けるのだが、そのとき大株主が緊急動議を行い俺を社長に推す段取りだ。


……


「何か質問とうございますでしょうか。なければ令和〇年度の武山薬品の株主総会を終らせていただきます。……それでは」


「議長、○○投資ファンドの者です。新たに動議を行いたいのですがよろしいでしょうか?」


 ○○投資ファンドは武山薬品の筆頭株主であり世界有数の投資ファンドでもある。この声を無視することはさすがにできない。


 ここで、会場から「さんせーい!」という声が至る場所から沸き起こった。サクラの連中はちゃんと段取り通り仕事をしているようだ。


 議長を務める会長は株主総会を終らせたかったようだが、それはできないと判断し、


「どのような議案でしょう?」


「ここ数年の武山薬品の業績の伸びが思わしくない。これは、ひとえに現社長の山中氏の経営能力の問題でしょう。現社長の山中氏に社長から退いていただきたい」


 会長の後ろで控えていた現社長は寝耳に水のこの動議を聞いて、蒼い顔になった。他に控えていた役員連中も驚いている中、板谷副社長だけ善人ぶった顔をして椅子に座っているが口元が笑っている。


 ○○投資ファンドの代表者による動議に対し、会場のいたるところからも賛同の「意義ナーシ」の声が上がる。


「議長、決を採っていただけますかな?」


「それでは、○○投資ファンドさまのご提案に対し賛成の方は、議決権証明書をもって入り口横の係りの者にお見せください」


 ぞろぞろと、15名ほどの者が、入り口横に設けられた集計場所に自身の持つ議決権証明書を持って集まりそれを係りの者に示した。すぐに集計が行われ、結果が会長に届けられる。


「先ほどの動議に対し、発行済み株式の64%の議決権が行使されました。よって、この議案は正式に本株主総会で議決いたしました」


 会場から拍手が起こる中、後ろに控えたいた社長が蒼い顔をして席を外した。


「議長、それでは、次の動議ですがよろしいですな?」


「○○投資ファンドさま、どうぞ」


「わが○○投資ファンドは、霧谷誠一郎氏を武山薬品の新たな社長に推薦いたします」


 先ほどまで満面の笑みを浮かべていた板野が何か聞き違いでもしたのかと不審げな顔をして周りをきょろきょろ見回していたが、そのうち騙されたていたことに気づいたらしく顔が真っ赤になった。


 またも上がる「意義ナーシ」の声。会長もこれは出来レースだとようやく悟ったようで、


「それでは今の動議に反対・・の方」


 だれも、声を上げない。




「それでは、霧谷誠一郎氏を武山薬品の新たな社長とすることを本株主総会において議決いたします。会場に霧谷誠一郎氏がいらしたら、演壇までお願いします」


 俺はおもむろに席から立ち上がり、総会出席者たちが見守る中ゆっくりと演壇に向かった。あまりにも若い新社長の登場に株主総会の会場がどよめいた。



 俺はかまわず演壇に立ち、会場に向かい一礼し、


「今回ご指名を受け社長に就任する霧谷です。全力で武山薬品を業界1の薬品会社にして見せます。期待してください」


 ここで、15名の機関投資家の面々と仕込んだサクラの拍手が起こり、それにつられて、異様に若い新社長の誕生に戸惑っていたその他の株主たちも拍手に加わった。


「みなさん、社長に就任した私の方からご報告があります。

 私の最初の仕事として武山薬品の膿を出しきろうと考えます。まず最初の膿は後ろに控えております板谷副社長です。彼は特別背任を含む数々の犯罪行為を行っていたようです。証拠も多数揃っています。本日付で板谷副社長を副社長から解任し、会社として刑事告発する予定です」


 後ろを振り向くと、赤い顔をしていた板谷が今度は青い顔をしている。ふらふらと立ち上がった板谷が大声を上げて総会会場から飛び出していった。放っておいても刑事告発すればそのうち逮捕されて起訴されるだろう。板谷の他にも何人か青い顔をした役員がいる。会長もその一人のようだ。


 服部の集めた資料の中には現会長の名前はなかったが、改めて調査させれば面白そうだ。今いる役員連中は、2、3日中にクビにするのは既定路線だ。その際、退職金をもらえるヤツもいれば、無一文で警察の厄介になるヤツもいるだろう。


 このスキャンダルで、武山薬品の株価は一時的に大きく下がるだろうが、大株主たちが俺の後ろに控えている以上何も問題はない。


 逆に下値で武山薬品の株を買い増していく可能性の方が高そうだ。奇跡のポーションを握る俺がこの会社にいる以上、業績自体はこれからどんどん良くなっていくことは大株主連中は理解しているはずだからな。数日前からドライが大きく武山薬品の株を空売りしており、値崩れした武山薬品株を下値で倍返しで買い付ける段取りもつけている。うまく立ち回っているはずなので、インサイダーにはならないだろう。


「膿はこれだけでは収まらないようですので、早急に役員の見直しを行い、武山薬品をクリーンな会社として行く所存です」


 後ろに控えた役員たちから動揺したようなざわめきが聞こえる中、


「新役員人事については新社長に一任!」


 どこからともなく声が上がり、


「意義ナーシ」の声が続く。


 拍手とともに波乱の株主総会はシナリオ通り幕を閉じた。



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