第56話 荒事のプロ1


 中川と昼食をとった後はすぐ事務所に戻ってきた。


 中川はノートパソコンを開いてなにかを始めたようだ。俺はソファーに座って車で研究所に向かうと言っていた男たちの音声を追っていたが、特にかわった動きは今のところないようだ。


「霧谷くん、今日はゆっくりしてるのね」


「ちょっとな」


 いつもなにかしら動き回っている俺が今日はおとなしくソファーに座っているので中川が話しかけてきた。


「もうすぐ連休だけど、霧谷くんは何か予定でもあるの?」


「俺の方は全くだな。中川の方はどうなんだ?」


「私も何もないわ。ねえ、一緒に映画でも見に行かない?」


「一緒に行くのはいいが、何か面白そうなのやってたかな?」


「隣街の複合ビルの中のシネコンに行けばなにか面白そうなのやってるんじゃない?」


「そうかもな」


「それじゃあ、約束よ」


「ああ」


 連休に中川と映画に行くことになった。



 夕方になり、中川も家に帰ったので、俺も事務所の戸締りを確認して家に帰ることにした。



「ただいま」


「お帰んなさい。誠ちゃん、美登里知らない?」


「美登里、まだ帰ってないの?」


「まだ遊びに行ったまま帰ってきてないのよ。お昼を友達と食べてから帰るって言ってたのにまだなの。いつもなら、遅くなるならなるで電話してくれてたのに、まだ電話もないし、どうしちゃったのかしら」


 少し心配だ。蜘蛛を付けていなかったことが悔やまれる。


 リルリル、リルリル。……


 玄関に置いてある固定電話が鳴った。


「誠ちゃん、ちょっと電話に出てくれる?」


「りょうかーい」




『霧谷さんのお宅ですか』


「どちらですか?」


『誠一郎さんですか? 妹さんのことでお話がありまして、5分後にお宅の前に黒塗りのセダンを停めますので、それにお乗りいただけますか?』


「分った」



「母さん、美登里から電話があったから、今から迎えに行って来る」


「そお、それじゃあお願いね」


 美登里がさらわれた可能性が有る。心配だが今は先方の指示に従うしかない。


 玄関を出てしばらく道端で待っていると、黒塗りのセダンがやって来たので、後ろに乗り込むと、すぐに発車した。


 乗せられた車は10分ほど国道を進んで、すこしわき道に入った先で停まったのだが、そこは町工場だった。こういう連中はこういうところがよほど好きなようだ。


 運転手にうながされ、車を降りて工場の中に入ると今回は廃工場ではないようで、手入れされた色々な機械が並んでいたが人はもちろんいない。そのまま機械が並んだ工場の中を連れられて行き工場内の会議室のような部屋に通された。


 部屋の中には、今日喫茶店に来ていた男とあと3人ほどの男がいて美登里は見えなかった。


「心配なさらなくても、妹さんは今頃お宅にお戻りと思いますよ。我々も霧谷さんと事を荒げたいわけではありませんからね」


「……」


「どうでしょう。霧谷さんの喫茶店で出しておられる飲み物の権利をお売りいただけないでしょうか?」


「……」


「いま、あの飲み物をうちの研究所で分析中なんですが、分析結果を踏まえたうえでの最終決定が出るまで確定ではありませんが、私の裁量でも1000万支払う用意があります。最終決定で高い評価がでればそれ以上をお支払いする可能性もあります」


「……」


「お宅に電話して、妹さんの無事を確認してみてはいかがですか? こういったことが今後起こらないよう、この話をお受け願いたいんですがね」



「……もしもし、母さん?」


『誠ちゃん? どこ行ってるの? 美登里ちゃんはもう帰っているわよ』


「ごめん、ちょっと用事ができちゃって。もう少ししたら帰る。それじゃあ」



「おっさん、今回は俺のミスで美登里があんたらに拉致らちされたようだが、これからはもうそういうことは起こらないと思うぞ」


「いえ、われわれは街でチンピラに絡まれていた妹さんをお助けして車でお宅までお連れしただけですよ」


「何とでも言ってくれ」


「今後、妹さんが街のチンピラにさらわれたり、それ以上のことをされたりしたら、霧谷さんも心配でしょう?」


「だから、もうそんなことは起こらないと言っている」


「?」


「おまえら、俺に敵認定されたんだよ。タダで済むわけないだろ」


「ハハハ。素人の方がイキがっても何もなりませんよ」


「素人ねー。そんじゃあんたたちは玄人なわけだ」


「こう言っては何ですが、荒事のプロと自認しています」


「ふーん。荒事のプロねー」


 言い終わる前に、一気に加速して男の周りの3人と俺を連れてきた運転手の4人を首トンで気絶させてやった。魔法で気絶させるよりこの方がインパクトがあるだろう。気絶した男達はドタバタ音をたててその場に倒れ込んだ。それには男も驚いたようだ。俺の動きは少しは目で追えていたはずだから、俺がどの程度デキるかある程度は理解できたろう。


「お前のお仲間は、ずいぶん頼りないみたいだな。それで、荒事のプロのあんたはどう出る?」


「1000万が欲しくないのか?」


「はあ? お前たちはもう俺の敵なの。敵から金を分捕ることはあっても貰うわけないだろう。理解しろよ。単純に俺を呼び出せば痛い目だけで済んだものを、妹を巻き込んだのが失敗だったと思うぞ」


「……」


 男は腰に下げていたのか、大振りのナイフを引き抜いて構えた。


 ナイフ程度で俺の体がどうなるわけではないが、今着ているのは普段着だ。ナイフで服を切られたくはない。この男、ナイフが得意なら少し付き合ってやるか。俺もアイテムボックスからスティンガーを取り出した。しかし、取り出して手で持っただけで構えているわけではない。


 男はそれを好機と見たのか、ナイフを突き出しそのまま横に払ってきた。どうも、まだ理解していないようだ。俺を殺す気でナイフを振るっていないのが丸わかりだ。


 ナイフを軽くかわし、男のナイフを持った手首を、その引き際に合わせてスティンガーで切り飛ばしてやった。荒事のプロだと自称するだけあってうめき声を上げなかったのは褒めてやろう。


「左手がまだあるんだから止血したらどうだ。放っとくと血が無くなって死ぬぞ。止血する間は待っててやるからハンカチかなんかで血を止めろよ」


 切り取られた傷口から結構な血が吹き出ている。ハンカチの端を口にくわえて、左手で右手の上腕部にハンカチの反対の端を回して器用に止血したようだ。それくらいでは完全には止血できないので、ぽたぽたと傷口から血が垂れている。上着の袖口から下のワイシャツまで流れ出た血でびしょびしょだ。足元には結構な血だまりができている。どうでも良いがこれだと工場が休み明けに始まったら騒ぎになるな。





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